譲歩重ねる日米貿易 FTA交渉 歯止めを 立教大学経済学部特任教授 金子勝
2019年10月28日

金子勝氏
これほど譲歩を重ねてしまう「外交」交渉などあっただろうか。
そもそも当初、環太平洋連携協定(TPP)に入らないと言ってTPPに入り、トランプ政権がTPPから離脱すると、今度はTPPに引き戻すと言いだしながら、日米貿易交渉に入った。そして、TPPの水準を下回らないと公言した。だが、この「公約」も守れそうにない。
実際、9月25日の日米首脳共同声明第3項で「互恵的で公正かつ相互的な貿易を促進するため、関税や他の貿易上の制約、サービス貿易や投資に係る障壁、その他の課題についての交渉を開始する」と書かれた。米国通商代表部のライトハイザー代表は、来年5月にも「できれば完全な自由貿易協定(FTA)」を議論したいと述べている。
日米貿易交渉は序章にすぎず、日米FTA交渉は継続しそうな気配である。しかも、それはTPP以上の水準になることを防げない。
まず、TPPの時には合意されていた自動車関税2・5%廃止に関して、米国政府は「今後のさらなる交渉次第である」との表現に止めている。加えて、通商拡大法232条に基づく自動車関税25%の脅しを背後に、日本側にさまざまな要求を突きつけてきた。トウモロコシの輸入問題だけでなく、日米の合意文書の枠外で、自動車でもトヨタは100億ドルだった米国投資に30億ドルを上乗せし、さらにテキサスのトラック工場に4億ドルを出すと発表した。
牛肉関税問題も実は決着がついていない。牛肉のセーフガード(緊急輸入制限措置=SG)発動に際して、10月7日公表の政府間の交換公文でも、米国側はSG発動の場合、「当該農産品SG措置に適用のある発動水準を一層高いものに調整するため」、「発動後10日以内」に「協議を開始」し、「発動後90日以内に当該協議を終了させる」とする。関税が引き下げられ輸入が増加する度にそれを認めさせ、さらに市場開放を急がされていく可能性が大きい。
農業関係者はアクセス米問題が表面化しなかったためにほっとしている向きがある。だが、再び日米FTA交渉が始まれば、そこで「農産品に関する特恵的な待遇を追求する」という米国政府の立場からして、再び農産物関税が交渉される可能性がある。
何をすべきか。まず、政府はこの貿易協定の影響をきちんと検証することが先決だ。10月18日に政府は日米貿易協定で農林水産物の生産額が600億~1100億円減少するとの試算を公表した。しかし、生産量への「影響ゼロ」との根拠が示されていない。農家の所得影響額を検証した上で、所得を補償する対策が必須である。
次に、農畜産物の安全性に関して真剣に対抗策を講ずるべきである。すでに、欧州は乳がんなどのリスクがあるとして、成長ホルモン剤投与の米国産牛の輸入禁止措置をとっている。日本国内でも同様の禁止措置があるが、国内外で厳格に実施すべきである。
最後に、日本が今後ずるずると日米FTA交渉に引きずり込まれないように国会論議で歯止めを明確にすべきだろう。
かねこ・まさる 1952年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。2000年から慶応義塾大学教授、18年4月から現職。著書に『金子勝の食から立て直す旅』など。近著に『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)。
そもそも当初、環太平洋連携協定(TPP)に入らないと言ってTPPに入り、トランプ政権がTPPから離脱すると、今度はTPPに引き戻すと言いだしながら、日米貿易交渉に入った。そして、TPPの水準を下回らないと公言した。だが、この「公約」も守れそうにない。
実際、9月25日の日米首脳共同声明第3項で「互恵的で公正かつ相互的な貿易を促進するため、関税や他の貿易上の制約、サービス貿易や投資に係る障壁、その他の課題についての交渉を開始する」と書かれた。米国通商代表部のライトハイザー代表は、来年5月にも「できれば完全な自由貿易協定(FTA)」を議論したいと述べている。
「TPP以上」濃厚
日米貿易交渉は序章にすぎず、日米FTA交渉は継続しそうな気配である。しかも、それはTPP以上の水準になることを防げない。
まず、TPPの時には合意されていた自動車関税2・5%廃止に関して、米国政府は「今後のさらなる交渉次第である」との表現に止めている。加えて、通商拡大法232条に基づく自動車関税25%の脅しを背後に、日本側にさまざまな要求を突きつけてきた。トウモロコシの輸入問題だけでなく、日米の合意文書の枠外で、自動車でもトヨタは100億ドルだった米国投資に30億ドルを上乗せし、さらにテキサスのトラック工場に4億ドルを出すと発表した。
牛肉関税問題も実は決着がついていない。牛肉のセーフガード(緊急輸入制限措置=SG)発動に際して、10月7日公表の政府間の交換公文でも、米国側はSG発動の場合、「当該農産品SG措置に適用のある発動水準を一層高いものに調整するため」、「発動後10日以内」に「協議を開始」し、「発動後90日以内に当該協議を終了させる」とする。関税が引き下げられ輸入が増加する度にそれを認めさせ、さらに市場開放を急がされていく可能性が大きい。
農業関係者はアクセス米問題が表面化しなかったためにほっとしている向きがある。だが、再び日米FTA交渉が始まれば、そこで「農産品に関する特恵的な待遇を追求する」という米国政府の立場からして、再び農産物関税が交渉される可能性がある。
影響検証進めよ
何をすべきか。まず、政府はこの貿易協定の影響をきちんと検証することが先決だ。10月18日に政府は日米貿易協定で農林水産物の生産額が600億~1100億円減少するとの試算を公表した。しかし、生産量への「影響ゼロ」との根拠が示されていない。農家の所得影響額を検証した上で、所得を補償する対策が必須である。
次に、農畜産物の安全性に関して真剣に対抗策を講ずるべきである。すでに、欧州は乳がんなどのリスクがあるとして、成長ホルモン剤投与の米国産牛の輸入禁止措置をとっている。日本国内でも同様の禁止措置があるが、国内外で厳格に実施すべきである。
