論点
「論点」は、農業・農村や政治、経済、社会、地域、食、環境、文化、くらしなど多様なテーマから課題を取り上げ、農業や農政、地域づくりや政治・政策、国の在り方などについての提言企画です。毎週月曜付の1面に掲載しています。

穀物需給に異変 コロナで争奪戦 拍車 資源・食糧問題研究所代表 柴田明夫
新型コロナウイルスの感染拡大からはや1年たつが、いまだに終息の形は見えない。この間、コロナ禍は、底流にあった日本の医療体制の脆弱(ぜいじゃく)性を一気にあぶり出した。危惧するのは、食と農の分野でも同じことが起こりかねないということだ。
「ショック・ドクトリン」(惨事便乗型資本主義)という言葉がある。未曽有の危機を利用して、大規模な規制緩和や民営化導入を一気に進めようとする動きは、農業分野でも確認することができる。昨年3月に通常国会に提出され、折からのコロナ禍で継続審議となっていた種苗法改正法案が、12月に成立したことだ。多国籍アグリバイオ企業の市場参入を促し、彼らが開発した種子の権利をさらに強化する狙いがあるようだ。
供給潤沢でも・・・
コロナ禍によって国内の食と農への不安が高まる中、国際穀物価格は年明け以降、一段と騰勢を強めている。シカゴ穀物価格は、2月末時点で大豆が1ブッシェル=14ドルを突破した。小麦も6ドル台後半、トウモロコシ5ドル台半ばと、いずれも約7年半ぶりの高値水準にある。
米農務省(USDA)が2月9日に発表した需給報告によれば、2020/21年度(20年後半~21年前半)の世界穀物生産量は27億トンを超え、5年連続史上最高を更新する。期末在庫も4年連続で8億トンを超える。世界の穀物供給は潤沢だ。にもかかわらず、価格が高騰する例は過去にない。
中国の「爆買い」
主な理由は中国の「爆買い」だ。旺盛な穀物輸入には構造的な背景が横たわっている。連動して米国の穀物在庫が急減しており、穀物価格の高騰は長期化する公算が大きい。
USDAによると、20/21年度の米国産大豆、トウモロコシの輸出量は各6124万トン、6600万トンで、前年度比各33・7%、46・2%増える見通しで、増えた分の大半は中国向けだ。これに伴い、大豆の期末在庫率は昨年の13・3%から過去最低の2・6%となり、夏場には底を突く恐れが出てきた。
主要国でいち早く経済を回復させた中国は、実需が急回復する中、一昨年夏に発症したASF(アフリカ豚熱)の教訓もあり、大規模な経営管理の下で行う企業養豚への転換を進めている。
企業養豚は、配合飼料の原料である良質かつ大量の大豆ミールを安定的に供給する。こうしたことから中国の大豆輸入量は1億トンに達している。また、これまで自給政策で毎年500万トン前後に抑えられてきたトウモロコシ輸入も昨年から急増。今年度の予想輸入量は2400万トンと、メキシコ、日本を抜き世界最大のトウモロコシ輸入国となる見込みだ。
今年、共産党創設100周年を迎える中国は、食料安全保障の面から将来の食料危機に備えて農政転換を進め、食料の国内増産にとどまらず、輸入拡大にかじを切っている。USDAは、米国の大豆およびトウモロコシの中国向け輸出拡大は今後も継続し、期末在庫も歴史的低水準からの積み増しが困難であるとの見方を示している。
日本の農政は、生産基盤を縮小する一方で国内向けから輸出向けへの生産シフトを進めようとしている。この点で中国とは対照的だ。
しばた・あきお 1951年栃木県生まれ。東京大学農学部卒業後、丸紅に入社。丸紅経済研究所の所長、代表などを歴任。2011年10月、資源・食糧問題研究所を開設し、代表に就任。著書に『食糧争奪』『食糧危機が日本を襲う!』など。
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2021年03月01日

農業・農村政策の新基調 人材育成の具体策を 明治大学農学部教授 小田切徳美
第2期地方創生が昨年4月からスタートした。筆者の理解では、新対策には「人口から人材へ」というシフトがある。地方創生の契機になったのが、増田寛也氏らによる「地方消滅論」だったため、第1期対策では人口減少に歯止めをかけることが、特に強調された。
しかし、地方創生の正式な名称である「まち・ひと・しごと創生」の「ひと」は「人材」を指しており、根拠法である地方創生法にはそのことが明記されている。ある程度の人口減少は進むものとして、それにもかかわらず地域の持続的発展を支えるような人材を社会全体でじっくりとつくり出していくことが、本来の地方創生の趣旨であろう。地域の消滅危機をあおり、短兵急な対応を現場にも自治体にも求めた地方創生は変わりつつある。
高校教育に期待
そこには、二つの象徴的な対象がある。一つは関係人口の創造である。人口に着目した場合、移住者数ばかりに目を奪われるが、特定の地域への関心と関与を持つ人々の全体像を見れば、より多数の多様な人々の存在が見えてくる。これは、地域の担い手を幅広く捉えようとする発想から生まれたものであろう。
もう一つは、「ふるさと教育」をはじめとする高校魅力化の推進である。小・中学校では、地域学習が進んでいるが、高校時代にはリセットされ、地域に無関心になりがちである。しかし、高校でも「ふるさと教育」が行われれば、例えば農業を含めた地域産業の状況とさまざまな可能性が視野に入り、挑戦できる具体的課題が高校生にも認識できる。さらに、卒業後、一度は大都市部に出たとしても、Uターンしたい時に、どこに相談すれば良いのか分かるという効果もある。従来は、そこに足掛かりさえなく、Uターンを呼び掛けても無理があった。このように高校魅力化は、人材の成長プロセスを意識した取り組みと言える。中央教育審議会は、高校の普通科に地域探求学科(仮称)の設置を提言しており、その実現も近い。
新基本計画にも
本欄において、あえてこのことを指摘したのは、昨年策定された食料・農業・農村基本計画にも、同様の傾向が埋め込まれているからである。それは、形式にも現れている。今回の計画では、「人材」という用語が57回登場しているが(目次を除く)、前回(2015年)の26回から倍増している。他方で、「担い手」という用語は、57回から33回に減少し、この二つの言葉の登場頻度は、新計画では逆転している。また、計画内で「人材」は、「育成」「確保」「裾野の拡大」「多様な」という言葉とセットで使われていることが多い。もちろん、「担い手」を「人材」に置き換えただけで、政策の前進があるわけではない。求められているのは人材育成の具体的施策であり、その点を注視したい。
このように、人口減少下では、できるだけ幅広く人材を捉え、その丁寧で具体的な形成プロセスを重視すべきである。そんな発想が地方創生と農政の双方において進行している。それは日本社会全体にも求められていることでもあろう。
おだぎり・とくみ 1959年生まれ。博士(農学)、東京大学農学部助教授などを経て、2006年から現職。現在、大学院農学研究科長。専門は農政学、農村政策論。日本地域政策学会会長。『農山村は消滅しない』『農村政策の変貌』(近刊)など著書多数。
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2021年02月22日

