遠く 兄へ届け 相撲甚句で被災体験歌う 岩手県釜石市 藤原マチ子さん

客が毛筆で書いた甚句を背景に、「兄貴編」の相撲甚句を披露する藤原さん。兄を思い涙を浮かべる(岩手県釜石市で)

 愛する実兄を津波が奪った。その恐ろしさを伝えるのが、残された私の使命──。

 岩手県釜石市で、東日本大震災の被災体験を相撲甚句の歌声で伝える女性がいる。野菜農家の藤原マチ子さん(66)だ。毎月、月命日の11日に市内の旅館で歌う他、全国を巡る。歌った数は1000回を超す。

 「せめて夢でも会いたいと、今日も写真に祈ります~」

 時に声がつまる。感極まり、涙が流れる。歌いながら、兄のことを思い出す。

 藤原さんは8人兄弟の末っ子。幼い時、故・新吉さん=享年65=が近所のいじめっこから守ってくれた。相撲甚句を一緒に歌ったり、夜中にこっそり夜釣りに連れて行ってくれたりした。

 農家との結婚が決まった時も、一番に応援してくれた。「何かあったら俺を呼べな」。兄が味方だと思えば、何でも乗り越えられた。

 8年前の3月11日。釜石市の隣の大槌町にいた藤原さんは車で避難し、助かった。しかし、新吉さんは家族の安否を確認するため家に戻り、帰らぬ人となった。

 新吉さんは8日後に見つかった。藤原さんは目の前が真っ暗になり、それ以来、心から笑うことができなくなった。「悔しくて、悔しくて。何をしていても涙が出た」

 13年、知り合いの旅館のおかみから「好きな相撲甚句でお兄さんを供養してあげたら」と言われた。悲しみを相撲甚句に込めた。

 客から「後世につなぐために歌い続けてほしい」と励まされる。「感動した」と、甚句を毛筆で書いて送ってくれた人もいた。初めは歌うのがつらかった。だが「兄が結んでくれた人の輪を大切にしよう」と前向きに考えるようになった。今では「孫がまねをして学校で歌うようになった」と笑顔を見せる。

 これまで手掛けた甚句は「祈り編」「感謝編」など9編。10編目となる「復興編」で終わりにする。「復興編」は市内の仮設住宅に住む約300人が自宅に戻った時に歌う。そう心に決めている。(高内杏奈)

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