スマート化で何をする? 新技術が経済格差に 特別編集委員 山田優
2020年10月06日
スマート農業が花盛りだ。本紙には無人の農業機械が畑を走り回り、ドローン(小型無人飛行機)や衛星から送られた情報に従って耕したり収穫したりする事例が、全国各地で登場する。
農水省のウェブサイトによると、「ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業」がスマートな農業だという。
高齢化や過疎で農村の人手不足が深刻な中、魅力的に見えるのは確か。省力化と品質向上の一石二鳥になるのであれば、期待されるのは当然だ。厳しさが強調される農業で、数少ない明るい話題といえる。
政府のスマート農業関連予算は拡充されている。デジタル化に熱心な菅政権でさらに農業のスマート化が進むことは確実。目指すのは農家がいち早くスマートになって競争力を高めることだ。
この場合の競争相手は、国内の他産地や輸出先の競合国などだろう。政府のスマート農業は、安倍前政権から続く攻めの農政とぴったり歩調を合わせている。成長するには競争するしかない。他人を蹴落としてでも強い農業を目指しなさいというわけだ。
新しい技術は私たちの暮らしや経営を便利にする一方で、社会のひずみを広げることもある。
ここ数十年の間に、世界中でITが浸透した。インターネットやスマートフォンがない生活はもはや想像しにくい。
半面で社会の経済格差は大きく広がった。ITをスマートに利用するごく一部の企業や富裕層が巨万の富を独占し、一方で多くの貧困層が生まれた。新自由主義的なさまざまな規制緩和と、ITの発展が結び付き、競争の勝者だけがおいしい思いをできるようになったからだ。
農業でスマートな技術がもてはやされ、気が付いたら農村に取り返しのつかない経済格差が生まれることはないだろうか。
人影のない田んぼで、無人トラクターとコンバインが走り回る。収穫した米は自動で乾燥調製機に運び込まれる。経営者の命令で全ての作業を指示するのは人工知能(AI)。従うのは地元の補助要員か海外からの研修生。
一つ一つの技術を見れば便利で営農に役立つものばかり。だが、こんな風景の中、一握りのスマートな経営者が、戦前の地主のように「旦那さま」として農村を歩き回る姿は見たくない。
農水省のウェブサイトによると、「ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業」がスマートな農業だという。
高齢化や過疎で農村の人手不足が深刻な中、魅力的に見えるのは確か。省力化と品質向上の一石二鳥になるのであれば、期待されるのは当然だ。厳しさが強調される農業で、数少ない明るい話題といえる。
政府のスマート農業関連予算は拡充されている。デジタル化に熱心な菅政権でさらに農業のスマート化が進むことは確実。目指すのは農家がいち早くスマートになって競争力を高めることだ。
この場合の競争相手は、国内の他産地や輸出先の競合国などだろう。政府のスマート農業は、安倍前政権から続く攻めの農政とぴったり歩調を合わせている。成長するには競争するしかない。他人を蹴落としてでも強い農業を目指しなさいというわけだ。
新しい技術は私たちの暮らしや経営を便利にする一方で、社会のひずみを広げることもある。
ここ数十年の間に、世界中でITが浸透した。インターネットやスマートフォンがない生活はもはや想像しにくい。
半面で社会の経済格差は大きく広がった。ITをスマートに利用するごく一部の企業や富裕層が巨万の富を独占し、一方で多くの貧困層が生まれた。新自由主義的なさまざまな規制緩和と、ITの発展が結び付き、競争の勝者だけがおいしい思いをできるようになったからだ。
農業でスマートな技術がもてはやされ、気が付いたら農村に取り返しのつかない経済格差が生まれることはないだろうか。
人影のない田んぼで、無人トラクターとコンバインが走り回る。収穫した米は自動で乾燥調製機に運び込まれる。経営者の命令で全ての作業を指示するのは人工知能(AI)。従うのは地元の補助要員か海外からの研修生。
一つ一つの技術を見れば便利で営農に役立つものばかり。だが、こんな風景の中、一握りのスマートな経営者が、戦前の地主のように「旦那さま」として農村を歩き回る姿は見たくない。
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きょうJA全国女性大会 全中・中家会長に聞く 主体的に運営参画を
JA全国女性組織協議会は20日、第66回JA全国女性大会を開く。JA全中の中家徹会長に、新型コロナウイルス下での活動へのエールやJAの運営参画への期待を聞いた。
──コロナが活動に影響をもたらしています。
今はさまざまな組織活動に支障を来している。女性組織も思うように活動ができていないと思うが、ウィズコロナ時代の活動指針を昨年9月に示し、できることからやろうと積極的な取り組みをしている。インターネット交流サイト(SNS)を使った話し合いなど、対策を講じて活動してほしい。
組織の基盤である部員の減少に歯止めがかからない。コロナ下でも萎縮せず、女性組織が頑張っていることを外に発信し、対外的なイメージ向上につなげてほしい。
──第5次男女共同参画基本計画が2021年度から始まります。JA運営に女性参画を進める意義は何ですか。
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──どのように女性参画を進めますか。
