若い頃、援農先で「ヒヤリ・ハット」を経験した
2021年02月24日
若い頃、援農先で「ヒヤリ・ハット」を経験した▼耕運機で畑を耕していた。慣れない作業、注意はしていたつもりだ。折り返そうとした時、バランスを崩し耕運機ごと横転した。幸い擦り傷で済んだが、一歩間違えれば沢に落ちるところだった。あの時、転落や下敷きで大けがを負っていたら。そう思うといまでもあわ立つ▼3月からの春の農作業安全運動を前に、農水省が初の試みで、農林水産業、食品産業が一体となった「作業安全推進Week」を26日まで開いている。シンポなどで多くの先進事例を聞けたが、痛ましい報告もあった。71歳の男性は昨年5月、離れた農地にトラクターで向かう途中、8メートル下の沢に転落し命を落とした▼2019年、農作業事故で死亡した人は281人。9割近くが高齢者で、農機事故死が65%を占める。毎年300人前後が農作業事故で亡くなっている。この半世紀変わらぬ日本農業の現実だ。数字も重いが、愛する者にとってはかけがえのない1人だ。数字の背後にある家族の悲嘆、経営の危機、地域の損失を思う時、暗たんとなる▼農水省が掲げたポスターに「『安全』こそ、何よりの収穫だ」の言葉がある。命を守る経営は全てに優先する。「ただいま」「おかえり」。毎日がそんな言葉で終われますように。
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米トランプ政権時に輸入 トウモロコシどこに? 275万トン→実は6万8000トン
あのトウモロコシはどこに──。
14日の衆院農林水産委員会で、2019年8月に安倍晋三首相がトランプ米大統領(ともに当時)に輸入の意向を伝えた米国産トウモロコシの行方を巡るやりとりがあった。
質問者は立憲民主党の亀井亜紀子氏。「前から疑問だが」と前置きすると、「トランプ政権の時にトウモロコシを緊急輸入したかと思うが、どこに行ったのか」と尋ねた。
これに対し葉梨康弘農水副大臣は、19年7月に国内で害虫のツマジロクサヨトウを確認し、食害による飼料不足の懸念が生じたと説明。そこで、農畜産業振興機構の「飼料穀物備蓄緊急対策事業」で米国産を手当てしたと改めて答弁した。
当該トウモロコシの行方について、葉梨副大臣は当初、「国内で保管されて、使用されたということだ」と答弁。だが、直後に「国内で保管されたということだ」と言い直し、輸入後に使われたかどうかは言葉を濁した。
本紙の取材に対し、農水省は「同事業では報告を求めているわけではないが、順次使用されたと考えている」(飼料課)と説明する。輸入量は当初、最大275万トンと想定したが、結果的に害虫の被害が懸念ほど拡大せず、約6万8000トンに収まったという。
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2021年04月15日

日本の身の丈 大国モデルと決別を 法政大学教授 山口二郎
新型コロナウイルス対策を巡る政府の失態を見ていると、日本はもはや科学技術の面でも行政能力の面でも、大国とは言えないということを痛感する。
コロナ禍で露呈
まず、ワクチンを自前で作れない国だったとは、ショックだった。国費を投入して開発したはずのCOCOA(感染接触確認アプリ)も不具合が見つかり、役に立たなかった。政治家や官僚の腐敗や自己中心主義は表面的な現象で、深層においては日本の政府が一定の目的のために適切な政策を立案し、責任を持って遂行する能力を失っていると感じざるを得ない。
20世紀後半の繁栄を知る者にとってはつらいことだが、私たちは大国ではなくなりつつあるという現状認識を基に、日本の将来を構想するしかない。もちろん、科学技術分野で世界の先端を切り開く力を取り戻すことが望ましい。そのためには、目先の金もうけのためにすぐ役立つ技術の開発に資金をつぎ込むのではなく、植物を育てるように根を大事にする政策が必要となる。
自給率向上こそ
