甘くないサクランボ貿易 輸出 相当の覚悟必要 特別編集委員 山田優
2019年11月19日
先々週、取材で訪ねたトルコの果樹経営オラグロ社のメフメット・チチェク社長は、すこぶる上機嫌だった。標高700メートルにある南斜面の300ヘクタールに、ブルーベリーとサクランボの園地が広がる。
最盛期には800人近くが収穫やパッキング作業に追われる、同国最大の果樹農家だ。周辺農家からの買い付けを含めると年間7000トンのサクランボを出荷する。日本全体の生産量(1万5000トン)の半分近くを1人で出荷する計算だ。
機嫌が良かったのには理由があった。
「トランプ米大統領にはお礼を言いたい」
今年のサクランボの収穫前、中国人の果実バイヤーが続々と農場を訪れ「何千トンでもよいから送ってほしい」と懇願された。米中貿易摩擦で双方が関税を大幅に引き上げたあおりで、中国内の米国産サクランボが激減。彼らは代替産地の有力候補として世界最大のサクランボ生産国であるトルコに目を付け、オラグロ社にたどり着いた。
今年の中国出荷は4都市向けに絞った。長年の経験からビジネスには浮き沈みがあることは分かっている。「つきあいの長い欧州の顧客に迷惑をかけられない」という社長のしたたかな計算があったからだ。
来年は中国向けを大幅に拡大する。検疫条件が整った韓国向け輸出も始める。「日本向けは考えているのか」と尋ねると「今、輸出解禁に向け努力しているところだ」と答えた。
サクランボの大敵である雨が少ない。労賃は欧米の10分の1の水準。「サクランボでもブルーベリーでも競争力はどこにも負けない」と社長は胸を張った。
サクランボ輸出国というと米国が思い浮かぶが、その米国は トルコからの輸入で苦境に立つ。
米国の生産者はトルコ産が不当な補助金で競争力を得ているとして、関税引き上げを米政府に訴えた。年明けには裁定が下る見通しだ。
甘いサクランボの貿易を通して見えてくるのは、徹底した弱肉強食の世界。めまぐるしく動く国際政治に揺さぶられ、新興産地からの追い上げは容赦ない。
輸出とは、世界の競合産地とガチンコで戦うこと。勝てば官軍だが、負ければ相手に市場を譲り渡すのが当たり前だ。農産物輸出に踏み切るには相当の覚悟がいるだろう。
最盛期には800人近くが収穫やパッキング作業に追われる、同国最大の果樹農家だ。周辺農家からの買い付けを含めると年間7000トンのサクランボを出荷する。日本全体の生産量(1万5000トン)の半分近くを1人で出荷する計算だ。
機嫌が良かったのには理由があった。
「トランプ米大統領にはお礼を言いたい」
今年のサクランボの収穫前、中国人の果実バイヤーが続々と農場を訪れ「何千トンでもよいから送ってほしい」と懇願された。米中貿易摩擦で双方が関税を大幅に引き上げたあおりで、中国内の米国産サクランボが激減。彼らは代替産地の有力候補として世界最大のサクランボ生産国であるトルコに目を付け、オラグロ社にたどり着いた。
今年の中国出荷は4都市向けに絞った。長年の経験からビジネスには浮き沈みがあることは分かっている。「つきあいの長い欧州の顧客に迷惑をかけられない」という社長のしたたかな計算があったからだ。
来年は中国向けを大幅に拡大する。検疫条件が整った韓国向け輸出も始める。「日本向けは考えているのか」と尋ねると「今、輸出解禁に向け努力しているところだ」と答えた。
サクランボの大敵である雨が少ない。労賃は欧米の10分の1の水準。「サクランボでもブルーベリーでも競争力はどこにも負けない」と社長は胸を張った。
サクランボ輸出国というと米国が思い浮かぶが、その米国は トルコからの輸入で苦境に立つ。
米国の生産者はトルコ産が不当な補助金で競争力を得ているとして、関税引き上げを米政府に訴えた。年明けには裁定が下る見通しだ。
甘いサクランボの貿易を通して見えてくるのは、徹底した弱肉強食の世界。めまぐるしく動く国際政治に揺さぶられ、新興産地からの追い上げは容赦ない。
輸出とは、世界の競合産地とガチンコで戦うこと。勝てば官軍だが、負ければ相手に市場を譲り渡すのが当たり前だ。農産物輸出に踏み切るには相当の覚悟がいるだろう。
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畜酪対策 補給金単価上げ重視 中小支援が課題 自民
自民党は10日、2020年度の畜産酪農対策の決定に向けて、詰めの議論をした。加工原料乳生産者補給金の単価引き上げに加えて、都府県酪農の抜本的な強化策を求める意見が相次いだ。生産基盤の維持、強化に向けて、中小規模や家族経営への支援を重視。畜産クラスターの要件緩和や営農継続に向けた関連対策の充実を課題に挙げた。
畜産・酪農対策委員会(赤澤亮正委員長)の他、農林合同会議でも議論を重ねた。
補給金は、集送乳経費を支援する集送乳調整金と合わせ、19年度は1キロ当たり計10円80銭。北海道選出の議員らは再生産の確保に向けて、流通コストの高騰などを考慮し、相次いで単価の引き上げを求めた。
関連対策を巡っては、畜産クラスター事業の要件緩和や、家畜ふん尿処理対策、労働力確保に向けた酪農ヘルパー確保など課題は多い。政府は畜産・酪農の基盤強化に向け、繁殖雌牛や乳用後継牛への「増頭奨励金」の交付など、増頭・増産を柱に掲げている。
葉梨康弘氏は、畜産クラスター事業などの支援策について、「増頭できる家族経営ばかりじゃなくなっている」と指摘。規模拡大を目指す農家だけでなく、柔軟な要件にするよう求めた。
