宇沢弘文の農業・農村論 「農社」の理念今こそ 早稲田大学教授 片山善博

片山善博氏

 本年の城山三郎賞は、佐々木実氏の『資本主義と闘った男-宇沢弘文と経済学の世界』(講談社)に決定した。城山三郎賞は、故城山三郎にちなんで小説、ノンフィクションなどの中の名著を顕彰するもので、角川文化振興財団が主催する。

 この時期、城山三郎賞を通じて宇沢弘文に光が当てられたのはとても喜ばしい。宇沢は米国のシカゴ大学やスタンフォード大学などで数理経済学者として令名をはせ、帰国してからは東京大学経済学部教授などを務め、その間数多くの業績を挙げた。

 これまで必ずしもよく知られていないが、宇沢は農業や農村に深い関心を寄せ、貴重な認識や提言を残している。
 

効率性で語れぬ


 まず、農業は自然に人工的改変を加えて生産活動を行うが、工業部門とは異なり、大規模な自然破壊を伴うことなく、生物との直接的関わりを通じて生産がなされる点に基本的な特徴があるとの認識を示す。

 また、とりわけわが国の農業は自然環境を保全する機能を持つとともに、農村が存在することによって、社会全体の安定性を維持する上でも中核的な役割を果たしてきたという。そうした認識に立って宇沢が特に強調したのは、こんな特徴を持つ農業を工業など他の分野と同列に取り扱ってはならないということだった。しゃにむに効率性基準を適用することの誤りと愚かさである。

 宇沢は、農村は「社会的共通資本」だと言う。社会的共通資本とは、人々が日々の生活や生産活動のために欠かせない社会全体の共有資産のことである。それには水や空気などの自然環境、道路などのインフラ、そして教育や医療などのシステムが含まれる。

 この社会的共通資本は権力による官僚制的統制の下においてはいけないし、市場原理にさらしてもいけない。豊富な経験や見識、それに専門的知見を備えた人たちによって管理・運営されなければならないと説く。
 

文化水準も維持


 社会的共通資本としての農村は、一国の社会的、文化的水準を高く維持するためには不可欠だと宇沢は言う。農村で生まれ育った若者の人数が常に一定水準に保たれ、都市で生まれ育った若者と絶えず交流することによって、優れた文化的、人間的条件を生むというのである。これは国家にとってとても重要である。

 こうした考えの基に、宇沢は新しい農村づくりとして「農社」を構想したことがある。農社は、自由で進取な性格を持ち、農業を中心に加工、販売、研究開発などを幅広く手掛ける組織のことである。

 もちろん、農社を含めて宇沢の言説は理想に過ぎるとの批判はあろう。ただ、農業や農村が行き過ぎた資本主義と新自由主義の猛威の中で効率主義や利益至上主義にさらされている今日、宇沢の理念や思想には学ぶべき点がすこぶる多いように思う。

 この際、『資本主義と闘った男』と共に、宇沢自身の著作である『社会的共通資本』(岩波新書)などを読まれることをお勧めする。

 かたやま・よしひろ 1951年岡山市生まれ。東京大学法学部卒、自治省に入省し、固定資産税課長などを経て鳥取県知事、総務大臣を歴任。慶応義塾大学教授を経て2017年4月から現職。著書『民主主義を立て直す 日本を診る2』(岩波書店)。

 

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