舞台を走り回って引き上げると、汗は「黒衣(くろご)の色」になっていた

 舞台を走り回って引き上げると、汗は「黒衣(くろご)の色」になっていた。歌舞伎の中村歌江さんが語っている▼陰に回って役者の衣装替えを助けたり、小道具を渡したり。身のこなしも軽快に駆け回る。着ける衣装は、木綿で濃紺の藍染め。汗をかくと額や首、手首が青黒く染まるという。黒衣は思った以上の重労働である。犬丸治著『平成の藝談』(岩波新書)で知った▼〈黒〉は〈無〉を意味し、観客には見えない。それが、歌舞伎を見る時の約束事である。色違いの装束もあり、海や水辺の場面には青装束の波衣、雪の場面には白装束の雪衣となって、存在を消す。でも、なくてはならない。今は「黒子」の字を当て「くろこ」と読む。裏方の意味で使われる▼生乳の指定団体ホクレンで一貫して生乳販売に携わった元参事野村儀行さんの人生をつづった『乳搾らぬ農民』(酪農乳業速報)を読み終えた。北海道酪農という舞台で、“黒子役”を担った苦難の生涯記。酪農家の地位向上に尽くし、欧州を超える大型酪農を築き上げた功労者の一人である。「のんちゃん文庫」と言われるほどの蔵書を持ち、新たな一冊が加わるのを待ちわびながら、今年3月鬼籍に入った。享年90▼「乳搾らぬ農民」を自称し、「黒衣の色の汗」が似合う人生だった。

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