最後に、日本が今後ずるずると日米FTA交渉に引きずり込まれないように国会論議で歯止めを明確にすべきだろう。
かねこ・まさる 1952年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。2000年から慶応義塾大学教授、18年4月から現職。著書に『金子勝の食から立て直す旅』など。近著に『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)。
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マルシェで復興PR 台風被害のかんきつ販売 千葉・JA安房
千葉県の館山市、鴨川市、南房総市、鋸南町を管内に持つJA安房は5日、東京・大手町のJAビルで、台風や大雨の被害を受けながらも頑張る農家を応援するため「安房みかん復興支援マルシェ」を開いた。同県の支援を受け、JAグループも協力。打撃を受けた産地の農産物をPRして、復興を後押しした。
台風の影響で傷ついたミカン17ケース(1ケース10キロ)やレモン400個、ユズ300個を用意。管内の生産者やJA職員が産地の情報を説明しながら販売した。被災した園地の現状や復興の取り組み、農産物の魅力を伝える動画を消費者が見ながら農産物を購入。用意したミカンなどは、販売開始から約2時間で完売した。
南房総市のミカン農家、井上栄一さん(70)は「応援を受けると、また頑張ろうという気持ちになる」と農産物や地域の魅力を消費者に話した。
JA管内は9、10月と相次ぐ台風と大雨の影響でハウスが倒壊し、果樹の落下や倒木など、大きな被害を受けた。JA調べでは、管内の農業施設や農産物の被害額は約50億円(11月30日現在)。
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2019年12月06日
ヒット中の映画を見に行った
ヒット中の映画を見に行った。ほぼ満席。期待にたがわず導入から息をのむ。圧倒的な映像世界に引き込まれる▼とその時、突然、画面が消え、場内が明るくなった。一瞬、往時の映写機を思い出した。デジタル全盛時代の珍事に客席がざわつく。おもむろに係員が現れ、説明し始めた。「先ほど販売したポップコーンに異物混入の疑いがあります。決して食べないでください、後ほど払い戻しに応じます」▼係員は不手際をわび、程なく映画は再開された。上映後は、観客全員に無料の映画券が配られ、スタッフ総出で頭を下げた。その機敏な対応と誠実な姿勢は、映画の余韻と相まってすがすがしかった。幸い体調不良の人もなく、クレームもなかった▼福沢諭吉が、「事小なるにもって決して小ならず」という言葉を残している。福沢家は、病院から牛乳を取り寄せていた。ある朝、牛乳瓶が汚れているのに気付き、病院に衛生管理を正す。たとえ小さな汚れであっても信頼を大きく損ねる。健康を預かる病院であってはならぬことだと叱る▼往々にして小さなミスが命取りになる。事実を説明し、迅速に対応すれば致命傷には至らない。こちら花見酒に酔って「小事」と高をくくっていたか。ほころびが広がり、最長政権の「大事」になりつつある。
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2019年12月03日

1等米比率72・9% 夏の高温、台風響く 10月31日時点
農水省は29日、2019年産米の農産物検査結果(10月31日時点)を公表した。水稲うるち玄米の1等比率は72・9%。前年産の最終値に比べ、7・4ポイント下落し、猛暑で1等比率が低下した10年産に次ぐ低さとなった。夏場の高温から、新潟県や宮城県などで白未熟粒が発生した。……
2019年11月30日
多面的機能の維持 中山間守る国民論議を
食料・農業・農村基本計画の見直し検討が進んでいる。生産基盤の再建に向け、政府は担い手の農地集積や規模拡大に力を入れる。平場より生産性は劣るが、中山間地域の総土地面積は7割で農業産出額や農家数の割合は4割。同地域をどう守るか、国民的な議論を深めるべきだ。
日本農業新聞は10月、企画「ゆらぐ基(もとい)~危機のシグナル」と題し生産基盤の実態を追った。日本棚田百選に選ばれる宮崎県の集落が、棚田オーナー制度などで集落外の住民との交流に力を入れるものの存続の危機に直面している事例や、農地の受け皿となってきた集落営農組織が解散に追い込まれたことなどを取り上げた。
厳しい状況は数字からも読み取れる。農水省が行う2018年度の中山間地域等直接支払いの交付面積は約66万4000ヘクタール。14年度に過去最大の約68万7000ヘクタールに達したが、伸び悩んでいる。農業・農村を支えてきた団塊世代の高齢化や人口減少の中で、国民全体で守る仕組み作りは待ったなしの課題だ。
農水省は、農業・農村の多面的機能や棚田に対する国民の意向調査をまとめた。同機能で重要な役割を複数回答で聞いたところ、「雨水を一時的にためて洪水を防ぐ」(57%)「作物や水田にためられた水が土砂の流出を防ぐ」(37%)「日々の作業を通じて土砂崩れを防ぐ」(36%)といった治水・治山機能の評価が高い。また「棚田を将来に残したいか」を尋ねたところ、8割が残したいと答えた。理由は「澄んだ空気や水、四季の変化などが癒やしと安らぎをもたらす」「農地や農作物などがきれいな景色を作る」がいずれも37%と最も多かった。
一方で、「棚田の維持や保全のために何かしたいか」との問いに「したいと思わない」が34%。また「棚田を残したいか」について「荒れてしまうのは仕方がない」(19%)、「棚田がすべてなくなっても構わない」(6%)という回答もあった。
治水・治山や癒やしなどの多面的機能は国民にこそ多くの恩恵をもたらしている。農業・農村の役割と魅力について、国民理解をもっと広げる必要がある。
現行の基本計画は、担い手を中心とした産業政策と地域政策を車の両輪と位置付け、魅力ある農村づくりの取り組みには、規模や経営形態の異なる農業者、地域住民、農村外の人材などの幅広い参画が重要だと指摘する。しかし、農村の疲弊を訴える現場の声は強まっている。