協同へのまなざし 地域連携鍵握るJA 摂南大学農学部教授 北川太一
今から20年以上前のことであるが、当時、西日本の農山村地域で広がりつつあった「集落型農業法人」に関する調査を行ったことがある。
それは、集落農場型生産法人など地域によってさまざまな名称で呼ばれていたが、1集落もしくは複数集落を範囲として、集落営農やむらづくりの活動が基盤となって、地域に住む人たちの合意によって設立された法人であり、構成メンバーの多くが、出資や運営に関与し法人が行う事業に従事するものであった。
住民主体が基礎
事業の内容は、地域が抱える課題解決を目指しながら、法人ごとにさまざまな活動が展開されていた。農地の利用調整や農機の共同利用など、通常の集落営農組織が取り組む活動にとどまらず、農産物の加工・販売、住民向けの生活支援や福祉、資源や環境の保全、都市住民との交流、日用生活品の販売(小店舗の運営)などである。
2007年産から国によって開始された品目横断的経営安定対策(後に、経営所得安定対策)を契機として、「担い手」の要件を満たすための集落営農組織の設立とその法人化が急ピッチで進められた。
しかし、集落型農業法人は、その多くが、国の政策が始まる前に設立されたものであり、政策対応型の集落営農組織とは内容がやや異なる。自治体や団体などの支援を受けながらも、その大部分が地域農業の維持、農地の保全、さらには地域における暮らしの防衛や都市との交流を目指したむらづくりなど、住民による自律的な動きがベースにあった。
労協新法と合致
さて、昨年12月に労働者協同組合法が成立した。本紙(20年12月5日付「論説」など)でも解説されているように、労働者協同組合は、「組合員が出資し、それぞれの意見を反映して組合の事業が行われ、及び組合員自らが事業に従事することを基本原理とする組織」(第1条)と規定されている。働く仲間たち自らが出資し、意見を述べ合いながら運営し、自らの事業に従事する。まさに、集落型農業法人の特徴とほぼ合致する。また、労働者協同組合法では、届け出制で比較的容易に組合をつくることができるとともに、組合と組合員とが労働契約を締結することで労働法規が順守される。
協同組合であるJAは、組合員の利益増進を目的とした経済組織である。と同時に、地域に開かれた存在でなければならない。事業の効率化や、経営の合理化だけに力を注ぐだけでは、いずれ一般企業との差異はなくなってしまうであろう。
集落型農業法人に限らず、地域においては、さまざまな有形・無形の資源を活用する活動が存在している。そこでは、人と人とがつながる関係が重視されている。JAが、こうした地域の活動とそこに関与する人たちに向き合い、新しい協同の仕組みを創出するためにも、労働者協同組合に関心を持って、それを生かしていくことが重要である。
きたがわ・たいち 1959年、兵庫県生まれ。鳥取大学、京都府立大学、福井県立大学の勤務を経て、2020年4月より現職。福井県立大学名誉教授。放送大学客員教授を務める。主な著書に『新時代の地域協同組合』『協同組合の源流と未来』など。
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2021年02月08日

日米通商交渉 譲歩迫る遺産 次代も 経済評論家 内橋克人
米国第45代大統領・ドナルド・トランプ氏は去り、冬のホワイトハウスは新たなあるじを迎えた。安倍晋三前首相とは互いに「ドナルド」「シンゾー」と呼び合い、蜜月時代を演じた。その主役2人は今、急ぎ足で後景へと退く。「仮面の蜜月」は何を遺しただろうか。
すれ違う「認識」
「かくも長期間、アメリカをだまし続けることができたなんて信じられない。日本の政治家たちはそう言ってほくそ笑んでいるに違いない。だが、そんな日々はもう終わりだ」。トランプ氏は去っても、日本に発せられた「トランプ節」は、ブラフ(脅し)として今も記憶に生々しい。巨額の対日貿易赤字を糾弾した翌日、すなわち2018年3月23日に突如、トランプ政権は鉄鋼、アルミニウムの関税引き上げを発表した。
「蜜月」を真に受けていた日本政府と日本人は「狙いは中国。日本は適用除外」と思い込む。だが、期待は見事に裏切られた。除外されたのは欧州連合(EU)その他7カ国と地域に過ぎなかった。
トランプ氏が環太平洋連携協定(TPP)からの離脱を宣言して以降も日本は懸命に復帰を呼び掛け続けた。だが、日本の望みはあっけなくソデにされている。トランプ政権から投げ返されたのは「日米2国間の通商交渉」つまり、日米FTAという超速球の変化球だった。
FTAとは金融、投資、流通、サービスなどを含む包括的な自由貿易協定のことであり、筆者は「覇権型交易」と呼んできた。一方、日本政府は物品に限って関税引き下げを話し合う貿易協定(TAG)である、と説明していた。だが、TAGとは日本政府が国内向けにひねり出した「造語」であって、米国内はもとより世界に通用しない。
トランプ政権で米通商代表部(USTR)は精力的に公聴会を開いた。公聴会に出席した業界団体は44団体を超え、「全国牛乳生産者連盟」などは明確に「TPPを超える水準の市場開放」を日本に求めている。日本側の牛肉関税もテーマとなり、TPPでは現在の38・5%を最終的に9%にまで引き下げることになっている。日本政府は対米交渉でこの水準より低くしない、と表明してきたが、米側は納得しないのではないだろうか。
標的は日本農業
ホワイトハウスのあるじは代替わりしても、米政権は本命の農業分野で日本の譲歩をさらに引き出そうとするだろう。バイデン新政権の「対日通商交渉」戦略を甘く見ることはできない。
バイデン氏もまた、日米間に横たわる深い「認識格差」においてトランプ遺産、すなわち「現在地」から出発する。2国間交渉にこだわったトランプ前大統領が遺した「レガシー」が消えることはない。
「食料自給できない国を想像できるか。それは国際的圧力と危険にさらされている国だ」「食料を他国に依存するような国に真の独立国はない」。かつて父ブッシュ大統領の発した言葉をかみ締める時が来ている。
うちはし・かつと 1932年神戸市生まれ。新聞記者を経て経済評論家。日本放送協会・放送文化賞など受賞。2012年国際協同組合年全国実行委員会代表。『匠(たくみ)の時代』『共生の大地』『共生経済が始まる』など著書多数。
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2021年02月01日

菅政権の地方重視 美辞麗句では動かぬ 早稲田大学大学院教授 片山善博
菅義偉首相は就任時に、自分が「雪深い秋田の農家」の生まれであることを強調した。それもあったのか、マスコミも世間も、今度の首相は農村出身だから地方を重視する、農業にもこれまで以上に力を入れると予想したり、期待したりした。
内容乏しい演説
その予想や期待が当たっているかどうかを判定するリトマス試験紙ともいえる貴重な機会が、先の通常国会における首相の施政方針演説だった。かく言う筆者は岡山の兼業農家の生まれである。雪こそ降らないがイノシシなどの有害鳥獣に悩まされる地域だ。また、農業を主要産業とする鳥取県で知事を務めたこともあるので、地方や農業に対する首相の姿勢はどんなものかと、興味と関心を持って施政方針演説を聞いた。
残念ながら、演説を聞く限り、先の予測や期待は外れという他ない。まず農業についての言及は、分量がとても少ない上に、内容が至って貧弱である。触れていることのほとんどは農産品の輸出に関することだ。
輸出拡大一辺倒
このところ農産品の輸出額が増えている。これをさらに伸ばして2030年には5兆円の目標を達成させたい。そのため牛肉やイチゴなどの重点品目を選定し、産地を支援するという。農業政策についての具体的な内容はほぼこれに尽きる。
確かに農産品の輸出は重要なことである。筆者も鳥取県知事時代に梨「二十世紀」などの輸出促進と販路拡大に取り組んだ。その経験を通じて、農産品の輸出が日本の農業の一つの可能性を開くものであることは理解している。
ただ、わが国の農業の現実は、農産品輸出の明るい話題で語り尽くされるほど単純でもなければ容易でもない。それぐらいのことは農業や農村のことを真剣に考えている人には分かり切ったことである。
また、農業についての最後のくだりで「美しく豊かな農山漁村を守ります」と述べていた。もとよりそれに異存はない。肝心なことは、ではそれをどうやって実現するのかということなのだが、その説明がないのは単に美辞麗句を添えただけとしか思えない。一体どれほどの人がこの言葉に共感を覚えただろうか。
地方に関しては、観光立国の一環として登場するぐらいの小さな扱いでしかない。それ以外には、テレワークの環境を整えることによって、地方への人の流れを生み出す。地方への移住を希望する人には支援するなど、個別断片的な施策の紹介はあるものの、視野の広い地方政策は見当たらない。
菅政権は安倍政権を引き継いだという。ただ、それにしては前政権から始まった地方創生について一言も触れられていないことが気に掛かる。以上、どうやら施政方針演説の内容と「雪深い秋田の農家」の生まれとの間にはほとんど関係がなさそうだというのが筆者の見立てである。
かたやま・よしひろ 1951年岡山市生まれ。東京大学法学部卒、自治省に入省し、固定資産税課長などを経て鳥取県知事、総務大臣を歴任。慶応義塾大学教授を経て2017年4月から現職。著書『知事の真贋』(文春新書)。
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2021年01月25日

