あさのあつこさん(作家) 好きだった祖母の煮付け

あさのあつこさん

 私の食の原点というとおかしいかもしれませんが、昔、祖母がやっていた小さな食堂のことを思い出します。

 うどんとそばを出していたんですが、定食もあって。私たちはハエと呼んでいた小さな川魚をあぶってから、甘辛く煮付けて、ご飯とみそ汁と漬物と一緒に出していました。
 

地元農家に人気


 ハエは小さな魚で、大きいものでも10センチくらいです。それを一匹一匹、丁寧に内臓を取って、金串に刺してあぶったんですね。それから昆布の汁につけて、裏のかまどでまきでコトコト煮ていたのを覚えています。つくだ煮のちょっと手前くらいになるまで、骨も食べられるほど軟らかく煮ていました。

 家は岡山県美作市の湯郷という温泉町だったんです。農閑期に近所の農家の方が、温泉に入ってから、祖母の食堂で定食を食べるのを楽しみにしていました。

 酒のあてにも合うみたいで、魚と酒だけを注文する人もいましたね。

 私もその魚がものすごく好きで。おなかがすいたら祖母の食堂に行き、丼ご飯の上にハエを載せてもらって食べていました。

 祖母が亡くなった時、私はもう成人していたんですが、その魚をどうしても食べたくなりました。自分で作ってみたんですけど、全然違うんですよ。何が違うか分からないけど。

 作り方を聞いておけばよかったという気持ちがすごく強く……。後悔があります。

 私が大学生のときに祖母は店を閉めたんです。

 「お祖母(ばあ)ちゃん、ハエの煮付けはどう作るの?」と聞いたときに、「砂糖としょうゆとみりんとショウガを入れて……」と教えてくれたんですけど、「それは何cc? 大さじ何杯?」と聞いても、「そんなの分からんわ。そんなもん、体が覚えてる」。

 それでも祖母の料理は、味にむらがあったわけではありません。本当に体が覚えていたんでしょう。
 

ふと思い出す味


 母に「あの味出せる?」と聞いてみたら、「私は計量カップを使わない料理はできない」と言われました。母は高校で栄養学を教えていて、「計量できる料理は作れるけど」と開き直っていました。

 ただ母によると、祖母が使っていた食材は、昆布もしょうゆも最高級品。もとが取れるか取れないかくらいだったそうです。

 そういえば、ハエは川漁師から取れたてを買っていました。ショウガも近所の農家から買っていたみたいです。

 契約農家というほどではないんですが、家は野菜を近所の農家から買う約束をしていて、旬の取れたての野菜を持ってきてもらっていました。

 家は田んぼを持っていました。両親とも外で働いていたので、米作りを人に頼んでいました。そのご飯もおいしかったですね。

 春になると私はよく山菜採りに行かされました。私が採ったフキやワラビも、食堂の定食の付け合わせに使われたんです。

 夏は川漁師がアユも持ってきましたし、秋になるとキノコを採りに行きました。季節季節でおいしい食材を利用していました。

 普段はあの味は忘れています。でも時々、疲れたなあ、気分転換したいなあと温泉に入りに行くと、フッと思うんです。

 やっぱりあのハエの煮付けは一生食べられないのかなあ、と。(聞き手=菊地武顕)

 あさのあつこ 1954年岡山県生まれ。97年に「バッテリー」で野間児童文芸賞、2005年に「バッテリー」全6巻で小学館児童出版文化賞を受賞。延べ1000万部超の画期的ベストセラーとなる。児童文学のいくつもの佳作シリーズの他、島清恋愛文学賞受賞作「たまゆら」など幅広いジャンルの物語を生み出している。
 

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