もう一つは、大国でなくても国民が生きていけるように、社会、経済の仕組みを徐々に転換することが必要である。20世紀後半の繁栄の時代には、日本は先進的な工業技術を生かして輸出で利益を上げて、食料と原材料を輸入するというモデルで経済大国にのし上がった。産業の再生を期待しつつも、これからは大国ではない生き方を身に付けることが、国民の安全のために不可欠である。そのためには、食料とエネルギーの自給率を高めることが必要である。
エネルギーを自給するためには風力、太陽光などの再生可能エネルギーを飛躍的に拡大することがカギとなる。化石燃料の支払いに充てていたお金が手元に残れば、それだけ国民は豊かになれる。
食料自給率の向上のためには、農業の強化がカギとなる。今の政府は希少な果実や和牛など高価格の食品の輸出を奨励している。そうした収益を追求する農家がいてもよいが、脱大国の農業は国民を養う基礎的な食料を供給することを基本的役割とすべきである。
料理研究家の土井善晴氏は「一汁一菜」をキーワードに、自然の恵みを取り入れた単純でおいしい食事を基にしたライフスタイルを提唱している。脱大国の農業は土井氏の言う日々のシンプルな食事と結び付いてほしいと思う。
今年は衆院総選挙の年である。日本人の生活のありようを考え直すという構想力が問われる。政党の自由闊達(かったつ)な議論を期待したい。
やまぐち・じろう 1958年岡山県生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学教授などを経て2014年に現職。現実政治への発言を続け、憲法に従った政治を取り戻そうと「立憲デモクラシーの会」を設立。近著に「『改憲』の論点」(集英社新書)
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2021年04月19日

広島産ハッサクサワー新発売 全農
JA全農は20日、広島県産のハッサクとレモン果汁を10%使用した「広島県産はっさく&レモンサワー」(350ミリリットル、アルコール度数4%)を新発売する。JA広島果実連と共同開発した。
ハッサク特有のほのかな苦味を生かし、県産レモンの酸味を組み合わせ、風味豊かな味わいに仕上げた。
高糖度の果実の開発競争の中で、昔ながらの味わいが魅力のハッサクの消費は落ち込み、収穫量は最盛期の15%にまで減少。全農の担当者は「ハッサクを食べたことがない若い人にも訴求していきたい」と意気込む。
価格は183円。中国エリア、近畿、四国、九州のセブン─イレブン約6800店で先行販売する。
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2021年04月18日

走る、つなぐ 地域の食 [コロナが変えた日常]
新型コロナウイルスの感染拡大で、外出自粛や飲食店の営業短縮が長期化する中、東京都三鷹市では、地域密着の宅配サービス「チリンチリン三鷹」が1周年を迎える。
JA東京むさしの直売所「三鷹緑化センター」を拠点とし、農家が生産する野菜などの生鮮食品と、地元の飲食店が作った弁当などを自転車で宅配。コロナ禍で休業を余儀なくされた人らが配達員となり、市内全域に届けている。
この仕組みに、農産物の新たな販路を探していた農家が加わることで、消費者は新鮮で安心な野菜や肉、卵などを在宅のまま買えるようになった。購入者は配達員に1回500円の支援金を支払う。
参加農家は1年で2戸から20戸に広がった。直売所にない物は配達員が協力店に立ち寄って調達。注文を受ける電話の応対は、地元の葬儀社が担当するなど、地域挙げての協力体制だ。多品目の供給ができるようになり、地元産の食材にこだわる飲食店も増えた。
市内在住の発起人、濱絵里子さん(38)は「みんなの『困った』を結び付けたら面白い展開になった。今後は野菜ごみを再び農地に返すなど、地元で活動の輪を広げていきたい」と話す。(仙波理)
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2021年04月17日
原発処理水の放出 風評防止 地元理解が先
政府は、放射性物質トリチウムを含む東京電力福島第1原子力発電所の処理水を海洋に放出する方針を決めた。2年後をめどに始める考えだ。漁業者らは反対しており、強行すべきではない。風評被害防止対策への地元の納得と、安全・安心への国民の理解を得ることが前提だ。