コロナ禍の表裏 恐れず好機見いだせ 日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介
久しぶりに台風が上陸しなかった昨年。洪水や土砂崩れの被害は、8月以降は避けることができた。しかし、3シーズンぶりに雪が多いこの冬、今度は雪害が心配だ。
とはいえ、この降水量の多さこそ日本の緑と実りが世界の中でも特に豊かな理由でもある。例えば、豪州では、日本の20倍の面積に日本の5分の1の人口しか住んでいないが、慢性的に水が不足している。地下水を過剰にくみ上げて行われる同国の農業も、いつまで安価大量生産を続けられるか疑問だ。
過剰反応は禁物
このように、利点と弱点は表裏一体だ。引き続くコロナ禍に関しても、同じことが言える。前提として、このウイルスは根絶できないことを理解したい。
この冬、インフルエンザの感染者はほぼゼロだが、インフルエンザウイルスがこれで根絶されたりはしない。仮に新型コロナの感染が収束しても同じことだ。これまで見事に感染を抑えてきた国・地域、例えば台湾、インドシナ諸国、ニュージーランドなどでは、免疫ができていない分、油断すればいつでも感染爆発が起きかねない。それに対し、感染抑止に失敗した米欧の多くの国で、危機感の高さから副作用を辞さずワクチン接種が進めば、事態が先に好転する可能性もある。
前回(2020年6月)寄稿した「論点」で筆者は、いったん感染が収まっていたことを背景に「コロナ禍はパンデミックではなくインフォデミック(恐怖心の感染)だ」と書いた。その後2度にわたって感染の再拡大が起きているが、「東京の今日の感染者は〇〇人」とあおるテレビを見て、皆さんはどうお感じだろうか。多くの地方、特に農山漁村においては、生活の実態に特に変化はないままなのではないか。
日本における死者数は、前回寄稿時の4倍以上に増えたが、人口当たりの水準では米国の37分の1、欧州連合(EU)諸国の30分の1だ。絶対数でいえば、年間の交通事故死者数と同レベルで、19年のインフルエンザによる死者数(関連死含む)の半分弱、がんによる死亡者の100分の1強である。しかもその3分の2が首都圏と愛知県と京阪神の8都府県の在住者で、農山漁村のほとんどで死者は出ていない。
交通事故は極めて重大な問題で、一件でも減らす努力が必要だが、かといって通勤通学を禁止し経済を止めるべきではない。新型コロナの脅威にも、交通事故と同じレベルで用心し対処すべきだ。具体的にはマスクを外しての他人同士の会話・会食は当面避けるべきだが、怖がって家に閉じこもることもない。
人手不足解消へ
コロナの農業への影響で本当に深刻なのは、外国人技能実習制度の機能不全化だろう。であれば今年は、飲食店などで職を失った都会の若者を試用するチャンスではないだろうか。少子化は中韓台でも急速に進んでおり、農業の人手不足は今後とも深刻化する一方だ。
日本人の人件費を払える事業体に変化しなければ、どのみち生き残れない時代が来る。農協あるいは農業法人の協議体が、集団で取り組んではいかがだろう。
もたに・こうすけ 1964年山口県出身。米国コロンビア大学ビジネススクール留学。2012年から現職。平成大合併前の全市町村や海外90カ国を自費訪問し、地域振興や人口成熟問題を研究。近著に『進化する里山資本主義』など。
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2021年01月18日

コロナ禍の食と農三つの革命で道開け ナチュラルアート代表 鈴木誠
今、コロナ禍にある日本は、産業政策と食料安全保障の両面から、官民挙げた1次産業強化が待ったなしの局面を迎えている。現代は情報通信技術(ICT)や人工知能(AI)中心の第4次産業革命といわれるが、これからは食料問題中心の第5次産業革命へ移行すべきだ。
今年もわれわれは、コロナと気象変動に強い制約を受ける。現実を受け止め、マイナス面を超える新たな付加価値創造が必要だ。
DX、脱炭素…
創造的破壊は、まずは過去の破壊から始まる。昨年のコロナは、まさに社会を破壊したのだから、今年は創造の年になる。国内1次産業再構築の大命題は、「生産性向上」だ。さもなければ、競争優位性を確保できず、所得は増えず、産業はさらに衰退し、国力は低下する。生産性向上には「DX(デジタル)革命」「脱炭素革命」「物流・サプライチェーン革命」と、三つの革命が成長エンジンだ。
1次産業は、他産業に比して遅れているDX革命が、逆に期待の星だ。業界や地方が抱える人手不足問題を解消し、経験・勘・思いこみに依存した経営スタイルから脱却し、科学的経営に移行する。
脱炭素革命はエネルギー革命だ。1次産業は化石燃料の依存度が高く、高コストかつ二酸化炭素(CO2)の問題を抱えている。太陽光など、再生可能エネルギーの普及・拡大はもちろんのこと、ウオーターカーテン方式や高度化した断熱シート、エネルギーの無駄遣い対策の熱交換システムなど、脱化石燃料が進みつつある。災害等緊急事態への事業継続計画(BCP)対策も忘れてはいけない。
物流・サプライチェーン革命もCO2問題をはじめ、ドライバー不足、低積載効率、車両・運賃等高コスト問題など、早急に対応が必要だ。物流センターはハブ&スポーク方式とし、全国主要地域に大型拠点物流センターを再整備し、それに連なる中小集荷センターを各地に配置することだ。
そのためには、卸売市場の自己構造改革、あるいは物流事業者や総合商社などの新規参入を含め、選択肢は複数ある。現状縦割りのサプライチェーンは、売り手と買い手が協調する一体改革が求められる。
栽培技術向上も
その他、栽培や養殖などの生産技術向上も、生産性向上には欠かせない。植物の栽培技術向上の起爆剤として、「バイオスティミュラント」が注目されている。
バイオスティミュラントは、海外では欧州連合(EU)を中心に急拡大しているものの、国内ではまだ緒に就いたばかりだ。これまでのように化学農薬や化学肥料で、過保護に植物を育てるのではなく、植物そのものの免疫力を高め健康にする栽培だ。日本は、化学農薬大国からそろそろ卒業する必要がある。植物が健康になれば、収量が増え、食味は良くなり、機能性(栄養価)は向上し、結果として生産者所得は向上する。
これまで幾多の試練を乗り越えた日本の真価が、いま改めて問われている。
すずき・まこと 1966年青森市生まれ。慶応義塾大学卒、東洋信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)を経て、慶大大学院でMBA取得。2003年に(株)ナチュラルアート設立。著書に『脱サラ農業で年商110億円!元銀行マンの挑戦』など。
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2021年01月11日

