日米物品貿易協定 FTA「そのもの」だ 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
2018年10月02日
日米物品貿易協定(TAG)交渉の開始が決まったのを受けて、AP通信は「日米がFTA(自由貿易協定)交渉入りに合意」と正確に報じた。日本のメディアの「FTAに移行する可能性がある」は論外だが、「実質FTA」という以上に、「TAG」はFTAそのものである。
筆者も「日米FTAはやらないと言ったわけでしょ。だから、日米FTAではないと言わないといけないから、稚拙な言葉のごまかしで、これは日米FTAなんです」(9月28日の朝のテレビ)とコメントした。 日米共同声明では「物品の関税撤廃交渉とともに、サービス分野などの自由化交渉も同時に開始する」としており、これは「特定の国・地域間で関税撤廃やサービス貿易の自由化をめざすFTAや物品・サービス分野だけでなく投資、知的財産権、競争政策など幅広い分野での制度の調和もめざすEPA(経済連携協定)」(荏開津典生・鈴木宣弘『農業経済学(第4版)』2015年、岩波書店)の定義からしても、紛れもないFTAである。
世界貿易機関(WTO)の原則である最恵国待遇に反する特定国間での関税の引き下げは、FTAを結ばない限り不可能であるのに、米国から牛・豚肉の関税引き下げ要求を受けつつ、日米FTAは拒否すると言い続けているが、乗り切る方法などあるのかと思ったら、まさかの屁理屈である。
あまりにも稚拙で、普通の神経なら恥ずかしくて、とても言えないはずだが、この国は見え透いた、うそがどこまでもまかり通り、さらに、まひしてきているようである。「今回はこれで乗り切りましょう」と進言した経済官庁の知性と良識を疑わざるを得ない。 しかも、米国は環太平洋連携協定(TPP)が不十分として2国間交渉を求めたのだから、TPP以上の譲歩を迫るのは間違いない。自動車を所管する官庁は何を犠牲にしてでも業界利益を守ろうとする。各省のパワーバランスが完全に崩れ、1省が「全権掌握」している今、自動車関税を「人質」にとられて、国民の命を守るための食料が格好の「いけにえ」にされていく「あり地獄」である。
しかも、いくら農業を差し出しても、それが自動車への配慮につながることは、実はない。米国の自動車業界にとって日本の牛肉関税が削減されても、米国自動車の利益とは関係ないからである。本当は効果がないのに譲歩だけが永続する。
「TPPを上回る譲歩はしない」と言っている政府が、最後はどんなあぜんとする言い訳を持ち出してくるのか。その前に、何度も何度もこんな見え透いたうそで「なし崩し」にされていくのを、ここまで愚弄(ぐろう)されても許容し続けるのかが、国民に問われている。
また、WTOの最恵国待遇の原則を経済学的に是として、2000年ごろまではFTAを批判し、「中でも日米FTAが最悪」と論じていた日本の国際経済学者は日米FTA交渉入りをどう評価するのか。この期に及んで何も言わないなら、経済学者の存在意義がいよいよ問われる。
筆者も「日米FTAはやらないと言ったわけでしょ。だから、日米FTAではないと言わないといけないから、稚拙な言葉のごまかしで、これは日米FTAなんです」(9月28日の朝のテレビ)とコメントした。 日米共同声明では「物品の関税撤廃交渉とともに、サービス分野などの自由化交渉も同時に開始する」としており、これは「特定の国・地域間で関税撤廃やサービス貿易の自由化をめざすFTAや物品・サービス分野だけでなく投資、知的財産権、競争政策など幅広い分野での制度の調和もめざすEPA(経済連携協定)」(荏開津典生・鈴木宣弘『農業経済学(第4版)』2015年、岩波書店)の定義からしても、紛れもないFTAである。
世界貿易機関(WTO)の原則である最恵国待遇に反する特定国間での関税の引き下げは、FTAを結ばない限り不可能であるのに、米国から牛・豚肉の関税引き下げ要求を受けつつ、日米FTAは拒否すると言い続けているが、乗り切る方法などあるのかと思ったら、まさかの屁理屈である。
あまりにも稚拙で、普通の神経なら恥ずかしくて、とても言えないはずだが、この国は見え透いた、うそがどこまでもまかり通り、さらに、まひしてきているようである。「今回はこれで乗り切りましょう」と進言した経済官庁の知性と良識を疑わざるを得ない。 しかも、米国は環太平洋連携協定(TPP)が不十分として2国間交渉を求めたのだから、TPP以上の譲歩を迫るのは間違いない。自動車を所管する官庁は何を犠牲にしてでも業界利益を守ろうとする。各省のパワーバランスが完全に崩れ、1省が「全権掌握」している今、自動車関税を「人質」にとられて、国民の命を守るための食料が格好の「いけにえ」にされていく「あり地獄」である。