大きいのはトップの意識だ。女性組織は、工夫し活動していることをメディアや、JAの広報誌を活用しPRしてほしい。女性組織の活躍を知れば、トップの認識もおのずと変わっていく。
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女性組織には絶大なる期待をしている。女性が元気なところは、JAも地域も元気。ぜひ頑張ってほしいし、遠慮せず主体的に参画してほしい。(聞き手・柳沼志帆)
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2021年01月20日
生物多様性保全戦略 流通・消費者も一体で 来年度改定へ新項目 農水省
農水省は、生物多様性の保全方針を示す戦略を2021年度中に改定する。5月に中国で開かれる生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で、新たな世界目標が決まることを踏まえる。これまで3回の有識者検討会を開き、ビジョンや目次案などを議論。現行戦略は生産者向けの記述が中心だったが、新戦略は流通、消費まで関係者一体となった取り組みを促す内容となりそうだ。
同戦略は07年に初めて策定し、農薬や肥料の適正使用、農業生産工程管理(GAP)の普及といった施策の展開を盛り込んでいる。今回が2回目の改定で、COP15を受けて決める国家戦略にも反映させる。これまでの議論で、30年に向けた戦略のビジョンは「農山漁村が育む自然の恵みを生かし、環境と経済がともに循環・向上する社会」とする方向となった。
18日の検討会第3回会合では、目次案などを議論。現行の戦略は生産者向けの記述が中心だが、同省は新たに流通業者、消費者向けの項目の新設を提起。環境に配慮した農産物の調達や、まだ食べられるのに捨てられてしまう食品ロスの削減などを促すとした。
農林水産関連のコンサルティングなどを手掛ける、いきもの株式会社の菊池紳代表取締役は「流通業者が生物多様性に関わるには、それに取り組む生産者から優先して調達するのが一番」と指摘。生産者との連携を記述するよう求めた。立教大学特任教授の河口真理子氏は「生物多様性を守る最前線にいる生産者を応援しないと何も始まらない。リレーをつないでいるのが流通、小売りという位置関係も書いてほしい」と強調した。
次回の会合は3月上旬を予定。戦略本文などを検討する。
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2021年01月22日

生徒の思い商品化 スイーツで独自銘柄
第1弾は県産黒糖 JAおきなわ「mamu―i」
JAおきなわは、独自のスイーツブランド「mamu―i(マムイ)」を立ち上げた。JAの知名度を生かした新ブランドの展開で、新たな販路拡大と県産農産物の消費拡大に弾みをつける。第1弾の商品として沖縄黒糖を使った「ざわわショコラ」を先行発売した。
沖縄県では、サトウキビ生産と黒糖製造業が離島経済と島民の生活を支えている。……
2ページ目は『「白バラ牛乳」×「北栄町産イチゴ」のカップケーキ販売 26日から山陰地区で 大山乳業農協と鳥取中央育英高』がご覧になれます。
2021年01月23日

金原亭世之介さん(落語家) おいしい野菜こそが大切
6、7年ほど前に「原田氏病」という免疫の病気にかかりました。100万人に数人という割合の珍しい病気です。
まず視力がほとんどゼロになり、次いで聴力も落ちてきました。そこで、ステロイドを体に限界まで入れるという療法を取ったのです。病状は少しずつ良くなったのですが、副作用がひどくて。
突然の難病発症
私はもともと糖尿病の予備軍だったのですが、そんな体でステロイド療法をやったせいで完全な糖尿病に。インスリン注射を打ち続けないといけない生活になったんです。どうにかならないかと医者に相談しても、無理だとしか言われませんでした。
そこで自分なりに勉強して、どうやら野菜がいいらしいと分かりました。もともと野菜は大好きだったので、大量に食べるようにしたんです。まるで芋虫になったみたいに。
野菜は食事の最初に食べるのがいいというので、まずはカレーライスの皿に山盛りにしたサラダを食べるようにしました。夏なら大量のレタスがメイン。春や秋には代わりにキャベツを。レタスとキャベツを中心にして、キュウリ、ブロッコリー、カリフラワーなどをしっかり食べる習慣をつけました。海藻類もいいそうなので、ノリで野菜を巻いて食べるんです。
大盛りサラダを平らげてから、肉や魚を食べて、ご飯をちょっといただくんですが、その時にもインゲンのおひたしや、マイタケを食べるようにしました。
調子が良くなってきたんですが、今度は心臓に問題が起きて。発作で倒れてしまい、救急車で運ばれたんです。
心臓に良いものを食べないといけない。調べたら、梅干しが良いという。塩分が強いので良くないイメージがあったんですが、精製食塩は悪いが、昔ながらの海水を天日干しする製法の塩なら体に悪くないという。そういう塩を使った梅干しを食べてみたら、これがおいしいんですね。酸味とうま味を感じたんです。
同時に、塩自体のおいしさにも気づかされました。例えば宮古島産の雪塩。雪のように細やかな塩で、なめてもうまいんですよ。
それまでサラダにはドレッシングを掛けていましたが、梅干しをつぶしてエゴマ油であえて、掛けるようにしました。
