安倍首相辞任 「攻めの農政」終わりに 特別編集委員 山田優

 安倍晋三首相が辞任する。本コラムでは安倍氏が主導した「攻めの農政」の怪しさや弊害を繰り返し指摘してきた。攻めの農政は小泉純一郎政権下で登場した言葉だが、安倍氏によって農政を貫くキーワードとなった。

 小泉氏は農業への関心はほとんどなかった。農水省OBの一人は「象を飼育したら畜産問題は解決しないだろうか」と小泉氏から問われ、絶句したことがあると証言する。一方の安倍氏は2012年末の第2次政権が発足すると、米政策や、農地、農協、生乳流通分野の改革などを矢継ぎ早に実行に移した。

 攻めの農政という言葉のルーツを探していて、面白い事実に突き当たった。1975年2月12日の衆院農林水産委員会の議事録に記述がある。野党議員が、農相就任直後の安倍晋太郎氏(晋三氏の父)に対して、記者会見で触れた「攻めの農政」の真意を正した。

 「(攻める)敵はだれか、味方はだれかをはっきりさせてもらいたい」

 晋太郎氏は質問に直接答えず、従来の農政が保護に傾き過ぎていること、世界に打って出ることが大切だと答弁した。半世紀近い時間を経て、攻めの農政が子どもに引き継がれたというのは興味深い。

 安倍首相の攻めの農政には共通点がある。一部の経済界や農家が現状の規制による問題点を指摘する。それを受けて勇ましい改革のスローガンが編み出され、規制緩和が実行される。

 「減反は廃止する」「農産物輸出を1兆円にする」「農村所得を倍増」

 多くが看板倒れになったが、その過程で、抵抗勢力とされた人たちには、安倍氏のドリルの刃が遠慮なく飛んできた。

 14年には、ドリルがJAに向かってきた。政権に返り咲いた安倍氏は、米国との間で環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加を模索した。当時、JAグループは労働・市民団体、医師会など広範な人たちと反対運動をリードした。

 怒った安倍氏が持ち出したのが農協改革だ。准組合員利用規制をちらつかせ目の上のたんこぶのJAを屈服させると、当時の米オバマ政権とTPPをまとめ上げた。合意は国会決議違反の疑いが強かったが、農村出身の与党議員もJAも安倍政権を批判する元気は残っていなかった。

 農水省も安倍氏には白旗を掲げた。法律で定められた政策づくりのルールはねじ曲げられ、官邸から飛んでくる指示に従い、競うように忖度(そんたく)した。

 以前から農業団体、自民党、農水省の三角形(トライアングル)と呼ばれる農政の権力構造は勢いを失っており、安倍政権によってペチャンコに踏みつぶされた。トライアングル復活を望む立場にはないが、幅広い当事者が意見をすり合わせ合意を図ることが大切だと思っている。一方的に攻めるのではなく、透明性を高め、議論を尽くす形に農政が転換してほしい。
 

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