しかも、いくら農業を差し出しても、それが自動車への配慮につながることは、実はない。米国の自動車業界にとって日本の牛肉関税が削減されても、米国自動車の利益とは関係ないからである。本当は効果がないのに譲歩だけが永続する。
「TPPを上回る譲歩はしない」と言っている政府が、最後はどんなあぜんとする言い訳を持ち出してくるのか。その前に、何度も何度もこんな見え透いたうそで「なし崩し」にされていくのを、ここまで愚弄(ぐろう)されても許容し続けるのかが、国民に問われている。
また、WTOの最恵国待遇の原則を経済学的に是として、2000年ごろまではFTAを批判し、「中でも日米FTAが最悪」と論じていた日本の国際経済学者は日米FTA交渉入りをどう評価するのか。この期に及んで何も言わないなら、経済学者の存在意義がいよいよ問われる。
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豚コレラ 一般車両 消毒始まる 愛知
愛知県は豚コレラウイルスの封じ込めのため、田原市の発生農場から半径10キロの搬出制限区域の外でも、一般車両や畜産関係車両の消毒を始めた。県は「口蹄(こうてい)疫レベルの措置」で拡散を防ごうと必死だ。
田原市に隣接する豊橋市では、15日夜から①畜産関係車両の消毒②国道一帯に消毒液を散布③消石灰、または、消毒マットを敷設──を講じる。豊橋市の3カ所に設置した畜産関係車両の消毒ポイントは、24時間体制で稼働する。
作業員によると、週末のため関係車両の数は少ないものの「通過時には必ず立ち寄ってくれる。意識も高まっている」と話す。消毒後は証明書に、どこで何時に消毒したかを明記する。
幹線道路につながる道路6カ所にも、消石灰や消毒マットを設置し、消毒液の散水車も整備した。一般車両も消毒する。
県は16日、発生農場から半径3キロ未満の移動制限区域にある20農場について、立ち入り検査と血液検査の結果、異常はなかったことを確認した。同区域には発生農場を含めて35農場があり、15農場は関連農場として殺処分が進んでいる。
2019年02月17日

[一村逸品] 後期優秀賞3点 日本農業新聞
日本農業新聞は12日、各地の農産加工品を紹介するコーナー「一村逸品」から、優れた商品を表彰する「第15回日本農業新聞一村逸品大賞」の後期(7~12月掲載分)審査会を開き、次の3点を優秀賞に選んだ。
▽「JA小松市のとまとケチャップ」(石川)▽「五郎島金時いしやきいも」(石川・JA金沢市)▽「まんのうひまわりオイル」(香川・(株)グリーンパークまんのう)。
年間表彰は20日開催予定の中央審査会で、前期・後期の優秀賞から大賞1点と金賞2点を決める。
2019年02月13日
農政運動 成果活用を 自己改革で与党決議、 農業予算増… 18年 全中まとめ
JA全中は、2018年にJAグループが行った農政運動の主な結果をまとめた。前年を上回る予算額の確保や、JAの自己改革を後押しする与党の決議採択などを成果と強調。「JAグループの要望、考えが反映された政策や予算が確保できた」と総括し、積極的な活用を呼び掛ける。
2019年02月17日

二度漬け白菜、だいこん漬け 広島県福山市
広島県JA福山市の子会社、JAファームふくやまが、自社生産のハクサイとダイコンで作った漬物。ハクサイは3日かけて二度漬けした浅漬けで、切って干さずにすぐ漬け込み、みずみずしさを残した。
味付けは砂糖や食塩、調味酢などの調合割合を研究。子どもから高齢者まで食べやすいよう、やや甘めに味付けした。しゃきしゃきとした食感が楽しめる漬物は、JA産直市「ふれあい市」や、道の駅「びんご府中」で3月上旬まで販売する。
価格は「二度漬け白菜」が1袋150~250円、「だいこん漬け」が1袋160~200円。問い合わせは同社、(電)084(960)0007。
2019年02月18日

豚コレラ追加支援 移動制限で減収補填 監視対象 11府県・181農場 農水省
農水省は12日、豚コレラ発生に伴い、豚を出荷できなくなった農場への新たな経営支援策を明らかにした。移動制限や出荷自粛により生じた減収などを補填(ほてん)する。想定する対象は、発生が確認された岐阜、愛知、長野、滋賀、大阪の5府県を含む11府県181農場に上る。同省は府県の詳細は示していない。岐阜、愛知両県向けに防護柵の設置支援のため総額1億8000万円を措置するなど、野生イノシシ対策の概要も示した。
同省は181農場の詳細は示していないが、愛知県はそのうち107農場が同県にあると公表している。