生産量減少が進む都府県酪農では、大規模化が難しい中小経営の基盤維持が課題。簗和生氏は「現状維持でも継続できるよう支援するというメッセージが生産回復の一歩だ」と訴えた。
坂本哲志氏は、後継牛やヘルパーの確保、ふん尿処理などを個別に解決しても効果は限定的と指摘。「総合パッケージ型の酪農対策をやらないといけない」と提起した。
ブランド和牛生産の実態を踏まえ、小寺裕雄氏は「規模拡大ばかりに向かわず、現状を維持する経営にも手を差し伸べる施策を充実してもらいたい」と訴えた。
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2019年12月11日
世界の都市農業事情 経済より共感と協働 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
ニューヨーク、ロンドン、ソウル、ジャカルタ、トロントの5都市が参加した「世界都市農業サミット」が、東京・練馬区で開かれ、先進事例から都市農業の未来までが熱く語られました。
ニューヨーク市では、550のコミュニティ農園(40ヘクタール)に2万人のボランティアが関わり、低所得者層の多い公営住宅では、農園管理を若者の職業訓練につなげて成果を上げています。屋上菜園も盛んで、NY産野菜はブランドになっています。
ロンドンでは、2012オリンピックを前に2012の市民農園が作られ、今では3000を超えています。ジャカルタでは、路地を活用した垂直農業で、人口密集地の食を支えていました。
どの都市にも共通していたのは、「コミュニティ農園」という切り口です。住民が生産と消費の両方に関わることで、絆や意欲が強まり、貧困、心身の不健康、教育、雇用など、あらゆる格差の解消につなげています。行政やNPOも大きく関わっていました。
参加して感じたのは、なぜ世界中の都市はこんなにも「農」を求めるのか、という驚きと、もしかしたら今の「農業の多面的機能」という認識では表現しきれないのではないか、という農の可能性です。
練馬区は、練馬方式と呼ばれる体験農園や、大根引っこ抜き大会、農の学校や農のサポーターで、住民が農業を支えています。中でも、子ども食堂の野菜を体験農園と連携して作る仕組みは包括的で、全国展開を期待したいものでした。
各国でCSA(地域コミュニティの買い支え)が見直されている通り、近隣住民は、野菜を買う客であるだけでなく、一緒に考え、農地を活用する仲間なのです。
2015年に都市農業振興基本法が制定されましたが、世界の事例と比べると、国内の都市農業は、その使い道を、農家の判断に任せてきたように思えます。今こそ、JAが本領を発揮するときです。行政とも力を合わせ、都市の農地を街の資産として運用すれば、シビックプライド(街への愛着)も築けます。
作る人と買う人という経済の関係から、次の段階にあるのは、地域にある農業を、自分のこととして育んでいく「共感」と「協働」ではないでしょうか。
都市における農を教育の場、理解や心を養う場と考えれば、それは本格農業や農的な暮らしへの玄関口、出発点になります。都市に農があってよかったと、地方にも歓迎される発信拠点になれるはずです。
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2019年12月10日
ラグビー菊池寛賞 ワンチームに学び改革
ラグビー・ワールドカップ(W杯)でベスト8に輝いた日本代表チームが菊池寛賞を受賞した。日本代表の活躍は、改めて「ワンチーム」で組織が一丸となれば難局を突破できる勇気を国民に与えた。JA自己改革などでも参考にできる「スクラム型組織論」を学びたい。
菊池寛賞は、文化活動で創造的業績を上げた個人、団体に贈る。6日の贈呈式で日本代表も表彰される。受賞理由は、ワンチームで強豪国を破る姿が「日本中に勇気を与えた」ことだ。果敢なタックルで立ち向かい、スピードを生かし得点を重ねる姿に感銘を受けた。停滞感が覆う日本人に「前を向く」大切さをも示した。
同賞は昨年、ユーミンこと松任谷由実さんが受賞し話題となった。「日本人の新たな心象風景をつくった」ことが評価された。代表曲の一つ「ノーサイド」は、全国高校ラグビー決勝での激戦を題材にした。この中に〈何をゴールに決めて 何を犠牲にしたの 誰も知らず〉の歌詞がある。今回の日本代表からも「多くの事を犠牲にしラグビーに打ち込んできた」の言葉が何度も出た。同賞とユーミンとラグビーの結び付きを思う。
ラグビーの持つ戦術と精神に学ぶものが多い。象徴的な用語は、流行語大賞に選ばれた「ワンチーム」と「スクラム」「ノーサイド」。加えて日本代表には三つの“わ”があった。「和」「話」「輪」だ。チームの和を最も尊び、相互理解する話し合いを深め、大きな輪となり、相手を打ち砕く塊となる。
JA改革にも共通する。例えば、経済事業改革を進めるJA全農の新3カ年計画のスローガン「全力結集で挑戦し、未来を創る」はラグビーの勝利の方程式でもあろう。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」の精神は、協同組合の相互扶助、助け合いとも重なる。
