原発事故 爪痕大きく 東日本大震災 間もなく9年

中間貯蔵施設に積み上げられた汚染廃棄物の土のう袋。2年ほどで帰還困難区域を除くエリアの廃棄物と土壌搬入が終わるという(福島県大熊町で)

 東日本大震災から間もなく9年。東京電力福島第1原子力発電所事故の影響で全町避難が続く福島県双葉町では3月、初めて帰還困難区域の一部で避難指示が解除され、町の再建が始まる。今夏には“復興五輪”を掲げて東京五輪・パラリンピックが開かれるが、被災地には大量の汚染廃棄物の処理や風評被害の克服など、今も多くの課題が横たわっている。2月上旬、日本記者クラブ記者団として、原発被災地に入った。(高梨森香)
 

建屋 燃料取り出しいつ


 約100メートル離れた小山から福島第1原発1~4号機の建屋を見下ろす。

 事故当時、屋根が吹き飛び、えぐれた外壁からひしゃげたがれきがむき出しになったが、その面影はもうない。がれきの撤去が進み、廃炉に向け建屋は補修され、建屋の外で防じん服を着ている作業員もいない。

 だが、炉心溶融(メルトダウン)を起こした1~3号機の原子炉格納容器内では、いまだ溶けた燃料デブリ(ごみ)がくすぶり続けている。水素爆発を免れた2号機では来年からデブリを取り出す計画だが「取り出すための技術は今も研究中」(東電広報)という。30~40年といわれる廃炉の長い道のりに、思わずため息が出た。

 建屋では、がれきの撤去作業が行われていた。鉄材同士がぶつかる無機質な音に時折、2号機でエレベーターの昇降を知らせる「静かな湖畔」のチャイム音が重なる。廃炉作業の最前線で思いがけず聞いた牧歌的なメロディーが、場の緊迫感とは不釣り合いで耳に残った。

 説明を受けて15分がたち、記者団の胸ポケットの線量計があちこちで「ピーピッ」と鳴り出した。0・02ミリシーベルトごとに被ばくを知らせるアラームだ。装備は線量計を入れるメッシュ素材のベストだけ。構内の96%のエリアで、もう特別な装備は不要だという。1時間半の構内取材で浴びた被ばく線量は0・03ミリシーベルトだった。放射線業務従事者の線量限度を順守するため、現場では1年で20ミリシーベルト以下を徹底している。
 

汚染水 2年後タンク限界


 悩ましいのが事故処理で出た汚染水だ。鉄筋コンクリートの床面に高さ12メートル、直径12メートルの鋼鉄製の巨大タンク群が広がる人工構造物の世界。映画のセットのような空間に約1000基のタンクがあり、118万トンの汚染水が貯蔵されている。

 今も雨水や地下水が建屋に流れ込み1日に約170立方メートルもの新たな汚染水が発生している。しかし、これ以上のタンク増設は難しく、2022年夏には容量いっぱいの137万トンに達してしまう計算だ。

 浄化設備でも取り除けない放射性物質トリチウムを含んだ汚染水をどう処分するか、結論は出ていない。地元の海に流せば一層の風評被害は避けられず、漁業や水産業の操業再開は絶望的だ。汚染水を蒸発させる大気放出にも根強い拒否反応がある。
 

廃棄物 最終処分決まらず

 広野町から仙台方面に国道6号をバスで北上し帰還困難区域に入った。往来する車両は特定廃棄物・除去土壌運搬車ばかりだ。域内には朽ちた民家や店舗も残るが、建物の解体が進んでおり「除染作業中」と書かれた旗が立った更地も目立った。田畑ではススキや柳が伸び放題。荒地の中に見つけた「土地改良記念碑」が所在なさげだ。
 
帰還困難区域では建物の解体が進み、「除染作業中」と書かれたピンクの旗が立った更地が目立った(大熊町で)

 3月、被災自治体の一部で避難指示が解除されるのに伴い、原発事故以来不通となっていたJR常磐線の富岡~浪江駅間で運転が再開される。双葉町では双葉駅を中心とした町づくりを進める計画だが、汚染廃棄物を保管する中間貯蔵施設(大熊町・双葉町)が再建のネックとなっている。

 汚染廃棄物は30年以内に県外で最終処分すると法で定めているが行き先は決まっていない。環境省は1キロ当たり線量8000ベクレル以下の土壌を、農地や路盤に再利用する実証実験も進めている。

 「一番被害に遭った町が一番迷惑な施設を受け入れている」と、伊澤史朗双葉町長は話す。

 中間貯蔵施設が町内にある限り、汚染廃棄物が今後も被災自治体に押し付けられる不安は消えない。

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