政府が決めた海洋放出の基本方針によると、トリチウムの濃度を国の規制基準の40分の1に薄めて放出する。
風評被害への懸念などから反対を表明していた漁業者の姿勢は、政府の方針決定後も変わらない。全国漁業協同組合連合会の岸宏会長は抗議の声明を発表した。懸念は農業者も同じだ。JA福島五連の菅野孝志会長は談話で、「福島県の第1次産業に携わる立場として極めて遺憾」とし、「本県農林水産業の衰退が加速するとともに風評被害を拡大することは確実である」と危機感をあらわにした。
風評被害への危機感は政府も認識している。基本方針では、新たな被害が生じれば産業復興への「これまでの努力を水泡に帰せしめ、塗炭の苦しみを与える」と表明。「決して風評影響を生じさせないとの強い決意をもって対策に万全を期す」とした。政府は、被害防止を「決意」にとどめず、「至上命令」と自覚すべきだ。それでも被害が出れば、東電に、被害者に寄り添っての十分な賠償を迅速に実施させなければならない。
10年前の原発事故の風評被害は依然続いている。消費者庁の1月の調査では、放射性物質を理由に食品の購入をためらう産地として福島県を挙げた人は8・1%だった。
実際、福島県の農業では価格が回復しきれていない品目がある。農業産出額も事故前の水準に戻っていない。水産業も同様である。県によると、沿岸漁業の20年の水揚げ数量は事故前の2割に満たない。試験操業だったためだ。ようやく21年度、本格操業に向けた移行期間に入った。
岸全漁連会長の声明は、政府が、関係者の理解なしには処理水のいかなる処分も行わないと県漁連に表明していたことを指摘し、海洋放出の政府決定を厳しく批判した。県漁連に東電も、同様の考えを文書で伝えている。約束を破ってはならない。政府と自治体、県民が連携すべき復旧・復興にも影響しかねない。
風評被害防止のために政府と東電には、安全性を巡って分かりやすい情報提供や対話など国民の理解を得る取り組みを徹底し、成果を上げることが求められる。ただ知識として分かっても、安心感を得られるとは限らない。海洋放出の実施主体となる東電では柏崎刈羽原発のテロ対策の不備など不祥事が相次ぎ、国民の不信感が深まっている。信頼を得ることが不可欠だ。
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2021年04月16日
四季の新着記事
きょうは「雨生百穀」の穀雨
きょうは「雨生百穀」の穀雨。この時季に降る雨は、作物を育て恵みをもたらす。事前に種まきを済ませておくといいそうだ。しかし2010年の宮崎県では、時候のあいさつをしている場合ではなかった▼〈牧場が戦場となる現実を挨拶(あいさつ)として一日始まる〉。同県の歌人伊藤一彦さんが当時を詠んだ。家畜伝染病の口蹄疫(こうていえき)が発生し、この日を境に県内の畜産関係者は、戦場さながらの闘いを余儀なくされた▼殺処分で埋却などをされた家畜は30万頭近くにもなる。〈親と子は同じリボンを付け置きて一緒に埋むるを頼むもゐたり〉。同じく伊藤さんの歌。せめて親子を近くにという農家の心情が伝わる▼国内では今も豚熱や高病原性鳥インフルエンザといった感染症が発生し続けている。この経験を風化させず、知恵を語り継がなければならない。千葉県旭市で養豚管理獣医師を務め、地域の防疫体制づくりにも取り組む早川結子さんは、防疫で人間側の最大の武器は、人と人がつながって生まれる集合体としての「知」なのだという▼一人一人は小さな存在でも、知恵を集め共有し、語り継げば大きな力になる。穀雨の恵みを受けるように、あらかじめ知恵の種を集め、まいておかないと、地域防疫の体制は育たない。
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2021年04月20日
政府は、東京電力福島第1原子力発電所にたまっている