組織には野球型とラグビー型の二つがあるという。野球型はトップが人を駒として動かす。監督が試合中にも指示を欠かさない。いわば上意下達の仕組み。一方で、ラグビー型は統一した明確な戦術の下に個々が考えて臨機応変に動く。今は先が読めない不確実性の時代で、ラグビーの戦術を今後の組織戦略に生かす経営トップも多い。違った専門性を持つ社員が力を合わせる「スクラム型組織」こそ、難局打開の突破口を開くとの考えからだ。日本代表のうち外国出身者は半数近い。「多様性」を弱点でなく強さに変え、勝ち抜くのも「スクラム型組織」の特色と言えよう。
経済界トップに加え政治家、農業界にもラガーマン出身が存在感を持つ。強い責任感、自己犠牲、耐え抜く精神力、勝利へのこだわり。底流には、思いを一つにしてみんなで努力すれば巨象をも倒せるとの「ワンチーム」への信念と確信がある。今回の日本代表の菊池寛賞受賞の意味を、JA改革断行にも役立てたい。
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2019年12月06日

みんな二度見!? オート三輪 走る広告塔 茨城県常陸太田市の椎名理さん
茨城県常陸太田市で「てるちゃんぶどう園」を営む椎名理さん(59)の愛車は、昔懐かしいマツダのオート三輪。手直ししてピカピカに磨き上げ、現役で農作業に使っている。車体にはぶどう園のPRロゴを入れ、走る広告塔としても役立てている。
椎名さんは1・3ヘクタールの園で「巨峰」や「常陸青龍」「シャインマスカット」を栽培するブドウ農家。若い時から車好きで20代前半にMG・ミジェットを手に入れて古い車の面白さに目覚め、今では倉庫にオールドカー10台ほどを所有する。
オート三輪を手に入れたのは10年ほど前。県内の倉庫に眠るオート三輪があると知人に紹介され見に行くと、珍しいマツダのT1500だった。1971年製で比較的状態も良く、トラックなので農業に使えると思い、譲ってもらった。
手を入れて乗り始めたが、古い車両のため故障はつきもの。部品もなく親しい修理工場に頼んで直してもらっている。維持費は掛かるが苦にはならない。運転していると、対向車から注目され、工事の人が手を休めて見入ることも度々。駐車していると、懐かしがって話しかけてくる中高年も多いという。
そこで、「てるちゃんぶどう園」のロゴを入れた。それからはさらに目立つようになり、ブドウ園の名も知られるようになったという。今は「おいしいよ常陸太田のぶどう」や「だいすき常陸太田」のロゴも入れ、地域のPRにも一役買う。
椎名さんは「道の駅にわざと寄ったりして楽しんでいる。大切に乗り続けていきたい」と話している。
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2019年12月10日

片岡礼子さん(女優) 家族つなぐ 愛の手料理
住んでいる時は当たり前と思っていたんですが、故郷を離れて初めて分かることってたくさんあるんですよね。私は愛媛県松前町の出身で、本当に美しい稲穂に挟まれた道を登校していたんです。遊ぶのも田んぼ。わらを崩して怒られるのも田んぼ。東京に出てから、それが当たり前というわけではないと知りました。
父の実家は新居浜市の山奥、別子銅山の方でした。私も小さい頃、よく祖父母の家に遊びに行きました。夏休みにまるっと1カ月間、そちらで過ごしたものです。
家の裏には栗山、柿山、ビワ山があって、祖父と一緒に山に行き、川で丸一日石投げをして遊んでいました。畑で祖父と一緒に芋を掘ったりもしました。家の周りではウコッケイが自由に歩き回っていたんです。祖母が、要らない野菜の葉っぱを刻んで卵の殻とかと混ぜた餌を与えると、鶏は走って寄ってきました。
祖母はみそを手造りしていました。6畳だったか8畳だったかの座敷を二つ使って毎年大量に造っては、親戚中に配っていたんです。
おそらく自給自足に近い生活だったんでしょう。祖父母をもっと手伝って、食べ物の作り方を学べばよかったと感じています。
肉嫌いの私に…
小さい頃に大好きだった「おふくろの味」は、ささ身のフライです。私は肉が苦手な子でした。肉料理が出ると、親の目を盗んで妹の皿に載せていたくらいです。そんな私でも唯一食べられたのが、鶏肉。それを知った母が、手を替え品を替えて頑張ってくれた末にヒットしたのが、ささ身のフライ。母の愛情がこもった、大切な味なんです。
東京で1人暮らしを始めたら、その味を食べたくなって。帰省したら必ず「お母さん、ささ身のフライを作って」と言ってました。
東京での私の食生活は、褒められたものではなかったですね。コンビニ1軒あれば足りる、という感じでしたから。
和食で体調良く
20代になって良い仕事がたくさん続いたのでうれしくて、がむしゃらに頑張りました。思いっ切りダイエットをして、体も絞ったんです。そのため妊娠・出産するに当たって、助産師さんに「そんな食べ方では駄目です」と言われました。「きちんと日本の伝統的な食事を取るように心掛けなさい」と。
20代での食生活が影響したんでしょうか。私は30歳の時に脳出血で倒れてしまいました。
長い期間、リハビリを続けながら、食事の大切さについて考えました。和食をいただくようにしたこともあって体調は良くなり、大好きな女優の仕事もできるようになりました。
この5年くらいは、友達に教わった方法で、みそを手造りしています。祖母がやっていたような大掛かりで本格的なものではありません。ごく簡単な方法ですけど。その友人は赴任先のアメリカで、みそ造りを先輩から教わったそうです。大豆とこうじ、塩しか使わないので、健康的だと思います。
