「なつぞら」 北の酪農ヒストリー 第14回「牛乳の脂肪検定取引」~米国帰りの佐藤貢が発案

NHK連続テレビ小説「なつぞら」場面写真 (C)NHK

 「なつぞら」では戦後の酪農の様子がテンポよく、描かれています。

 20話で天陽(吉沢亮)の山田家が農協の世話で乳牛を導入しましたが、乳業メーカーの検査で牛乳の乳脂肪が低く、乳価が安く格付けされました。農協に勤める柴田剛男(藤木直人)は、小さな弱い酪農家が不利を被らないよう、酪農家を守る組織が必要だと訴えます。

 ところで、当時の乳価は乳脂肪率によって決定されました。その嚆矢(こうし)は1925(大正14)年、北海道製酪販売組合工場長・佐藤貢の発案にあります。それ以前のわが国の乳業会社の牛乳買入れは1升(1.8リットル)いくらの「升目買い」でしたが、乳脂肪率や乳質等級で買う「脂肪買い」を導入しました。画期的なことで他の会社も追従しました。

 その時、米国帰りの佐藤は弱冠27歳。50ポンド用手回しバターチャーンを一人で回し、バターづくりを始めました。

 本格的な工場建設のため、「今は金がないが、できたら必ず送る。私を信用して500ポンド電動バターチャーン、冷凍機、脂肪検定機等1式を送ってくれと」と、米国留学時代の知人で機械商ランドルフ・アンソニーに手紙を書きます。すると返事の手紙と同じころに1式が届いたという感激の逸話がありました。
バブコック教授(左)と北海道長沼町の宇都宮牧場が所有するバブコック脂肪検定器(右)
バブコック教授(左)と北海道長沼町の宇都宮牧場が所有するバブコック脂肪検定器(右)
 

 牛乳の脂肪検定法にはバブコック法とゲルベル法が長く用いられています。バブコック法は1890年、米国ウィスコンシン大学のバブコック教授によって迅速単純な方法として開発され、1892年には米国において乳脂肪に基づく牛乳取引が実施されました。この年、スイスの化学者ゲルベルがゲルベル法を発表しました。
宇都宮牧場三代目の潤、喜美夫妻
宇都宮牧場三代目の潤、喜美夫妻

 
 バブコック教授はノーベル賞の候補になり、米国と日本、とくに北海道では高く評価されましたが、対抗心からかヨーロッパからは相手にされなかったようです。

 酪農の父・宇都宮仙太郎はバブコック法が開発される時期に直接教授に師事する幸運に恵まれ、バブコック法の技術を世界に先駆け持ち帰りました。長沼町の宇都宮牧場の玄関には、わが国では最も古いバブコックの脂肪検定器が飾られています。

 これまでバブコック法のわが国への導入開始時期は明らかでないとされていますが、本コラムが参考になれば幸いです。
(酪農学園大学名誉教授 安宅一夫)
 
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