物よりも仕事 働く喜び語れてこそ 百姓・思想家 宇根豊
西日本では近年、トビイロウンカの大発生が相次いでいる。昨年は東北まで被害が及んだ。この事態の真因を考えてみよう。
語られない本質
「こんなに増えていたとは気付かなかった」「農薬かけてたから安心していた」と答える百姓が多い。言うまでもなく、害虫の発生は水田一枚ごとに異なる。枯れた田んぼの隣で何ともない田んぼも多い。指導機関の「発生情報」は、一枚一枚の状況までは教えてくれない。
「農家なら、自ら観察して判断する技術を身に付けているはずでしょう」と消費者から言われ、「もちろん」と答えられる百姓が10%もいるだろうか。1978年から「虫見板」を活用した減農薬稲作を広めてきた私は、とても憂鬱(ゆううつ)だ。「やはりドローン(小型無人飛行機)で観察して防除を判断する技術開発が必要ですね」と言われてしまうと情けない。被害面積や被害額がクローズアップされる半面、技術の担い手である百姓のまなざしに踏み込む議論は全く聞こえてこない。百姓の仕事の内実は、相当な危機にひんしているのではないだろうか。
この問題は百姓にとどまらず、他産業の労働にも通じる。仕事の喜び、充実感、生きがいよりもその結果である生産物の品質や価格、報酬額、労働時間ばかりが雄弁に語られるようになった。
この風潮が怖いのは、「同じ作物なら誰が生産してもいい」ことになるからだ。地元産や国産である必要もなければ、仕事をするのはロボットでも構わない。スマート農業を正当化しているのは、こうした思想が根本にある。
人間の仕事とはそういうものだったのだろうか。仮に経済価値の低い生産物であっても、情愛と丹精を込めたものは、いとおしく受け取られてきたはずだ。情愛と丹精を語ることが生産技術や流通から追放され、消費者に届いていないのが現実だ。
新たな労働観を
確かに、昔から百姓仕事は「大変だ」「苦労ばかり」という語りが多かった。しかし、その苦労は語られない喜びや充実、誇りが土台にあった。草取りで死んでいく草を前にして喜ぶのは気が引ける。まして、生産物を生み出した本体は人間ではなく天地自然なのだからなおさらだ。こうした慎みにも似た姿勢が百姓の仕事の語り方だった。
ところが、労働を「苦役」とみる西洋の価値観が輸入されたことで労働時間は短く、仕事は楽に、報酬は多いことが目標とされ、百姓の仕事は生産物でしか表現できなくなってしまった。
自家採種した種子も、購入種子も同品種ならできるものは同じだろうか。種を採り、保管し、播(ま)く仕事はその作物の“いのち”だけでなく、百姓の思いを引き継ぐことでもある。「買った方が安いから」という言い訳では、仕事の喜びは経済に負けるはずだ。
生産物ではなく、むしろ仕事の喜びを表現し合う習慣を広げようではないか。
うね・ゆたか 1950年長崎県生まれ。農業改良普及員時代の78年から減農薬運動を提唱。「農と自然の研究所」代表。主な著書『日本人にとって自然とはなにか』『百姓学宣言』。2020年12月、『うねゆたかの田んぼの絵本』全5巻(農文協)の刊行を始めた。
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2021年01月04日

温暖化対策 農業技術革新の好機 農中総研客員研究員 田家康
人為的な温室効果ガスの排出を国全体として実質ゼロとするカーボンニュートラルについて、日本政府も先月にようやく重い腰を上げた。革新的なイノベーションを実施することにより、2050年に脱炭素社会を目指すというものだ。
温室効果ガスの排出を続けると、どのような弊害が起きるのだろうか。環境問題や災害発生への懸念だけでなく、農業分野でも影響度を見通した研究発表がなされている。一つ一つ集めてみると、どうも暗い将来像ばかりが目につく。
高まる食料需要
国連食糧農業機関(FAO)のアウトルックから世界全体の穀物生産・消費および備蓄量を見ると、この10年間は生産量と消費量はほぼ見合っており、在庫率は毎年の生産量の3割程度で推移している。足元こそ安定している状況であるが、世界の総人口は2019年の77億人から50年には95億人に増加が見込まれている。さらに発展途上国でも肉食が増加し飼料用穀物への需要も高まることから、生産性を毎年2%程度上げていかないと供給が足りなくなる。ちなみに1998年から2008年の生産性の伸び率は平均で1%程度でしかない。
安全性の議論はあるものの、遺伝子組み換え(GM)技術による収量増加を思い浮かべる向きもあるかもしれない。しかし、研究の最前線の見方では穀物での品種改良は大豆でこそ見込みがあるものの、トウモロコシ、米、小麦は既に限界に来ているようだ。
一方、欧州では過去の気温変動の例から、温暖化の進行で小麦やトウモロコシでかび毒の混入リスクが飛躍的に高まると指摘されている。今世紀後半には、気候変動に伴って米国、豪州、ブラジルなど世界有数の食料生産地域で土壌水分量が激減するとの予想もある。
高軒高、精密…
温暖化問題となるとお先真っ暗な未来ばかりが示されるが、技術革新が求められているのであり、それは農業分野でも言えることだ。注目したいのはオランダやイスラエルの動きだ。
施設園芸においてオランダで開発された高軒高ハウスは、既に先進的な農家で導入されている。ハウス栽培というと地面に苗を植えたイチゴ狩りをイメージしがちだが、こちらは軒高を地面から1メートル以上上げ、生育環境の制御と施設の大規模化を実現した。
イスラエルで開発されている精密農業にも目を向けたい。作物の根の周りを専用トレーで囲み、ここから水と肥料を根に直接送り込む技術だ。水と肥料の消費を半減できるだけでなく、再利用可能なトレーは除草剤の代替にもなるという。本格的に実現すれば、地球温暖化による水不足対策として期待できる。地球温暖化が人類にとって本当に危機であるならば、1万年に及ぶ農業の歴史の中で、かんがい設備や品種改良を実現してきたのと同等の革命が必要だろう。斬新な視点でビジネスチャンスを狙っていきたいものだ。
たんげ・やすし 1959年生まれ。農林中央金庫森林担当部長などを経て、現職。2001年に気象予報士資格を取得し、日本気象予報士会東京支部長。著書は『気候文明史』『気候で読む日本史』など
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2020年12月28日