今年になって母の体調が優れなくなりました。父はそれまで料理をしてきませんでしたが、「お父さん、昔ながらの和食がいいよ。作れる?」「うん、やってみる」と。夜のうちにだしを取って、毎朝みそ汁を作っているそうです。最近は「こんな料理を作ってみた」と写真を送ってくれるようになりました。きちんと副菜まで作っているんです。父の愛情がこもった料理で、母の体調が良くなることを祈っています。(聞き手・写真=菊地武顕)
かたおか・れいこ 1971年、愛媛県生まれ。93年に映画デビュー。95年「愛の新世界」「KAMIKAZE TAXI」でヨコハマ映画祭最優秀新人賞。2001年「ハッシュ!」でキネマ旬報、ブルーリボン両賞の最優秀主演女優賞。映画「楽園」「閉鎖―それぞれの朝―」公開中。映画「Red」「タイトル、拒絶」が来年公開予定。
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2019年12月07日
コラム 今よみ~政治・経済・農業の新着記事
世界の都市農業事情 経済より共感と協働 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
ニューヨーク、ロンドン、ソウル、ジャカルタ、トロントの5都市が参加した「世界都市農業サミット」が、東京・練馬区で開かれ、先進事例から都市農業の未来までが熱く語られました。
ニューヨーク市では、550のコミュニティ農園(40ヘクタール)に2万人のボランティアが関わり、低所得者層の多い公営住宅では、農園管理を若者の職業訓練につなげて成果を上げています。屋上菜園も盛んで、NY産野菜はブランドになっています。
ロンドンでは、2012オリンピックを前に2012の市民農園が作られ、今では3000を超えています。ジャカルタでは、路地を活用した垂直農業で、人口密集地の食を支えていました。
どの都市にも共通していたのは、「コミュニティ農園」という切り口です。住民が生産と消費の両方に関わることで、絆や意欲が強まり、貧困、心身の不健康、教育、雇用など、あらゆる格差の解消につなげています。行政やNPOも大きく関わっていました。
参加して感じたのは、なぜ世界中の都市はこんなにも「農」を求めるのか、という驚きと、もしかしたら今の「農業の多面的機能」という認識では表現しきれないのではないか、という農の可能性です。
練馬区は、練馬方式と呼ばれる体験農園や、大根引っこ抜き大会、農の学校や農のサポーターで、住民が農業を支えています。中でも、子ども食堂の野菜を体験農園と連携して作る仕組みは包括的で、全国展開を期待したいものでした。
各国でCSA(地域コミュニティの買い支え)が見直されている通り、近隣住民は、野菜を買う客であるだけでなく、一緒に考え、農地を活用する仲間なのです。
2015年に都市農業振興基本法が制定されましたが、世界の事例と比べると、国内の都市農業は、その使い道を、農家の判断に任せてきたように思えます。今こそ、JAが本領を発揮するときです。行政とも力を合わせ、都市の農地を街の資産として運用すれば、シビックプライド(街への愛着)も築けます。
作る人と買う人という経済の関係から、次の段階にあるのは、地域にある農業を、自分のこととして育んでいく「共感」と「協働」ではないでしょうか。
都市における農を教育の場、理解や心を養う場と考えれば、それは本格農業や農的な暮らしへの玄関口、出発点になります。都市に農があってよかったと、地方にも歓迎される発信拠点になれるはずです。
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2019年12月10日

「完敗」 協定の深刻さ 国際法違反 責任重く 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
このところ、「ある」ものを「ない」と言うのが話題になっているが、「ない」ものを「ある」と言うのもある。
日米貿易協定における米国の自動車関連の関税撤廃の約束は、合意文書が示す通り「ない」が、その約束が「ある」ことになっている。それは、「ある」ことにしないと米国側の貿易額の92%をカバーしたとしているのが50%台に落ち込み、前代未聞の国際法違反協定となり、国会批准ができないからである。
米国は大統領選対策として成果を急いだので、協定を大統領権限で発効できる(関税が5%以下の品目しか撤廃しない)「つまみ食い」協定と位置付けたから議会承認なしに発効できるが、国会で正式に承認する日本側は国際社会に対する顔向けとしても責任は重い。
筆者も役所時代はもちろん、大学に出てから多くの自由貿易協定(FTA)の事前交渉(産官学共同研究会)に参加してきた中で、経済産業省や外務省、財務省が世界貿易機関(WTO)ルールとの整合性を世界的にも最も重視してきたと言っても過言ではない。しかも、経済官庁が農業を差し出して確保しようとしてきた「生命線」たる自動車の利益が確保されなかったのだから、心中は察して余りある。
試算例でも明白だ。政府が使用したのと同じモデル(GTAPと呼ばれる)で、自動車関税の撤廃の有無を分けて日米協定の影響の直接効果を改めて試算し直した。「直接効果」とは、政府が用いた「生産性向上効果」(価格下落と同率以上に生産性が向上)、「資本蓄積効果」(国内総生産=GDP=増加と同率で貯蓄・投資が増加)などの、いわゆる「ドーピング剤」を注入する前の効果のことである。
