きょうは一つの区切り、年度末である

 きょうは一つの区切り、年度末である。令和元年度を振り返れば、新型コロナを筆頭に重大事が相次ぐ▼小欄が担う1面コラムは新聞にとり特別な存在である。いやが応でも目に付く場所に位置する。最重要記事を掲げる1面は顔と同じ。コラムは人に例えれば口に当たる。その日のニュースが明るい暗いで口元が上下し複雑な感情を抱えながらの筆運びに。だが、志村けんさんの突然の悲報にはどんな追悼をささげればいいのか言葉を失う▼先達の力も借り切り開いてきた道を歩む。しかし、この先は自らつくらないと前に進めない。〈僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る〉。高村光太郎の『道程』冒頭の珠玉の言葉を思う。いや、昭和の歌姫・美空ひばりさんの名曲「川の流れのように」がふさわしい。〈地図さえない それもまた人生〉と胸に刻みながら▼伝説の名コラムニストで深代惇郎が浮かぶ。深い洞察力と縦横無尽の筆遣い。豊かな表現と語彙(ごい)の多さ。喜怒哀楽に深みと軽やかさが備わる。コラム書きなら必ず、その著書に目を通し味わいある作品に深く沈み込む。そして自らの筆力のなさを思い知る▼ただ、非力ならではの味わいは出ないか。小欄はタイトル同様に〈四季〉の彩りを感じ、朝の食卓に吹く快い“そよ風”でありたい。
 

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