最初の基本計画は20世紀最後の年に策定された。10年間を見通した同計画の5年ごとの見直しは「食料や農業・農村について消費者や自治体を含め、さまざまな階層が参加して議論する場で、20世紀農政から受け取った宝物」(小田切徳美明治大学教授)と言える。基本計画見直し検討への幅広い層の参画により、外部人材も含めた多様な担い手で農業・農村を支える実効ある政策を作る必要がある。
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2019年12月04日

地方版総合戦略 5年後へ真剣に丁寧に 住民主体本音で議論 北海道鹿追町
今後5年間の地域の目指す将来像を描く地方版総合戦略の策定が各地で進む。地方創生の交付金を得るためだけでなく、地域ならではの“未来予想図”を作ろうとワークショップなどの手法を取り入れる自治体が目立つ。地域の課題解決や目標に向け議論を深め、住民主体の策定に向けた模索が始まっている。
農商工や福祉 多世代が参加
11月半ば、人口5300人の北海道鹿追町。「公共交通機関が減った。畜産農家と連携しバイオガスでバスを走らせられないか」「移住者や地域に興味を持つ人を温かく迎えられる町にしたい」。農家や会社員、高校生や高齢者、役場職員、JA鹿追町役職員ら80人が思い思いの意見を出す。各テーブルで付箋に自分の考えを書き、町の課題や将来像をポスターに記した。
千歳市から移住した斉藤亜利紗さん(26)は「JAや商工会の人と初めて話し、親しくなれた。町の未来は自分たちの問題。毎年ワークショップを開いてほしい」と話す。
同町が夏から開くワークショップには毎回、JA役職員が10人程度と農家も参加する。JAの櫻井文彦常務は「農業の課題を農家以外の人と共有したいと思い参加した。多世代と意見を交わせて楽しい」。80ヘクタールで畑作経営する植田葉子さん(55)は「農業と家事に追われ、真剣に街づくりを考えたことはなかった。意見を出し合って作った計画ができると思う」と話す。
同町では、5年前の同戦略を町の産官学の代表を集めた審議会で決めた。今回は審議会とは別に、公募などで集まった住民がワークショップを開き、福祉や経済などテーマごとに話し合い戦略に反映させる。同町企画財政課は「新たな戦略策定は住民主体で身近なものにしたい」と話す。年度内に、戦略と町の総合計画を策定する方針だ。
外部委託の反省踏まえ
地域の将来設計を描く地方版総合戦略。地方自治総合研究所が2018年に公表した調査では、回答した1342市町村のうち77%がコンサルタントなど外部に策定を委託していた。この反省から、プロセスを重視し住民主体の戦略にする動きが生まれている。アンケートや集落点検など手法はさまざま。策定時期は基本的に今年度だが、話し合う期間を確保するため、策定を来年度に延長する自治体も複数ある。
香川県東かがわ市は11月上旬、気軽で自由に対話ができる「ワールドカフェ」を試みた。今後も対話型の話し合いを行い、戦略づくりの参考にする。同市は「言いっ放しでなく、住民の意見を戦略に反映する仕組みを模索している」とする。
鳥取県琴浦町は「ことうら未来カフェ」で、将来の町の姿を住民同士が話し合う。長崎県五島市は、市民と高校生に交通や農業、病院などの課題などを聞くアンケートを実施。同市は「雇用の場の確保や担い手不足対策を求める意見が多く骨子案に反映する」とする。
形式的でなく 地方自治総合研究所の今井照主任研究員の話
5年前も、建前はさまざまな業界の人を集めて策定するように言われたが、実際は期間も短く、形式的な策定が主だった。地方創生は、人口増という数字達成を目的にしてはいけない。地方再生に向けて地域にとって何が必要なのかを話し合い、住民目線で主体的な形にする必要がある。
<ことば> 地方版総合戦略
「まち」「ひと」「しごと」を柱に、目標を掲げて策定する自治体の将来計画。15年度から始まり、今後5年の政策目標や施策の基本方向を盛り込む。現在、各自治体が第1期(15~19年度)の検証と併せ、次期5年間を見据えた同戦略の策定を進めている。国のまち・ひと・しごと総合戦略は年内に決定する。
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2019年12月01日
論点の新着記事

厳しさ増す1次産業と流通 連携で難局乗り切れ ナチュラルアート代表 鈴木誠
今年も、残すところ1カ月。1次産業とその関連する流通業者などを含め、今年は年初から厳しい年と予想していたが、その予想を超える厳しさとなった。度重なる自然災害に加え、環太平洋連携協定(TPP)、欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)が相次いで発効し、農産物の輸入枠が拡大。さらに消費税増税などによる消費低迷と1次産業や地方経済の構造疲労による衰退。これらを踏まえると来年は、さらに厳しい年と覚悟しなければならない。
今後、自然災害の頻発は、避けては通れない。災害が少なかった地域も、例外ではない。事前対策は全て行うことが求められる。栽培品目やビジネスモデルを変えるといった思い切った対策が必要となる。保険の見直しも必須だ。
輸出拡大で対応
今年は、実質的に農産物の輸入解禁元年となった。スポット輸入ではなく、継続的にルーティンに組み込まれる輸入農作物が拡大した。今後も、輸入品がより大きな脅威になる。ただ、海外から攻め込まれるばかりでなく、日本側もグローバル産業に転換し、迎え撃つ必要がある。輸出拡大に向け、異業種や海外との連携がこれまで以上に大切だ。
外食産業や量販店を見れば、食品関連の個人消費低迷は明らかで、来年もこの基調は続く。東京オリンピックによるインバウンド(訪日外国人)需要など、一時的な特需はあっても、総じて消費構造は弱い。高齢化・少子化・個食化で、食品が売れない時代になっている。
そこで農家や漁業者は、過去の延長ではなく、競争優位性のある新たな未来型経営への転換が求められる。その他大勢の一人として、個性のない昔ながらの経営は限界だ。加工や冷凍などの高付加価値化もより重要になる。