表が示す通り、自動車と部品の関税撤廃は日本の生産額を3400億円程度増加させる可能性があるが、関税撤廃が実現しないと800億円程度の生産減少に陥る可能性がある。一方、農産物は9500億円程度の生産減少が生じる可能性も示唆される。全体のGDPで見ても、自動車を含めても0・07%(政府試算の10分の1程度)、自動車が除外された現状ではほぼゼロという状況である。GTAPモデルにおける「労働者は完全流動的に瞬時に職業を変えられる」といった非現実的な仮定を修正すれば、日本のGDPはマイナスになる。
日本にとっては農産物も自動車も「負け」、トランプ氏は農産物も自動車も「勝ち」という、日本の完敗の実態が数字からも読み取れる。国際法違反を犯してまで完敗の協定を批准する事態の深刻さを再認識したい。
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2019年11月26日
甘くないサクランボ貿易 輸出 相当の覚悟必要 特別編集委員 山田優
先々週、取材で訪ねたトルコの果樹経営オラグロ社のメフメット・チチェク社長は、すこぶる上機嫌だった。標高700メートルにある南斜面の300ヘクタールに、ブルーベリーとサクランボの園地が広がる。
最盛期には800人近くが収穫やパッキング作業に追われる、同国最大の果樹農家だ。周辺農家からの買い付けを含めると年間7000トンのサクランボを出荷する。日本全体の生産量(1万5000トン)の半分近くを1人で出荷する計算だ。
機嫌が良かったのには理由があった。
「トランプ米大統領にはお礼を言いたい」
今年のサクランボの収穫前、中国人の果実バイヤーが続々と農場を訪れ「何千トンでもよいから送ってほしい」と懇願された。米中貿易摩擦で双方が関税を大幅に引き上げたあおりで、中国内の米国産サクランボが激減。彼らは代替産地の有力候補として世界最大のサクランボ生産国であるトルコに目を付け、オラグロ社にたどり着いた。
今年の中国出荷は4都市向けに絞った。長年の経験からビジネスには浮き沈みがあることは分かっている。「つきあいの長い欧州の顧客に迷惑をかけられない」という社長のしたたかな計算があったからだ。
来年は中国向けを大幅に拡大する。検疫条件が整った韓国向け輸出も始める。「日本向けは考えているのか」と尋ねると「今、輸出解禁に向け努力しているところだ」と答えた。
サクランボの大敵である雨が少ない。労賃は欧米の10分の1の水準。「サクランボでもブルーベリーでも競争力はどこにも負けない」と社長は胸を張った。
サクランボ輸出国というと米国が思い浮かぶが、その米国は トルコからの輸入で苦境に立つ。
米国の生産者はトルコ産が不当な補助金で競争力を得ているとして、関税引き上げを米政府に訴えた。年明けには裁定が下る見通しだ。
甘いサクランボの貿易を通して見えてくるのは、徹底した弱肉強食の世界。めまぐるしく動く国際政治に揺さぶられ、新興産地からの追い上げは容赦ない。
輸出とは、世界の競合産地とガチンコで戦うこと。勝てば官軍だが、負ければ相手に市場を譲り渡すのが当たり前だ。農産物輸出に踏み切るには相当の覚悟がいるだろう。
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2019年11月19日
Q&Aで見る日米貿易協定の虚実 TPP超えは明らか 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
米国は自動車関税の撤廃を約束したのか。
A していない。日本側は合意文書を開示せずに「約束された」と説明して署名したが、署名後に公にされた米国側の約束文書(英文)は「自動車関税の撤廃については今後の交渉に委ねられている」(なぜか邦訳は出さない)とあり、これが関税撤廃の約束なら「天地がひっくり返る」。米国側も「約束はない」と明言し、効果試算についても、「日本は合意されていないのに自動車関税撤廃を仮定して経済効果を計算した」と評している。
米国の関税撤廃率は92%なのか。
A 51%程度の前代未聞の低さである。対米輸出の41%(2018年)を占める自動車とその部品を含めた政府発表は、92%から41%を引いた51%に訂正される。過去に貿易カバー率が85%を下回った協定はほとんどなく、これを国会承認するなら国際法違反で、戦後築き上げてきた世界の貿易秩序を破壊する引き金になる。
日本からの牛肉輸出を環太平洋連携協定(TPP)以上に勝ち取ったのか。
A 失った。対米牛肉輸出の低関税枠は現在200トンしか認められておらず、TPPでは低関税枠の拡大しつつ、枠も関税も15年目に撤廃される約束だったことを隠して、今回は200トンから複数国枠にアクセスできる権利を得たのでTPP合意より多くを勝ち得たと政府は言った。実質的には200トンを少し超えても枠内扱いが可能になる程度の枠拡大にとどまり、得たものはTPPの関税撤廃約束とは比較にならないほど小さい。
米国からの牛肉輸入は、TPPの合意内にとどめられたのか。
