実は不足している米 困窮者に人道支援を 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏

 新型コロナウイルス禍で米需要が年間22万トンも減って、米余りがひどいから、米を大幅に減産しなくてはいけないというのは間違いである。米は余っているのではなく、コロナ禍による収入減で、「1日1食」に切り詰めるような、米や食料を食べたくても十分に食べられない人たちが増えているということだ。

 潜在需要はあるのに、米在庫が膨れ上がり、来年の稲作農家に支払われるJAの概算金は1俵1万円を切る水準が見えてきている。このままでは、中小の家族経営どころか、専業的な大規模稲作経営もつぶれかねない。

 米国などでは政府が農産物を買い入れて、コロナ禍で生活が苦しくなった人々や子どもたちに配給して人道支援している。なぜ、日本政府は「政府は米を備蓄用以上買わないと決めたのだから断固できない」と意固地に拒否して、フードバンクや子ども食堂などを通じた人道支援のための政府買い入れさえしないのか。メンツのために、苦しむ国民と農家を放置し、国民の命を守る人道支援さえ拒否する政治・行政に存在意義があるのかが厳しく問われている。

 いや、備蓄米のフードバンクなどへの供給はしているという。しかし、その量は一つのフードバンクにつき年間60キロ、規模の大きいフードバンクでは1団体が提供する米の1日分にも満たないという。およそ140団体が受け取っており、全体で100万トン規模の備蓄米のうち、提供量は最大でも10トンに満たないとみられる(ロイター通信、2月9日)。

 これでは焼け石に水である。制度上の制約というなら備蓄制度の枠組みでなく人道支援の枠組みをつくればよい。法律・制度は国民を救うためにあるはずなのに、この国は制度に縛られて国民を苦しめてしまう。大震災の時の復興予算さえ、要件が厳しすぎて現場に届かなかった。財政当局はわざと要件を厳しくして予算が未消化で戻ってくるように仕組んでいるとさえ聞いたが、それでは人間失格であろう。

 しかも、日本では家畜の飼料も9割近くが海外依存でまったく足りていない。コロナ禍で不安が高まったが、海外からの物流が止まったら、肉も卵も生産できない。飼料米の増産も不可欠なのである。さらに、海外では米や食料を十分に食べられない人たちが10億人近くもいて、さらに増えている。

 つまり、日本が米を減産している場合ではない。しっかり生産できるように政府が支援し、日本国民と世界市民に日本の米や食料を届け、人々の命を守るのが日本と世界の安全保障に貢献する道であろう。某国から言いなりに何兆円もの武器を買い増しするだけが安全保障ではない。食料がなくてオスプレイをかじるのか。農は国の本なり。食料こそが命を守る、真の安全保障の要である。
 

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