論説
集落消滅の危機 国土と命守る政策急務
医療など生活に必要なサービスが弱っている中山間地域などで集落が消えている。山村の衰退は、山林や農地の防災・減災機能を低下させ、人の命にも関わる問題だ。過疎集落の維持・活性化に向けて確実に成果が上がる対策を急ぎ講じなければならない。
総務省が2019年に行った調査によると、過疎地域の集落数は6万3237で、6割が中山間地域にある。1集落の人口は平均158・4人で、15年の前回調査から10・8人減った。住民の半数以上が65歳以上という集落は32・2%を占め、同10ポイント以上高まった。また、前回調査から139の集落が消滅(無人化)。市町村が、今後消滅する可能性があると判断している集落は3000を超える。
中山間地域の集落で人が減ったり、住まなくなったりして山林や農地が適正に保全されなくなると、持続可能で均衡ある国土づくりや食料自給率向上の妨げになる。そればかりか防災・減災機能も損なわれる。毎年のように豪雨災害が発生し、被害も甚大になっている。下流域に被害が及べば都市住民の安全にも大きく関わる。過疎集落の維持は国民全体の課題だ。
集落消滅の原因の多くは、仕事と、暮らしに欠かせないサービスの低下だ。職場や買い物、医療などを受けられる場所が近くになくなり、遠くになるほど生活に不便をきたし、消滅の可能性が高まる。
組合員や地域住民の暮らしを支えるため、地方ではJAが移動購買車や移動金融店舗車を運行し、介護事業所の運営、訪問介護、健康教室といった活動を展開。JA女性部なども高齢者支援や子ども食堂で地域を支える。だが自己負担やボランティア頼みが多く、自助や共助には限界もある。公助を強めるべきだ。
島根県安来市の広瀬町比田地区は今春、県と市の支援を受けて地区全域でデマンド交通を始めた。同交通は、公共交通機関がない地域での予約制による住民の交通手段である。同地区は、市内中心地から約35キロ離れ、約400世帯、1000人が生活。高齢者や支援が必要な住民に、自宅から市広域生活バスの停留所や小売店への送迎を行う。
集落維持には新たな住民の呼び込みと仕事の確保が欠かせず、農業の役割は大きい。同県は、相談・研修・移住・就農の各段階で就農希望者を総合的に支援する「就農パッケージ」を用意。品目、地区ごとにビジョンを描きやすくし、就農・移住を促進する。
日本は人口減少の時代に入った。全国の先進的なモデルとしても、過疎集落で持続可能な社会・経済の仕組みづくりが急がれる。過疎地域の振興に政府は長年取り組んできたが、施策の実効性をさらに高めることが求められる。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月22日
JA准組合員 意思反映実践広げよう
准組合員の意思反映や運営参画に取り組むJAが増えてきた。訪問活動や懇談会の開催、モニター制度の導入、支店運営委員会への参加など、JAの実情に合わせて具体的手法は多様である。2021年度が「実践の年」となるよう、全てのJAに広げたい。
農水省によると、全国の准組合員は624万人(2018事業年度)で全体の6割を占める。正組合員と共に准組合員についても、JAの事業や活動への積極的な参加意識の確立・強化が課題だ。
そこでJAグループは19年の第28回JA全国大会で、准組合員の意思反映などの強化を決議。20年には、各JAで同年度中に方針・要領を策定し、21年度から実践することを決めた。JA全中の調査では、方針・要領を策定したJAは、19年4月は全JAの1割だったが、21年2月までに5割近くに増えた。意思反映などの具体的手法を定め、実践しているJAもある。
滋賀県のJAこうかが19年に始めたのが、准組合員懇談会「パートナーミーティング」だ。毎年約30人を募集。JA事業の講義や施設見学、意見交換などを6回実施。意見は事業計画などに反映させる。例えば、金融事業について「JA支所の窓口が閉まる午後3時以降も相談したい」との要望に対し、午後3時以降も相談できる窓口を本店に設置することを3カ年計画に盛り込んだ。
また大阪府のJA北河内は17年度から「准組合員モニター」を設けている。毎年30人ほどを募集し、JAで扱う米の食味や参加したい活動などについて意見を募る。対応状況は広報誌で報告する。
各地の事例を参考に全国のJAで、それぞれの実情に合った取り組みを始めたい。
JAグループは、准組合員を「地域農業振興の応援団」と位置付け、直売所利用などによる「食べて応援」と、援農ボランティアなどによる「作って応援」を促進。正・准組合員が協同で、JA自己改革の目標である「農業者の所得増大」「農業生産の拡大」「地域の活性化」の実現を目指す。准組合員の意思反映などを通じ、参加意識を強化していくことが求められる。
農協改革を含む規制改革推進会議の答申を受けて政府は20年7月、規制改革実施計画を決定。准組合員の経営への意思反映の方策を21年4月をめどに検討するとした。改正農協法に基づく事業利用規制の在り方も検討中だ。
これを受けて農水省は、優良事例を参考に各JAで事業運営に反映する仕組みを構築するとの検討方向を示した。
JAグループでは既に、各JAで意思反映の具体的手法を検討し、方針・要領に定める取り組みが進む。着実に実践することが重要だ。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月21日
広葉樹に目を向けよう 森林の燃料資源化
木質チップを燃料にした発電が広がりを見せ、放置されてきた広葉樹林が、新たな燃料資源として注目されている。作業の安全性や経済性などの課題はあるが、里山を生かすチャンスでもある。地域で活用の可能性を探りたい。
日本木質バイオマスエネルギー協会は、法令などで伐採の制限がかかっていない広葉樹の民有林が、全国に474万ヘクタールあるとの調査結果をまとめた。全国の森林の19%に当たる。傾斜度や林道の整備状況などもあり、全てがそのまま資源として使えるわけではない。それでも、同協会が現地を調査した3カ所では、広葉樹全体の2~5割が利用可能だとしている。
広葉樹はかつてまきや炭の原料確保に利用されていた。それが1960年代に起きたエネルギー革命で薪炭の利用がなくなり、荒廃し始めた。
真っすぐに伸びる針葉樹と違い、建築材にはなりにくい。現在は家具材や製紙原料が主な用途で、放置されたままの樹林も多い。中には低木が密生し、人が入れないほどに荒れた森もある。広葉樹が茂る里山が荒廃したことで山と里の間の緩衝帯がなくなり、耕作地に鳥獣害を呼び込む原因にもなっている。
70年代からはミズナラやコナラ、クヌギが集団で枯れるナラ枯れ現象が起き、荒廃を加速させている。ナラ枯れは甲虫が木の幹に穴を開け、媒介する菌類が木に感染して起きる。これらが直接の原因だが、下草刈りなど手入れが行き届かなくなったことも感染拡大の一因といえる。