政府は、東京電力福島第1原子力発電所にたまっている放射性物質を含む水を、海洋に放出することを決めた。地元の漁業関係者は納得していない。風評被害も心配だ。ここに至るまでの紆余(うよ)曲折と、今後に要する時間と経費、不安を考えると、原子力が夢の技術と思われていた頃がうそのようだ▼1960年代に人気だった鉄腕アトムは、原子力で動く設定だった。漫画雑誌には原子力ロケットや超音速機の想像図が載り、当時の少年は原子力に夢を託した▼原子力開発は、ギリシャ神話のプロメテウスによく例えられる。ゼウスに背き、天界から火を盗んで人間にもたらしたプロメテウスは、罰として岩山に縛り付けられる。毎朝飛んでくるワシに生き肝をついばまれるが、死ねない体は、毎日苦痛だけを味わい続ける▼火を手にして人間は、夜の闇や冬の寒さに立ち向かう力を得たが、火災の恐怖にもさらされる。制御が厄介な力はもろ刃の剣だ▼原発をもたらしたプロメテウスは誰だろう。政治家か電力会社か。毎日痛みを感じているのだろうか。得をしたワシは誰か。ワシはしばしば米国の象徴として描かれる。日本の原発は当初、米国の技術だった。ワシは今もおいしい思いをしているだろうか。
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2021年04月19日
日本近海で地震が続いている
日本近海で地震が続いている。一方で北欧の島国アイスランドで800年ぶりに火山が噴火したとの報道があった。地震と噴火に直接の因果関係はないのだろうが、地球科学の視点で見ると両国の関係は近い▼地球表面はプレートという十数枚の岩盤で覆われている。この岩盤はゆっくり動き、ぶつかったり離れたりすることで境界近くで噴火や地震が起きやすい▼アイスランドではプレートが離れる方向に動き、大地にできた巨大な裂け目が年々広がっている。東に進むのがユーラシアプレートで地球を半周した先に西日本が、西に進む北米プレートも地球を半周し反対側に東日本がのる。2隻の船の船首と船尾に両国がまたがって立っているかのようだ▼アイスランドにできた巨大な裂け目は、ユネスコの世界遺産になっている。930年に世界初の国会が、ここで開かれたことに由来する。集落代表が全国から集い、法律を作っていった▼両国は同じプレートにのり、火山と地震が多い点も似ている。しかし、こと国会に関してはどうか。最古の国会は大自然の中で熱い討論を重ねたと想像できる。話し合いで課題を解決しようとの彼らの熱意が、同じプレートにのる日本の国会にも伝わってほしいものだ。
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2021年04月18日
〈よく見ればなずな花咲く垣根かな〉
〈よく見ればなずな花咲く垣根かな〉。松尾芭蕉は、一生懸命に咲くナズナの白い小さな花のいとおしさを句にしたためた▼一見個性に乏しい地味な存在も、よく観察し、唯一無二の良さを見いだすことの大切さを詠(うた)う。この季節、片や桜が華やかに咲き誇り、地味なナズナに凡人の関心はなかなか向かないのだが▼視線を上げると、春の夜空は寂しい。日没後に南天に浮かぶかに座はとりわけ目立たず、ギリシャ神話でも英雄ヘラクレスにいとも簡単に踏みつぶされる残念な役回り。ただ、甲羅の辺りに目を凝らすと、光のもやが見つかる。プレセぺと呼ばれる美しい散開星団で、よく観察しないと出合えない春の星空の宝石である▼派手さに目を奪われ、足元の大切な存在が見えていないのは、政治の世界もそう。特にこの間の官邸主導の農政は、商才にたけた担い手ばかり褒めそやし、地域を支える家族農業を軽視してきた。規制改革の議論では企業の農地取得に道を開こうと躍起だ▼強欲な人が通った後には「ぺんぺん草も生えない」という。企業の撤退後に不毛な景色が広がることにならないか、懸念が付きまとう。ぺんぺん草はナズナの別名。路傍の小さな花にも目を向ける農政であってほしい。
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2021年04月17日
東西冷戦後の世界秩序で最も深刻な脅威は、文明と文明の断層である
