「選択と集中」の菅政権 地方から課題監視を 法政大学教授 山口二郎

山口二郎氏

 菅義偉首相は、地方出身のたたき上げ、苦労人というイメージで、人気を集めている。まだ、具体的な政策は何も実行していないので、評価するのは早過ぎる。とはいえ、今までの言動や政治家としての実績に基づいて考えれば、懸念すべきことがある。

 世襲政治家が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する自民党の中で、菅氏は久しぶりのたたき上げの首相である。しかし、たたき上げの権力者には2種類ある。一つは、恵まれない境遇の人間を助けるために支援を惜しまない指導者である。もう一つは、裸一貫からの努力という自分の成功体験を他人にも期待し、成功しない者は努力不足だと切り捨てる指導者である。菅氏は、後者の指導者のように見える。
 

競争生んだ愚策


 菅氏は、ふるさと納税を自分の政策的功績と誇る。しかし、これは租税の理論に反する愚策である。そもそも税金とは、政府から受け取る公共サービスの原資として支払うものである。ふるさと納税は、居住する地方自治体に対する税の一部を使って私的な買い物あるいはキャッシュバックを可能にする制度である。個人が自腹で地方の農産物を都会の人々が享受することは結構なことであり、大いに広めてもらいたい。しかし、名産品の購入金額が住民税から控除されることが問題なのである。実際には、富裕層に対する減税という機能を持っている。

 地方自治体は、税源の有無に関係なく、地域住民に対して教育、保健医療などのサービスを行わなければならない。税収の少ない地域には国が地方交付税で財源を保障する仕組みがある。ふるさと納税は、地方自治体を寄付金集めの競争に投げ込む。この競争は不毛なゼロサムゲームである。
 

利益追求の限界


 菅氏は、総裁選挙の中でも自助を強調し、就任早々規制改革、つまり強い者がもっと自由に利益を追求できるようにすることを優先課題として打ち出した。具体策として、地方銀行の集約、再編を上げている。また中小企業を淘汰(とうた)し、生産性を上げるべきだという目標も打ち出した。安倍晋三政権以上の選択と集中が菅政権の経済政策の基調となるように思える。

 菅氏の実家は秋田県のイチゴ農家で、当初は地域の農協と対立して経営規模を拡大し、成功したと伝えられている。菅路線を農業に当てはめるなら、規模拡大と効率化によって、稼ぐ農業を推進するということになるだろう。

 私は、このような方向について極めて憂慮している。農家が基礎的食料を生産し、自治体が住民のためのサービスを提供し、学校で子どもを教育するのは地味な仕事であり、毎日、毎年当たり前のことを繰り返す。それは特段称賛を受けることはない。そもそも、これらの分野ではもうかるかどうかには関係なく、人間の命や生活を支えるためにモノやサービスが提供されてきた。しかし、この30年、自治体行政、医療、教育、交通、農業などさまざまな分野で、地道な本来業務を停滞や安住として批判し、競争原理の拡大、効率化、利益追求が奨励され、公共世界は荒廃してきた。

 新型コロナウイルスが猛威を振るう今は、不確実の時代である。人間の生命、生活を支えるための食料生産、医療や介護などのサービスを持続することは、国全体の生き残りのために不可欠である。選択と集中は社会をいっそう脆弱(ぜいじゃく)にする。新政権の政策について、目を凝らし、地方からの批判を加えていかなければならない。

 やまぐち・じろう 1958年岡山県生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学教授などを経て2014年に現職。現実政治への発言を続け、憲法に従った政治を取り戻そうと「立憲デモクラシーの会」を設立。近著に『「改憲」の論点』(集英社新書)。
 

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