「価値ある農業」とは? 山を生かす放牧経営 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏

 新型コロナウイルス対策に最も成功した台湾のIT担当閣僚として知られるオードリー・タン氏が、先日NHKのテレビ番組でこんな発言をしていました。「お金はあっても病気にはなる。金もうけと価値ある仕事は違う。単にお金を稼ぐ労働はAI(人工知能)に任せて、心を満たすために働く社会へ人類は進む」というもので、新しい時代の予言でもありました。

 これを農業農村問題に置き換えるとどうなるでしょう。「金もうけと価値ある農業は違う。単に食料を量産する農業はAIに任せて、心を満たすために地域を耕す時代へ」といったところでしょうか。最近、こうした理念をかなえる農業に出合いました。

 宮崎県日之影町の和牛繁殖農家、岩田篤徳さん(69)は、自宅の裏山で雌牛20頭を放牧しています。獣医師としてJAに勤めた後、10年かけて山を開拓しました。バックホーで竹林を伐採し、牛たちが竹やぶや雑草をバリバリ食べて踏み込むという1人と5頭の開拓チームにより、荒れた山は7・5ヘクタールの永年牧草地に生まれ変わりました。

 四足歩行の牛は急斜面に強く、栄養ある牧草を食べて歩き回るのでひづめや骨格は発達し、母牛の繁殖成績も向上。かかるのは子牛の飼料代ぐらいなのでコストは舎飼いの半分です。

 岩田さんはこれを「山岳和牛」と名付け、YouTube「高千穂牛放牧物語」で発信しています。牛たちが列を成していそいそ駆ける姿はどこかコミカルで笑いと感動を誘います。また集落の道を区切って柵を張れば、半日で雑草を平らげるため近所にも歓迎されています。

 お隣の大分県には牛を貸し出すレンタカウ制度があるそうで、岩田さんはこれに倣って普及センターや仲間と「西臼杵型放牧ネットワーク」を立ち上げ、放牧農家は10軒になりました。

 放牧のメリットを改めて聞くと①低コストで所得向上②労働力低減③荒廃した農地や山林の解消──この他、牛の健康、景観、地域活性化まで数え切れません。

 和牛業界はいま深刻ですが、放牧は支出が少ないため大損失は免れたそうです。何より岩田さんの話からは、人と牛が家族のように過ごす幸福感、山の暮らしの優雅さが伝わってきます。

 本当に強く「価値ある農業」とは何か。低コスト経営なら多少の変動があってもやめずに済みます。大もうけよりも手堅い利益で、地域を耕し、地域に愛される小さな家族農業を続ける(これ以上減らさない)政策こそ持続可能ではないでしょうか。
 

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