経営支援策は、家畜伝染病予防費負担金の2000万円で対応する。移動制限で豚が出荷できない期間が続くと、流通規格を超える大きさに成長し、価格が下がる場合がある。その際の売り上げ減少分に加え、出荷制限中にかかった飼料代の増加分などを補填する。
対象となるのは、発生農場の周囲にあって移動制限を受けた農場の他、発生農場と同じと畜場を使うなどの関連があり、同省が「監視農場」と位置付ける農場。監視農場には出荷、移動の自粛を要請している。
同省は「幅広く網を掛け、少しでも接点がある農場は対象にした。減収への備えを示すことで、感染防止に協力する農家の不安を取り除きたい」(動物衛生課)と考える。
岐阜、愛知両県向けの野生イノシシ対策の一環として、わな設置や遺伝子検査の経費支援に向けて、両県に合計1000万円を追加配分する。
捕獲活動の支援には、鳥獣被害防止総合対策交付金を活用。岐阜、愛知の両県は、鳥獣被害防止総合対策交付金での交付限度額を撤廃。両県に2000万円ずつ追加交付し、捕獲や家畜保健衛生所への運搬、わなの消毒などに充ててもらう。長野、滋賀、大阪は従来の限度額の範囲内で対応する。
イノシシ防護柵の設置には、同交付金を岐阜に1億2000万円、愛知に6000万円を交付する。6日以降の着工分が対象。国が費用の10分の9を支援する。
2019年02月13日
コラム 今よみ~政治・経済・農業の新着記事
人と食べ物の関係 命を食に変える尊さ 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ
財務省の貿易統計によると、2018年の食肉輸入量は209万トンと過去最多、野菜も前年を上回りました。足りなければ外から導入し、余れば捨てる。人と食べ物の関係について、先日、考えさせられる出来事がありました。
長野県東御市の和牛一貫経営「牧舎みねむら」は、危害分析重要管理点(HACCP)の考え方を取り入れた衛生管理の認証制度「農場HACCP」を取得、2代目の峯村誠太郎さん(37)は直営店も設け、「牛がこの牧場に生まれたことを後悔しないように」を心掛けています。一緒に切り盛りする妻の伊世さんに伺うと、生まれたての弱い子牛を自宅へ連れ帰り、家族みんなでこたつで温めたこともあるそうです。
しかし、どんなにかわいくても30カ月後の出荷は変えられません。牛の世話をしながら伊世さんが、「この子は特に苦労して育てたので買い戻してやりたいんですよ」と語ったのを聞いて、私は初めて、肉牛農家の内面に触れた気がしました。
人々の食を支える肉牛ですから、食肉にするのは運命です。その責任として肉になった姿を確かめ、牛の命を見届ける。もちろん、ほとんどの場合、出荷までがかけがえのない仕事であり、買い戻せるのはまれです。
ただ、農家ではない家から嫁いだ伊世さんが、仕事する中で牛の命を感じ、自ら問い掛け、模索した結果、出た言葉なのだろうと思いました。大切に育てた牛が食べ物となって人々を笑顔にする。尊く、喜ばしい循環です。本来「食べる」とは、責任を伴うことなのです。
食べ物とは生き物の命であり、それらを恵みに変える生産者の営みがあって初めて口にできるということが、近頃忘れられているように思えてなりません。ビジネスツールとしての食品(商品)になる前に、それらは生きていたのです。
本紙元日号の短歌大賞にこんな歌が載っていました。宮崎県日向市の水田と和牛繁殖10頭を営む黒木金喜さん(69)の短歌です。
「鬼のよな顔した牛にピーナツを五個ずつあげる節分の日に」
一頭一頭の前でピーナツを数える作者。牛と節分を祝う友情のような穏やかな関係が目に浮かびます。この歌を読んでなんとも優雅な気持ちになりました。こういう人生を豊かというのではないでしょうか。アニマルウェルフェア(快適性に配慮した家畜の飼養管理)という言葉を掲げなくても、この方の考えは伝わります。そろそろ大量消費、大量廃棄から循環型に切り替え、限りある命について考える時ではないでしょうか。
2019年02月05日
政治経済システムと経済学の欠陥 誤った「合理性」前提 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
日本は「保護主義と闘う自由貿易の旗手」のように振る舞っている。規制緩和・自由貿易を推進すれば、「対等な競争条件」で経済利益が増大すると言われると納得してしまいがちであるが、本質は、日米などのグローバル企業が「今だけ、金だけ、自分だけ」(3だけ主義)でもうけられるルールを世界に広げようとするたくらみである。