そのような食生活を続けたところ、一時は500もあった血糖値が120くらいまで下がったんです。医者から、インスリン注射を打つと危険だから錠剤に切り替えるように指示されました。今では錠剤を飲む必要もなくなったほどです。
医者も驚く全快
私は全て野菜のおかげだと思っています。医者には「特異体質なんでしょう。まれな例なので、他の人には勧めないでください」とくぎを刺されましたが。
このような食事を続けましたら、舌が敏感になってきました。濃い味つけから、薄い味付けに変わり、食材の味そのものを楽しめるようになったんです。
同じスーパーで買っても、レタスがおいしい時とそうでない時がある。それが分かってきました。私はかみさんと一緒にスーパーに買いに行くんですけど、やがてどういうレタスがおいしいか、どういうキャベツがおいしいかも分かるようになってきて、きちんと見て判断して買っています。
病気のおかげという言い方はなんですが、今は質の良い野菜をおいしく食べられて幸せです。(聞き手=菊地武顕)
きんげんてい・よのすけ 1957年東京都生まれ。76年、金原亭馬生に入門。80年に二つ目昇進。「笑ってる場合ですよ」などのバラエティー番組で女優・宮崎美子の顔面模写をして人気を博す。90年、NHK新人演芸大賞受賞。92年に真打昇進。●角子(さいかち)の俳号を持つ俳人であり、大正大学客員教授も務める。
編注=●は白の下に七
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2021年01月16日

コロナ禍の表裏 恐れず好機見いだせ 日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介
久しぶりに台風が上陸しなかった昨年。洪水や土砂崩れの被害は、8月以降は避けることができた。しかし、3シーズンぶりに雪が多いこの冬、今度は雪害が心配だ。
とはいえ、この降水量の多さこそ日本の緑と実りが世界の中でも特に豊かな理由でもある。例えば、豪州では、日本の20倍の面積に日本の5分の1の人口しか住んでいないが、慢性的に水が不足している。地下水を過剰にくみ上げて行われる同国の農業も、いつまで安価大量生産を続けられるか疑問だ。
過剰反応は禁物
このように、利点と弱点は表裏一体だ。引き続くコロナ禍に関しても、同じことが言える。前提として、このウイルスは根絶できないことを理解したい。
この冬、インフルエンザの感染者はほぼゼロだが、インフルエンザウイルスがこれで根絶されたりはしない。仮に新型コロナの感染が収束しても同じことだ。これまで見事に感染を抑えてきた国・地域、例えば台湾、インドシナ諸国、ニュージーランドなどでは、免疫ができていない分、油断すればいつでも感染爆発が起きかねない。それに対し、感染抑止に失敗した米欧の多くの国で、危機感の高さから副作用を辞さずワクチン接種が進めば、事態が先に好転する可能性もある。
前回(2020年6月)寄稿した「論点」で筆者は、いったん感染が収まっていたことを背景に「コロナ禍はパンデミックではなくインフォデミック(恐怖心の感染)だ」と書いた。その後2度にわたって感染の再拡大が起きているが、「東京の今日の感染者は〇〇人」とあおるテレビを見て、皆さんはどうお感じだろうか。多くの地方、特に農山漁村においては、生活の実態に特に変化はないままなのではないか。
日本における死者数は、前回寄稿時の4倍以上に増えたが、人口当たりの水準では米国の37分の1、欧州連合(EU)諸国の30分の1だ。絶対数でいえば、年間の交通事故死者数と同レベルで、19年のインフルエンザによる死者数(関連死含む)の半分弱、がんによる死亡者の100分の1強である。しかもその3分の2が首都圏と愛知県と京阪神の8都府県の在住者で、農山漁村のほとんどで死者は出ていない。
交通事故は極めて重大な問題で、一件でも減らす努力が必要だが、かといって通勤通学を禁止し経済を止めるべきではない。新型コロナの脅威にも、交通事故と同じレベルで用心し対処すべきだ。具体的にはマスクを外しての他人同士の会話・会食は当面避けるべきだが、怖がって家に閉じこもることもない。
人手不足解消へ
コロナの農業への影響で本当に深刻なのは、外国人技能実習制度の機能不全化だろう。であれば今年は、飲食店などで職を失った都会の若者を試用するチャンスではないだろうか。少子化は中韓台でも急速に進んでおり、農業の人手不足は今後とも深刻化する一方だ。
日本人の人件費を払える事業体に変化しなければ、どのみち生き残れない時代が来る。農協あるいは農業法人の協議体が、集団で取り組んではいかがだろう。
もたに・こうすけ 1964年山口県出身。米国コロンビア大学ビジネススクール留学。2012年から現職。平成大合併前の全市町村や海外90カ国を自費訪問し、地域振興や人口成熟問題を研究。近著に『進化する里山資本主義』など。
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2021年01月18日
コラム 今よみ~政治・経済・農業の新着記事
生産国の穀類輸出制限 食料貿易 波乱の兆し 特別編集委員 山田優
新型コロナウイルス禍で「お正月はおとそ気分」とはなかなかならなかったが、食料貿易の現場も今年は緊張感の漂う年末年始だった。