A TPP超えである。日本は牛肉の低関税が適用される限度(セーフガード)数量を新たに24万トン設定した。TPP11で設定した61万トン(米国分も含む)に米国分が二重に加わる。しかも、枠を超過して高関税への切り換えが発動されたら、それに合わせて枠を増やして発動されないようにしていく約束もしていることが判明した。これは、もはや一定以上の輸入抑制のセーフガードではなく、米国からの輸入を低関税でいくらでも受け入れていく流れである。
米や乳製品は勝ち取ったのか。
A 先送りされただけである。本協定はトランプ氏の選挙対策の「つまみぐい協定」である。米はトランプ氏のカリフォルニア(民主党に絶対負ける州)への「いじめ」で除外され、乳製品も米国枠の「二重」設定は先送りされたが、米団体も酪農団体も反発している。「米国は将来の交渉において農産物に対する特恵的な待遇を追求する」という米国側の強い意思表明が協定に組み込まれており、現段階で「TPP水準以内にとどめた」という評価は到底できない。
自動車のために農業を差し出し続けるのか。
A そうである。日本の交渉責任者は今後の自動車関税撤廃の交渉に当たり、「農産品のカバー率はまだ37%なので農産品というカードがないということはない」と認めている。
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2019年10月29日
トランプ氏 支持回復 “助け船”いつまで… 特別編集委員 山田優
米農業雑誌『ファームジャーナル』が先週、9月分の米国農家のトランプ大統領支持率を発表した。農家の76%が大統領の仕事ぶりを支持した。そのうち55%は「強く支持する」と答えている。8月の「強く支持する」割合は43%で、トランプ氏に対する農家の信頼が盛り返していることを示した。
2016年に大統領選挙で勝利して以来、トランプ氏は農家の間で高い人気を保ってきた。人種や女性への差別の発言を繰り返す薄っぺらで自信過剰の男と見えるが、米国の農家の目には違って映るらしい。
ただ、農家の間では輸出先国との貿易戦争に不満がくすぶる。かつて海外最大のお得意さまだった中国向け農産物輸出が、減っているからだ。先行きが不透明な中、冒頭の調査で「強く支持する」割合が回復したことに、違和感を抱いた。
同誌が農家の意向を調査したのは9月27日だ。実はこの日にちに意味があった。ニューヨークの日米首脳会談で、安倍晋三首相が環太平洋連携協定(TPP)並みに農産物市場を開放することで、トランプ氏と合意した2日後だったからだ。
25日に開かれた首脳会談の場には、カウボーイハットをかぶった大勢の農業団体役員らが異例の形で招き入れられた。「(日米合意で)たくさんカネが入ってうれしいだろう」と語る上機嫌なトランプ氏と、次々と登場し大統領の「手腕」を褒めたたえる農業団体幹部のやりとりは、延々と10分以上も続いた。安倍氏の「決断」に感謝を表明する団体もあった。安倍氏はただ横に座り、一方的な手柄話の応酬を眺めていただけだ。
農業団体は、日本市場をこじ開けたトランプ農政を評価する声明を一斉に出し、26日にはメディアでそれらが報じられた。懐疑的に傾きかけた農家の不信を吹き飛ばす効果があったはずだ。牛肉など農産物市場を差し出した安倍氏がトランプ氏の助け船になった。
1年後の大統領選挙に向け、トランプ氏は支持基盤である農家を強く意識せざるを得なくなるだろう。日米交渉の成功体験は自信になったはずだ。「機会があればもう一度……」と考えても不思議ではない。
きょう、ワシントンで日米貿易協定の署名式が予定されている。トランプ氏による際限のない要求に再び直面したとき、今度は安倍氏は立ち上がって断ってくれるのだろうか。
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2019年10月08日
「強い生産者」とは 自立した生き方こそ 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
自然災害、関税削減、家畜伝染病、この国の農業の憂いを数えだすときりがありませんが、現場を歩いていると、農業の希望とはこういうことだったのかと生産者に教わることがあります。北海道に2人の放牧酪農家を訪ねました。
足寄町・ありがとう牧場の吉川友二さん(54)は、80ヘクタールの広大な草地に搾乳牛60頭を放ちます。見渡す限り続く緑の丘で牛たちが過ごす様子は美しさと調和に満ち、吉川さんは自らを地上の楽園の管理人と名乗ります。1頭当たりの年間乳量は5000キロ。季節繁殖で出産時期をそろえ、乾乳の2カ月間は従業員と交代で長期休暇も取れるというのですから、なにもかも驚きです。これが評判となり、足寄町には15人の新規就農者が放牧酪農を始め、町内には三つもチーズ工房が誕生しました。地域の土地を引き受け、地球に歓迎される循環型で低コストの酪農経営は、自立した生き方として、若い人たちを引きつけるのでしょう。
もう一人、広尾町に訪ねたのは、夫婦で放牧酪農を営む小田治義さん(50)。40ヘクタールに40頭の搾乳牛、1頭当たりの乳量は8500キロと、良質な草地を保ちつつ濃厚飼料も与えて、乳量を確保しています。放牧と一口に言っても、規模や期間もさまざまですが、土と草と堆肥の循環を柱に、牛も人も健康に暮らし、規模拡大せず収益を上げる点は、お二人に共通していました。
小田さん夫妻にはお子さんが6人います。長男は熊本の東海大学を卒業後、酪農ヘルパーをして後継の準備中で、三男は酪農学園大学2年生です。一家から将来2人の酪農家を送り出すことは、何より小田さん夫妻の生き方が、子どもたちに伝わった証拠です。暮らしを慈しみ、毎年、家族で海外旅行に行って、世界の酪農も見ている小田さんはこんな話もしてくれました。
