東日本大震災から8年 笑顔見守る“太陽” 壁画で心の復興を 岩手・釜石市藤井さん

公園に隣接する工場の壁に描かれた「希望の壁画」。明るく鮮やかな色で描いた植物や動物の絵が公園で遊ぶ子どもたちを見守る(10日、岩手県釜石市で=染谷臨太郎写す)

 高さ8メートル、幅43メートルの巨大壁画。木や花が多彩な色で描かれ、子どもたちがしっかりと手をつなぐ──。岩手県釜石市の柿農家・藤井サエ子さん(74)が地域住民らと描いた。東日本大震災の津波により遊び場を奪われた子どもたちのために、自分の畑を公園に変え、隣接する工場の壁を彩った。8年前、震災が子どもたちの笑顔を奪った。許せなかった。「子どもの笑い声を聞きたい。ただそれだけだった」とほほ笑む。(高内杏奈) 
 
 11日で震災8年。あの日、藤井さんは一命を取り留めた。震災発生からしばらくすると、地域が変わったことに気付いた。子どもの笑い声がなくなっていた。

 公園、学校のグラウンドは仮設住宅が建設され、保育施設は声をたてないように注意する。家族を失った子どもも多くいた。「一時でも震災のことを忘れられる遊びの場が必要だ。生かされたこの命は子どもたちのために使う」。藤井さんは決心した。

 壁画のきっかけは、ある少女のつぶやきだった。2012年に自前の公園を開放すると、ノートを 抱えて遊ぶ少女がいた。ノートには、津波から逃げる絵が 描かれていた。怖がりながらこうつぶやいた。「公園から見える工場の壁、雨に濡れると津波に見えるの」

 13年、「希望の壁画プロジェクト」が始まった。タイに住む画家・阿部恭子さんに助言をもらいながら、下書きをした。口コミで活動は広がった。

 親を失った沿岸の子どもや母を亡くしてうつ病になった男性が名乗りを上げてきた。「人のためになると思うと心が救われる」。男性は泣きながら色を塗った。参加した子どもは手をつないで壁に背を付け、等身大の自分を描いた。「ペンキまみれで笑う子どもたちを見て元気が出た。心からうれしかった」と藤井さん。

 完成まで1年を要した。ボランティアら参加者は600人超。現在は、年間4万人が公園を訪れる。

 「心の復興にはまだまだ時間が掛かる。でも子どもたちの笑顔が地域に元気をくれる」と藤井さん。これからも子どもたちを見守っていく。壁画に描いた大きな太陽とともに。

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