きっかけはロシア。12月半ばに政府が突然「国内のパン価格を安定させるため輸出量を制限し、小麦、ライ麦、大麦、トウモロコシに輸出税を課す」と発表した。官報によると、2月15日から6月いっぱい、小麦の輸出に1トン当たり25ユーロ(1ユーロ約125円)徴収することになった。
さらに先週金曜日になると、同50ユーロと倍額への引き上げが決まった。「25ユーロでは効果が小さいとロシア政府が判断したようだ」と穀物業界関係者は解説する。ここ数年、ロシアは毎年3000万トン以上を輸出する、ぶっちぎりで世界一の小麦輸出国だ。当然、世界に激震が走った。
今回の輸出規制は、昨年11月ごろから通貨のルーブル安が進み、国内のインフレ圧力が高まったことが理由とされる。食べ物の恨みは政治不安につながる。プーチン大統領が「食料の輸出を減らし国内に回せ」と首相に指示した。
トウモロコシや大豆でも波乱が起きた。アルゼンチン政府は年末ぎりぎりにトウモロコシの輸出制限を決めた。やはり国内消費者を優先させたいというのが理由とされる。こちらも3000万トンを超す大輸出国だけに騒ぎとなった。その後、農家の反発を受け、1日当たり3万トンまでの輸出を認めるなど同政府の迷走が続いている。
ワシントンにある国際食料政策研究所によると、昨年、19カ国が食料の輸出制限措置を発動した。その大半が世界貿易機関(WTO)への通報をせず、突然導入された。主に新型コロナウイルス感染の混乱防止が目的で、夏には解除されたところが多い。だが、今年になってロシアやアルゼンチンなど伏兵が現れた。
年明け、シカゴ先物相場はさらに急騰した。先週の米農務省発表で、米国内でトウモロコシや大豆の在庫が、市場予想を下回ったことが主な原因とされる。中国の旺盛な輸入意欲も一因だ。火に油を注いだのが、輸出大国による輸出規制であることは間違いない。
「ロシアなどの輸出規制によるわが国への影響は現時点で確認されていない」と農水省食料安全保障室の久納寛子室長は話す。確かに日本はこれらの国からあまり穀類を輸入していない。しかし、輸出規制が広がれば国際相場が値上がりし、日本へも影響は及ぶ。年明けから食料貿易に波乱の兆しだ。
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2021年01月19日
予算編成プロセス 活性化へ有効活用を 元農水省官房長 荒川隆氏
年末にかけて、税制改正、補正予算、翌年度予算が閣議決定されると、年中無休の永田町・霞が関かいわいにも年越しの静寂が訪れる。かつて、大蔵原案の一次内示から、課長折衝、局長折衝、次官折衝という事務折衝の後に、与党政調会長も交えた大蔵大臣室での大臣折衝へと続く一連の予算編成プロセスは、年末の風物詩だった。御用納めの12月28日までに終わることはなく、閣議決定後の端数整理で生ずる残額の割り付けのための「落穂拾い」と呼ばれる作業を終えて役人たちが家路に就く頃には、紅白歌合戦が始まっていたものだ。
自らの関連予算を一円でも上積みしようと、業界関係者が全国から地元の名物を携えて上京し、手分けして役所や国会議員に陳情を繰り返す。与党各部会は、連日早朝から会議を開き、折衝状況を聴いて役人を叱咤(しった)激励する。最終段階では、大臣折衝に赴く農水大臣を与党部会全員で送り出し、折衝から戻った大臣からその赫赫(かっかく)たる成果を聴取し、同席する業界団体代表たちがお礼言上を行う。一連の政治ショーはこんな形で進む。
昭和が平成に変わった頃から、このプロセスは簡素化されていった。年末ギリギリだった閣議決定日がしだいに前倒しされ、いつしか天皇誕生日の前には終わるようになった。倫理規程のおかげで業界からの差し入れもなくなり、半ばお祭り騒ぎだった省内も、予算担当者を中心とした地味なものに変わっている。
働き方改革のご時世だから、プロセスの簡素化に越したことはないし、新型コロナウイルス禍の今回は例年以上に静かだったようだが、編成された予算総額は過去最大となった。農政関連では、すったもんだの末に第3次補正コロナ対策として盛り込まれた次期作支援対策に1300億円余りが計上された。米価下落が懸念された2020年産米対応や大幅な深掘りが必要となる21年産米対策も、補正予算に350億円、当初予算に対前年同額の3050億円が確保された。「コンクリートから人へ」の被害者でもあった農業農村整備事業も、当初予算額をさらに伸ばして全国の事業要望に十分応えられる水準となったようだ。新基本計画で打ち上げられた「食と農の国民運動の推進」も、4億円と金額は少ないものの運動のはずみ車としての芽出しはできた。
これらの予算編成作業は、日の当たる政治プロセスの陰で黒衣(くろご)として働く霞が関の役人たちが、厳しい予算制約の中で知恵を絞り粘り強く財政当局と折衝した生みの苦しみのたまものだ。農業関係者におかれては、予算事業を有効活用し経営改善や地域活性化に努力するとともに、都市住民・消費者・経済界など各界各層を巻き込み、この国の農業・農村への理解を深める運動に取り組んでいただきたい。
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2021年01月13日
外国頼み危うい観光 経済構造転換が必要 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