利用されなくなった広葉樹に、燃料としての期待が高まっている。政府は、国内で使う電力の電源構成を見直し、太陽光発電などの再生可能エネルギーの比率を高める方針だ。木材チップを使ったバイオマス(生物由来資源)発電も含まれ、現在の電源比率2・3%を2030年には3・7~4・6%程度に引き上げるとしている。
広葉樹を発電燃料に生かせれば、伐採で更新が促される。手入れも行われ、里山の景観保全につながる。鳥獣害対策にもなる。また、家畜の敷料を輸入木材チップから地元産に置き換えられる可能性もある。木質バイオマス発電は地元で燃料を作るため、地域経済への貢献度が高いのも特徴だ。地域に新たな仕事ができる。
広葉樹は伐採中に裂けたり、思わぬ方向に倒れたりすることもあり、針葉樹以上に作業の安全への配慮は必要だ。枝が多く輸送効率も悪い。こうした課題に対して、山で木材をチップにできる移動式チッパーを利用するといった新技術の導入など、改善策が開発されてきた。地域に埋もれた森林資源に、もう一度目を向けよう。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月20日
評価低い「菅農政」 現場の声 反映が不可欠
菅義偉内閣の支持率が続落している。日本農業新聞の農政モニター調査では、菅政権発足時の期待が、半年で失望に変わりつつある様子が見て取れる。米の需給緩和など直面する課題への対応が不十分と見られている。農政展開に当たり、生産現場の声を丁寧に聞くことが求められる。
調査は農業者を中心に3月中・下旬に行った。内閣支持率は40%で、昨年12月の前回調査に比べ4ポイント減った。政権発足当初の9月は6割を超えていたが、2調査連続で下落。支持理由は「他にふさわしい人がいない」が最多の34%で、次いで「自民党中心の政権だから」が27%、「菅首相を信頼する」が23%だった。
前回と比べて特徴的なのは「首相を信頼」が9ポイント減る一方、「他にふさわしい人がいない」という消極的な支持が6ポイント増えた点だ。「農家の長男坊だ」と地方重視の姿勢をアピールした首相に当初は農家の期待も膨らんだが、半年でしぼみつつあるようだ。
支持率低下の理由では、新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず農業にも影響が出ていることや、元農相による収賄事件や総務省幹部の接待問題といった不祥事が相次いでいることなどが考えられる。加えて調査では「菅農政」への評価の厳しさが目立つ。
菅内閣の農業政策を評価する人は25%にとどまる。評価しない人は56%で、前回より11ポイントも増えた。今回「分からない」と答えた人は19%で、前回から10ポイント減ったことを考えると、評価を決めかねていた人が、評価しない方向に移ったことがうかがえる。
調査の自由記述には、率直な声が上がる。首相肝いりの農産物輸出拡大には「現場目線に欠け、2030年の輸出額5兆円も妄想」と、手厳しい。「大規模経営、スマート農業に偏重し過ぎ」との意見も多い。昨年見直した食料・農業・農村基本計画には、中小・家族経営への政策支援を明記したが、実際の農政運営では実感できず、不満となって表れているようだ。
コロナ禍や米の需給緩和により「市場での野菜の価格が安過ぎる」「米価下落で農地の保全が大変な状況になる」と、農業経営や地域農業への影響を心配する声も上がる。米の転作支援策では「(施策の見直しに)振り回されている感が否めない」との指摘もあった。生産現場の実態や課題をよく見るよう政府に求めていると言える。
調査では、新型コロナの感染拡大で打撃を受けた農業経営への対策を「評価しない」が57%で、転作支援など米の需給緩和を受けた対策は「効果がない」も57%だった。
「地方重視」を実感できるよう、生産現場の声に基づく政策を積み重ね、着実に成果を上げることが重要だ。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月19日
小水力発電の振興 農林業経営の下支えに
温室効果ガスの削減が求められる中で、小規模でもクリーンな電力を供給する小水力発電への期待が高まっている。河川や農業用水路を抱える農山村は、再生可能エネルギーの宝庫で、農業や林業などの基盤産業を支える可能性もある。政府は、本格的振興に取り組むべきだ。
小水力発電は、身近な河川や農業用水などを利用する「持続可能な循環型電源」だ。資源エネルギー庁によると、出力1000キロワット未満で固定価格買取制度を利用するのは約680カ所あり、発電容量は約15・5万キロワット。100万キロワット内外の原子力発電1基分にも満たない。しかし安全性は高く、拡大が必要だ。
地形に高低差があり、稲作で用水路が発達している農山村は設置に好条件だ。電力の地域自給率を高めたり、売電収入を得たりすれば地域活性化につながると期待される。
岐阜県郡上市の石徹白(いとしろ)地区では、発電事業を目的にした石徹白農業用水農業協同組合を設立。売電収入(2000万円超)を得て、耕作放棄地の整備や水路維持、集会所や街灯の電気代などの費用に役立てている。学ぶべき点は多い。
地域政策に詳しい埼玉大学大学院の宮崎雅人教授は、「農業や建設業のような産業を維持するための重要な手段の一つになるのではないか」と期待する。農林業者を含め事業者が取り組むことで兼業収入が得られ、経営を下支えする可能性があるためだ。
農水省は、かんがい排水など土地改良施設の操作に必要な電力の3割を小水力発電で賄う計画に取り組んできた。これまで、150近い土地改良施設で発電が行われ、ほぼ目標を達成した。今後5年計画で45施設に導入し、約4割を小水力発電などで賄う計画だ。加工施設など農業施設への電力供給も増やすべきだ。
小水力発電を広げるには、電力の安定供給に欠かせない安価な蓄電池の開発や、通年で水を確保する環境整備が課題になる。また、初期投資の確保や、電気の固定価格買取制度の充実、送配電網の拡大等も必要だ。発電事業を農業や林業など地場産業とつなぐ人材の育成も欠かせない。農山村振興の観点からの支援を急ぐべきだ。
日本の電力供給は、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスを排出する石炭と石油による発電が4割近くを占め、「石炭中毒」と世界的な批判を浴びている。再生可能エネルギーへの転換は喫緊の課題の一つだ。
菅義偉首相は、2050年までに日本の温室効果ガス排出量を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を表明した。農山村での小水力発電の拡大は、目標達成への政策的要請にもかなう。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月18日
農地特区延長法案 目的・効果 参院でただせ
一般企業による農地取得の特例措置を延長する国家戦略特区法改正案が衆院を通過した。特例の必要性や効果を巡る政府の答弁には与党も疑問を呈した。だが3時間の審議で可決。国会の存在意義が問われる。参院では、疑問点について明確な答弁を得た上で可否や修正を判断すべきだ。
