種子は誰のものか? 農家の負担増回避を 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏

 公的な種子事業の民間への移行を進めつつ、育成者権(育種家の権限)を強め、民間育種事業の利益を増やし振興する方向性が示されている。そうなると「育種家の利益増大=農家負担の増大」は必然である。どうすれば、農家の負担増は回避できるだろうか。

 「種は誰のものなのか」ということをもう一度考え直してみたい。種は何千年も皆で守り育ててきたものである。それが根付いた各地域の伝統的な種は、地域農家と地域全体にとって地域の食文化とも結び付いた一種の共有資源であり、個々の所有権はなじまない。育成者権はそもそも、農家の皆さん全体にあると言ってもよい。

 それは沿岸の海の資源とも通じるところがある。海の資源は共有(ないし共用)資源として、それを守ってきた沿岸漁業者全体のもの(漁業権=財産権)と解され、個々の漁業者に利用権(行使権)が付与されてきた(漁業法改訂により企業への漁業権の付け替えが可能になってしまったが)。

 種を改良しつつ守ってきた長年の営みには莫大(ばくだい)なコストもかかっていると言える。そうやって皆で引き継いできた種を「今だけ、自分だけ、金だけ」の企業が勝手に素材にして改良し登録して独占的にもうけるのは、「ただ乗り」して利益だけ得る行為である。だから、農家が種苗を自家増殖するのは、種苗の共有資源的側面を考慮すると、守られるべき権利という側面がある。

 諸外国においても、米国では特許法で特許が取られている品種を除き、種苗法では自家増殖は禁止されていない。欧州連合(EU)では飼料作物、穀類、ジャガイモ、油糧および繊維作物は自家増殖禁止の例外に指定されている。小規模農家は許諾料が免除される。「知的所有権と公的利益のバランス」を掲げるオーストラリアは、原則は自家増殖は可能で、育成者が契約で自家増殖を制限できる(印鑰智哉氏、久保田裕子氏)。

 もちろん、育種しても利益にならないならやる人がいなくなる。しかし、農家の負担増大は避けたい。そこで、公共の出番である。育種の努力が阻害されないように、良い育種が進めば、それを公共的に支援して、育種家の利益も確保し、使う農家にも適正な価格で普及できるよう、育種の努力と使う農家の双方を公共政策が支えるべきではなかろうか。

 つまり、共有財産たる地域の種を、育種のインセンティブをそぐことなく、育種家、種取り農家、栽培農家を公共的に支援し、一部企業だけのもうけの道具にされないよう、歯止めをかけながら地域全体の食文化の持続的発展につなげるための仕組み(法的枠組み)の検討が必要ではないだろうか。安全保障の要は食料であり、食料は種なくして得られないことを常に想起したい。
 

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