現地の人は安く働かされ、国内の人も低賃金で働くか失業する。だから、保護主義VS自由貿易は、国民の利益VSオトモダチ(グローバル企業)の利益と言い換えると分かりやすい。彼らと政治(by献金)、行政(by天下り)、メディア(byスポンサー料)、研究者(by資金)が一体化するメカニズムは現在の政治経済システムが持っている普遍的欠陥である。
環太平洋連携協定(TPP)は本来の自由貿易でないとスティグリッツ教授は言い、「本来の」自由貿易は肯定する。しかし、「本来の」自由貿易なるものは現実には存在しない。規制緩和や自由貿易の利益の前提となる完全雇用や完全競争は「幻想」で、必ず失業と格差、さらなる富の集中につながるからである。
市場支配力のある市場での規制緩和(拮抗=きっこう=力の排除)はさらなる富の集中により市場をゆがめるので理論的に間違っている。理論の基礎となる前提が現実には存在しない「理論」は本来の理論ではない。理論は現実を説明するために存在する。「理論」に現実を押し込めようとするのは学問ではない。3だけ主義を利するだけである。
本質を見抜いた米国民はTPPを否定したが、日本は「TPPゾンビ」の増殖にまい進している。実は、米国の調査(2018年)では、国際貿易によって国民の雇用が増えるか減るかという質問への回答は、米国が増加36%、減少34%に対し、日本は増加21%、減少31%。日本人の方が相対的に多くが貿易が失業につながる懸念を持っているのに、政治の流れは逆行している。
理由の一つは、日本では国民を守るための対抗力としての労働組合や協同組合が力を巧妙にそがれてきたことにある。米国では最大労組(AFL―CIO)がTPP反対のうねりを起こす大きな原動力となったのと日本の最大労組の行動は、対照的である。 「自由貿易に反対するのは人間が合理的に行動していないことを意味する。人間は合理的でないことが社会心理学、行動経済学の最近の成果として示されている」と言う経済学者がいるが、行動経済学は人間の不合理性を示したのでなく、従来の経済学の前提とする合理性を否定したのである。3だけ主義で行動するのが「合理的」人間ではなく、多くの人はもっと幅広い要素を勘案して総合的に行動する。それが合理性である。米国でシカゴ学派の経済学をたたき込まれた「信奉者」たち(無邪気に信じているタイプも意図的に企業利益のために悪用しているタイプも)は、誤った合理性と架空の前提という2大欠陥を直視すべきだ。
2019年01月22日
和牛とWAGYU 米国市場は甘くない 特別編集委員 山田優
昨年10月、米テキサス州の高級ステーキレストランを訪ねた。米国産WAGYUの他、日本の神戸肉流通促進協議会が認定した正真正銘の和牛「神戸ビーフ」を食べられることでも知られる有名店だ。
店に肉を納めるWAGYU牧場主Gさんを 前日に取材していたこともあって、オーナーとシェフが待ち構えていた。米国で一般的なアンガス牛、WAGYU、そして日本から輸入した神戸ビーフをステーキで堪能した。
神戸ビーフは見事な霜降りで、店独自の熟成を加えることでまったりと舌に絡みつくような味に仕立てられていた。オーナーは「米国産ではとても出ない濃厚な味。こちらでもグルメには知られるようになってきた」と胸を張った。少しうれしい。
次いで出てきたのが米国産WAGYUのステーキ。肥育最後に少し穀物を与えるものの、基本は放牧して草で育てる。高級和牛肉と比べると、さしは粗く日本の基準で言えば高級肉とはとても呼べない。期待しないで口に入れたら、これが実にうまい。
比較したアンガス牛のステーキよりも軟らかく、肉の味もしっかりとしている。和牛由来の肉質が関係しているのだろうか。正直、和牛の厚切りステーキは濃厚過ぎて数切れで十分だが、WAGYUの場合は箸が進むというか、フォークが進む感じだ。
オーナーがちゃめっ気たっぷりに言う。
「神戸ビーフは皆びっくりするよ。しかし、毎日食べるものではない。特別な日に食べる特別なごちそうだ」
一方で、WAGYUステーキは和牛に比べ、ほどほどのさしが米国人の舌に合う。店内に飾り付けてある写真の全てが、Gさんの牧場で撮影されていることからも、オーナーのWAGYUにかける意気込みがにじみ出ていた。
1億頭近い牛がいる米国で、数万頭のWAGYUは珍しい牛にすぎないが、着実にその評価を広げている。1970年代から正規の手続きを経て海を渡った和牛の遺伝資源が、試行錯誤を繰り返しステーキ食文化の中で独特の進化を遂げた。100%純血と長期間の穀物肥育を求める和牛と異なり、米国市場にぴったりな高級ビーフとしての地位を築き上げた。
米国で人気が高まっているのはWAGYUであって、和牛では ない。食後のデザートは思いっきり甘かったが、「ホンモノの和牛肉を輸出すれば WAGYUを駆逐できる」という甘い話ではないことはよく分かった。
2019年01月15日