流通業者は、来年6月施行の歴史的な卸売市場法改正を契機に、本格的な自由競争に突入する。この期に及んで、まだ過去に依存する企業は淘汰(とうた)されていく。そもそも既存プレーヤーが多過ぎる流通業界では、合従連衡は待ったなし。単独で生き残れる企業は、ほぼ皆無だ。バスに乗り遅れる前に、直ちにアクションを起こすことが必要だ。
未来への投資を
今後は、危害分析重要管理点(HACCP)対応など未来への投資もより重要になる。そのために、ファイナンス能力も強化する必要がある。業界特化型ファンドや、業界では実績が少ない上場も、選択肢になる。目先の生産や売買に明け暮れ、未来への投資ができなければ、企業や産業は衰退する。
働き方改革も大きな負担となり、構造改革のトリガーになった。これを機に、IT化・人工知能(AI)化を進め、より少数精鋭で対応できる筋肉質な組織構築が求められる。
ベンチマークは、同業者ではなく、他産業や海外勢。そして、このような難局を乗り越えるためには、何よりも勉強し、人材を育成することだ。新たな歴史を切り開くのは、いつの世も教育であり人だ。
やるべきことは山積だが、何をすべきかは明らか。行動あるのみだ。現状維持は一見安全に思えるが、それが最大のリスクとなる。ただ、行動する意思はあっても、個々ではとてもハードルが高い。だから、合従連衡であり連携プレーだ。これまでの「独善的で属人的な」といった時代は終わった。これからは、協調性とバランス感覚を持ち、皆で力を合わせ、産業の構造改革と発展を導かなければならない。
すずき・まこと 1966年青森市生まれ。慶応義塾大学卒。東洋信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)を経て慶大大学院でМBA取得。2003年に(株)ナチュラルアートを設立。著書に『脱サラ農業で年商110億円! 元銀行マンの挑戦』など。
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2019年12月02日

食べものは生きもの 「また会おう」の心で 百姓・思想家 宇根豊
食事の前に「いただきます」と唱える習慣は、戦前の道徳教育から始まり、定着したのは、戦後の学校給食からだと知って驚いた。私は昭和25(1950)年生まれだが、家で「いただきます」と唱えたことは一度もなかった。小学校ではそのことを恥ずかしく思っていた。
それまでは多くの家では、わが家同様、食事はまず神棚と仏壇に供えられていた。都会では、この習慣が廃れたので「いただきます」が提案されたそうだ。
何に感謝するか
ところで、この「いただきます」は誰に、何に向かって、投げ掛けられているのだろうか。地元の小学生たちの答えを挙げてみよう。
①料理を作ってくれた人②料理の材料を買うために働いている人③お百姓さん④太陽などの自然⑤目の前の食べもの──。そこで、①~⑤の何に感謝するのか、と尋ねると、③以降はイメージが具体的に湧きにくくなる。
確かにお経のように唱えているだけでいいという言い分も一理あるが、ここでは、⑤の食べものの何に感謝するかを、考えてみたい。
まず、栄養価が浮かぶが、食べる時にでんぷん、タンパク、ビタミン、カロリーなどを意識したりはしない。
次に、いのちの糧になっていることへの感謝がある。しかし、食べもののいのちを奪っておきながら、自分のいのちのためと言うのは人間本位に過ぎる。
私たちは食事の時に、相手のいのちを奪っているという気持ちを持たない。全ての食べものは「生きもの」だったし、食べるのは、その生きものの死体だ。ところが、それを悩むどころか、楽しみで、うれしくて食卓に向かう。それが人間の本能だから、という説明で納得してはならない。
ここには農業の最も深い救済がある。生きもの(食べもの)を殺すことを、悩まなくていいのは、農業が生み出した最高の宗教(文化)ではないだろうか。
考えてもみよ。百姓ほど生きものを殺す職業はない。耕せば、草も虫も死ぬ。間引いた苗は捨てられる。草や虫は殺すために捕る。百姓に殺された生きものたちは、土に「かえって」いく。そして季節が巡り、また生まれてくる。もちろん死んだ個体と、生まれてくる個体は、同じ個体ではないが、百姓は「また今年も生まれてきたね」「また今年も会えたね」と感じる。「かえって」来たのである。
「かえる」の意味
「かえる」という言葉は、とても深い言葉だ。死んでいく時だけに使われるのではない。ひなや虫たちが卵からふ化するのも「かえる」という。
「よみがえる」とは、黄泉(よみ)の国から、この世にかえってくることを指している。身体は消滅しても、「いのち」はよみがえって、また生まれ、また会える。だからこそ、百姓は、百姓仕事による殺生を悩まなくてもいいのだ。
食卓もこの延長にある。かつて私たちは食べものを、神や仏に感謝して食べていた。現代では、食べものが生きものであったことを思い浮かべるために「いただきます」と唱えてほしい。
生きもののいのちに、かえって来てね、また会おうね、と思うのが、感謝なのではないか。
うね・ゆたか 長崎県生まれ。農業改良普及員時代の78年から減農薬運動を提唱。「農と自然の研究所」代表。これまでの思索を7月に『日本人にとって自然とはなにか』(ちくまプリマ―新書)として出版。画期的な語り口が評判に。
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2019年11月25日

農業と地球温暖化対策 欠かせぬ自給率向上 農林中金総合研究所客員研究員 田家康
「農畜産物の輸入は隠れた水の輸入だ」と、東京大学の沖大幹教授は長年訴えている。農業生産には多くの水が必要であり、農産物の国際取引とは「仮想水」の輸出入と考えるからだ。沖教授の研究によれば、2000年時の日本の仮想水の輸入は、米国、オーストラリア、カナダ、ブラジルなどから640億立方メートルであり、国内の近年での農業用水量約590億立法メートルを上回るという。日本は年間平均降水量が1700ミリと真水に恵まれた国でありながら、人口増加や異常気象による水不足に苦悩する海外の国々から仮想水を輸入していることに、沖教授は警鐘を鳴らしている。