GoToトラベル事業を巡る議論には、経済社会の構造そのものをどう転換するか、という視点が欠如している。GoToトラベルは都市部の3密構造をそのままにして、感染を全国に広げて帰ってくるだけだ。
GoToトラベルはあくまで観光であり、観光に依存した地域振興はそのままである。つまり、根本的には、都市人口集中という3密構造そのものを改め、地域を豊かにし、地域経済が観光や外需に過度に依存しないで地域の中で回る循環構造を強化する必要がある。
地域に働く場をつくり、生産したものを消費に結び付けて循環経済をつくるには、農林水産業が核になるはずである。農林水産業が元気で地域の環境や文化が守られなくては、観光も成り立たない。ましてや、輸出5兆円が実現できるわけがない。足元を見ずに、観光だ、インバウンド(訪日外国人)だ、輸出だ、と騒ぐのは本末転倒だ。
政府が何に力を入れていくべきかは明らかだ。地域の実態は厳しさを増している。集落営農組織ができていても、平均70歳を超え、基幹的作業従事者の年収が200万円程度で後継者がおらず、年齢をプラス10すれば、10年後の崩壊リスクが高い集落が全国的に激増している。また、農家の1時間当たり所得は平均で961円。後継者を確保しろとは酷である。
飼料の海外依存度を考慮すると、牛肉(豚肉)の自給率は現状でも11%(6%)、このままだと、2035年には2%(1%)、種の海外依存度を考慮すると、野菜の自給率は現状でも8%、35年には3%と、信じ難い低水準に陥る可能性さえある。国産率96%の鶏も飼料とひなの海外依存度を考慮したら自給率はほぼ0%だ。これでは地域コミュニティーを維持できるわけがないし、不測の事態に地域の住民や国民への量的・質的な食料安全保障の確保は到底できない。
GoTo事業のもう一つの問題は、経済を回して迂回(うかい)的に支援する仕組みにある。経済は回さずに必要な人に直接所得補償をすべきだ。感染抑止になるし、必要な人に支援が届くまでの中間で予算が雲散霧消する構造を打破できる。
予算の「雲散霧消」は今に始まったことではない。例えば、08年の餌危機には、国は緊急予算を3000億~4000億円手当てした。それを、そのまま緊急的な乳価補填(ほてん)などに使えば、機動的に畜産・酪農所得を支えられたが、乳価補填には100億円程度しか使われなかった。
大部分はどこへ行ったのか。なぜ、もっと直接的に農家の所得補償ができないのかと、食料・農業・農村審議会の畜産部会や農畜産業振興機構の第三者委員会において疑問を呈したのは消費者側委員だった。生産者と消費者は運命共同体だ。
今こそ、国の予算もシンプルで現場にダイレクトに届くように構造転換すべきときだ。
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2021年01月05日
心に与える価値見直し 農へのハードル低く 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
年末は自宅で紅白を見る人も多いでしょう。2020年最後のメッセージは何か、出場歌手の選曲に注目が集まりますが、国民的アーティストの松任谷由実さんは「守ってあげたい」を歌うそうです。ユーミンはライブ活動の場を失った音楽家たちの応援プロジェクト大使も務めています。そのインタビューでの言葉が印象的でした。
「アーティストがステージに立つのは、誰かに何かをしてもらうよりも、自分が誰かを喜ばせる方が、エネルギーがみなぎるから。こういう世の中だからこそ笑顔と親切を人にあげることができたなら、それは自分自身の力になる」
人に何かを供給してもらうのが消費者(ファン)ならば、生み出し与える人は、生産者(アーティスト)に他なりません。音楽や芸術が人の暮らしに豊かさをもたらすように、農も食料生産だけでなく、人の心に与える価値が見直されています。
筆者の住む東京・世田谷の農園では、コロナ禍で近隣の人の散歩が増え、収穫体験や庭先販売への需要も増し、都市農業への重要性が再認識されました。
また、静岡県浜松市引佐町にある「久留女木の棚田」では市民向けに棚田塾を開いていますが、自粛期間中、遠出をできない人たちが「何か手伝うことはないか」とこぞってやって来て、まさかの労働力過剰になったそうです。人は食べ物のみに生きるにあらず。息抜きや安らぎの場が必要なのです。
都市農業も中山間地も小規模で非効率ですが、多様な人が関わる居場所、癒やしやイベント空間としての需要はますます高まっています。農の現場に必要なのはそうした細やかなニーズを受け止めるセンスとマッチングではないでしょうか。
JA全農では12月から、旅行大手のJTBと提携して「副業」としての農作業の人材確保に取り組み始めました。職を失った観光業界の従業員に働く場を提供すれば、本人にも地域経済にも喜ばれます。既に70人の従業員が、かんきつの収穫作業に従事しているそうです。
受け入れのハードルを下げ、多様な農への関わり方を提案し、働く側の視点でマッチングすれば、農は都市の受け皿になり得ます。関わる人が増えれば、そこから本格的に農業を志す人も出てくるかもしれません。農ライフへ若者を(中高年でも)いざなう半農半Xや農福連携といった細やかなアプローチに来年は期待します。
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2020年12月29日
好調な米国の農家経済 補助金が支える意義 特別編集委員 山田優