同特区の兵庫県養父市では、2021年8月までの5年間、一般企業の農地取得を認めている。改正案はこの特例の2年延長が柱だ。提出に先立つ政府の同特区諮問会議で、民間議員が全国展開を要求。21年度中に特例のニーズや問題点を調査し、全国展開の可否を調整することも決めた。これを受けた法改正だ。
そもそも延長が必要なのか。同市での農地取得の実績は6社で計1・65ヘクタール。経営面積全体の5・5%にすぎず、残りはリースだ。13日の地方創生特別委員会での審議では、与党の自民党議員からも「大部分はリース。取得の必要性があるのか」との指摘が出た。当然の問題意識だろう。
一方、政府の答弁は理解し難い。所管の内閣府は、リースと取得で15・7ヘクタールの遊休農地の解消につながったことや6次産業化を成果と説明。だがリースが大半では、農業参入の成果だとしても、農地取得の成果とは言えない。
与党も指摘した疑問点に、政府は明確には答えていない。にもかかわらず、同委員会は1回、3時間余りで審議を終結。自民、公明、維新の各党の賛成多数で可決した。また、同委員会は採決に際して、一般企業の農地所有の目的と効果を明らかにするよう政府に求める付帯決議を採択した。これには立憲民主、国民民主の両党も賛成した。
与野党ともに理解に苦しむ対応だ。目的や効果は、延長の可否を判断する核となる基準で、審議で明らかにすべきことだ。与野党問わず、参院で政府にただすよう求める。
内閣府は「所有とリースを適切に組み合わせて営農できるようになることに意義がある」とも説明するようになった。法制定当時から疑問視されていた農地取得の効果をいまだに示せない中では、論点のすり替えでしかない。誠実に答弁すべきだ。
生産現場では、企業の撤退や農地の転用・産廃置き場化などへの懸念が強い。また政府の規制改革推進会議は、農地所有適格法人の議決権要件の緩和を議論している。一般企業が経営を支配できるようになれば農地所有を全国で認めることと同じで、なし崩し的解禁への不安がある。
こうした声に応え、徹底した審議が必要だ。国会は憲法が定める国権の最高機関で国の唯一の立法機関であり、国民を代表する国会議員が組織する。その矜持(きょうじ)を持って臨んでもらいたい。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月17日
原発処理水の放出 風評防止 地元理解が先
政府は、放射性物質トリチウムを含む東京電力福島第1原子力発電所の処理水を海洋に放出する方針を決めた。2年後をめどに始める考えだ。漁業者らは反対しており、強行すべきではない。風評被害防止対策への地元の納得と、安全・安心への国民の理解を得ることが前提だ。
政府が決めた海洋放出の基本方針によると、トリチウムの濃度を国の規制基準の40分の1に薄めて放出する。
風評被害への懸念などから反対を表明していた漁業者の姿勢は、政府の方針決定後も変わらない。全国漁業協同組合連合会の岸宏会長は抗議の声明を発表した。懸念は農業者も同じだ。JA福島五連の菅野孝志会長は談話で、「福島県の第1次産業に携わる立場として極めて遺憾」とし、「本県農林水産業の衰退が加速するとともに風評被害を拡大することは確実である」と危機感をあらわにした。
風評被害への危機感は政府も認識している。基本方針では、新たな被害が生じれば産業復興への「これまでの努力を水泡に帰せしめ、塗炭の苦しみを与える」と表明。「決して風評影響を生じさせないとの強い決意をもって対策に万全を期す」とした。政府は、被害防止を「決意」にとどめず、「至上命令」と自覚すべきだ。それでも被害が出れば、東電に、被害者に寄り添っての十分な賠償を迅速に実施させなければならない。
10年前の原発事故の風評被害は依然続いている。消費者庁の1月の調査では、放射性物質を理由に食品の購入をためらう産地として福島県を挙げた人は8・1%だった。
実際、福島県の農業では価格が回復しきれていない品目がある。農業産出額も事故前の水準に戻っていない。水産業も同様である。県によると、沿岸漁業の20年の水揚げ数量は事故前の2割に満たない。試験操業だったためだ。ようやく21年度、本格操業に向けた移行期間に入った。
岸全漁連会長の声明は、政府が、関係者の理解なしには処理水のいかなる処分も行わないと県漁連に表明していたことを指摘し、海洋放出の政府決定を厳しく批判した。県漁連に東電も、同様の考えを文書で伝えている。約束を破ってはならない。政府と自治体、県民が連携すべき復旧・復興にも影響しかねない。
風評被害防止のために政府と東電には、安全性を巡って分かりやすい情報提供や対話など国民の理解を得る取り組みを徹底し、成果を上げることが求められる。ただ知識として分かっても、安心感を得られるとは限らない。海洋放出の実施主体となる東電では柏崎刈羽原発のテロ対策の不備など不祥事が相次ぎ、国民の不信感が深まっている。信頼を得ることが不可欠だ。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月16日
野菜の需給調整 価格安定へ産地連携を
農水省は、主要野菜の緊急需給調整事業を大幅に見直した。価格低落時の生産者への補填(ほてん)水準を引き上げ、資金の生産者負担割合は軽減した。需給安定には多くの産地の事業参加が不可欠である。全国の産地が協調・連携して取り組むよう、同省は内容を周知徹底すべきだ。
同事業は、天候の影響を受けやすく、作柄・価格の変動も大きく、消費量が多いダイコン、ニンジン、キャベツ、レタス、ハクサイ、タマネギの6品目を対象に実施している。市場価格が、過去の市場平均価格の80%以下に低落した場合、または50%以上に高騰した場合が発動の目安だ。
価格低落時の対策としてこれまでは、出荷の後送りには過去の平均市場価格の3割、加工用への切り替えや土壌還元には4割を補填していた。しかし補填水準が低く生産者のメリットが小さいとして、事業の活用を巡る合意形成が難しいとの指摘があった。実際、過去10年間で最も野菜価格が低迷した2019年(日農平均価格で1キロ130円)も活用はなく、低調だった。
そこで同省は21年度から、価格低落時対策の全メニューの補填水準を平均市場価格の7割に引き上げた。また国と生産者が1対1で造成してきた資金の負担割合を4対1とし、生産者負担を20%に引き下げた。
同事業の実効性が課題となる中で生産者のメリットが高まり、市場価格が大幅に下落する前の事業活用が促されるとみられる。野菜相場の安定につながる見直しとして評価したい。
また、社会的要請が高まる食品ロスの削減に向けて事業のメニューも再編。加工、飼料化、フードバンクへの提供など、有効利用を促す性格が強まった。しかし、有効利用には受け入れ先の手配などの仕組みが必要となるため、産地が取り組みやすい実効性のある体制の充実が重要だ。
