熊本地震の爪痕 取り戻そう 農の営み 木之内農園会長 木之内均

木之内均氏

 熊本地震からやがて2年の月日が経(た)とうとしている。熊本県南阿蘇村の立野地区にある私の農園は、本社事務所、加工場も全壊し、つい先日解体が終わった。ハウスや農地も復旧工事用の用地にかかったり、地盤が沈下して作付けができない農地がいまだに80%を超えている。

 一部の残った農地も用水路が至る所で寸断されているために水がなく、この2年地区の全ての水田で稲は全く栽培できない。道路などのインフラは少しずつ改善されてきているが、それでも以前のように復旧するには、あと数年はかかるだろうと言われている。

 このような状況の中、農業用水路の復旧は計画すら立っておらず、いつになるのかさえ見えない状況だ。
 

心躍らす季節に


 本来は、梅の花が咲き始める2月中旬にもなると、農家は春の息吹を感じ、水稲の苗つくりの準備を始めたり、畔(あぜ)の枯れ草を燃やしたり、田畑に堆肥を入れ土作りを始めたりと、にわかに忙しくなる時期だ。

 この時期こそ今年の収穫に期待し、豊作の年になるように心を躍らせるのである。

 しかし私たちの地区ではこの2年、全く営農ができなかった上に、現在ほとんどの住民は隣町に造られた仮設住宅などに入居しているため、地元にいない人が多い。

 時々、自分の田畑が気になって見に来ている人に出会うと、皆一様に寂しそうな顔をしており、特に高齢の方々は急に年を取ったように見える。

 自営業である農業の良さは、定年のないことだ。生涯現役で、今年の作付けはどのようにしようかと頭を使い、天候を気にかけ、稲の様子に常に気を配りながら毎日の水管理をしたり、草取りをしたりして、子供や孫に、おいしい米を食べさせたいと願いつつ1年を過ごしてきた農家の人々。
 

生きがい奪われ


 この毎年繰り返されてきた農業の営みが、ある日突然地震によって奪われてから2年、生きがいを奪われ、生活が激変したことで高齢者の老いがさまざまな意味で加速していることは間違えない。

 水田ができないのであれば転作して畑作をすれば良いのではと思うかもしれないが、畑は水田の数倍も労力がかかる。また以前は近くにあった田畑が、隣町の仮設住宅からは遠く離れているため、ちょっと作業に行くということもできない。

 何気なく繰り返されてきた農業の営みが、生きがいであり、いかに農家の健康につながってきたのか。そして地域づくりの土台となってきたのかを思い知らされる。

 もうすぐ春だ。だが、地震の爪痕が残る私たちの地区に春が訪れるのは、当分先のようだ。

<プロフィル> きのうち・ひとし

 1961年神奈川県生まれ。九州東海大学農学部卒業後熊本県阿蘇で新規参入。(有)木之内農園、(株)花の海の経営の傍ら、東海大学教授、熊本県教育委員を務め若手育成に力を入れる。著書に『大地への夢』。

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