農の喜び 言葉に 自ら発信、共有へ一歩 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
毎年2月、全国農協青年組織協議会では青年の主張大会を開いています。先日訪ねた北海道JA青年部で「青年の主張」冊子を頂いたのでページをめくっているうちに、一人の酪農家の話に引き込まれました。
中標津町の須藤宗裕さん(31)は、子どもの頃から牛舎で忙しく働く両親を見て育ち、いつか自分の代になったら大規模にすることを夢見ていました。しかし、学生の時に実習先で見たのは、収入は多くても牛の生産寿命が短く、すぐに淘汰(とうた)されてしまう大規模経営の現実でした。
その後、後継者となった須藤さんは、JAけねべつ青年部の活動として「牛と酪農家のつながり」のCMを制作しました。母牛が出産する映像に「私の仕事は生乳を得るだけではない、命と向き合うこと」というメッセージの作品を仲間と作り上げたとき、改めて気付いたことがありました。
憧れだった大規模経営では、どこか牛をモノのように扱う傾向がありましたが、小さい頃から牛と触れ合ってきた自分は、それを許すことができない、と思ったのです。命ある母牛の生乳を頂くことで自分たちは生活している。一頭一頭に感謝し、牛が長くいられる経営にしたい。それ以来、目標は変わりました。搾乳牛は65頭、低コストで多出産を目指しています。そして今では、須藤さんの2歳と3歳になる子どもたちが牛舎へ来て牛をなでるようになりました。
須藤さんの話には、後継者ならではの苦悩があり、親、自分、子どもの3世代の人生が織り込まれていました。北海道酪農というと、都府県に比べ大規模で、メガファームや企業が話題になりがちですが、実際はそうではありません。連綿と北海道の、そしてこの国の酪農を支えてきたのは、家族農業だったのです。
国連による「家族農業の10年」がスタートし、「小農宣言」も採択されました。家族と農業について世界中で考え、見直そうという時代に必要なのは、農にある喜びを、生産者自ら発信することではないでしょうか。「小農宣言」とは、「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」です。これは食料問題だけでなく、自分や子や孫たちが農村で生き続ける人権問題でもあるのです。青年の主張でも、インターネット交流サイト(SNS)でもいい、当事者以外、誰も本当の農の喜びや意義を代弁することはできません。どんな小さな声であれ、自らの言葉を持つことが大事なのではないでしょうか。
2019年01月08日
武器としての食料 1兆円で攻める米国 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
国民の命を守り、国土を守るには、どんなときにも安全・安心な食料を安定的に国民に供給できること、それを支える自国の農林水産業が持続できることが不可欠である。まさに、「農は国の本なり」、国家安全保障の要である。そのために、国民全体で農林水産業を支え、食料自給率を高く維持するのは、世界の常識である。食料自給は独立国家の最低条件である。それを放棄しようとしているのが日本である。 例えば、米国では、食料は「武器」と認識されている。米国は多い年には穀物3品目だけで1兆円に及ぶ実質的輸出補助金を使って輸出振興しているが、食料自給率100%は当たり前。いかにそれ以上増産して、日本人を筆頭に世界の人々の「胃袋をつかんで」牛耳るか。そのための戦略的支援にお金をふんだんにかけても、軍事的武器より安上がりだ──。まさに「食料を握ることが日本を支配する安上がりな手段」だという認識である。
ただでさえ、米国やオセアニアのような新大陸とわが国の間には、土地などの資源賦存条件の圧倒的な格差が、土地利用型の基礎食料生産のコストに、努力では埋められない格差をもたらしている。それなのに米国は、輸出補助金ゼロの日本に対して、穀物3品目だけで1兆円規模の輸出補助金を使って攻めてくるのである。
ブッシュ元大統領は、食料・農業関係者には必ずお礼を言っていた。「食料自給はナショナル・セキュリティだ。皆さんのおかげでそれが常に保たれている米国は何とありがたいことか。それに引き換え、(どこの国のことか分かると思うけれども)食料自給できない国を想像できるか。それは国際的圧力と危険にさらされている国だ(そのようにしたのもわれわれだが、もっともっと徹底しよう)」と。