同事業とともに生産基盤を支えてきたのが、価格低落時の収入減少を補う野菜価格安定制度だ。しかし、政府内には、青色申告を行う農家が対象の収入保険制度への一本化を検討すべきだとの意見があり、21年度に論議が予定されている。野菜価格安定制度と同事業は、野菜の産地づくりや安定供給に貢献しているとの評価が高い。多くの農家が加入できるセーフティーネット(安全網)は必要である。
食料・農業・農村基本計画では、野菜の生産量を18年度比で、30年度までに15%増やす目標を設定。「豊作時の価格低落や不作時の価格高騰を防止・緩和する具体策を検討する」と明記した。消費者への安定供給が目的だ。今回の見直しを機に同省には、多くの産地が需給安定に取り組む態勢づくりが求められる。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月15日
熊本地震5年 経営発展へ支援継続を
熊本地震から5年。多くの犠牲者を出し、農業被害も甚大となった。熊本県ではこの間、営農再開が進んだ。経営が軌道に乗るよう支援の継続が必要だ。復旧工事が未完の地域もある。県は「創造的復興」の旗を掲げ続け、農業振興に力を尽くすべきだ。国の後押しも求められる。
2016年4月14、16日、最大震度7の揺れが襲った。関連死を含む犠牲者は熊本県などで273人。ピーク時には、5万人近くが仮設住宅に入居した。多くの農業用施設が傷み、水田はひび割れて無残な姿になった。農業被害は熊本県で1353億円に上った。
農家の高齢化や担い手の減少、人手不足などによる生産基盤の弱体化が、震災で加速することが懸念された。対症療法のような復旧事業では、農業の衰退を防げない。再起に向けて県が、被災前よりも力強い農業を築くために「創造的復興」を掲げたのには、そうした背景がある。
農協職員の経験もある蒲島郁夫知事は震災後、日本農業新聞のインタビューで「前よりもいい姿に復興させたい」と意欲を示していた。
5年間で被災した田畑の整備は進んだ。県によると3月末時点で、農業を続けたいと希望した全ての農家(1万5500戸)が、何らかの作物を作付けできるようにまでなった。また、農林業センサスで震災前(15年)と後(20年)を比較すると、経営面積や経営体数で、被災地が突出して衰退した形跡は認められなかった。
一方で、基盤整備で区画を拡大し、効率的な農業が可能になった場所もある。
これらは、県の旗振りと、農家やJAの頑張りの結果だ。県と、JA熊本中央会などJAグループは連携協定を結び、生産基盤や地域再生を進めてきた。
今後は再開後の農業経営が軌道に乗り、さらに発展段階に移行できるかが問われる。作付けは可能になったが、農道や水路の工事が終わらない地域がある。特に中山間地に偏っているのが心配だ。水が引けず、大豆栽培を続ける稲作農家がいる。再生した棚田で昨年、主食用米を育てたが収量が期待を下回り、不安を感じた人もいる。
営農再開は、あくまで復興の通過点である。農業で稼ぎ、農地と地域を守ってきた被災農家が皆、「前よりもいい姿」になるには、まだ時間が必要だ。新型コロナウイルス禍や天候の影響で、主食用米の需要低下や野菜価格の乱高下など、新たな課題にも直面している。
5年という節目を機に、行政には、経営の発展と地域農業の振興に向けた道筋を描き、細やかな支援を続けるよう期待したい。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月14日
協同の未来像 つながる力は変革の力
日本協同組合連携機構(JCA)が、今後の指針となる「2030ビジョン」を策定した。協同組合間の連携や仲間づくりを通じて、地域課題に向き合い持続可能な社会を目指す。目標は「協同をひろげて、日本を変える」。協同組合の未来に向け、学び、つながり、行動しよう。
JCAは3年前に発足。国内の協同組合をつなぐプラットフォーム(基盤)の機能を担う。JAグループ、生協、漁協、森林組合、ワーカーズコープなどを横断的に結び、協同組合間連携の推進、調査・研究、政策提言を行う。
長期ビジョンは、2030年までの環境変化を見据え、組織協議を重ねてきた。結果、安心して暮らせる地域づくりなど、各協同組合の基本方向が同じであることを改めて確認。新型コロナウイルス禍などで顕在化した格差の拡大や社会的孤立、文化の衰退などの課題も踏まえ、相互扶助を理念とする協同の価値をさらに広げることで一致した。
ビジョンでは、各組合・組織同士で対話を深めることが運動の出発点だとした。その上で、それぞれの強みや特性を生かしながら、各地での実践を通じて緩やかにつながることが重要だ。また、運動の継続には、社会性と事業性の両立、それを支える多様な主体の参画を求めたい。
ビジョンはそのための具体策として、地域課題を話し合う円卓会議の推進、教育・研修に役立てる協同組合白書の刊行、協同組合法制度・税制の研究などを挙げた。
協同組合間連携の鍵を握るのは円卓会議である。既に42都道府県で連携組織はあるが、その取り組みは学習会やイベントが大半で、子ども食堂の運営、買い物弱者や災害支援、環境保全など社会性のある地域密着型の実践はまだ少ない。こうした分野で小回りの利く活動を展開するワーカーズコープやNPO法人などとの連携を強めるべきだ。
また、豊富な事業ノウハウとネットワークを持つJAの参画も促したい。准組合員や住民を巻き込んだ協同活動は地域貢献のモデルとなる。JAにはキープレーヤーとしての自覚と役割を期待する。
混迷の時代にあって協同の価値を見直す動きは、世界的潮流でもある。国際協同組合同盟(ICA)が昨年打ち出した新戦略でも協同組合の「強化と深化」を掲げ、「協同組合間協同」の推進などを重点課題に据えた。
コロナ禍で、暮らしや健康を支える協同組合セクターへの関心は高まっている。長期ビジョンは、広く市民社会とつながることで、初めて変革の力となる。小さな協同から始めよう。地域の課題に真っすぐ向き合い、愚直な取り組みを積み上げることでしか共感と広がりは得られない。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月13日
論説アクセスランキング
1
[コロナ以後を考える] 食料自給率の向上 草の根の行動広げよう
わずか、38%。1965年に73%だった食料自給率は55年間で半減してしまった。自給率の向上がなぜ必要か。どうすれば高まるか。農家は当事者意識を一層高め、国産回帰の大切さを改めて認識し、行動しよう。
新型コロナウイルスの感染拡大で外食や土産物需要が落ち込み、小豆や酒米、乳製品などさまざまな農産物の在庫が膨らんだ。保管が可能な穀類などは過剰在庫を早急に解消しなければ、需給緩和と価格低迷は長期化する。しかし特効薬はない。