「農業の喜びは、自分で考えて何年もかけて築き上げていく楽しみにあります。農家がどんな農業を求めているかで、制度は後からついて来ます。広尾農協では以前から酪農家の要望により、発電機がほとんどの牧場にありました。だから去年のブラックアウトの時でも支障なく搾乳ができたんです」
負けない、依存しない、強い農業をどう築くか、決めるのは農家自身です。もちろん放牧以外にも、地域の課題を恵みに変える方法はさまざまですが、土地を生かし、生産する生き方にこそ喜びがあるはずです。
2019年10月01日
国を守るということ 食、水、電気 支援急げ 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
千葉県南房総の知人から想像を絶する過酷な状況を聞いて、言葉を失った。早急な復旧を念じる。農林水産業の甚大な被害は、どうしたらいいのか、途方に暮れる。
自分が何もサポートできないでいて申し訳なく、それでもあえて言いたいのは、この深刻な事態が十分に共有されておらず、こういうときこそ国が迅速に思い切った大規模な救援活動を展開すべきかと思うが、それが全く見えてこないことに、この国の危機を感じる。東京電力だけの責任かのように眺めている場合ではない。
現地からは筆者のところにも、「牛乳工場が動いていない。搾乳できない農家、搾乳しても行き先のない牛乳、牛舎倒壊、牛死亡、廃業する農家。かなり悲惨です。国の対策室がいまだにないのでは?」「今現在も停電が続いて、満足に水も飲めない家畜の世話に奔走している農家が数多くいます。早くに自家発電を手配した農家も、せっかく搾乳した牛乳を集乳してくれず、廃棄している状況です。集乳車が来ないのにどこからも連絡が来ない。農家は憤りと不安を禁じ得ない」といった切実な声が寄せられている。
国を守る、国民、市民を守るということは、米国から言われて何兆円もの武器を買い増すことで達成できるのではない。兵器・軍備の充実が国家安全保障ではない。このような緊急事態に、人々に食料、水、電気、その他のライフラインを迅速に確保できる安全保障体制、普段から、その基礎となる国内の農林水産業をしっかりとサポートする体制が問われる。そして何よりも、即座に動く意思がリーダーにあるかということが問われる。
国民をごまかすのに労力を使っている暇はない。日本を米国の余剰穀物の最終処分場とするのが戦後の占領政策だったが、今回も米中紛争の「肩代わり」に米国穀物の大量購入を約束し、後付けで理由を探して国民向けに稚拙なごまかしを展開している。
粗飼料用トウモロコシの害虫被害(実際には軽微といわれている)を理由に、単純には代替できない濃厚飼料の追加輸入で対応するのだと説明したり、上乗せの購入でなかったら米国が激怒するのは当たり前なのに、国民には「前倒し」購入で追加輸入ではないと言ってみたり、深刻な災害に直面し、そんなことに時間を費やす罪深さに気付くべきである。
残念ながら、「今だけ、金だけ、自分だけ」は、日本の政治・行政、企業・組織のリーダー層にかなり普遍的に当てはまるように思われる。国民、市民を犠牲にしてわが身を守るのがリーダーではない。「わが身を犠牲にしても国民を守る、現場を守る」覚悟を示すのがリーダーではないか。真に「国民を、国を守る」とはどういうことなのかが今こそ問われている。現地の皆さん、頑張ってください。申し訳ありません。
2019年09月17日
日米首脳会談 害虫論じてる場合か 特別編集委員 山田優
長い歴史がある日米首脳会談で、害虫被害が話題になったことはないと思う。事の善しあしは置くとして、沖縄返還の際の核再持ち込み合意(佐藤栄作首相とニクソン大統領、1969年)、日本に数値目標を迫った日米包括経済協議(宮澤喜一首相とクリントン大統領、93年)などは、国益をかけた壮大なぶつかり合いがあった。
8月25日にフランスで開いた安倍晋三首相とトランプ米大統領との会談で話題になったのは、ツマジロクサヨトウだ。本紙読者なら知っての通り、今年7月に初めて確認されたばかりの害虫だ。国際政治や経済が混沌(こんとん)とする中、世界第1位と第3位の大国の首脳が、どんな顔をして議論をしたのか。想像するだけであほらしい気持ちになる。
トランプ大統領が余剰の農産物を日本に買い取ってくれと依頼し、安倍首相とその取り巻きが頭をひねり、「害虫被害」を材料にトウモロコシの前倒し輸入を編み出したということだろう。たあいもない話だ。
ご丁寧にトランプ大統領は記者会見で、安倍首相に「日本が追加して買ってくれる数億万ドル(数百億円)の余剰トウモロコシの話題に触れてくれ」と発言を促した。安倍首相は「害虫駆除の観点から、民間レベルが前倒しで緊急な形で購入を必要としている」と答えた。
民間レベルの話と安倍首相がくぎを刺したのは理由がある。トウモロコシは民間貿易で無税。政府として関与できる部分は小さい。後で「輸入数量が少ない」と責任を追及されても逃げられるように保険を掛けた。
ただ、安倍首相は日本政府の具体的な関与や輸入先に触れるのを避けたが、英語通訳は「日本企業が早期に米国産トウモロコシの購入をできるようにわれわれ(日本政府)が緊急支援をする必要がある」と踏み込んだ内容になった。買うのは「米国産」とも断言した。やりとりはホワイトハウスのウェブにも出ている。
