前の東京五輪に合わせ高速道路で覆われすっかり目立たなくなった日本橋

 前の東京五輪に合わせ高速道路で覆われすっかり目立たなくなった日本橋。江戸時代には、東海道や中山道など五街道の起点として旅人の往来でにぎわった▼当時を代表する浮世絵師として活躍した葛飾北斎と歌川広重は、競うように取り上げた。北斎は『冨嶽三十六景』の「江戸日本橋」。遠くに江戸城や富士山を望む活気にあふれる魚河岸を西洋の遠近法を用いて描いた。広重は『東海道五十三次』の「日本橋 朝之景」。橋のたもとに魚売り、奥に大名行列を配し、人々の息遣いを醸し出す▼風景版画の双璧とされる両雄だが、作品の印象も絵師としての姿勢も全く異なった。奇抜な構図で驚きを与えた北斎に対し、広重には親しみやすく情緒に満ちた作品が多い。素人にその優劣はつけがたいが、作家藤沢周平は『溟(くら)い海』で「若い広重に嫉妬する老年の北斎」を巧みに描いた▼1911年のきょう、木橋から今の石橋に架け替えられ、開通式が行われた。小雨にもかかわらずけが人が出るほどの見物客が殺到したと伝わる。当時も、「起点」への関心は高かった。道路標識で「東京まで○○㎞」と書かれている多くは、日本橋までの距離を表す▼高速道路を地下に移す計画が進む。田園回帰を目指す旅の始まりにふさわしい景観が、待ち遠しい。

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