東西冷戦後の世界秩序で最も深刻な脅威は、文明と文明の断層である▼米国の政治学者のハンチントンが、著書『文明の衝突』で指摘した。世界中を震撼(しんかん)させた「9・11」の同時多発テロは、キリスト文明とイスラム文明の対立の激しさを物語った。あれから20年、今度は、中華文明との激突である。米国が中国との対決姿勢を鮮明にし始めた▼大統領に就任したバイデン氏は、「21世紀における民主主義の有用性と専制主義との闘い」と言い放った。米議会も少数民族ウイグル族への虐待は、「ジェノサイド(大量虐殺)」とする。敵味方をはっきりさせたい国柄ではあるが、トランプ前政権を上回るような強硬姿勢に、中国は敵対心むき出しに▼両国の緊張が高まる中である。菅首相が訪米し、ワシントンでの首脳会談に臨む。台湾問題や、東・南シナ海で活発化する中国の海上覇権活動に対抗する包囲網が話される。それはそれで重要だが、米軍への「思いやり予算」が増額されたり、牛肉のセーフガードの緩和などで農畜産物をこれ以上買わされたりするのは、勘弁願いたい▼地理上も文化的にも、米中に挟まれる日本。断層の懸け橋になるくらいの覚悟なら、世界から見直されるかも。菅外交やいかに。
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2021年04月16日
気の利いた言葉を残せたら、後悔だらけの人生も少しは救われる
気の利いた言葉を残せたら、後悔だらけの人生も少しは救われる▼「北の国から」(フジテレビ)で主役を演じ、先月88歳で亡くなった田中邦衛さんのせりふが、胸を打つ。「金なんか望むな。倖(しあわ)せだけを見ろ。ここには何もないが自然だけはある。自然はお前らを死なない程度には充分毎年喰(く)わしてくれる。自然から頂戴しろ。そして謙虚に、つつましく生きろ。それが父さんの、お前らへの遺言だ」(『北の国から2002遺言』)▼北海道勤務時代、舞台となった富良野市に何回足を運んだろう。東京が嫌になった男が故郷に帰って、自然の中で生きる。脚本を書いた倉本聰さんから、「一番情けない」印象だったことで主役の黒板五郎役に選ばれた。あまりにぴったりの役だった。今も憧れる▼昭和という時代がどんどん遠ざかる。大きな足跡を残し、訃報が続く。NHK連続テレビ小説「おしん」の脚本を書いた橋田寿賀子さんが、今月亡くなった。享年95。貧乏のどん底からはい上がる女性一代記の名は、「辛抱のしん」などから生まれたと聞く。両親と別れ、筏(いかだ)に乗って最上川を下る場面は、涙が止まらなかった▼きょうは遺言の日。どんな言葉を残そうかと考えながら、お二人のご冥福を祈る。
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2021年04月15日
左右とも底に穴が開いた革靴
左右とも底に穴が開いた革靴。あしなが育英会の昨年度の活動報告書に写真が載っていた。病気などで親を亡くした子どもたちを、奨学金で支える民間非営利団体である▼同会から緊急支援金を受け取った奨学生の親から届いた。添えられた手紙には、そのお金で靴を買ったとあり、それまでは「娘もわが家の家計を理解しているので(略)ガムテープを貼って履いていました」▼緊急支援金は全奨学生に、昨年2回給付した。コロナ禍で収入が減り、食費や光熱費も払えず、人生を悲観する保護者が出始めていた。経済格差は教育格差を生み、将来の所得格差をもたらす。菅首相は国民にまずは「自助」を求めたが、その条件を整えるのが政治の仕事である。街頭募金ができない中、同会は寄付を呼び掛け、総額が前年度を上回った。他にも各地で、食の支援を含め、多くの「共助」が生まれた▼ふたり親を含め、政府は低所得の子育て世帯に特別給付金を支給する。「命と暮らしを守り抜く」。首相はそう表明している。子どもの状況に応じて継続的に支援してほしい▼子どもの7人に1人が貧困状態にある。子どもたちが、衣食足りて、安心して勉学に励めるよう、もっと「公助」を、平時から。そう望みたい
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2021年04月14日
なんという精神力だろう