食料・農業・農村基本計画は、2030年までに自給率を45%に高める目標を掲げる。一方で生産しても需要の減少で過剰在庫を抱え、一部作物では保管する倉庫すら逼迫(ひっぱく)。生産現場からは、自給率目標は「絵空事のように映る」(北海道十勝地方の農家)との声が上がる。自給率目標45%を政府は2000年に初めて設定したが、高まるどころか低下してしまった。自給率向上の糸口を今年こそ見いだしたい。
異常気象や災害の世界中での頻発や、人口増加、途上国の経済発展、そしてコロナ禍で見られたような輸出規制などを踏まえれば、いつでも安定的に日本が食料を輸入できるわけではないことは明白だ。国内農業の衰退は国土保全や農村維持など多面的機能の低下も招く。
自給率の低迷は、食料安全保障の観点からも国民全体の問題だ。一方、その向上には需要の掘り起こしと、それに見合った生産の増加が不可欠で、農家が一翼を担う。
自給率向上のヒントとなるのが北海道の取り組みだ。道内の米消費量に占める道産は、90年台は37%だったが、19年度は86%まで高まった。道目標の85%を8年連続で上回る。生産振興とともに、地道な消費拡大の活動を長年続けてきたことが成果に表れた。小麦も外国産から道産に切り替える運動を展開。道民の小麦需要に対する、道内で製粉した道産割合は5割前後となった。地元産だけを使ったパン店などが人気で、原料供給地帯でも地産地消の流れを育む。
コロナ禍でも地元消費の動きが目立つ。例えばJA浜中町女性部。脱脂粉乳の在庫問題を契機に牛乳消費拡大からバター、スキムミルクなど乳製品の需要喚起に活動の軸足を移し、乳製品レシピを町民に配布。地域内での需要拡大を目指す一歩だ。
他にも施設などに道産の花を飾ったり、インターネットなどでJA組合長が牛乳や野菜の簡単調理を紹介したりといった取り組みを道の各地が進めた。地産地消を広げようと農家が知恵を絞り、消費の輪を広げる活動だ。JAグループ北海道がけん引役を担い、農家や農業のファンを増やす運動も昨年始めた。
自給率向上は政府の責務であり、十分な支援が必要なことは言うまでもない。ただ、農家の草の根の行動が大きな力になる。自分や仲間でできることを実践することが一歩になる。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年01月04日
2
イチゴ狩りの時季 安全・安心な「新様式」を
イチゴ狩りのシーズンを迎えた。新型コロナウイルスの感染拡大が続き、厳しい環境でのスタートである。こうした中、感染防止の基本対策や指針を整備する動きが広がる。生産者で共有・徹底し、安全・安心なイチゴ狩りを提供するコロナ下での「新様式」を確立しよう。
観光イチゴ園が盛んな千葉県では、年明け~5月の連休がシーズン。コロナ禍で前季は4月半ばに営業自粛を強いられ打撃を受けた。今季に向けて県、生産者組織の県いちご組合連合会、県園芸協会は7月に対策の検討に着手。専門家の助言を受けて9月にまとめ、11月に研修会を開いて生産者に周知した。
必須事項では、マスク着用、一定の距離の確保、販売時の試食中止といった対策を挙げた。極力取り組んでほしいことでは、摘む場所と食べる場所を分けることを提案。摘み取りの最中にマスクを外し、食べながら話すことが感染リスクを高めるためだ。収穫だけで持ち帰ってもらう方法も示した。研修を受けた生産者の一人はハウスに机を置き、摘み取りと食べる場所を分ける考え。「摘んでから移動して食べてもらう分、制限時間を延長する予定だ」と話す。
神奈川県のJAはだのは、観光イチゴ園の感染症対策ガイドラインを作った。統一的な指針で農園の対策を支援し、来園者にも安心してもらうのが目的だ。青年部の要望を受け、生産者や県農業技術センターと協議して決めた。農園の取り組みでは、施設内の定期的な消毒や換気、非接触型の支払い方法の導入など12項目を設定。来園者に行ってもらう内容もまとめ、「手に取ったイチゴは必ず収穫する」「食べ終えたイチゴのへたはごみ袋に入れて密封する」といった内容を盛り込んだ。
生産者や従業員、来園者を守るには、こうした指針の周知と着実な実行が欠かせない。同JAは、農園の対策を記したポスターと来園者に協力を呼び掛けるポスターを作成。農園に掲示してもらい、ウェブサイト用にデータも提供する。「各園が独自の対策を進めているが、統一的な指針で来園者に安心感を持ってもらえれば」とJAは話す。
イチゴ狩りは、国産果実が少ない冬から春に楽しめる人気観光スポットだ。今季は、新型コロナの第3波で、国の観光支援策「GoToトラベル」も一時停止という厳しい中で始まる。現段階では感染防止対策の徹底が、地道だが着実な方法だ。安全・安心を提供できるよう農園はもとより、来園者にも協力を求め対策を双方で徹底しよう。
観光農園の統一的なガイドラインを、農のふれあい交流経営者協会が作った。参考にしたい。ワクチン接種が始まってもいつ終息するかは不透明だ。森林開発やグローバル化、都市への人口集中などで感染症が発生、拡大しやすくなっているとされる。ウイルスと共存せざるを得ないことを念頭に置いた対応が観光農園にも求められる。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年12月25日
3
野菜の相場低迷 経営安定対策の拡充を
野菜相場が低迷している。天候不順で近年は乱高下しやすくなっており、今年は新型コロナウイルスの影響が重なった。安定供給には農家の経営安定が重要だ。豊作時の暴落と不作時の暴騰を防止・緩和する施策と経営安定対策を拡充すべきだ。
主要野菜14品目の12月上旬の1キロ価格は99円(各地区大手7卸のデータを集計した日農平均価格)だった。過去5年間では、旬別で2番目の安値だ。
野菜相場は10月まで堅調に推移していたが、11月に展開が変わった。全国的な好天で各品目とも生育が進み、潤沢な出回りとなった。一方、外食を中心としたコロナ禍での業務需要の減少や、スーパーでの試食宣伝の制限などで厳しい販売を強いられている。顕著なのが重量野菜で、ダイコンやハクサイは平年の4、5割安となっている。
野菜の価格低迷時の対策で代表的なのが、収入保険と野菜価格安定制度だ。収入保険は全ての農産物が対象で、青色申告をしていることが要件。1年間の収入額が基準の9割を下回ると、下回った額の9割を上限に補填(ほてん)する。
野菜価格安定制度は、キャベツなど指定野菜14品目を対象に平均販売額が補償基準価格を下回った場合、差額の9割を上限に補填する。同省は、収入保険に初めて加入する場合、同制度との同時利用を21年1月から特例で1年間できるようにした。
収入保険は、コロナ禍による農業経営の損害に対応でき、関心が高い。また野菜価格安定制度は、産地育成や計画的な生産を促すなどの効果が見込める。
JAグループは、21年度の青果対策で国に①野菜価格安定制度の維持と安定的運営のための十分な予算の確保②緊急需給調整事業を含め需給安定化に取り組む産地への支援の拡充③野菜価格安定制度と収入保険の同時加入の特例措置の拡充・恒久化──をはじめ、経営安定のためのセーフティーネット(安全網)の拡充などを求めている。