来月にはスペインのマドリードで気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)が開かれる。15年のパリ協定で地球温暖化対策が全て決まった印象を受けるが、その後の締約国会議で実施規則が議題となっている。20年以降、加盟国は合意した実施規則に沿って、気温上昇は2度を十分に下回る水準に抑制すべく長期目標を立て、実行していくことになる。
産業別では4位
温室効果ガスの排出量を産業別に見ると、農業部門も相応の割合にある。世界全体で見ると11%で、電気・暖房の31%、運輸の15%、製造業の12%に次ぐ割合だ。各国の農業部門の排出割合は産業構造によって異なるが、米国も欧州も共に9%と世界全体に近い水準にある。
一方、日本での温室効果ガス排出量の産業別割合を見ると、16年時点で農業部門は2・6%だ。排出量そのものは1990年から一貫して減少が続いており削減努力を見て取れるが、産業別の割合の小ささ自体は農産物の多くを輸入しているからだ。
輸入=排出移転
仮想水の考え方を引用すれば、農産物の輸入とは、自給自足の農業であれば国内で排出していた温室効果ガスを海外に移転していることになる。
先に見たように、海外からの輸入仮想水は国内の農業用水を上回っている。生産額ベースで見た18年の食料自給率は66%であり、国内で消費する食料のおおむね半分を輸入していると仮定できよう。自給自足であれば、日本の農業部門の温室効果ガスの排出量は現在の2倍程度という計算になる。
パリ協定では、先進国だけでなく全ての加盟国に対して、温室効果ガスの削減を求めている。開発途上国であっても排出量を減らす実績を上げなければならない。日本が農産物を今まで通りに輸入し続ければ、いずれは自国で対処すべき温室効果ガスを海外移転していると国際的な非難が起きる恐れがあるのではないか。
国内農業は施設園芸での省エネなどにより、温室効果ガス削減対策の成果は着実に積み上がっている。輸入に頼らず食料自給率を高めることは、地球温暖化対策として国際的に胸を張れるに違いない。
たんげ・やすし 1959年生まれ。農林中央金庫森林担当部長などを経て、農林中金総合研究所客員研究員。2001年気象予報士資格を取得し、日本気象予報士会東京支部長。著書は『気候文明史』『気候で読む日本史』など。
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2019年11月18日

台風被害と日米協定 現在進行中の無責任 明治大学名誉教授 中川雄一郎
台風被害──。9月と10月に東日本を襲った台風15、19、21号関連による農林水産業の被害が2100億円を超えているとのことである。農水省が1日までに都道府県から受けた各報告の集計によると、19、21号関連が同日午前7時点で1679億円、15号が509億円である。被害額は調査中で今後さらに膨らむ可能性がある。農水省によれば、この台風で「約3万4000ヘクタールの農作物・果樹、70万匹の家畜、2万6000件の農業用ハウス」が被害に遭い、「農地約9500カ所、農業用施設約1万2000カ所」が損壊している。農作物とハウスの被害は2018年の西日本豪雨を大きく上回る。
自然の猛威痛感
台風は人間(ひと)をも襲った。記録的な大雨による河川の氾濫、堤防の決壊、山崩れ、崖崩れ、土砂崩れ、地滑りなどによって人命が奪われた。それが「実りの秋」を願い、歓喜し合う私たち人間(にんげん)に対する「自然のしっぺ返し」であるというのであれば、私たちの日頃の生活と労働があまりにむなしく思えてくる。
環境活動家でもあるスウェーデンの高校生、グレタ・トゥーンベリさんが4月にイギリス議会で訴えたあの言葉が思い出される。「根本的な問題は、要するに、気候や生態系の崩壊を阻止すること、あるいは遅らせないことに対してすら、何も行われていないところにあります。きれい事や約束は山ほど耳にしますが、現在進行中のこの無責任な行為は、人類史上最悪の失敗として記憶されることは間違いないでしょう」。近い将来に気候変動と地球の気温上昇を抑え、生態系を正常化しようとの彼女の訴えは、現在の日本の経済的、政治的、社会的な在り様を問うているように私には思える。これが一つ。
「かせ」を許した
日米貿易協定──。もう一つは「日本の農業と食を守り、地域社会を発展させる」ための政治に対する「反面教師の在り様」についてである。ここでは日米貿易協定の「一方的譲歩」を地で行った安倍政権の政治姿勢について簡潔に描写しておく。この協定は、結局のところ、安倍政権がトランプ政権のために環太平洋連携協定(TPP)並みの関税撤廃・縮小を承認し、農畜産物に関わる要求を全面的にのみ込んで日本の小規模(家族)農畜産業の生産者に「かせ」を掛けることを承認したのである。米国産トウモロコシの大量輸入はその開始である。こうした農業生産に対する手かせ・足かせは日本の地域経済に、ひいては日本経済全体に大きな打撃となって現れ、やがて私たちの生活と労働に多大な不安をもたらすだろう。
トゥーンベリさんの言葉を借りて言えばこうである。「(安倍政権の)きれい事や約束は山ほど耳にしますが、現在進行中のこの無責任な行為は、(現代日本の)最悪の失敗として記憶されることは間違いないでしょう」
なかがわ・ゆういちろう 1946年静岡県生まれ。明治大学名誉教授。元日本協同組合学会会長。ロバアト・オウエン協会会長。著書『協同組合のコモン・センス』『協同組合は「未来の創造者」になれるか』(編著)などがある。
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2019年11月04日

譲歩重ねる日米貿易 FTA交渉 歯止めを 立教大学経済学部特任教授 金子勝
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「TPP以上」濃厚
日米貿易交渉は序章にすぎず、日米FTA交渉は継続しそうな気配である。しかも、それはTPP以上の水準になることを防げない。