労協法の成立 協同の可能性共有を 明治大学名誉教授 中川雄一郎
12月4日、参院本会議において「労働者協同組合法」(労協法)が全会一致で成立した。私にとっても待ちに待った法案の成立である。
早速私は「法案概要」を取り出して「第1・目的」と「第2・労働者協同組合」に目を通し、この労協法の根本に「協同労働」という概念が示唆されていることを見て取った。
具体的には、①組合員による出資、②組合員の意見が反映された事業の遂行、③組合員自らが事業に従事することを基本原理とし、多様な就労の機会を創り出す、④地域における多様な希望・要求(需要)に応じた事業を行う、⑤持続可能で活力ある地域社会の実現に資する──である。なお、労協法は届け出れば設立できる「準則主義」であることも付け加えておこう。
役割一層重要に
この法案概要を見て、私は1999年11月に開かれた「労働者協同組合研究 国際フォーラム」での日本労働者協同組合連合会の元理事長、故・菅野正純氏の報告を思い起こした。
「協同の新しい可能性に向かって」と題した報告で、菅野氏は次のように提起した。①協同労働は雇用労働に代わる選択肢である②この選択肢を保障する社会制度を創り出すことの必要性③21世紀を目前にして、労協は組合員の利益のみならず、地域コミュニティーと社会全体の利益を追求する「21世紀型協同組合」としての「新しいワーカーズコープの法制度」を提案し、ボランティアや利用者と共に組合員が協同する協同組合、ハンディキャップを持つ人も組合員となり、労働する主人公になっていく協同組合を目指す④若者たちが人々の共感の中で自分らしい仕事を見いだして自分らしい人生を切り開いていくことへの援助が、これからの時代には重要な課題として労協に求められるだろう。
そして、菅野氏はこの援助のための基金にこう言及した。労協はその「公共的な使命」に対応する「新しい労協財政のあり方」を追求していく。それは、「組合員の営々たる労働のなかで作り出された剰余金、就労創出の積立金、福祉基金、それに教育基金」を組合員だけでなく、地域の他の人々も利用できる「新たな仕事起こしを実践する連帯支援資金」となるだろう。
「労働者本位」へ
菅野氏のこの「労協アイデンティティー」をヘーゲル哲学の「自立した個人は社会で生きる自覚を意識する」人々相互の「承認の必要性」を借りて言えば、人々にとって「労協に対する期待」「労協の果たすべき役割」「労協のなし得ること」とは何であるのかはおのずと明白になっていく、と私はひそかに思っている。その意味でも協同労働は「生活と人間性に不可分な労働」としての「労働者の裁量と自律性」を発揮するのにふさわしい「場」である、と私は確信している。
なかがわ・ゆういちろう 1946年静岡県生まれ。明治大学名誉教授。元日本協同組合学会会長。ロバアト・オウエン協会会長。著書『協同組合のコモン・センス』『協同組合は「未来の創造者」になれるか』(編著)などがある。
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2020年12月21日
論点アクセスランキング
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農業・農村政策の新基調 人材育成の具体策を 明治大学農学部教授 小田切徳美
第2期地方創生が昨年4月からスタートした。筆者の理解では、新対策には「人口から人材へ」というシフトがある。地方創生の契機になったのが、増田寛也氏らによる「地方消滅論」だったため、第1期対策では人口減少に歯止めをかけることが、特に強調された。
しかし、地方創生の正式な名称である「まち・ひと・しごと創生」の「ひと」は「人材」を指しており、根拠法である地方創生法にはそのことが明記されている。ある程度の人口減少は進むものとして、それにもかかわらず地域の持続的発展を支えるような人材を社会全体でじっくりとつくり出していくことが、本来の地方創生の趣旨であろう。地域の消滅危機をあおり、短兵急な対応を現場にも自治体にも求めた地方創生は変わりつつある。
高校教育に期待
そこには、二つの象徴的な対象がある。一つは関係人口の創造である。人口に着目した場合、移住者数ばかりに目を奪われるが、特定の地域への関心と関与を持つ人々の全体像を見れば、より多数の多様な人々の存在が見えてくる。これは、地域の担い手を幅広く捉えようとする発想から生まれたものであろう。
もう一つは、「ふるさと教育」をはじめとする高校魅力化の推進である。小・中学校では、地域学習が進んでいるが、高校時代にはリセットされ、地域に無関心になりがちである。しかし、高校でも「ふるさと教育」が行われれば、例えば農業を含めた地域産業の状況とさまざまな可能性が視野に入り、挑戦できる具体的課題が高校生にも認識できる。さらに、卒業後、一度は大都市部に出たとしても、Uターンしたい時に、どこに相談すれば良いのか分かるという効果もある。従来は、そこに足掛かりさえなく、Uターンを呼び掛けても無理があった。このように高校魅力化は、人材の成長プロセスを意識した取り組みと言える。中央教育審議会は、高校の普通科に地域探求学科(仮称)の設置を提言しており、その実現も近い。
新基本計画にも
本欄において、あえてこのことを指摘したのは、昨年策定された食料・農業・農村基本計画にも、同様の傾向が埋め込まれているからである。それは、形式にも現れている。今回の計画では、「人材」という用語が57回登場しているが(目次を除く)、前回(2015年)の26回から倍増している。他方で、「担い手」という用語は、57回から33回に減少し、この二つの言葉の登場頻度は、新計画では逆転している。また、計画内で「人材」は、「育成」「確保」「裾野の拡大」「多様な」という言葉とセットで使われていることが多い。もちろん、「担い手」を「人材」に置き換えただけで、政策の前進があるわけではない。求められているのは人材育成の具体的施策であり、その点を注視したい。
このように、人口減少下では、できるだけ幅広く人材を捉え、その丁寧で具体的な形成プロセスを重視すべきである。そんな発想が地方創生と農政の双方において進行している。それは日本社会全体にも求められていることでもあろう。
おだぎり・とくみ 1959年生まれ。博士(農学)、東京大学農学部助教授などを経て、2006年から現職。現在、大学院農学研究科長。専門は農政学、農村政策論。日本地域政策学会会長。『農山村は消滅しない』『農村政策の変貌』(近刊)など著書多数。
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2021年02月22日

2
穀物需給に異変 コロナで争奪戦 拍車 資源・食糧問題研究所代表 柴田明夫
新型コロナウイルスの感染拡大からはや1年たつが、いまだに終息の形は見えない。この間、コロナ禍は、底流にあった日本の医療体制の脆弱(ぜいじゃく)性を一気にあぶり出した。危惧するのは、食と農の分野でも同じことが起こりかねないということだ。
「ショック・ドクトリン」(惨事便乗型資本主義)という言葉がある。未曽有の危機を利用して、大規模な規制緩和や民営化導入を一気に進めようとする動きは、農業分野でも確認することができる。昨年3月に通常国会に提出され、折からのコロナ禍で継続審議となっていた種苗法改正法案が、12月に成立したことだ。多国籍アグリバイオ企業の市場参入を促し、彼らが開発した種子の権利をさらに強化する狙いがあるようだ。
供給潤沢でも・・・
コロナ禍によって国内の食と農への不安が高まる中、国際穀物価格は年明け以降、一段と騰勢を強めている。シカゴ穀物価格は、2月末時点で大豆が1ブッシェル=14ドルを突破した。小麦も6ドル台後半、トウモロコシ5ドル台半ばと、いずれも約7年半ぶりの高値水準にある。
米農務省(USDA)が2月9日に発表した需給報告によれば、2020/21年度(20年後半~21年前半)の世界穀物生産量は27億トンを超え、5年連続史上最高を更新する。期末在庫も4年連続で8億トンを超える。世界の穀物供給は潤沢だ。にもかかわらず、価格が高騰する例は過去にない。
中国の「爆買い」
主な理由は中国の「爆買い」だ。旺盛な穀物輸入には構造的な背景が横たわっている。連動して米国の穀物在庫が急減しており、穀物価格の高騰は長期化する公算が大きい。
USDAによると、20/21年度の米国産大豆、トウモロコシの輸出量は各6124万トン、6600万トンで、前年度比各33・7%、46・2%増える見通しで、増えた分の大半は中国向けだ。これに伴い、大豆の期末在庫率は昨年の13・3%から過去最低の2・6%となり、夏場には底を突く恐れが出てきた。
主要国でいち早く経済を回復させた中国は、実需が急回復する中、一昨年夏に発症したASF(アフリカ豚熱)の教訓もあり、大規模な経営管理の下で行う企業養豚への転換を進めている。
企業養豚は、配合飼料の原料である良質かつ大量の大豆ミールを安定的に供給する。こうしたことから中国の大豆輸入量は1億トンに達している。また、これまで自給政策で毎年500万トン前後に抑えられてきたトウモロコシ輸入も昨年から急増。今年度の予想輸入量は2400万トンと、メキシコ、日本を抜き世界最大のトウモロコシ輸入国となる見込みだ。
今年、共産党創設100周年を迎える中国は、食料安全保障の面から将来の食料危機に備えて農政転換を進め、食料の国内増産にとどまらず、輸入拡大にかじを切っている。USDAは、米国の大豆およびトウモロコシの中国向け輸出拡大は今後も継続し、期末在庫も歴史的低水準からの積み増しが困難であるとの見方を示している。
日本の農政は、生産基盤を縮小する一方で国内向けから輸出向けへの生産シフトを進めようとしている。この点で中国とは対照的だ。
しばた・あきお 1951年栃木県生まれ。東京大学農学部卒業後、丸紅に入社。丸紅経済研究所の所長、代表などを歴任。2011年10月、資源・食糧問題研究所を開設し、代表に就任。著書に『食糧争奪』『食糧危機が日本を襲う!』など。
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2021年03月01日