野菜を巡る環境は不安定要素が多い。近年は台風が相次ぐなど天候不順の影響を受けやすい。また、大型の貿易協定の発効が相次ぎ、加工品を含め関税が削減・撤廃される。11月には地域的な包括的経済連携(RCEP)に署名した。冷凍などを含め野菜の対日輸出が多い中国、韓国との初の協定だ。対韓国では基本的に野菜は除外し、対中国でも重要な品目の多くを除外した。しかし段階的に関税を削減・撤廃する品目もある。影響を注視する必要がある。
コロナ禍により家庭で食事をする機会が増え、国産野菜を安定供給することの重要性が改めて確認された。また食料・農業・農村基本計画に政府は、米の生産調整で野菜など高収益作物への転換を図る方針を明記。野菜の生産量を30年度までに、18年度比で15%増やす目標も掲げた。安定生産には生産基盤の強化とともに、安心して生産を続けられる体制の整備が必要だ。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年12月15日
4
米不作と転作拡大 営農継続できる政策を
2020年産水稲の作柄(9月15日現在)が、西日本では平年並みを下回る県が多い。トビイロウンカの発生や台風が影響した。過剰の見通しから21年産で国は、大幅減産が必要になる適正生産量を示した。水田は農業だけではなく、暮らしを支える基盤だ。営農継続に希望が持てる米政策を求めたい。
西日本の20年産米は、過去10年で最悪といわれるトビイロウンカの大発生や、九州を中心に9月に接近した二つの台風などの被害を受けた。特に山口県は作況指数83の不良となった。九州北部も作況が落ち込んだ。
茎から養分を吸い、稲を枯らすトビイロウンカは13、14、19年にも大発生し、13年の被害見込み金額を農水省は105億円と試算する。20年は11府県が警報を出し、過去10年で最多。注意報を含め24府県が防除の徹底を呼び掛けたが、田の一部が枯死する「坪枯れ」だけではなく、全面が枯れた田が多発した。
トビイロウンカはベトナム北部で周年で発生し、春に中国に移動して増殖、南西風に乗って日本に飛来する。今年は、中国での発生が多い上に、長梅雨で飛来数も多かったことが、日本での大発生の原因とされる。
米作りはウンカとの闘いでもある。享保17(1732)年の大飢饉(ききん)は有名で、江戸時代から国を挙げて対策をとる。防除の歴史は長いが、気候によって飛来数が変わるため、トビイロウンカは発生量の予測が難しい。近年は中国やベトナムで防除薬剤が普及し、薬剤耐性を考えた防除が求められる。
国は、21年産の主食用米の適正生産量を679万トンに設定した。20年産の生産量よりも56万トン、面積換算で10万ヘクタール程度の減産が必要になる。病害虫や気象災害と闘い、それでも不作となったことで農業者は心をすり減らしている。大幅な転作拡大だけが迫られると、営農意欲の減退を招きかねない。
農業者の高齢化や労働力不足に加え、病害虫や気象災害の頻発などで米作りの環境は厳しい。中国地方では、作り手の不足で米の作付けが減る地域も出ている。耕作が放棄されれば地方の基幹産業である農業が衰退し、地域経済も冷え込む。
水田は地域社会にとっても重要だ。豪雨被害が増え、治水対策の一つに「田んぼダム」が注目される。一時的に大雨を水田に蓄え、下流への急激な水の流れを遮断する。貯水機能を高める取り組みだ。水田の多面的機能の低下は暮らしを脅かす。
国が推進してきた飼料用米や飼料用稲の生産が、トビイロウンカ発生の一因との指摘もある。コストを抑えるため、見回りや防除が不十分になるという。
米価の安定には転作拡大は避けられない。しかし地域の経済・社会を維持するためにも、水田を荒廃させてはならない。米政策を巡る政府・与党の論議が本格化する。主食用米と転作を通じて、安心して水田農業ができる支援策が必要だ。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年10月25日
5
命のインフラ 地域食料システム築け
新型コロナウイルス禍は、安定的な食料生産・流通システムの重要性を改めて国民に突き付けた。災害や感染症などに備え、農業生産や物流が途絶えることがないよう地域の食料システムの構築を急ぐべきだ。
食料システムとは、生産、加工、流通、消費が、相互に関連し合う経済活動を指す。産地と消費地の距離が遠ざかる今、川下から川上をつなぐシステムが機能することが、重要な社会基盤となっている。食料システムは命のインフラと言っていい。
近年、東日本大震災をはじめ甚大な災害が相次ぐたびに、食料、電気、水道などのライフラインが寸断され、生活や産業を直撃してきた。中でも食料のサプライチェーン(供給網)が途絶えることは、命に直結する。
そこにコロナ禍である。感染リスクの高まりと人の移動制限は、人手不足にあえぐ農業生産基盤の脆弱(ぜいじゃく)さを浮き彫りにし、流通も苦境に陥れた。生産・流通現場の人々は、こうした危機にあっても、懸命にわが国の食と農を支えている。だが、「食料パニック」を防ぐには、現場の努力だけでは限界がある。
今回の事態を踏まえ、ナチュラルアートの鈴木誠代表は、日本農業新聞への寄稿で「1次産業から流通・物流・加工などまでサプライチェーンを一体化し、縦割りを超えた構造改革が不可欠だ」と指摘する。
大事な視点は、災害などのリスクを前提に、いかにレジリエンス(回復力)を強めるかだ。そこで参考になるのが、新山陽子立命館大学食マネジメント学部教授が提唱する「地域圏食料システム」構想である。新山氏は、本紙で「地域の状況にあった食料政策の立案、農業政策との結合」を提起。農業サイドだけでなく、食品製造、流通、給食事業者、自治体、生活者など食料システムに関わる全ての関係者が知恵を出し、解決策を探るよう促す。
災害時を想定し、生産から消費に至る流れがどこかで目詰まりしても地域内でバックアップできる仕組みづくりや、多様な応援態勢を、平時から準備しておくことが市民生活の維持には欠かせない。こうした「地域圏食料システム」の構築が、災害からの早期復旧にもつながる。
農水省は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)などの観点から「みどりの食料システム戦略」の検討に着手。野上浩太郎農相は「今後、SDGsや環境への対応が重要となる中、農林水産業や加工流通を含めた、持続可能な食料供給システムの構築が急務」と述べ、来年5月ごろまでの策定を指示した。サプライチェーンの各段階で、技術開発や生産体系の見直しを進める考えだ。食料供給の危機管理としても有効な政策である。
気候変動や感染症などのリスクに備えた食料システムは、今や各国共通の課題である。日本からその先進モデルを発信していくべきだ。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年11月12日
6
SDGsと農業 多様な連携で理解増進