まず、TPPの時には合意されていた自動車関税2・5%廃止に関して、米国政府は「今後のさらなる交渉次第である」との表現に止めている。加えて、通商拡大法232条に基づく自動車関税25%の脅しを背後に、日本側にさまざまな要求を突きつけてきた。トウモロコシの輸入問題だけでなく、日米の合意文書の枠外で、自動車でもトヨタは100億ドルだった米国投資に30億ドルを上乗せし、さらにテキサスのトラック工場に4億ドルを出すと発表した。
牛肉関税問題も実は決着がついていない。牛肉のセーフガード(緊急輸入制限措置=SG)発動に際して、10月7日公表の政府間の交換公文でも、米国側はSG発動の場合、「当該農産品SG措置に適用のある発動水準を一層高いものに調整するため」、「発動後10日以内」に「協議を開始」し、「発動後90日以内に当該協議を終了させる」とする。関税が引き下げられ輸入が増加する度にそれを認めさせ、さらに市場開放を急がされていく可能性が大きい。
農業関係者はアクセス米問題が表面化しなかったためにほっとしている向きがある。だが、再び日米FTA交渉が始まれば、そこで「農産品に関する特恵的な待遇を追求する」という米国政府の立場からして、再び農産物関税が交渉される可能性がある。
影響検証進めよ
何をすべきか。まず、政府はこの貿易協定の影響をきちんと検証することが先決だ。10月18日に政府は日米貿易協定で農林水産物の生産額が600億~1100億円減少するとの試算を公表した。しかし、生産量への「影響ゼロ」との根拠が示されていない。農家の所得影響額を検証した上で、所得を補償する対策が必須である。
次に、農畜産物の安全性に関して真剣に対抗策を講ずるべきである。すでに、欧州は乳がんなどのリスクがあるとして、成長ホルモン剤投与の米国産牛の輸入禁止措置をとっている。日本国内でも同様の禁止措置があるが、国内外で厳格に実施すべきである。
最後に、日本が今後ずるずると日米FTA交渉に引きずり込まれないように国会論議で歯止めを明確にすべきだろう。
かねこ・まさる 1952年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。2000年から慶応義塾大学教授、18年4月から現職。著書に『金子勝の食から立て直す旅』など。近著に『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)。
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2019年10月28日

日米貿易協定 農民勝たせる政治を 日本金融財政研究所所長 菊池英博
安倍晋三首相と米国のトランプ大統領は9月25日にニューヨークで会談し、日米貿易協定の最終合意を確認して共同声明に署名した。安倍首相はウィンウィンだとして交渉が成功したと言っているが、協定内容をみると日本側に不利な要因が多く見られる。
民主主義に反す
大きな問題は、最終合意まで政府から情報開示がなく、国民の意見を事前に聞かずに政府のご都合主義で協定内容が決まったことだ。民主主義の大原則に反する行為で、看過できない。
共同声明では、「今回の協定発効後、4カ月以内に次の協議テーマを決める」ことになっており、次の交渉で米国は日本側にさらなる関税引き下げ(環太平洋連携協定=TPP=以上)と自動車の関税引き上げ、為替条項(円安誘導を制限される)の採用などを追加させられる余地を残している。
安倍総裁率いる自民党は、2012年12月の選挙でTPP参加反対を訴えて政権に復帰した。ところが、政権に復帰するとTPP参加に豹変し、さらに必要がない欧州連合(EU)との貿易協定まで締結して日本の食料自給率を低下させている。18年度の日本の食料自給率(カロリーベース)は過去最低の37%に落ち、食料生産額は2年前に比べ2ポイント減の66%だ。田畑が縮小して農業所得は減少している。
トランプ大統領は交渉後に今回の協定は「公正で互恵的な協定だ、米国の農民が勝ったのだ」と述べたことが注目される。米国農民が勝ったのであれば、負けたのは日本農民だ。
財政支援に大差
米国は1930年代の大恐慌の時に農産物が売れ残り、農民は貧困状態に落ち込んでしまった。そこで、戦後の米国は食料自給率を100%以上にすることを国家目標とし、さらに農産物を安全保障上の戦略物資と位置付けて、党派を問わずに農業振興・農民支援に多額の奨励金を支給してきた。
『よくわかるTPP48の間違い』(農文協)による「農業に対する政府支出の国際比較」のうち「農業生産額に対する農業予算の割合(2005年)」では、日本が27%、米国は65%であり、米国農民は日本農民よりも2・4倍の財政支援を受けている。この比率が19年度でも継続しているとすれば、日本の101・4兆円の国家予算のうち農水予算は2・4兆円であるので、米国並みにするにはこの2・4倍である5・8兆円が必要である。
米国は食料自給率が130%(カロリーベース、農水省)であり、米国農民は日本よりも多い国の援助を得て生産に励み、余剰農産物が出れば大統領が支援してくれる。
安倍首相に問いたい。貴殿はTPPに反対したので政権に復帰できたのに、権力を握るや農民への約束をほごにしたのだ。トランプが自国の農民を支援する姿勢を見て、貴殿も見習ってはどうか。貴殿もトランプのように自国の「農民を勝たせる政治家」になってほしい。
きくち・ひでひろ 1936年生まれ、東京大学教養学部卒、東京銀行(現三菱UFJ銀行)を経て95年から文京女子大学(現文京学院大学)・同大学院教授。2007年から現職、金融庁参与など歴任。主要論文「日本農業は過少保護、農林中金の利益が生産に必要」(『週刊エコノミスト16年5月25日』)など。
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2019年10月21日

持続可能な物流 顧客も“意識改革”を 立教大学経済学部教授 首藤若菜
スーパーには日々新鮮な食品が並ぶ。野菜や果物は、ほぼ毎日農家から市場へ、市場から小売店へと運ばれる。それを担うのが物流だ。トンベースで見ると、国内貨物の9割がトラックで運ばれている。