なんという精神力だろう。世界が見詰めるひのき舞台での堂々たる姿が、誇らしい▼米ジョージア州オーガスタで開かれた、男子ゴルフのマスターズ・トーナメントで優勝した松山英樹選手である。日本男子のメジャー大会優勝は初めての偉業。優勝者のみに与えられるグリーンジャケットに袖を通した時の顔には、大仕事をやり遂げた満足感が満ちていた▼最終日首位でのスタートだったが、決して楽なゲームではなかった。勝負どころの15番ホール。当たりが良過ぎた1打は、無情にもグリーンを越えて池に。並の選手であれば、ずるずると後退する場面である。気持ちを切らさず踏ん張り、栄冠を手繰り寄せた。ハラハラドキドキの連続は、テレビ観戦しているこちらの眠気をも奪った▼松山市生まれの29歳。アマチュアだった東北福祉大学(仙台市)の学生の時に、初めて出場権を得たが、大会目前で東日本大震災が発生。迷った末に、被災者の声に押されて出場した。苦節10年。あの時背中を押してくれた、東北への感謝は忘れない▼コロナ感染が広まる中、高齢者へのワクチン接種が始まった。そんな初日の朗報は、沈みがちな心に勇気と感動をもたらす。おめでとう、そして、ありがとう。
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2021年04月13日
ユダヤ難民にビザを発給して6000人の命を救った杉原千畝
ユダヤ難民にビザを発給して6000人の命を救った杉原千畝。その生涯を一人芝居で伝え続ける俳優の水澤心吾さんが、新作「賀川豊彦物語」を完成させた▼東京・新宿の淀橋教会で初披露の舞台を見た。新型コロナウイルス対策で限られた人だけの催しだったが、賀川の魂が乗り移ったかのような熱演に引き込まれた。この協同組合運動の巨人の根っこにはキリスト教の信仰があると改めて実感させられた▼水澤さんは2007年の初演以来、「決断・命のビザ~SEMPO杉原千畝物語」の公演を続けてきた。国家の命にそむいても、目の前で救いの手を伸ばす人々の命を優先した杉原は、日本よりも海外の方が「東洋のシンドラー」として知られる。米国や勤務したリトアニアなどで公演し深い感動を与えた▼賀川の存在を意識したのは3年ほど前という。「個の力ではなく、協同組合で理想社会を追求した。実践力がすごい。若い世代に知ってほしい」。賀川は「愛は私の一切である」との言葉を残している。朗読劇を見終わって、助け合いは〈助け愛〉と確信した▼協同組合に新人が仲間入り。百の座学より先達(せんだつ)の息吹に触れるのが響こう。コロナ禍が落ち着いたら、朗読劇を体感してはどうか。
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2021年04月11日
〈女性の力の及ぶところ はじめて平和の光あらん〉
〈女性の力の及ぶところ はじめて平和の光あらん〉。女性参政権の必要性を訴える「婦選の歌」の一節である。与謝野晶子が作詞し、1930年に発表された▼女性を含む普通選挙の実施はその16年後、敗戦翌年4月10日の衆院選である。きょうで75周年。39人の女性議員が誕生した。紅露みつもその一人。学徒出陣で息子を失い、反戦への強い思いで立候補した。『新しき明日の来るを信ず―はじめての女性代議士たち』(岩尾光代著)で知る。「あとにつづくお母さんたちにこの悲しみをさせてはならない」。紅露の言葉だ▼榊原千代は女性差別に憤り「政界と家庭の浄化」を訴えた。暴力で家庭に君臨したり、愛人を妻と同居させたりする男性も少なくない状況に我慢ならなかった。同書にそうある。人口の半分は女性。その意見を政治に反映させる一歩だった▼その後の歩みは遅い。国会議員に占める女性の割合は、今年1月が日本は9・9%(衆院)で190カ国中166位。候補者男女均等法が3年前に施行され、男女数の「できる限り均等」を目指す▼「婦選の歌」には〈男子に偏る国の政治 久しき不正を洗い去らん〉との歌詞も。秋までに衆院選がある。「政治を洗濯」できるか。各党が問われる。
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2021年04月10日