国連の持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、企業や組織、団体などの間で連携が進む。農業分野では早くから、農業者やJAがSDGsに即した営農や事業を展開。地域ぐるみを含めて連携を拡大し、取り組みを広げよう。
SDGsでは「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「気候変動に具体的な対策を」など、国連が2030年までに達成すべき17の目標を掲げ、16年から推進。目標の17が「パートナーシップで目標を達成しよう」。国や自治体、企業・事業者、団体、個人などさまざまな段階での連携の必要性を強調している。
政府はジャパンSDGsアワードを設け、先進的で優れた活動をする企業や団体を表彰している。昨年、内閣総理大臣賞を受賞した福岡県の魚町商店街振興組合は、商店街として「SDGs宣言」を行い、ホームレスや障害者の自立支援に取り組む。また飲食店などと協力、「残しま宣言」のステッカーを掲示し客に食べられるだけ注文するように求めたり、規格外野菜を販売したりして、食品ロスの削減や地産地消を推進する。
SDGsパートナーシップ賞を受賞した日本リユースシステムは、古着を回収し開発途上国に安価で提供する仕組みを構築した。回収用容器の利用者への発送は福祉作業所に委託する。途上国では選別・販売のための雇用を創出。事業として行うことで継続的支援につなげる。
同アワードの受賞者に限らず連携は進み、農業者と企業の間でも見られる。横浜市で肉牛と乳牛を飼養する小野ファームは、外食チェーンの東和フードサービスから、生パスタの製造で生じる端材の提供を受け、飼料として利用する。同社はコストをかけて端材を処分していたが、この食品リサイクルでSDGsの達成を目指しており、同ファームが一翼を担う。
企業などがSDGsを事業に取り込む背景には「エシカル(倫理的)消費」への意識の高まりがある。社会や環境などに配慮した商品などを購入する消費行動を指し、SDGsと重なる。消費者庁の19年度の調査では、同消費につながる商品などについて「購入経験があり今後も購入したい」「購入したことはないが今後は購入したい」が計81%で、前回16年度調査より19ポイント増えた。そうした商品の提供は企業イメージの向上につながるとの回答も80%で、企業価値を高めることも期待される。
農業分野は以前から、直売所による地産地消などを推進している。企業や団体との連携も進展。JAは、地場産を販売するインショップをスーパーや生協店舗に設置してきた。障害者らが農作業に携わる農福連携や、食品残さを原料にした飼料「エコフィード」の利用も進む。
SDGsの観点で営農や事業を捉え直し、目標達成を目指し拡大、深化させることが重要だ。農業の価値を高め、国民理解の醸成につなげよう。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年12月13日
7
種苗法改正案 保護と権利 バランスを
今国会で審議中の種苗法改正案は、優良品種の海外流出を防ぎ、開発者の権利を保護することが目的である。一方で、登録品種の自家増殖に許諾制を導入することには、疑問や異論もある。知的財産の保護と農家の「種の権利」のバランスをどう取り、農業振興につなげるか、徹底審議を求める。
同改正案は先の通常国会に提出されたが、新型コロナウイルス対応などで審議時間が取れず、今国会に持ち越していた。衆院で本格審議が始まったが、改めて論点も見えてきた。
改正の背景には、日本が長年にわたって開発してきたブランド品種の海外流出問題がある。現行法では、正規に販売された種苗の海外への持ち出しは禁じられていない。改正案は、品種の開発者が、輸出先や栽培地域を指定できるようにし、違反した場合に育成者権の侵害を認定し刑事罰を問いやすくする。
こうした市中流通ルートに加え、農家の自家増殖にも許諾制の規制をかける。現在は登録品種であっても農家は原則自家増殖ができる。種や苗を次期作に使うことは国際的にも認められた「種の権利」である。現行法でも自家増殖した種苗の海外への持ち出しは違法だが、なぜ登録品種全般に許諾制の網をかけるのか。農水省は、品種開発者が増殖の実態を把握することで、流出時に適切な対応ができると説明。違法流出の立証が容易になり、刑事罰や損害賠償請求をしやすくなるとも指摘する。あくまでも流出防止のための規制で「種の権利」に対する侵害ではないとの立場だ。
だが、許諾制による管理強化がどれほど流出防止に実効性があるのか、国会審議を通じてさらなる説明が必要だ。欧米では、登録品種であっても主要作物の一部に自家増殖を認めるなど例外規定がある。日本でも柔軟な対応を求めたい。
流出防止の核心は、同省も認めているように輸出国での品種登録だ。海外での品種登録はコストや申請手続きなどハードルが高い。同省は登録経費の支援などを行っているが、海外での育成者権の行使に向け包括的な支援の充実こそ急務だろう。
農家が不安を抱く自家増殖の許諾料について同省は、営農の支障になる高額な設定にはならないと説明する。民間種苗会社も農研機構や都道府県の許諾料水準を参考にすると指摘。品種の太宗はこれまで通り自家増殖ができる一般品種であり、経営判断で選択できるとして不安を打ち消す。
だが企業による種苗の寡占化が進めば、将来負担増にならないと言い切れるのか。許諾料の上昇に対する歯止め規定も検討すべきだ。許諾手続きの事務負担が増えないよう簡素化や団体代行も進めたい。
改正案は「食料主権」に関わる内容を含むだけに、幅広い利害関係者の意見もくみ取りながら、将来に禍根を残さない慎重かつ徹底した審議を求める。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2020年11月16日
8
スマート農業投資 効果見極める人育てよ
スマート農業は労働時間の削減などにつながる一方、機械・機器が高額で導入には大きな経営判断が必要だ。農水省と農研機構のスマート農業実証プロジェクトの中間報告で、効果的で効率的な投資ができる経営能力の重要性が明らかとなった。官民連携での人材育成が求められる。
実証プロジェクトは2019年度に始めた。ロボットや人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)などの先端技術を、生産から出荷までの各段階に複数取り入れ、スマート農業技術のメリットと課題を分析する。計179地区が採択され、それぞれ2年間実施する。21年度からの31地区では輸出や新型コロナウイルス禍に対応するリモート化など、時代に即した課題が並ぶ。
3月に公表された中間報告は、19年度スタート分のうち、畑作や露地野菜、施設園芸、果樹など最初の1年分の成果をまとめた。全体の傾向として労働時間の削減につながり、農機での作業は、自動操舵(そうだ)などの機能によって運転に不慣れな人材でもできたと評価する。