また、1973年、バッツ農務長官は「日本を脅迫するのなら食料輸出を止めればよい」と豪語した。さらに、農業が盛んな米国ウィスコンシン大学の教授は、農家の子弟が多い講義で、「標的は日本だ。直接食べる食料だけじゃなくて畜産の餌穀物を米国が全部供給すれば日本を完全にコントロールできる。これがうまくいけば、これを世界に広げていくのが米国の世界戦略なのだから、君たちはそのために頑張るのだよ」という趣旨の発言をしていたという。 戦後一貫して、この米国の国家戦略によってわれわれの食は米国にじわじわと握られてきた。故宇沢弘文教授は、友人から聞いた話として、米国の日本占領政策の2本柱は、①米国車を買わせる②日本農業を米国農業と競争不能にして余剰農産物を買わせる──ことだったと述懐している。
トランプ政権下では、①最低輸入義務台数として20万台の米国車を買え②米の最低輸入義務数量を7万トン(環太平洋連携協定=TPPで約束した米国枠)から15万トンに増やせ──と要求している。占領政策は今も同じように続いている。そして、日米経済連携協定(FTA)で、いよいよ「総仕上げ」、最終局面を迎えている。
2018年12月11日
繰り返す対日圧力 陰にまた農家の不満 特別編集委員 山田優
「ジョン・ブロック」という名前に懐かしさを感じる人は、失礼ながらお年を召した方だろう。ブロック氏は1981年から86年まで米レーガン政権の農務長官を務めた。日本の牛肉やオレンジ輸入自由化に道筋を付けたことで知られる。
ワシントンにある彼の事務所を10月下旬に訪ね、話を聞いた。80歳を超えるが、今でも定期的にラジオで農業政策の解説を担当している。
「なぜ、日本に強く市場開放を求めたのですか」
「農産物価格が下がり、農家は大変な苦境にあった。必死に海外市場開拓に取り組んだよ」
80年代は米国農業にとって戦後、最も厳しい時代だった。多くの中小農家が破産した。米国政治や社会全体にとっても、農村の疲弊は大問題となった。経済成長が続く日本は米国産農産物売り込みの標的となった。
「対日交渉の目標は牛肉・オレンジの輸入自由化で、われわれはさまざまな手を尽くした」
農務長官在任中に両品目は輸入自由化されなかったが、ブロック氏が辞任して数年後、目標は達成された。
「貢献できたことを誇りに思っている。農業交渉は(完全に市場開放を勝ち取るまで)決して終わりのない過程だ。トランプ政権が行う日米交渉でも同様に進むだろう」
30年以上も農政を見続けてきた元農務長官は、これから始まる通商交渉の場で、米国が強く日本に市場開放を迫る構図は変わらないと言い切った。
80年代の農業不況は、カーター大統領が旧ソ連のアフガニスタン侵攻に怒り、穀物輸出を強引に禁じたことが引き金になった。大統領の愚かな選択が自国の農家を苦しめ、巡り巡って日本への圧力となった。
今、同じような構図が生まれつつある。トランプ大統領は中国との貿易戦争を引き起こし、輸出にブレーキがかかった米国の農家は、再び不況の淵に追いやられる。農家の不満の高まりが政権を強硬な交渉姿勢へと駆り立てるのは、ブロック氏の時代に経験済みだ。
ブロック氏には忘れられない光景がある。ワシントンに来た日本の国会議員の一人が、机をたたいて大声で抗議をしたのだ。今、机をたたきトランプ政権に食って掛かる国会議員は何人いるのだろうか。
2018年12月04日
傍観者か 生産者か 田畑こそ“居場所”に 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
人生100年時代。人はいつまで働くべきかが問われています。先日、島根県の集落営農法人や中山間地の生産法人を訪ねて伺ったのは、国の方針により定年がこれ以上引き上げられると、地域に戻って営農する人がいなくなるという課題でした。リタイアしたら戻ると当てにしていた人材が、65歳を過ぎても帰ってこなくなるのです。
では、都会の現状はどうかというと、今月放送されたNHKスペシャルでは、高齢者の終(つい)の棲家(すみか)がないという特集をしていました。特別養護老人ホームの待機者30万人。待機児童ならぬ待機老人問題です。これまで深刻だった地方の農村の高齢者は、もはや減少傾向に転じていますから、膨大な高齢人口を抱えて困るのは、むしろ都市部なのです。
人にはそれぞれ、その人にしかできない役割、かけがえのない使命があるものです。今は離れて住んでいても、ふるさととのつながりは切れるものではありません。生まれ故郷が荒廃していく様子を傍観して、自分のプライドは保てるでしょうか。地域を耕す主体となって仲間に喜ばれる以上に、その人らしさの発揮できる居場所があるでしょうか。
介護をする人が、人に言えない思いを短歌に詠む「ハートネットTV介護百人一首」という番組(NHKEテレ)の司会を14年間続けています。老いを受け入れ、介護の憂さを発散する方法として、全国から短歌を募集していますが、その中に、日本人にとって農業とは何か、考えさせられる作品が数多くあります。いくつかご紹介します。
