立場変わると…薄れる感覚 「答えは現場にあり」 木之内農園会長 木之内均
2018年10月01日

木之内均氏
今年の夏のある日、私が大学の仕事に追われていると、木之内農園の村上進社長から電話が入った。
「会長、台風が来ています。熊本に近づきますかね? コースどうでしょう?」。私が「え! 台風が来ているの?」と思わず答えると、社長は「信じられん。立場が変わると、こんなもんですかね」と言われた。もっともである。
以前、ハウス栽培の現役でいた頃は、常に天気に気を配り、特に台風のことならば、はるか南の海上の台風の卵の積乱雲の数から気圧配置まで注意深く見ていた。ところが大学に通い、毎日の授業や業務に携わりながら、学生のことを気にしていると、天気にまで気が回らない。
私は農業がやりたくて40年前に東京から熊本に来た。4年前に大学に勤務するまでは常に農業の現場にいた。今でも大学に出ながらできる繁殖牛を7頭飼っている。しかし、繁殖牛の飼育ではハウス栽培ほど天気を気にしなくともよい。立場が変わると、こんなにも感覚が変わるものかと、改めて感じた出来事であった。
私の会社の理念は「土つくり、作物つくり、人つくる」である。農業者の基本は土づくりから始まり、良い土壌には良い作物が育つ。しかし、産業である農業を持続的に繁栄させていくには、人づくりこそが最も大切であると私は常に思っている。私は34歳の時、がんになったのをきっかけに、個人経営から法人経営に切り替え、社員も増えた。現在は栽培の第一線を離れ、三つ目の人づくりに全力を投じている。
農への理解を広げ、次代の農業を担う人材の育成や農業の良き理解者を増やすことを目的に教壇に立っている。しかし大学に入って4年、現場の感覚がこんなにも薄れていたのかと感じた社長の言葉でもあった。
一人の人間ができることには、限界があることは十分分かっている。だからこそ会社などの組織をつくり、役割分担をして事業拡大をしていくことも当然のことである。新規参入で農業を始め、家族経営から法人を立ち上げ、がんや熊本地震まで経験し、大学で人材育成に取り組む今、改めて現場の大切さを感じる。
本当の現場のことは、そこに携わる人にしか分からない。しかし、この現場の声が高齢化し急激に減ることが、目の前の現実であることを農業者や農村の人々は痛烈に感じている。
しかし、直接農業をしていない周囲の人々は、それほど重く感じていないのかもしれない。「答えは現場にあり」。農業に関係する全ての人がこの言葉をもう一度かみしめて、原点に立ち返って考え直すときではないだろうか。
<プロフィル> きのうち・ひとし
1961年神奈川県生まれ。九州東海大学農学部卒業後、熊本県南阿蘇村で新規参入。(有)木之内農園、(株)花の海の経営の傍ら、東海大学教授、熊本県教育委員を務め若手育成に力を入れる。著書に『大地への夢』。
「会長、台風が来ています。熊本に近づきますかね? コースどうでしょう?」。私が「え! 台風が来ているの?」と思わず答えると、社長は「信じられん。立場が変わると、こんなもんですかね」と言われた。もっともである。
授業に追われて
以前、ハウス栽培の現役でいた頃は、常に天気に気を配り、特に台風のことならば、はるか南の海上の台風の卵の積乱雲の数から気圧配置まで注意深く見ていた。ところが大学に通い、毎日の授業や業務に携わりながら、学生のことを気にしていると、天気にまで気が回らない。
私は農業がやりたくて40年前に東京から熊本に来た。4年前に大学に勤務するまでは常に農業の現場にいた。今でも大学に出ながらできる繁殖牛を7頭飼っている。しかし、繁殖牛の飼育ではハウス栽培ほど天気を気にしなくともよい。立場が変わると、こんなにも感覚が変わるものかと、改めて感じた出来事であった。
私の会社の理念は「土つくり、作物つくり、人つくる」である。農業者の基本は土づくりから始まり、良い土壌には良い作物が育つ。しかし、産業である農業を持続的に繁栄させていくには、人づくりこそが最も大切であると私は常に思っている。私は34歳の時、がんになったのをきっかけに、個人経営から法人経営に切り替え、社員も増えた。現在は栽培の第一線を離れ、三つ目の人づくりに全力を投じている。
農への理解を広げ、次代の農業を担う人材の育成や農業の良き理解者を増やすことを目的に教壇に立っている。しかし大学に入って4年、現場の感覚がこんなにも薄れていたのかと感じた社長の言葉でもあった。
大学で改めて今
一人の人間ができることには、限界があることは十分分かっている。だからこそ会社などの組織をつくり、役割分担をして事業拡大をしていくことも当然のことである。新規参入で農業を始め、家族経営から法人を立ち上げ、がんや熊本地震まで経験し、大学で人材育成に取り組む今、改めて現場の大切さを感じる。
本当の現場のことは、そこに携わる人にしか分からない。しかし、この現場の声が高齢化し急激に減ることが、目の前の現実であることを農業者や農村の人々は痛烈に感じている。
しかし、直接農業をしていない周囲の人々は、それほど重く感じていないのかもしれない。「答えは現場にあり」。農業に関係する全ての人がこの言葉をもう一度かみしめて、原点に立ち返って考え直すときではないだろうか。
<プロフィル> きのうち・ひとし