3
温暖化対策 農業技術革新の好機 農中総研客員研究員 田家康
人為的な温室効果ガスの排出を国全体として実質ゼロとするカーボンニュートラルについて、日本政府も先月にようやく重い腰を上げた。革新的なイノベーションを実施することにより、2050年に脱炭素社会を目指すというものだ。
温室効果ガスの排出を続けると、どのような弊害が起きるのだろうか。環境問題や災害発生への懸念だけでなく、農業分野でも影響度を見通した研究発表がなされている。一つ一つ集めてみると、どうも暗い将来像ばかりが目につく。
高まる食料需要
国連食糧農業機関(FAO)のアウトルックから世界全体の穀物生産・消費および備蓄量を見ると、この10年間は生産量と消費量はほぼ見合っており、在庫率は毎年の生産量の3割程度で推移している。足元こそ安定している状況であるが、世界の総人口は2019年の77億人から50年には95億人に増加が見込まれている。さらに発展途上国でも肉食が増加し飼料用穀物への需要も高まることから、生産性を毎年2%程度上げていかないと供給が足りなくなる。ちなみに1998年から2008年の生産性の伸び率は平均で1%程度でしかない。
安全性の議論はあるものの、遺伝子組み換え(GM)技術による収量増加を思い浮かべる向きもあるかもしれない。しかし、研究の最前線の見方では穀物での品種改良は大豆でこそ見込みがあるものの、トウモロコシ、米、小麦は既に限界に来ているようだ。
一方、欧州では過去の気温変動の例から、温暖化の進行で小麦やトウモロコシでかび毒の混入リスクが飛躍的に高まると指摘されている。今世紀後半には、気候変動に伴って米国、豪州、ブラジルなど世界有数の食料生産地域で土壌水分量が激減するとの予想もある。
高軒高、精密…
温暖化問題となるとお先真っ暗な未来ばかりが示されるが、技術革新が求められているのであり、それは農業分野でも言えることだ。注目したいのはオランダやイスラエルの動きだ。
施設園芸においてオランダで開発された高軒高ハウスは、既に先進的な農家で導入されている。ハウス栽培というと地面に苗を植えたイチゴ狩りをイメージしがちだが、こちらは軒高を地面から1メートル以上上げ、生育環境の制御と施設の大規模化を実現した。
イスラエルで開発されている精密農業にも目を向けたい。作物の根の周りを専用トレーで囲み、ここから水と肥料を根に直接送り込む技術だ。水と肥料の消費を半減できるだけでなく、再利用可能なトレーは除草剤の代替にもなるという。本格的に実現すれば、地球温暖化による水不足対策として期待できる。地球温暖化が人類にとって本当に危機であるならば、1万年に及ぶ農業の歴史の中で、かんがい設備や品種改良を実現してきたのと同等の革命が必要だろう。斬新な視点でビジネスチャンスを狙っていきたいものだ。
たんげ・やすし 1959年生まれ。農林中央金庫森林担当部長などを経て、現職。2001年に気象予報士資格を取得し、日本気象予報士会東京支部長。著書は『気候文明史』『気候で読む日本史』など
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2020年12月28日

4
協同へのまなざし 地域連携鍵握るJA 摂南大学農学部教授 北川太一
今から20年以上前のことであるが、当時、西日本の農山村地域で広がりつつあった「集落型農業法人」に関する調査を行ったことがある。
それは、集落農場型生産法人など地域によってさまざまな名称で呼ばれていたが、1集落もしくは複数集落を範囲として、集落営農やむらづくりの活動が基盤となって、地域に住む人たちの合意によって設立された法人であり、構成メンバーの多くが、出資や運営に関与し法人が行う事業に従事するものであった。
住民主体が基礎
事業の内容は、地域が抱える課題解決を目指しながら、法人ごとにさまざまな活動が展開されていた。農地の利用調整や農機の共同利用など、通常の集落営農組織が取り組む活動にとどまらず、農産物の加工・販売、住民向けの生活支援や福祉、資源や環境の保全、都市住民との交流、日用生活品の販売(小店舗の運営)などである。
2007年産から国によって開始された品目横断的経営安定対策(後に、経営所得安定対策)を契機として、「担い手」の要件を満たすための集落営農組織の設立とその法人化が急ピッチで進められた。
しかし、集落型農業法人は、その多くが、国の政策が始まる前に設立されたものであり、政策対応型の集落営農組織とは内容がやや異なる。自治体や団体などの支援を受けながらも、その大部分が地域農業の維持、農地の保全、さらには地域における暮らしの防衛や都市との交流を目指したむらづくりなど、住民による自律的な動きがベースにあった。
労協新法と合致
さて、昨年12月に労働者協同組合法が成立した。本紙(20年12月5日付「論説」など)でも解説されているように、労働者協同組合は、「組合員が出資し、それぞれの意見を反映して組合の事業が行われ、及び組合員自らが事業に従事することを基本原理とする組織」(第1条)と規定されている。働く仲間たち自らが出資し、意見を述べ合いながら運営し、自らの事業に従事する。まさに、集落型農業法人の特徴とほぼ合致する。また、労働者協同組合法では、届け出制で比較的容易に組合をつくることができるとともに、組合と組合員とが労働契約を締結することで労働法規が順守される。
協同組合であるJAは、組合員の利益増進を目的とした経済組織である。と同時に、地域に開かれた存在でなければならない。事業の効率化や、経営の合理化だけに力を注ぐだけでは、いずれ一般企業との差異はなくなってしまうであろう。
集落型農業法人に限らず、地域においては、さまざまな有形・無形の資源を活用する活動が存在している。そこでは、人と人とがつながる関係が重視されている。JAが、こうした地域の活動とそこに関与する人たちに向き合い、新しい協同の仕組みを創出するためにも、労働者協同組合に関心を持って、それを生かしていくことが重要である。
きたがわ・たいち 1959年、兵庫県生まれ。鳥取大学、京都府立大学、福井県立大学の勤務を経て、2020年4月より現職。福井県立大学名誉教授。放送大学客員教授を務める。主な著書に『新時代の地域協同組合』『協同組合の源流と未来』など。
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2021年02月08日

5
コロナ禍の表裏 恐れず好機見いだせ 日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介
久しぶりに台風が上陸しなかった昨年。洪水や土砂崩れの被害は、8月以降は避けることができた。しかし、3シーズンぶりに雪が多いこの冬、今度は雪害が心配だ。
とはいえ、この降水量の多さこそ日本の緑と実りが世界の中でも特に豊かな理由でもある。例えば、豪州では、日本の20倍の面積に日本の5分の1の人口しか住んでいないが、慢性的に水が不足している。地下水を過剰にくみ上げて行われる同国の農業も、いつまで安価大量生産を続けられるか疑問だ。
過剰反応は禁物
このように、利点と弱点は表裏一体だ。引き続くコロナ禍に関しても、同じことが言える。前提として、このウイルスは根絶できないことを理解したい。
この冬、インフルエンザの感染者はほぼゼロだが、インフルエンザウイルスがこれで根絶されたりはしない。仮に新型コロナの感染が収束しても同じことだ。これまで見事に感染を抑えてきた国・地域、例えば台湾、インドシナ諸国、ニュージーランドなどでは、免疫ができていない分、油断すればいつでも感染爆発が起きかねない。それに対し、感染抑止に失敗した米欧の多くの国で、危機感の高さから副作用を辞さずワクチン接種が進めば、事態が先に好転する可能性もある。
前回(2020年6月)寄稿した「論点」で筆者は、いったん感染が収まっていたことを背景に「コロナ禍はパンデミックではなくインフォデミック(恐怖心の感染)だ」と書いた。その後2度にわたって感染の再拡大が起きているが、「東京の今日の感染者は〇〇人」とあおるテレビを見て、皆さんはどうお感じだろうか。多くの地方、特に農山漁村においては、生活の実態に特に変化はないままなのではないか。
日本における死者数は、前回寄稿時の4倍以上に増えたが、人口当たりの水準では米国の37分の1、欧州連合(EU)諸国の30分の1だ。絶対数でいえば、年間の交通事故死者数と同レベルで、19年のインフルエンザによる死者数(関連死含む)の半分弱、がんによる死亡者の100分の1強である。しかもその3分の2が首都圏と愛知県と京阪神の8都府県の在住者で、農山漁村のほとんどで死者は出ていない。
交通事故は極めて重大な問題で、一件でも減らす努力が必要だが、かといって通勤通学を禁止し経済を止めるべきではない。新型コロナの脅威にも、交通事故と同じレベルで用心し対処すべきだ。具体的にはマスクを外しての他人同士の会話・会食は当面避けるべきだが、怖がって家に閉じこもることもない。
人手不足解消へ
コロナの農業への影響で本当に深刻なのは、外国人技能実習制度の機能不全化だろう。であれば今年は、飲食店などで職を失った都会の若者を試用するチャンスではないだろうか。少子化は中韓台でも急速に進んでおり、農業の人手不足は今後とも深刻化する一方だ。
日本人の人件費を払える事業体に変化しなければ、どのみち生き残れない時代が来る。農協あるいは農業法人の協議体が、集団で取り組んではいかがだろう。
もたに・こうすけ 1964年山口県出身。米国コロンビア大学ビジネススクール留学。2012年から現職。平成大合併前の全市町村や海外90カ国を自費訪問し、地域振興や人口成熟問題を研究。近著に『進化する里山資本主義』など。
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2021年01月18日