米国の農家は今年、ウハウハの状態で年末に帯を結べるようだ。中国などとの貿易摩擦で農産物輸出に陰りが出たり、新型コロナウイルス感染の広がりで肉畜の出荷が滞ったりしたが、夏以降、穀物相場が予想以上に回復して挽回した。今月初めの米農務省の発表によると、食料危機で相場が高騰した2013年以来の現金収入が見込める。
順調な農家経済の背景には、膨大な補助金の存在もある。11月の大統領選挙を意識したトランプ政権は、貿易摩擦や新型コロナの尻拭いのため、今年、空前の約5兆円を農家に直接ばらまいた。同省の試算では政府補助金が農家の利益の39%を占めるというから、半端ではない。多くの農家が選挙でトランプ氏を熱狂的に支持した理由が分かる気がする。
手厚い共通農業政策が続いている欧州では、米国以上に補助金が農家経営の下支えになっている。例えば加盟国の一つフランスの場合、農業収入に占める直接支払いの割合は3割で、32万戸の対象農家の平均受取額は280万円になる(2018年)。サラリーマンで言えば、基本給に相当するような額だ。
「日本の農業は補助金で成り立っている」という批判を見掛ける。だが、桁外れの大規模農業が可能なオーストラリアやアルゼンチンなど一部の新興国を除き、先進国の多くで農業保護は当たり前だ。補助金で農家を支えないと、多くの家族経営が行き詰まる。農地が荒れ食料供給が滞り、地域のにぎわいも消える。農業が持っている多面的な機能が失われれば、国全体に大きな悪影響を及ぼす。
一方で、世界各地で近年農業保護の在り方に鋭い目が注がれるようになってきた。米国と欧州は来年、長期農業政策の見直しが本格化する。どちらも大規模な企業型農業に対する支援を削って家族農業の取り分を増やし、環境への貢献に応じた補助金に大胆に衣替えするべきだなどの議論が出ている。
国家財政の逼迫(ひっぱく)や経済格差の広がりが背景にある。かつて社会の弱者だった先進国の農家の多くは都会の低所得者に比べて豊かな生活を営むようになった。
「なぜ農業が大切なのか」。限りある税金から農業を支えることの理由が、これまで以上に世界中で問われている。
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2020年12月15日
組織改正と行政力 食料産業発展に期待 元農水省官房長 荒川隆氏
師走の声を聞き、来年度予算編成も大詰めだ。予算の陰に隠れ目立たないが、役所にとって負けず劣らず重要なのが、組織定員要求だ。組織の形を定め、その格付けごとの定員(級別定数)を決める組織定員要求は、役人にとって自らの処遇や組織の格にも関わる大事だ。
橋本内閣が道筋をつけた2001年の省庁再編により、1府22省庁の中央官庁が再編され、現在につながる1府12省庁(当時)体制が導入された。役所の数を減らすだけでなく、各省庁の内部部局も一律に1局削減するとともに、全省庁を通じて局の数に上限が設定された。国土交通省や総務省など統合省にあっては、内局の数も多く問題はなかったろうが、単独省として存続した農水省では、どの局が削減されるか大議論になった。定員の割に局の数が少ない農水省で、5局(当時)を4局(当時)に再編することは難題で、結局、「畜産局」が廃止され耕種部門(農産園芸局)と統合し「生産局」が設置された。
今、その「畜産局」が復活するかどうかのヤマ場を迎えている。「生産金額では米を凌駕(りょうが)している」「今後の輸出拡大の目玉だ」など理屈はいろいろあろうが、それはそれで、「昔の名前で出ています」の感がなくもない。5兆円の新たな目標に向かい、今後本格化するだろう輸出攻勢を担う「輸出・国際局」の新設と「合わせ一本」ということだろう。
この組織改正の陰で見逃せないのが、飲食料品産業や外食産業などを所掌する部局の位置付けの変更だ。現在はその名の通り「食料産業局」が設置されているが、新組織案では、大臣官房に「新事業・食品産業部」なるものが設置されるらしい。わが国の食料・農林水産業の売り上げは100兆円で、そのうち農業が8兆円、林業・水産業は4兆円、残りは全て広義の食料産業部門だ。その食料産業部門を国の行政組織としてどう扱うかは、農水省の組織改正の歴史上、悩ましい問題だった。とかく1次産業偏重、農業偏重といわれてきたこの役所で、1972年に「企業流通部」が局に格上げされ、現在の「食料産業局」の前身である「食品流通局」が設置された。食料産業関係者の悲願が実現したのだ。
あれから50年、今般の組織改正が、よもや食料産業の格下げではないと信じたいが、はたからはそんな懸念も聞こえてくる。多忙な官房長が新たなこの部を直接指揮監督するのは難しかろうから、何らかの総括整理職が設置されるのだろう。それにより、「輸出・国際局」や作物原局(農産局、畜産局、林野庁、水産庁)との連携が今以上に図られ、食料産業のますますの発展につながる組織改正となることを期待したい。
凡人の懸念が杞憂(きゆう)で終わりますように。
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2020年12月08日
自家増殖制限と種の海外依存 公共的支援枠組みを 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
種苗の自家増殖を制限する種苗法改定の目的は種苗の海外流出の防止とされてきたが、その説明は破綻した。農家の自家増殖が海外流出につながった事例は確認されておらず、「海外流出の防止のために自家増殖制限が必要」とは言えない。
