松村和子さん(歌手) 野菜の力 食べるたび感動

松村和子さん

 両親は北海道で歌手をやっていました。父は歌謡曲を歌う他、プロダクションを経営していまして、司会業や興行師も手掛けるなど幅広く仕事をしていました。母は民謡歌手でした。

 両親は巡業で忙しいので、3人姉妹の真ん中の私は、一人だけ遠別町の父の実家に預けられ、6歳まで祖父母に育てられました。

 祖父は馬喰(ばくろう)といって、馬の売り買いをしていました。祖母は出面取り(でめんとり)という、パートさんを集めて農家さんに連れて行くリーダー役。田植えや稲刈りの忙しい時期に、作業する人を連れて行ったんです。母も農家に連れて行かれて、私たち姉妹をおんぶして田んぼで働いたことがあるそうです。沢の水で私たちのおむつを洗いながら、農作業をしたと聞きました。

 6歳の頃に遠別を出て、母と姉妹と暮らすようになりました。魚を食べることが多かったですね。ハタハタは今ではあまり見掛けなくなりましたが、当時はもういいというくらい食べました。煮付けにしたり、鍋にしたり、そのまま焼いたり。タラちり鍋もよく食べました。スケソウダラをジャガイモ、ニンジン、タマネギと一緒にみそ味で煮るんです。

 肉といえばジンギスカン。真ん中が盛り上がっている丸い鍋で焼くんです。下にタマネギともやしを置き、上の方で焼いたマトンの脂が落ちて野菜と一緒になると、これがまたおいしくって。
 

郷土料理 母の味


 母は青森の出身です。子どもの頃は気が付かなかったんですが、今になって思えば青森の料理を作ることも多かったようですね。

 一番印象に残っているのは、正月に食べるなます。母が作るのは煮なますといって、ダイコンとサケとタラコを、ちょっと酸味を利かせて煮るんです。三平汁みたいな感じですね。これを丼いっぱい食べていました。私はそれがなますだとずっと思っていましたから、初めて普通のなますを食べた時には驚きました。今、振り返ると、北海道っておいしいものがたくさんあるんだなと改めて思います。おいしい野菜を食べて育ったおかげで、野菜好きになりました。

 スーパーで見たことがない野菜を見ると、つい買ってしまいます。この間見つけたのが、白いタマネギ。「真白」という名前で北見で作っているそうです。甘くておいしくって。スイカも、富良野で取れる「マドンナ」というのを食べたら、これがめちゃくちゃおいしい。生で食べられるカボチャ「コリンキー」も面白いですよね。

 姉が神奈川県の相模原に住んでいて、ときどき遊びに行きます。近くにJAの直販所があって、地元の野菜を売っているんです。結構買ってしまいます。
 

素材自体に敏感


 年を取ってくると、素材そのもののおいしさに敏感になります。仕事で全国を回り、その土地その土地の野菜を食べる機会に恵まれるのがうれしくて。コンサートが終わり、土産として地元の野菜を頂くこともあります。

 先日も立派なキュウリを頂きました。皆、ピーンと真っすぐに伸びて美しいんです。量が多く、生のままではもたないと思い、漬物にしました。「きゅうりのキューちゃん」に似せた味で、「キュウリのカズちゃん」と呼んでいます。仕事のたびにこれをたくさん持って行き、弁当の時間に皆にお分けします。おいしい野菜があるだけで、味気ないロケ弁がガラリと変わるんですよ。野菜の力ってすごいなと感心しています。(聞き手=菊地武顕)

 まつむら・かずこ 北海道生まれ。1980年、ロングヘアーで津軽三味線を操りながら歌う「帰ってこいよ」でデビュー。日本有線大賞最優秀新人賞など多くの賞に輝く。翌年に紅白歌合戦出場。「お加代ちゃん」「面影しぐれ」「出世船」などヒット曲多数。歌手40周年記念作「望郷ながれ歌/明日咲く」好評発売中。
 

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