会見を見ていた大手商社の穀物担当者からすぐに連絡が来た。
「どこからどの程度のトウモロコシを買うかはうちらの自由。安倍さんは通訳の話を明確に否定しなかったから、後々になって『日本は中国と同じように約束を守らない』と言われる可能性がある」
安倍首相は害虫を持ち出すことで、トランプ大統領の大量輸入の要請をけむに巻いたつもりかも知れない。だが、米側は日本の「約束」と受け止めている可能性がありそうだ。
2019年09月03日
棚田の存在意義 農山村に人呼ぶ役割 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
棚田学会20周年記念シンポジウムが、今月、東京大学でありました。食料生産の場だった棚田を、名勝や棚田百選に指定する動きが始まって20年以上になりますが、こうした評価は産地に何をもたらしたのか。棚田が有名になり、観光客が増えても、農家への利益はほとんどありません。会場討論では、「棚田百選どころか、棚田借銭だ」というシビアな声もありました。
ところが、そう言い放った愛媛県内子町の上岡道榮さん(75)は、棚田百選「泉谷の棚田」を夫妻で耕し続けている張本人で、この日、夫妻は、集落のわずか3戸で棚田を守り続けていることが評価され、棚田学会賞を受賞したのでした。標高470メートルの傾斜地に連なる95枚の田んぼと畦(あぜ)の曲線は、山の民が築いた遺跡として地元メディアにも取り上げられています。そうした評判からか、今年、埼玉県から20代の女性が地域おこし協力隊として移住し、耕作や地域の情報発信を担うようになりました。農村景観はお金にはならなくとも、人を呼び込む力があるのです。地域が最も欲していた若い力です。
上岡さん夫妻はどれほど喜ばれたことでしょう。お子さんが病気のため、夫妻には後継者がいなかったのです。損得ではなく天から授かったミッションとして、土地を守り続けるご夫妻を、お天道さまは見てくれていたのですね。
欧州の国々が、条件不利地の農業に補助金を出す理由は、食料生産のためだけではありません。国土保全です。スイスの国境付近の山岳地帯で酪農が営まれることで、国境が守られ、放牧景観が保たれ、チーズが作られ、またそこに人が集まるという地域経済を生み出しています。税金の使い方としても生産的です。
IT企業のオフィスや若者の移住で知られる人口5300人の徳島県神山町は、「創造的過疎」という考えを掲げています。過疎のまま人口構成を変えようと、多様な仕事や働き方を提案し、村に関わる人口を増やすことから始めて、農業にもつなげています。
棚田地域振興法が省庁横断で始まりますが、これからの時代、棚田の存在意義は、米生産より他の役割(多面的機能)が高いことを示しています。棚田問題を食料生産と狭義に考えるのではなく、国土保全、教育、文化、環境、観光、経済など、包括的かつ新しい視点で見ていけば、農山村はこの国らしさを発信する宝になるはずです。
2019年08月27日
対中摩擦 苦しい米国農家 日本市場開放に照準 特別編集委員 山田優
米中貿易摩擦の直撃を受ける農家を支援するため、米農務省は先週木曜日、最大で160億ドル(約1兆7000億円)の支援策の一部を8月半ばから支払うと発表した。農家のオンライン申し込みが29日から始まった。輸出促進経費の補助や、市場にだぶつく農産物を買い上げる対策も発動する。
米国の制裁に対抗して中国が大豆などの農産物関税を大幅に引き上げ、米国内の農家は販路を失い苦境に陥っている。中国商務部によると、1~4月の米国産大豆の輸入量は7割、豚肉は5割も減った。最大のお得意さまからしっぺ返しを食らった上、米国の農家は今年、洪水や高温という異常気象にも見舞われている。
トランプ米大統領は、支持基盤である農村向けに、昨年に続いて多額の一時金をばらまく。貿易摩擦の対策で政府からお金をもらえるのは農業分野だけ。来年の大統領選挙を控え、農業にはあまり関心がないとみられてきたトランプ氏だが、票田としては重視していることが読み取れる。
最大手の米国農業団体連合会(AFB)は直ちに声明を発表し「苦境に直面する農家を配慮してくれた」と歓迎。1頭当たり約1200円の補助金を受ける養豚の全国団体NPPCも「収入減少の一部を埋め合わせるものだ」と支援策を評価する。
しかし、農業団体が発表した声明文を注意深く読むと、政権の対応を手放しで歓迎しているわけではない。小麦業界のトップは「解決には程遠い“ばんそうこう”にすぎない」と厳しい言葉で政権の通商政策を批判する。現金の支援はあくまでも一時しのぎ。早く中国などとの摩擦を収め、輸出拡大路線に戻りたいという不満だ。
AFBやNPPCも同じような主張を盛り込んでいる。その焦点となっているのは、日本市場の一層の開放だ。声明は「日本が米国以外との自由貿易協定を結び、米国の農家が不利な立場に置かれている」という論理を振りかざす。
「環太平洋連携協定(TPP)水準までは譲る」と事実上公言している日本政府の弱腰ぶりを見れば、「早く日本から成果をもぎ取ってくれ」というのが米国の農業団体の本音だろう。日米間の貿易協定交渉は8月に閣僚級協議が予定され、9月下旬に日米首脳会談での合意が見込まれている。参議院選挙が終わるまで交渉を待ってもらった安倍首相は、どんなお土産を準備しようとしているのだろうか。
2019年07月30日