「暑い夏大根の種発芽して百歳の父杖(つえ)で草取り」「今は亡き夫と過ごせし野良仕事恋しなつかし消ゆる時なし」「地下足袋でふんばり抜いた姑(はは)の足細く萎(な)えしを足湯につける」「病院に目覚めて母は大根を干したかと問ふ十二月一日」
どの短歌にも、農業や農作業がその人の生きがいであり、誇りであることが現れています。
農という営みには、自然と対話し、命を育む喜びがあります。自ら考え、農産物を人に与える喜びでもあります。農作業は介護予防になり、100歳でも自立した生産者でい続ける人もいます。田畑をイキイキ耕し、自らの人生に誇りを持つ生涯現役の高齢者が増えれば、社会保障費の軽減にもなります。傍観者か、生産者か。国がどんな方針を示そうが、自分の生きる喜びはどちらにあるのか、心に問う時期ではないでしょうか。
2018年11月27日
NAFTA新合意 カナダは「根幹」死守 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
北米自由貿易協定(NAFTA)の新米加合意の発表に際し、米国は成果を強調し、カナダの酪農セクターは譲り過ぎと批判した。両方の言葉を額面通り受け取ってはいけない。その実は、米国は一応カナダに譲歩させた形で面目を保ち、カナダは根幹を完全に守ったといえる。
現在もカナダの牛乳・乳製品で自由化(関税だけに)されているものは一つもない。全品目が極めて少量の輸入枠の設定と、それを超える輸入に対する禁止的高関税(数百%の二次税率)で守られている(ホエーパウダーだけ10年後に二次税率撤廃)。
新米加協定で生乳5万トン(6年目)、脱脂粉乳7500トン(同)などの米国からの輸入枠を追加したが、これは米国を含めたTPP合意でも同じ量だった。つまり、TPPから米国が抜けて実現できなくなった米国枠を付け替えたということで、TPPに追加された純増ではない。
実は、TPPで受け入れたカナダの牛乳乳製品輸入枠のかなりの部分は米国からの輸入枠だったと推察される。TPPでは、オーストラリアとニュージーランドから米国が輸入枠を受け入れ、それを米国がカナダと日本への米国からの輸入枠として設定させる「玉突き」合意ができていた。
カナダは、TPPでカナダ牛乳乳製品市場の輸入シェアが3・25%になるとしていたのが、今回の米国との合意だけで3・59%になるとしているが、3・25%のかなりの割合を占めていた米国分が抜けて、それを付け替えて新たに3・59%になっているので、3・25と3・59を単純に足してはいけない。純増部分はあるが、合計で、輸入シェアは5%前後に抑えられていると推察される。
筆者は「輸入シェアを数%以内に抑えるのが国是である」と、従来からカナダ政府から説明を受けていた。輸入が消費量の4割も占める日本とは、雲泥の差である。
もう一つ、今回の米加合意で強調されたのが、カナダが2017年3月に新たに設けた用途別乳価分類の廃止である。具体的には、クラス6と7(「限外ろ過乳」などを最終用途とする生乳に対して他国産の価格を下回るよう設定)を追加したが、米国からの限外ろ過乳の輸入激減で米国が反発したのに対応したもの。実質は、最近加わった部分をやめただけで、従来のクラス1~5の15分類のきめ細かな乳価体系はそのままである。
カナダ政府が酪農家のコストに見合う乳製品(バター・脱脂粉乳)支持価格と、それに見合うメーカー支払い可能乳代をセットで設定。それが各州のミルク・マーケティング・ボード(MMB)とメーカー間の取引乳価(クラス4a)として適用され、それ以外の用途の取引乳価も慣行的な価格差に基づいて連動(輸入代替・輸出向け低乳価のクラス5は国際価格に連動)してほぼ自動的に決定される仕組みは完全に維持された。
2018年11月14日
誰を幸せにする農業か 自発的な営みが基本 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
北海道十勝、新得町にある共働学舎新得農場は、チーズ好きなら知らない人はいない国産チーズの聖地です。代表の宮嶋望さん(67)は35年前からチーズ作りを始め、国内外の賞を受賞。農場全体の売り上げは2億円を超え、ここで学んだ職人や酪農家は全国に100人以上です。さぞかし大きな牧場かと思いきや、牛の頭数はブラウンスイスだけ(搾乳牛で)52頭という北海道の大規模酪農とは正反対の方向にひた走る牧場です。 先日もNPO法人チーズプロフェッショナル協会によるジャパンチーズアワードが開催され、全国280のチーズ工房のうち80工房が参加して、グランプリをはじめ共働学舎で学んだ人の多くが受賞しました。国産チーズ文化の礎を築いたリーダーといえますが、その道のりはいわゆる農業法人とは異なります。