だがここ数年、お盆や年末などの繁忙期には物流の滞りが懸念され、年度末には「引っ越し難民」が社会問題となってきた。これらは、人手不足によって引き起こされている。荷物もトラックもあるのに、ドライバーが足りないのだ。
多くの産業で人手不足が指摘される。だが、全産業平均の有効求人倍率1・40に対し、自動車運転の職業は3・05(2019年7月現在)であり、この業界の労働力不足は深刻である。
かつてトラックドライバーは「キツいが、稼げる仕事」と言われ、若者が多く参入する職業だった。しかし今は、新規求職者の2人に1人が45歳以上であり、営業用大型貨物自動車運転者の平均年齢は、男性労働者の平均を5歳上回る。
背景には、この業界の労働条件の低下がある。そもそもトラックドライバーの仕事は、早朝・深夜を含む運行が多く、就業時間が不規則になりがちで、運転以外にも荷役など身体的負荷のかかる業務が多い。にもかかわらず、それに見合った賃金を受け取ることが難しくなった。1990年代、運賃が低下し、それに伴いドライバーの賃金が下がっていった。現在は、男性労働者平均と比べて、トラックドライバーの賃金は2割低く、労働時間は2割長い。
労働時間短縮へ
このままでは、物流が持たない──との危機感から、業界団体、労働組合、国土交通省・厚生労働省などが中心となり、労働環境の改善に本格的に取り組み始めた。
従来、労働問題の解決は、労使間で話し合い、政府がルールを作ることが主だった。しかしこの業界では、荷主を巻き込んで問題を解決しようとしている。適正な運賃の収受や長時間労働の是正にも荷主の協力が必要だと考えられている。多くのドライバーが荷主からの指示により、荷積みなどの付帯業務を請け負い、荷待ちしている結果、長時間労働となっているためだ。むろん荷主は、他社で雇用されるドライバーの長時間労働に法的責任はない。しかし、荷主の行動とドライバーの労働の在り方は、無関係ではない。
特に農水産品の輸送は、負荷が高いといわれてきた。国交省・厚労省の調査によれば、農水産品輸送は、検品などの荷役時間や手待ち時間が長く、1運行当たりの拘束時間が最も長い。昨今では、物流市場が逼迫(ひっぱく)する中で運送会社も仕事を選ぶようになり、「キツい」輸送から手を引くところも出てきている。
物流機能を持続させていくためには、荷主や顧客である私たちも、自身が依頼した業務の先に発生する労働に気付き、考えていくことが求められている。
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2019年10月14日

スマート農業 体系的な学びの場を 北海道大学農学部教授 野口伸
農業のスマート化は情報通信技術(ICT)やロボットなどの先端技術により「農作業の姿」を大きく変えるものだ。スマート農業の本質は、農家の「経験」と「勘」に依存した従来農業から「データに基づいた農業」への転換と作業の省力化である。新規就農の促進にも有効であるため農業のスマート化は日本農業が抱える諸問題を解決する上で期待が大きい。
内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」では2014年度から5年間をかけてスマート農業の技術開発を行った。今年度から現場実装が本格化した。SIP以外にも衛星リモートセンシング、ドローン(小型無人飛行機)、ロボット草刈り機、アシストスーツなど、様々なスマート農業に資する製品・サービスが続々と販売されている。
全国に実証事例
今後、これらスマート農業技術の導入効果を多くの担い手に速やかに肌で感じてもらう必要がある。農業はいうまでもなく地域産業であり、作目、気象、土壌、地理的条件など地域特性を十分考慮して、地域に適合したスマート農業技術の導入が成功のカギである。そのためには日本全国に広くスマート農業実証モデルを設置して、その成功事例を対外的に示すことである。スマート農業によって農家が“稼げる”ことを証明することが、担い手に対して最も説得力のある普及推進活動である。実際に農林水産省は19年度から2カ年の事業で「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」と「スマート農業加速化実証プロジェクト」を全国69カ所で開始した。この事業成果には大いに期待したい。
ICTやロボットを活用するスマート農業は従来の農機をはじめとした作業技術と大きく異なり、導入に大きな投資を必要とするため、円滑な普及には、新技術の効果的な利用法に対する「学びの場」を必要とする。言い換えると現場実装にはユーザーである担い手に、スマート農業の潜在力を理解してもらうことから着手しなければならない。
そのためスマート農業に関するセミナーや実演会はもちろんであるが、技術から経営まで体系的に学べる研修プログラムも必要である。その研修プログラムも「ワカモノ」「地域農業をけん引する専門人材」「担い手」に分けて整備する必要がある。次世代農業を担う若者に対してはスマート農業をフル活用できる人材を養成すべく農業高等学校、農業大学校にカリキュラムを編成すべきであろう。単なる新技術のトピックスとしてでなく、スマート農業体系を学べる科目編成であることが要求される。
eラーニングも
専門人材や担い手には切れ目ない研修の機会を自治体、JAなど関係機関が連携して構築することが望まれる。実務を抱える専門家や担い手向けの教育システムには効率的に学習できるeラーニングの導入を検討した方が良い。自治体―企業―地元大学・研究機関がコンソーシアムを組み、スマート農業を核にした地域農業のグランドデザインの策定とその実現に必要な人材育成の取り組みがこれからの農業の活路である。
のぐち・のぼる 1990年北海道大学大学院博士課程修了。農学博士。同年北海道大学農学部助手、97年助教授、2004年より教授。19年3月まで内閣府SIP「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクター。スマート農業研究に従事。
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2019年10月07日