6
物よりも仕事 働く喜び語れてこそ 百姓・思想家 宇根豊
西日本では近年、トビイロウンカの大発生が相次いでいる。昨年は東北まで被害が及んだ。この事態の真因を考えてみよう。
語られない本質
「こんなに増えていたとは気付かなかった」「農薬かけてたから安心していた」と答える百姓が多い。言うまでもなく、害虫の発生は水田一枚ごとに異なる。枯れた田んぼの隣で何ともない田んぼも多い。指導機関の「発生情報」は、一枚一枚の状況までは教えてくれない。
「農家なら、自ら観察して判断する技術を身に付けているはずでしょう」と消費者から言われ、「もちろん」と答えられる百姓が10%もいるだろうか。1978年から「虫見板」を活用した減農薬稲作を広めてきた私は、とても憂鬱(ゆううつ)だ。「やはりドローン(小型無人飛行機)で観察して防除を判断する技術開発が必要ですね」と言われてしまうと情けない。被害面積や被害額がクローズアップされる半面、技術の担い手である百姓のまなざしに踏み込む議論は全く聞こえてこない。百姓の仕事の内実は、相当な危機にひんしているのではないだろうか。
この問題は百姓にとどまらず、他産業の労働にも通じる。仕事の喜び、充実感、生きがいよりもその結果である生産物の品質や価格、報酬額、労働時間ばかりが雄弁に語られるようになった。
この風潮が怖いのは、「同じ作物なら誰が生産してもいい」ことになるからだ。地元産や国産である必要もなければ、仕事をするのはロボットでも構わない。スマート農業を正当化しているのは、こうした思想が根本にある。
人間の仕事とはそういうものだったのだろうか。仮に経済価値の低い生産物であっても、情愛と丹精を込めたものは、いとおしく受け取られてきたはずだ。情愛と丹精を語ることが生産技術や流通から追放され、消費者に届いていないのが現実だ。
新たな労働観を
確かに、昔から百姓仕事は「大変だ」「苦労ばかり」という語りが多かった。しかし、その苦労は語られない喜びや充実、誇りが土台にあった。草取りで死んでいく草を前にして喜ぶのは気が引ける。まして、生産物を生み出した本体は人間ではなく天地自然なのだからなおさらだ。こうした慎みにも似た姿勢が百姓の仕事の語り方だった。
ところが、労働を「苦役」とみる西洋の価値観が輸入されたことで労働時間は短く、仕事は楽に、報酬は多いことが目標とされ、百姓の仕事は生産物でしか表現できなくなってしまった。
自家採種した種子も、購入種子も同品種ならできるものは同じだろうか。種を採り、保管し、播(ま)く仕事はその作物の“いのち”だけでなく、百姓の思いを引き継ぐことでもある。「買った方が安いから」という言い訳では、仕事の喜びは経済に負けるはずだ。
生産物ではなく、むしろ仕事の喜びを表現し合う習慣を広げようではないか。
うね・ゆたか 1950年長崎県生まれ。農業改良普及員時代の78年から減農薬運動を提唱。「農と自然の研究所」代表。主な著書『日本人にとって自然とはなにか』『百姓学宣言』。2020年12月、『うねゆたかの田んぼの絵本』全5巻(農文協)の刊行を始めた。
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2021年01月04日

7
コロナ禍の食と農三つの革命で道開け ナチュラルアート代表 鈴木誠
今、コロナ禍にある日本は、産業政策と食料安全保障の両面から、官民挙げた1次産業強化が待ったなしの局面を迎えている。現代は情報通信技術(ICT)や人工知能(AI)中心の第4次産業革命といわれるが、これからは食料問題中心の第5次産業革命へ移行すべきだ。
今年もわれわれは、コロナと気象変動に強い制約を受ける。現実を受け止め、マイナス面を超える新たな付加価値創造が必要だ。
DX、脱炭素…
創造的破壊は、まずは過去の破壊から始まる。昨年のコロナは、まさに社会を破壊したのだから、今年は創造の年になる。国内1次産業再構築の大命題は、「生産性向上」だ。さもなければ、競争優位性を確保できず、所得は増えず、産業はさらに衰退し、国力は低下する。生産性向上には「DX(デジタル)革命」「脱炭素革命」「物流・サプライチェーン革命」と、三つの革命が成長エンジンだ。
1次産業は、他産業に比して遅れているDX革命が、逆に期待の星だ。業界や地方が抱える人手不足問題を解消し、経験・勘・思いこみに依存した経営スタイルから脱却し、科学的経営に移行する。
脱炭素革命はエネルギー革命だ。1次産業は化石燃料の依存度が高く、高コストかつ二酸化炭素(CO2)の問題を抱えている。太陽光など、再生可能エネルギーの普及・拡大はもちろんのこと、ウオーターカーテン方式や高度化した断熱シート、エネルギーの無駄遣い対策の熱交換システムなど、脱化石燃料が進みつつある。災害等緊急事態への事業継続計画(BCP)対策も忘れてはいけない。
物流・サプライチェーン革命もCO2問題をはじめ、ドライバー不足、低積載効率、車両・運賃等高コスト問題など、早急に対応が必要だ。物流センターはハブ&スポーク方式とし、全国主要地域に大型拠点物流センターを再整備し、それに連なる中小集荷センターを各地に配置することだ。
そのためには、卸売市場の自己構造改革、あるいは物流事業者や総合商社などの新規参入を含め、選択肢は複数ある。現状縦割りのサプライチェーンは、売り手と買い手が協調する一体改革が求められる。
栽培技術向上も
その他、栽培や養殖などの生産技術向上も、生産性向上には欠かせない。植物の栽培技術向上の起爆剤として、「バイオスティミュラント」が注目されている。
バイオスティミュラントは、海外では欧州連合(EU)を中心に急拡大しているものの、国内ではまだ緒に就いたばかりだ。これまでのように化学農薬や化学肥料で、過保護に植物を育てるのではなく、植物そのものの免疫力を高め健康にする栽培だ。日本は、化学農薬大国からそろそろ卒業する必要がある。植物が健康になれば、収量が増え、食味は良くなり、機能性(栄養価)は向上し、結果として生産者所得は向上する。
これまで幾多の試練を乗り越えた日本の真価が、いま改めて問われている。
すずき・まこと 1966年青森市生まれ。慶応義塾大学卒、東洋信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)を経て、慶大大学院でMBA取得。2003年に(株)ナチュラルアート設立。著書に『脱サラ農業で年商110億円!元銀行マンの挑戦』など。
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2021年01月11日