そもそも「共働学舎」とは、障害や生きづらさを抱える人が共に働いて暮らし、福祉と教育を掲げる「農業家族」として、1974年に故・宮嶋眞一郎さんが長野県小谷村に創立しました。その後の78年、長男の望さんは第2農場として妻の京子さんや仲間と6人で新得町に入植し、今では何と70人以上の大所帯となり、半数が障害などを抱える人たちです。搾乳牛の頭数よりも多くの人間が暮らしていくために、チーズ加工は欠かせない生き残り戦略だったのです。毎日の朝礼では、今日の自分の仕事を全員が発表し、牛の世話や掃除、販売など、みんな何かしらの働きをしています。
宮嶋さんいわく、「今日何をしますか」という問いかけは、「あなたはどう生きますか」ということに他ならない。誰だって世話を受けるだけでなく、自発的に生きたいと語ります。 今、国でも農福連携などソーシャルインクルージョン(社会的包摂)を進めていますが、これは新しい動きというよりむしろ、本来「農」に含まれていた「土を耕し食を生みだす教育福祉生活的な営み」を商工業に分け過ぎた反省なのではないでしょうか。
チーズ作りに欠かせない微生物や発酵文化が見直されている今の時代は、一見小さくて弱い個々の多様な働きが、食だけでなく農業にも地域にも国造りにも必要だというサインに思えてなりません。働くという言葉は、「はた」を「らく」にすると言います。誰かにしてもらうのではなく、自分は何ができるか。「共働」と「協同」の目指すものは同じはずです。
2018年10月30日
日米物品貿易協定 FTA「そのもの」だ 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
日米物品貿易協定(TAG)交渉の開始が決まったのを受けて、AP通信は「日米がFTA(自由貿易協定)交渉入りに合意」と正確に報じた。日本のメディアの「FTAに移行する可能性がある」は論外だが、「実質FTA」という以上に、「TAG」はFTAそのものである。
筆者も「日米FTAはやらないと言ったわけでしょ。だから、日米FTAではないと言わないといけないから、稚拙な言葉のごまかしで、これは日米FTAなんです」(9月28日の朝のテレビ)とコメントした。 日米共同声明では「物品の関税撤廃交渉とともに、サービス分野などの自由化交渉も同時に開始する」としており、これは「特定の国・地域間で関税撤廃やサービス貿易の自由化をめざすFTAや物品・サービス分野だけでなく投資、知的財産権、競争政策など幅広い分野での制度の調和もめざすEPA(経済連携協定)」(荏開津典生・鈴木宣弘『農業経済学(第4版)』2015年、岩波書店)の定義からしても、紛れもないFTAである。
世界貿易機関(WTO)の原則である最恵国待遇に反する特定国間での関税の引き下げは、FTAを結ばない限り不可能であるのに、米国から牛・豚肉の関税引き下げ要求を受けつつ、日米FTAは拒否すると言い続けているが、乗り切る方法などあるのかと思ったら、まさかの屁理屈である。
あまりにも稚拙で、普通の神経なら恥ずかしくて、とても言えないはずだが、この国は見え透いた、うそがどこまでもまかり通り、さらに、まひしてきているようである。「今回はこれで乗り切りましょう」と進言した経済官庁の知性と良識を疑わざるを得ない。 しかも、米国は環太平洋連携協定(TPP)が不十分として2国間交渉を求めたのだから、TPP以上の譲歩を迫るのは間違いない。自動車を所管する官庁は何を犠牲にしてでも業界利益を守ろうとする。各省のパワーバランスが完全に崩れ、1省が「全権掌握」している今、自動車関税を「人質」にとられて、国民の命を守るための食料が格好の「いけにえ」にされていく「あり地獄」である。
しかも、いくら農業を差し出しても、それが自動車への配慮につながることは、実はない。米国の自動車業界にとって日本の牛肉関税が削減されても、米国自動車の利益とは関係ないからである。本当は効果がないのに譲歩だけが永続する。
「TPPを上回る譲歩はしない」と言っている政府が、最後はどんなあぜんとする言い訳を持ち出してくるのか。その前に、何度も何度もこんな見え透いたうそで「なし崩し」にされていくのを、ここまで愚弄(ぐろう)されても許容し続けるのかが、国民に問われている。
また、WTOの最恵国待遇の原則を経済学的に是として、2000年ごろまではFTAを批判し、「中でも日米FTAが最悪」と論じていた日本の国際経済学者は日米FTA交渉入りをどう評価するのか。この期に及んで何も言わないなら、経済学者の存在意義がいよいよ問われる。
2018年10月02日