米政策の在り方 経営安定策構築急げ 新潟食料農業大学教授 武本俊彦
農林水産業・加工流通業・関連産業をまとめて食料産業とする捉え方がある。生産から加工・流通を通じて消費までをつなぐフードシステムが市場メカニズムを通じて、多様な消費者ニーズに合わせた財・サービスを供給するものだ。その規模は55兆円(対国内総生産=GDP=比10%)の付加価値、116兆円(対全生産活動比11%)の国内生産額に上る。日本経済の1割を占める産業だ。
食ニーズが転換
経済成長の過程で、消費者の食に対するニーズが量から質へと転換した。その中で、家庭で調理していた女性の社会進出、人口の少子高齢化などによる世帯員数の小規模化が進み、外食や中食といった食生活の外部化がもたらされた。その反面、チェーンストア・システムと販売時点情報管理(POS)による情報力を装備した小売業による食品流通部門の支配状況が表れた。その結果、生産者や加工業者との間で自由で公正な競争条件が確保されているのか、または、消費者にとって望ましい豊かで健康な食生活が保証されているのかが懸念されている。
市場メカニズムで、望ましい状況が実現し得ないときには、政府が補完的に関与していくことになる。政府は、望ましい状況となるよう、政策を講ずることで競争環境を整備することになる。
価格形成適正に
米政策は、1995年に食管法が廃止され、昨年からは政府による生産数量目標の配分も行われなくなった。米は食管法ができた当時は国民の食生活にとって死活的に重要で、農業生産の中で圧倒的な地位を占めていた。だが、今や種々の農産物・食品の中の一つにすぎなくなった。米を巡る環境は大きく変化したが、今でも米価の維持が最大の関心事項となっている。
米価維持のために需給調整するといっても国内市場は人口の減少高齢化により確実に縮小し続けるし、実質賃金の減少過程では米価は下落する。米中摩擦などの世界経済の先行きを考えれば円高に振れ、輸入物価は下落する可能性が大きい。また、日米貿易協定の締結によって関税による国産保護効果は期待できない状況がはっきりする。こうした状況を冷静に考えれば、米価維持は国民にとって望ましいことなのか。先物市場どころか適正な価格を形成する現物市場もない中でJAは買い取り集荷を推し進めようとしている。将来の価格下落のリスクをどうやって回避するのか。
いずれにしても政府が取り組むべきは、米価が需給によって適正に形成される環境を整備することだ。価格シグナルは、生産者の将来の経営判断にとって最も重要な情報となる。その上で、為替水準や景気動向によって経営の先行きが不確実となる可能性があるのだから、少なくとも欧米で行われているような総合的で重厚な経営安定措置が発動されるようにすべきだ。それが政府および国会が今取り組むべき課題である。
たけもと・としひこ 1952年生まれ。東京大学法学部卒、76年に農水省入省。ウルグアイラウンド農業交渉やBSE問題などに関わった。農林水産政策研究所長などを歴任し、食と農の政策アナリストとして活動。2018年4月から現職。
2019年09月30日

脊柱後弯症を防ぐ 始めよう 筋活と骨活 医師・作家 鎌田實
長野県で45年間、内科医をしていますが、農村地域では今も時々、背中や腰が曲がった高齢者を見かけます。多くは、脊柱後弯(こうわん)症という背骨の変形です。
原因は、骨粗しょう症が進んで圧迫骨折を起こしたり、骨の間のクッションの役割をしている椎間板がつぶれたりして、背骨の変形が進むためといわれています。脊柱後弯症は、女性のほうが多い傾向にあります。
この脊柱後弯症を防ぐには、骨と筋肉を鍛えることが大事です。そして、生活習慣病や要介護状態になるのを防ぐ上でも、同じことが言えます。
かかと落としを
僕は内科外来の患者さんに、筋肉を鍛える「筋活(きんかつ)」と骨を丈夫にする「骨活(ほねかつ)」を勧めています。
骨活ができる鎌田式かかと落としは、とても手軽な運動です。①テーブルや椅子の背などにつかまって背筋を伸ばして立つ②爪先を上げて1秒キープ③かかとを上げて2秒キープ④かかとをストンと床に落とす──。たったこれだけです。
爪先を上げる動作では、脛(すね)の前側の筋肉を鍛えます。この筋肉を鍛えると、歩く時に爪先が上がりやすくなり、転倒しにくくなります。また、爪先立ちをしている時にはふくらはぎの筋肉が強化されるとともに、毛細血管の流れも良くします。さらにかかとをすとんと落とす際には、骨芽細胞が刺激され、骨密度が高くなります。僕は骨密度が同年代の130%ありますが、このかかと落としを続けたおかげだと思っています。
筋活には、鎌田式スクワットがお薦めです。テーブルや椅子の背につかまって、ゆっくりかがんで、ゆっくり立ち上がっていきます。椅子の座面の高さすれすれまで、お尻を突き出して、体を沈めます。かかと落としもスクワットも、10回を1セット とし、1日3セット を目標に続けてみましょう。『鎌田式「スクワット」と「かかと落とし」』(集英社)は、今ベストセラーになっています。
これらの運動とともに、タンパク質をしっかり取ることも忘れずに。特に、運動後の30分はゴールデンタイム。牛乳やゆで卵、チーズ、ヨーグルト、納豆などを食べるようにしてください。効率的に筋肉を増やすことができます。
介護予防に最適
筋活と骨活を、40歳ごろから続ければ、脊柱後弯症の予防につながりますし、60歳ごろから行えば介護予防になります。もちろん、80歳になっても遅くはありません。
僕はスクワットとかかと落としを毎日続けた結果、3年間で体重が9キロ減って、ウエストも9センチ縮まり、メタボも解消しました。
今71歳ですが、80歳になってもイラクの難民キャンプに診察に行きたいと思っています。そして、生きている限り月に1度くらいは、日帰り温泉にも行きたい。
いくつになっても生き生きと過ごすためにも、ぜひ、筋活と骨活を始めてみてください。
かまた・みのる 1948年東京生まれ。長野県・諏訪中央病院名誉院長。内科医として地域医療に尽力。東北の被災者支援、チェルノブイリやイラク難民キャンプへの医療支援にも取り組む。著書は『がんばらない』『鎌田式「スクワット」と「かかと落とし」』他、多数。
2019年09月23日