8
日米通商交渉 譲歩迫る遺産 次代も 経済評論家 内橋克人
米国第45代大統領・ドナルド・トランプ氏は去り、冬のホワイトハウスは新たなあるじを迎えた。安倍晋三前首相とは互いに「ドナルド」「シンゾー」と呼び合い、蜜月時代を演じた。その主役2人は今、急ぎ足で後景へと退く。「仮面の蜜月」は何を遺しただろうか。
すれ違う「認識」
「かくも長期間、アメリカをだまし続けることができたなんて信じられない。日本の政治家たちはそう言ってほくそ笑んでいるに違いない。だが、そんな日々はもう終わりだ」。トランプ氏は去っても、日本に発せられた「トランプ節」は、ブラフ(脅し)として今も記憶に生々しい。巨額の対日貿易赤字を糾弾した翌日、すなわち2018年3月23日に突如、トランプ政権は鉄鋼、アルミニウムの関税引き上げを発表した。
「蜜月」を真に受けていた日本政府と日本人は「狙いは中国。日本は適用除外」と思い込む。だが、期待は見事に裏切られた。除外されたのは欧州連合(EU)その他7カ国と地域に過ぎなかった。
トランプ氏が環太平洋連携協定(TPP)からの離脱を宣言して以降も日本は懸命に復帰を呼び掛け続けた。だが、日本の望みはあっけなくソデにされている。トランプ政権から投げ返されたのは「日米2国間の通商交渉」つまり、日米FTAという超速球の変化球だった。
FTAとは金融、投資、流通、サービスなどを含む包括的な自由貿易協定のことであり、筆者は「覇権型交易」と呼んできた。一方、日本政府は物品に限って関税引き下げを話し合う貿易協定(TAG)である、と説明していた。だが、TAGとは日本政府が国内向けにひねり出した「造語」であって、米国内はもとより世界に通用しない。
トランプ政権で米通商代表部(USTR)は精力的に公聴会を開いた。公聴会に出席した業界団体は44団体を超え、「全国牛乳生産者連盟」などは明確に「TPPを超える水準の市場開放」を日本に求めている。日本側の牛肉関税もテーマとなり、TPPでは現在の38・5%を最終的に9%にまで引き下げることになっている。日本政府は対米交渉でこの水準より低くしない、と表明してきたが、米側は納得しないのではないだろうか。
標的は日本農業
ホワイトハウスのあるじは代替わりしても、米政権は本命の農業分野で日本の譲歩をさらに引き出そうとするだろう。バイデン新政権の「対日通商交渉」戦略を甘く見ることはできない。
バイデン氏もまた、日米間に横たわる深い「認識格差」においてトランプ遺産、すなわち「現在地」から出発する。2国間交渉にこだわったトランプ前大統領が遺した「レガシー」が消えることはない。
「食料自給できない国を想像できるか。それは国際的圧力と危険にさらされている国だ」「食料を他国に依存するような国に真の独立国はない」。かつて父ブッシュ大統領の発した言葉をかみ締める時が来ている。
うちはし・かつと 1932年神戸市生まれ。新聞記者を経て経済評論家。日本放送協会・放送文化賞など受賞。2012年国際協同組合年全国実行委員会代表。『匠(たくみ)の時代』『共生の大地』『共生経済が始まる』など著書多数。
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2021年02月01日

9
労協法の成立 協同の可能性共有を 明治大学名誉教授 中川雄一郎
12月4日、参院本会議において「労働者協同組合法」(労協法)が全会一致で成立した。私にとっても待ちに待った法案の成立である。
早速私は「法案概要」を取り出して「第1・目的」と「第2・労働者協同組合」に目を通し、この労協法の根本に「協同労働」という概念が示唆されていることを見て取った。
具体的には、①組合員による出資、②組合員の意見が反映された事業の遂行、③組合員自らが事業に従事することを基本原理とし、多様な就労の機会を創り出す、④地域における多様な希望・要求(需要)に応じた事業を行う、⑤持続可能で活力ある地域社会の実現に資する──である。なお、労協法は届け出れば設立できる「準則主義」であることも付け加えておこう。
役割一層重要に
この法案概要を見て、私は1999年11月に開かれた「労働者協同組合研究 国際フォーラム」での日本労働者協同組合連合会の元理事長、故・菅野正純氏の報告を思い起こした。
「協同の新しい可能性に向かって」と題した報告で、菅野氏は次のように提起した。①協同労働は雇用労働に代わる選択肢である②この選択肢を保障する社会制度を創り出すことの必要性③21世紀を目前にして、労協は組合員の利益のみならず、地域コミュニティーと社会全体の利益を追求する「21世紀型協同組合」としての「新しいワーカーズコープの法制度」を提案し、ボランティアや利用者と共に組合員が協同する協同組合、ハンディキャップを持つ人も組合員となり、労働する主人公になっていく協同組合を目指す④若者たちが人々の共感の中で自分らしい仕事を見いだして自分らしい人生を切り開いていくことへの援助が、これからの時代には重要な課題として労協に求められるだろう。
そして、菅野氏はこの援助のための基金にこう言及した。労協はその「公共的な使命」に対応する「新しい労協財政のあり方」を追求していく。それは、「組合員の営々たる労働のなかで作り出された剰余金、就労創出の積立金、福祉基金、それに教育基金」を組合員だけでなく、地域の他の人々も利用できる「新たな仕事起こしを実践する連帯支援資金」となるだろう。
「労働者本位」へ
菅野氏のこの「労協アイデンティティー」をヘーゲル哲学の「自立した個人は社会で生きる自覚を意識する」人々相互の「承認の必要性」を借りて言えば、人々にとって「労協に対する期待」「労協の果たすべき役割」「労協のなし得ること」とは何であるのかはおのずと明白になっていく、と私はひそかに思っている。その意味でも協同労働は「生活と人間性に不可分な労働」としての「労働者の裁量と自律性」を発揮するのにふさわしい「場」である、と私は確信している。
なかがわ・ゆういちろう 1946年静岡県生まれ。明治大学名誉教授。元日本協同組合学会会長。ロバアト・オウエン協会会長。著書『協同組合のコモン・センス』『協同組合は「未来の創造者」になれるか』(編著)などがある。
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2020年12月21日

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エッセンシャルワーカー 労働条件低さ直視を 立教大学教授 首藤若菜
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、多くの人が在宅勤務に移行した中、例外的に職場で働き続けた人たちがいた。医療現場をはじめ、生活必需品を販売するスーパーの従業員、農業、介護、保育、清掃、警備、物流、交通機関などに携わる人々である。いずれも社会を維持させるために必要な労働に従事する人々であり、「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる。パンデミック(世界的大流行)は、私たちの社会が、これらの労働にいかに支えられているのかを鮮明に映し出した。
深刻な人手不足
コロナ・ショック前、これらの労働者に共通していたことは何か。深刻な人手不足である。人手不足の要因には、相対的な労働条件の低さがあった。これらの職種は、専門的な知識や資格、熟練が必要で、身体的・精神的負荷が高い。農業もそうだ。熟練が必要で、誰もがすぐにできるようになるわけではない。
にもかかわらず、これらの労働には、スキルや負荷に見合った所得や労働条件が保障されてこなかった。これらの業種は、全産業平均に比べて賃金や所得水準が低く、いったん就職しても離職する者が多く、若者の参入が進まず、有資格者でさえ当該職種に就きたがらないなどが共通して指摘されてきた。
処遇の改善なく
つまり、私たちは、社会を維持していくために必要な労働、暮らしや生活のために不可欠な労働に、十分な処遇を保障せずにきた。その結果、社会の基盤は揺らいでいた。少子化対策にも、「女性活躍」にも待機児童の減少が不可欠であるのに、保育園を造っても保育士が足りず開所できないという問題が起きた。高齢化が進行し、介護を理由に離職する人が増加していても、介護職の人員が足りず、介護施設を閉鎖せざるを得ないニュースが流れた。ネット通販が拡大し、便利な生活を享受できるようになったものの、ドライバー不足により、物流が滞る事態が起きた。食の安全が問題となり、食料の安全保障が議論され、食料自給率を引き上げないといけないと繰り返し言われ続けながらも、農業従事者は減少し高齢化してきた。
もちろん、そうした事態に何も手を打ってこなかったわけではない。外国人労働力による穴埋めだ。昨年には、新しい在留資格「特定技能」が創設され、人手不足が深刻な農業、介護など14業種が対象となったことは記憶に新しい。だが、外国人労働力によっていかに補充できるかだけが模索され、人手不足を生み出す要因は放置されてきた。コロナ・ショックで外国人実習生が来日できなくなり、現場は混乱している。
厳しい労働環境の中で、社会を支えている人たちに、私たちはどう向き合うのか。目をそらしてきた問題に気付き、考えるきっかけになれば、困難に立ち向かった意味が出てくる。
しゅとう・わかな 1973年東京都生まれ。労使関係論、女性労働論専攻。日本女子大学大学院人間生活学研究科単位取得退学。博士(学術)。近著『物流危機は終わらない』(岩波新書、18年)、『グローバル化のなかの労使関係』(ミネルヴァ書房、17年)など。
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2020年09月07日