むしろ、「種子法廃止→農業競争力強化支援法8条4項→種苗法改定」で、米・麦・大豆の公共の種事業をやめさせ、その知見を海外も含む民間企業へ譲渡せよと要請し、次に自家増殖を制限したら、企業に渡った種を買わざるを得ない状況をつくる。つまり、自家増殖制限は種の海外依存を促進しかねない。
種苗法改定の最大の目的は知財権の強化による企業利益の増大である。環太平洋連携協定(TPP)では製薬会社から莫大(ばくだい)な献金をもらった米国共和党議員が新薬のデータ保護期間を延長して薬価を高く維持しようとした。基本構造は同じである。
また、農家の権利を制限して企業利益の増大につなげようとするのは、人の山を勝手に切ってバイオマス発電したもうけは企業のものにし、漁民から漁業権を取り上げて企業が洋上風力発電でもうける道具にするという農林漁業の一連の法律改定とも同根である。
そして、議論が許諾料の水準にすり替えられた。問題は、公共の種が企業に移れば自家増殖を許諾してもらえず、毎年買わざるを得なくなることだ。
また、登録品種は1割程度しかないから影響ないというデータの根拠も怪しいと判明した。かつ、在来種に新しい形質(ゲノム編集も)を加えて登録品種にしようとする誘因が高まるから、それが広がれば、在来種が駆逐されていき、多様性も安全性も失われ、種の価格も上がり、災害にも脆弱(ぜいじゃく)になる。
ただし、農水省を責めるのは酷である。自らの意思と別次元からの指令で決まったことに苦しい理由付けと説明をさせられているのが農水省の担当部局である。畜安法改定、漁業法改定、森林の新法も同じで、良識ある官僚は断腸の思いだろう。
安全保障の要の食料の、その源は種である。野菜の種は日本の種苗会社が主流とはいえ、種採りの9割は外国の圃場(ほじょう)だ。種までさかのぼると野菜の自給率は8割でなく8%しかない。新型コロナウイルス禍で海外からの種の供給にも不安が生じた。さらに、米・麦・大豆も含めて自家増殖が制限され、海外依存が進めば、種=食料確保への不安が高まる。
何千年も皆で守り育ててきた種は地域の共有資源であり、それを「今だけ、自分だけ、金だけ」の企業が勝手に改良して登録してもうけるのは「ただ乗り」による利益の独り占めだ。地域の多様な種を守り、活用し、循環させ、食文化の維持と食料の安全保障につなげるために、ジーンバンク、参加型認証システム、有機給食などの種の保存・利用活動を支え、育種家・種採り農家・栽培農家・消費者が共に繁栄できる公共的支援の枠組みが求められている。
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2020年12月01日
「食育菜園」で農に親しむ 自然敬い生産に感謝 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
「食育菜園」という言葉をご存じでしょうか。小中学校の子どもたちが野菜作りを通して心と体を育み、食や命、環境への理解を深める授業で、1994年、米国で地産地消(Farm to Table)運動を提唱したアリス・ウォーター氏により全米に広まりました。
カリフォルニア州バークレー市にある荒廃した中学校で、食育菜園(エディブルスクールヤード)活動を始めたところ、教師や生徒から地域の大人たちまでが一致団結し、校内外の治安が改善したというのです。
この食育菜園を日本で進めているのが、一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパン(以下ESYJ)代表の堀口博子さん。2014年から東京都多摩市立愛和小学校の全学年で菜園授業を実践しています。
先日、3年生のエダマメ収穫授業にお邪魔しました。子どもたちは校庭の一角にある菜園で、エダマメの根元を丁寧に掘り返し、根の張り具合や根粒菌、さやに生える産毛まで観察し、思い思いの発見をグループごとに発表していました。
食育菜園の特徴は、5教科と連携していることで、授業は各教科の担任とESYJで訓練を受けた講師(ガーデンティーチャー)の合同で行われていますが、子どもたちはこの新しい授業を初めから受け入れたわけではありません。「なぜ草むしりをしなければいけないのか。土は汚いもの」と言って嫌がる子までいたそうです。しかし、水をやり、花を観察し、膨らんでいくエダマメの世話をするうちに、目の輝きが変わっていきました。
また、地域の生産者を訪ねる授業もあります。袋詰めした野菜に値段を付けるところでは、丹精した野菜でお金もうけができることに歓声が上がったそうです。
新型コロナウイルスの影響で食や農への関心が高まったことは、国内農業を理解してもらうまたとないチャンスです。
生産者が直接関わる「食育」としては、「酪農教育ファーム」や、農泊における農体験など手法はいくつかありますが、子どもたちが日々命の成長と生産する喜びを知る場として、野菜栽培は最も身近です。
食育菜園がもたらす変化は校内にとどまりません。知識豊富な生産者へのリスペクトが生まれ、また農家の側も誇りとプライドを再確認できるでしょう。
新たな食育推進基本計画の作成が来年予定されていますが、食育で大切なのはルールの押し付けではなく、子どもが本来持っている「センスオブワンダー(自然や生命への驚きや感動)」を育むことではないでしょうか。
