すごく山深い場所の上、清流日本一に輝いたことのある高津川のそばで育ちました。アユが釣れ、ワサビが作られるほど、水のきれいな地域なんです。給食では、食育の一環なんでしょう、ワサビの茎をしょうゆ漬けにして刻み、ご飯に混ぜ込んだワサビご飯が出たくらいです。
そんな地域ですから、うちの食卓に並んだのは、祖父母が畑で育てた野菜や果物、自分たちで釣ってきた魚、ご近所の猟師が撃ってさばいたイノシシなどでした。
後に高校を卒業して上京した時、スーパーで売ってる野菜に匂いがないのでビックリしました。実家の野菜には強い匂いがありました。特にニンジンはとても強いので、子どもの頃は食べることができなかったほどでした。今思えば、祖父母の作ったニンジンにはすごくたくさんの栄養が詰まっていたのでしょう。 とてもぜいたくな食材が並んでいたわけですけど、子どもにしたら、うれしくなかったんです。
というのも、うちは祖父、祖母、さらに曽祖母もいる4世代同居でした。料理は主に祖母がやっていて、和食ばかり。ハンバーグやオムライスのような洋食は出ません。私は「またアユかよ」と、不満を口にしていました。
母は仕事をしていたので、料理を作ることはそんなに多くはありませんでしたが、たまにけっこうハイカラなものを作ってくれました。雑誌に載っていたおしゃれな料理とかを。でも祖父母や曽祖母に気をつかったのでしょう。洋食の超定番なものはあまり作らなかったですね。スパゲティならナポリタンやミートソースではなく、キノコとベーコンがたっぷり入ったしょうゆベースの和風スパゲティでした。このスパゲティはけっこう好きでした。
私が一番好きな母の料理は、豚肉の紅茶煮です。豚のブロック肉を、ことことことこと弱火で煮るんですよ。紅茶で煮ることによって、豚の臭みが抜けるんですね。それを薄くスライスして、酢じょうゆのたれに付けて食べました。さっぱり目のチャーシューみたいな感じ。他ではなかなかない料理ですよね。友だちは皆、「そんなハイカラなの、知らないよ」と言っていました。
母は仕事が忙しかったので、弱火で煮ながら仕事をしていました。その光景を思い出します。忙しい中、よく作ってくれたなあという感謝の気持ちでいっぱいです。 私が小学校の中学年になった頃から、母は年に2回くらい、高いお料理屋さんに子どもだけ連れていってくれました。本物を食べた方がいいと、よそよりもずっと高いうなぎ屋さんや、田舎に唯一あったフランス料理の店で食事をしたんです。いっぱい並んだフォークとナイフは、外側から順番に使っていくんだよ、スープは奥側に向かってすくって、音を立てずに飲むんだよ、とマナーを教えてくれてましたね。それがすごく良かったと思います。
本格的なフランス料理なんて見たことも食べたこともないわけですから、メニューに載っているものが皆、目新しく感じました。子ども時分の経験から、新しい料理に出合うと「食べてみたい!」という欲求が出て、食に対する興味が培われたような気がします。母に感謝ですね。 私も親になりました。子どもは今年、4歳と2歳になります。子どもたちが小学校中学年くらいになったら、食についていろいろな経験をさせてあげたいですね。
それと私にとっての豚肉の紅茶煮と同じように、子どもたちが「これがお母さんの料理だ」と感じてくれるようなものを作り、食べさせてあげたいと思っています。
(聞き手・菊地武顕)
えのうえ・けいこ 1984年、島根県生まれ。近藤くみこと組む「ニッチェ」のボケ担当。2017、18年と連続で「女芸人No1決定戦 THE W」決勝進出。現在、「スイッチ!」「王様のブランチ」「ノンストップ!」レギュラー。趣味は料理、料理マンガ集め、お酒で、「ニッチェ江上敬子のダンナやせごはん」などの著書もある。島根県のふるさと親善大使「遣島使」も務める。