ただ、数百万円にもなる高額な農機・機器の導入コストは重い。経費の抑制には、利用面積の拡大や地域での共同利用(シェアリング)の必要性が指摘された。
実際は、個々の経営で全ての技術を一度に導入するのは現実的ではない。長期的な視野に立って経営を分析し、必要な農機・機器を見極め、収支を見通すことのできる人材が求められる。
農機・機器の使いやすさは改善が進んでいるが、作物の収量や品質の向上、販路の拡大を担うのは人である。また、スマート農業技術の導入で特に施設園芸では、病害虫管理はもちろん、植物の生理に合わせた養液、温湿度、二酸化炭素(CO2)の調整などについてより精密な情報が増え、判断が必要な場面が多くなっている。規模拡大で雇用が増え、経営管理能力の重要性も高まっている。
日本施設園芸協会は、環境制御装置などの導入が進む施設園芸で、こうした人材育成の必要性を指摘する報告書を作成した。経営者や栽培担当者が技術やマネジメントを学び、人材・情報交流や技術実証もできるよう、JAグループや行政、研究機関、資材メーカー、農業者などが連携する具体像を提示している。
中小規模の農家によるスマート農業の実践事例も紹介している。同協会は、動画投稿サイト「ユーチューブ」で、県やJAと連携した取り組み事例を公開している。
こうした実証プロジェクトや農業関係団体などの成果や取り組み事例、情報を、自らの経営や人材育成などの計画を検討する材料にしたい。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月06日
9
野菜の需給調整 価格安定へ産地連携を
農水省は、主要野菜の緊急需給調整事業を大幅に見直した。価格低落時の生産者への補填(ほてん)水準を引き上げ、資金の生産者負担割合は軽減した。需給安定には多くの産地の事業参加が不可欠である。全国の産地が協調・連携して取り組むよう、同省は内容を周知徹底すべきだ。
同事業は、天候の影響を受けやすく、作柄・価格の変動も大きく、消費量が多いダイコン、ニンジン、キャベツ、レタス、ハクサイ、タマネギの6品目を対象に実施している。市場価格が、過去の市場平均価格の80%以下に低落した場合、または50%以上に高騰した場合が発動の目安だ。
価格低落時の対策としてこれまでは、出荷の後送りには過去の平均市場価格の3割、加工用への切り替えや土壌還元には4割を補填していた。しかし補填水準が低く生産者のメリットが小さいとして、事業の活用を巡る合意形成が難しいとの指摘があった。実際、過去10年間で最も野菜価格が低迷した2019年(日農平均価格で1キロ130円)も活用はなく、低調だった。
そこで同省は21年度から、価格低落時対策の全メニューの補填水準を平均市場価格の7割に引き上げた。また国と生産者が1対1で造成してきた資金の負担割合を4対1とし、生産者負担を20%に引き下げた。
同事業の実効性が課題となる中で生産者のメリットが高まり、市場価格が大幅に下落する前の事業活用が促されるとみられる。野菜相場の安定につながる見直しとして評価したい。
また、社会的要請が高まる食品ロスの削減に向けて事業のメニューも再編。加工、飼料化、フードバンクへの提供など、有効利用を促す性格が強まった。しかし、有効利用には受け入れ先の手配などの仕組みが必要となるため、産地が取り組みやすい実効性のある体制の充実が重要だ。
同事業とともに生産基盤を支えてきたのが、価格低落時の収入減少を補う野菜価格安定制度だ。しかし、政府内には、青色申告を行う農家が対象の収入保険制度への一本化を検討すべきだとの意見があり、21年度に論議が予定されている。野菜価格安定制度と同事業は、野菜の産地づくりや安定供給に貢献しているとの評価が高い。多くの農家が加入できるセーフティーネット(安全網)は必要である。
食料・農業・農村基本計画では、野菜の生産量を18年度比で、30年度までに15%増やす目標を設定。「豊作時の価格低落や不作時の価格高騰を防止・緩和する具体策を検討する」と明記した。消費者への安定供給が目的だ。今回の見直しを機に同省には、多くの産地が需給安定に取り組む態勢づくりが求められる。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月15日
10
国土の将来像 食料の安定生産を柱に
2050年までの国土の将来像を検討する国土交通省の専門委員会が最終取りまとめの骨子案を示し、「真の豊かさを実感できる国土」を目標に掲げた。食料を安定供給できなければ豊かな国民生活は成り立たない。政府は地域の維持・振興を後押しし、食料の生産基盤を強化すべきだ。
骨子案は、同省の国土の長期展望専門委員会が提示。「真の豊かさ」の一つに「水・食料などの確保」を挙げた。委員から「カロリーベース食料自給率の問題の具体的なプロジェクトの積み上げ」(寺島実郎日本総合研究所会長)を求める意見もあり、食料安全保障の確立が国土形成の観点からも提起された。
カロリーベースの食料自給率は19年度が38%で、6割を海外に依存する。人口増加などで将来、世界的な食料需給の逼迫(ひっぱく)が懸念され、気候変動による自然災害のリスクも国内外で高まる。食料を国内で安定的に生産・供給し、自給率を引き上げ、国民の命と健康を支えることが「真の豊かさを実感できる国土」の基礎になる。
同委の最終取りまとめは、政府の国土政策の根幹となる国土形成計画の検討に反映される。国土の一部でもある農地を十分に活用し食料生産を維持・拡大することを、国民の共通課題として、農政だけでなく国土政策でも前面に打ち出すよう求める。農地を使う農業者はもちろん、保全に協力する地域住民がいなければ食料生産の継続は難しい。地域のコミュニティーの維持が食料安全保障に直結する。
農地を含む国土の管理に向け骨子案は「地域管理構想」という考え方を示した。人口減がさらに進んで農地や道路などの管理が行き届かず、地域や国全体に悪影響が出る事態を避けなければならない。そのため、まず地域住民自らが管理方法などを検討・策定し、その取り組みを支援する方向だ。地域に人がいてこそ成り立つ構想だ。農村の人口減を食い止め、新たに人を呼び込むことが欠かせない。
地域に住み続けられる環境を整え、移住の動きを生み出すために骨子案は「地域生活圏」の形成を提示した。10万人前後を目安とした圏域で、生活の利便性や経済環境の向上、人材確保を推進する。
しかし中山間地域などが外れる可能性がある。「小さな拠点」を通じて生活サービスを維持する方向を示したが、地域条件で政策支援に格差があってはならない。同地域の農家数、農地面積、農業産出額はいずれも全国の約4割を占め、食料生産にとって重要だ。集落機能が弱っている地域にこそ、てこ入れが求められる。住民や移住者にとって魅力ある環境をつくり、農山漁村の維持と食料生産の継続・拡大につなげる必要がある。
日本農業新聞の購読はこちら>>
2021年04月09日