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2020年11月24日
田舎のトランプ熱 大統領選示した不満 特別編集委員 山田優
「ようやく道化師がサーカスから追放されたよ」。主要メディアがバイデン氏が第46代大統領に当選を固めたと報じた8日、古い友人であるジェームズ・シンプソン米フロリダ大学名誉教授からメールが届いた。
うそつきで傲慢(ごうまん)。人種差別主義者で自意識過剰のトランプ大統領は、月曜日の段階でまだ敗北を認めていないが、ホワイトハウスの主人には、バイデン氏が就任する見通しだ。
何といっても米大統領は世界最強の権力者。核兵器の発射ボタンも押せるだけに、道化師が去ってくれることにほっとする。バイデン氏に投票した多くの有権者も同じ気持ちだろう。
一方で、「なぜだろう」という疑問も抑えることができない。
トランプ大統領は、敗者として過去最高の7000万票をかき集め、農村部ではバイデン氏を圧倒した。地方ニュースを扱う米デイリー・ヨンダー紙の地域別の投票分析では、田舎に行けば行くほど有権者はトランプ支持が当たり前になる。トランプ氏の集票率は主要大都市中心部では35%しかない(バイデン氏集票率は63%)ものの、一番田舎に分類される所では79%に跳ね上がる(同20%)。驚かされるのは4年前に比べ、田舎と分類される地域ではいずれもトランプ氏の集票率が少しずつアップしていることだ。
農家を含めた地方在住者は、徹底した米国第一、保護主義を唱えたトランプ氏に期待を掛けた。巨額の農業補助金や減税などは間違いなく要因の一つだが、田舎のトランプ熱はそれだけではないような気がする。
農家を回ると、企業の海外進出や廃業によって、安定した雇用の場所が失われ、町から活気が失われたという声をよく聞いた。巨大企業や都会の富裕層はますます豊かになり、田舎の疲弊が止まらない。雇用を奪う中国への反感は強い。グローバリゼーションを錦の御旗にする既存政治に対する不満が、トランプ氏を魅力的に映す背景になった。
米国と日本の田舎が直面する課題には、共通するところがある。グローバリゼーションや規制緩和を振りかざす政治は問題の解決策ではなくて原因だ。米国の田舎は、米国第一を掲げた道化師を支持し続けることで自らの意思を示した。日本版トランプの登場は願い下げだが、日本の田舎も声を上げる時ではないだろうか。
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2020年11月10日
「文化の日」に寄せて… 公益貢献 競馬の勧め 元農水省官房長 荒川隆氏
今日は文化の日だ。新型コロナウイルス禍ではあるが、GoToキャンペーンなども活用して工夫を凝らしたさまざまな観光・文化活動が行われている。そんな熱心で生真面目な国民に、欧米流の文化的で豊かなリゾートを提供しようという考えなのか、特定複合観光施設(IR)なるものの整備が進められようとしている。長年民業によるばくちはご法度だったこの国で、合法民間カジノ施設の整備・運営を可能とする法整備が2年前に行われ、立地自治体や事業者選定のプロセスが進められているようだ。
現在日本には、通称「公営ギャンブル」と呼ばれる合法賭博類似事業が4種類存在している。競馬、競輪、競艇、オートレースだ。戦前からの軍馬育成と祭事競馬の伝統を持つ由緒正しいわれらが競馬(農水省の所管)以外は、戦後、競馬の馬産振興・畜産振興を参考に、機械産業振興や船舶振興を目的とすることで立法化されたものだ。
賭博類似行為だから下手を打たない限り胴元はもうかる仕組みで、その上がりを勝手気ままに乱用しないよう、胴元を公的団体に限定するなどの法規制が行われている。もちろん、賭博に付きものの「八百長」排除の観点から、競馬で言えば実際の競走に従事する騎手、調教師、厩務(きゅうむ)員、馬主などの関係者は免許や登録など厳格な統制下にある。
そんな公正確保措置を講じた上で、多くのファンに勝馬投票券(馬券)を購入してもらうためには、興行として楽しめる工夫も必要だ。今年は無観客興行を余儀なくされたが、全国各地の地域色豊かな競馬場で季節の移ろいを感じられる物語性のあるレース体系が構築されている。もちろん馬券のうまみもファンにとっての醍醐味(だいごみ)であり、1着馬を当てる単勝など低配当の3種類の時代が長く続いたが、今や9種類に拡充され、一獲千金も夢ではない。
こんな関係者の努力の結果、生み出された財源は、国や地方自治体に納付され公共施設の整備などに充当されるとともに、畜産・酪農の振興にも活用されている。全ては、数百万人の競馬ファンが投じる馬券購入資金がその源泉であり、これからもファンに大いに楽しんでもらいつつ公益にも貢献する競馬が公正に施行されることが大切だ。まさに、競馬は一つの文化だ。
今年は、無敗の3歳馬が、牝牡(ひんぼ)ともに三冠を制するという快挙が成し遂げられた記念すべき年となった。また、今日は大井競馬場で地方競馬の祭典JBC(ジャパンブリーダーズカップ)競走が行われる。われらが競馬ファンにおかれては、他の娯楽に浮気することなく、秋競馬から年末の有馬記念・東京大賞典へと続く絶好の競馬シーズンに、大いに競馬文化を楽しみ、安心して馬券を購入し、公益貢献していただきたい。
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2020年11月03日