1961年神奈川県生まれ。九州東海大学農学部卒業後、熊本県南阿蘇村で新規参入。(有)木之内農園、(株)花の海の経営の傍ら、東海大学教授、熊本県教育委員を務め若手育成に力を入れる。著書に『大地への夢』。
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「父ちゃん、今年もきれいに咲いたよ」
「父ちゃん、今年もきれいに咲いたよ」。栃木県さくら市の相田ツギさんが、仏壇にそっと手を合わせた▼春の訪れを告げるフクジュソウの花が、今年もツギさんの庭で見頃を迎えた。よわい90。3年前の2月14日、夫の幸吉さんを見送った。親戚から株を分けてもらい、幸吉さんが農業をしながら大切に育ててきた。葬儀の時も、庭に咲く花を摘み、ひつぎの中にたくさんちりばめた▼「この花を見るたびに父ちゃんのことを思い出すよ。気持ちが和むね」とツギさん。太陽に向かって一斉に伸びをするように開く黄色い花たちは、まるで小さなパラボラアンテナ。このアンテナを介してツギさんは天国の幸吉さんと交信する。今では庭が一面黄色に染まるほど広がった。うわさを聞きつけ、市外から見に来る人もいるという▼フクジュソウはキンポウゲの仲間で多年草。葉が伸びるより先に直径4センチほどの光沢のある花を咲かせる。植物学者田中修さんの『植物のかしこい生き方』(SB新書)によると、虫を誘う香りや蜜を出すこともないという。持ち味は「ぬくもり」。太陽の熱を花が吸収し、温かさを求めて虫が集まり、花粉を運んでもらう▼きょうは二十四節気の「雨水(うすい)」。雪から雨に変わり、農耕の準備を始める目安となる。春はもうそこに。
2019年02月19日
人間のすることなのだろうか
人間のすることなのだろうか▼「お父さんにぼう力を受けています」「先生、どうにかできませんか」。SOSを出し続けた千葉県野田市の小学4年、栗原心(み)愛(あ)さんが父親の虐待で亡くなったニュースに触れるたび、心が苦しくなる。昨年は東京都目黒区で5歳の船戸結(ゆ)愛(あ)さんが虐待で亡くなった。ともに名前の一文字に「愛」がありながら、愛された記憶のない生涯だったに違いない▼虐待やいじめで命を落とす子どもが後を絶たない。厚労省によると2016年度は77人が虐待や心中で亡くなった。警察が昨年、児童相談所に虐待を通告した子どもは過去最多の8万人超。いじめによる自殺も年間100人を超す▼そんな悲劇をなくそうと、北海道のよつ葉乳業が食卓からいじめ根絶に挑んでいる。道教育委員会と連携し、児童らの標語を牛乳パックに載せて5年目。「ゼロがいい いじめをする人 される人」で最優秀賞になった長沼町立長沼中央小6年の鈴木萌未さんは「いじめる方はいじめではないと思っているかもしれない。でも、それはいじめだよ、って言ってあげられる側になりたい」と話す▼牛乳には気持ちを解きほぐす効果があるという。温かい牛乳にお砂糖をたっぷり入れ、心と体に傷を負った全ての子どもたちに飲ませてあげたい。
2019年02月18日

北海道 筆でレンズで 農の日々描く
日本の食を支え、俳句や写真などの創作活動で農業・農村の魅力を発信する。北海道にそんな農家がいる。題材は身近な農村の美しさや温かさ、厳しさなど、日々の営農で浮かぶ思い。多忙な作業の傍ら、作品のアイデアをつかむために周囲の観察を欠かさない。農家ならではの視点を生かした作品は、著名な俳句賞を受賞するなど高い評価を得ている。
俳句 “牛後”から表現豊かに 下川町・鈴木和夫さん
牛の尾を引き摺(ず)るやうに寒波来る
仔(こ)牛の寒衣(かんい)脱がせ裸と思ふ春
牛死せり片眼は蒲公英(たんぽぽ)に触れて
秋晴の定位置にあるトラクター
牛糞(ふん)を蹴ればほこんと春の土
トラクターに乗りたる火蛾(が)の死しても跳ね
角(つの)焼きを了(お)へて冷えゆく牛と我
(第64回角川俳句賞受賞作品より)
下川町で乳牛70頭を放牧などで飼う鈴木和夫さん(57)は、俳人としての顔も持つ。俳号は「鈴木牛後(ぎゅうご)」。「大きな組織の末端(牛後)でいるよりも小さな集団のトップ(鶏口=けいこう)になる方が良い」という意味の熟語「鶏口牛後」から、「末端(庶民)の視線を大事にしたい」とあえて「牛後」という言葉を借りた。
日頃の農作業や豊かな自然が題材だ。作品の一つ「美味(うま)き草不味(まず)き草あり草を刈る」。この作品を含む牛や風景をテーマにした50句は2018年、俳句の新人賞として名高い「角川俳句賞」に輝いた。牛や酪農を題材にした新鮮さと、確かな表現力が評価された。「牛を見ていると、おいしそうに食べる草と食べない草があることが分かってくるんです」と鈴木さん。
鈴木さんが俳句に出合ったのは10年ほど前。「酪農に従事しているからこそ、牛や風景など都会にはないものを詠める。季節や時期によってさまざまな顔を見せる自然や農業は題材に事欠かない」と話す。句集を作ることが目標だ。妻の淳子さん(55)も「これからも活躍してほしい」と活動を見守る。
鈴木さんが淳子さんに贈った句もある。「花を来し君と落花を見に行かむ」。若い頃から一緒に桜を見てきたあなたと、花が散るところまでを見たい──。新規参入で酪農経営を軌道に乗せるまで苦楽を共にした妻と、これからも2人で歩んでいきたいという気持ちを込めた。
写真 空と大地 一瞬狙う 芽室町・粟野秀明さん
芽室町で小麦やテンサイなど55ヘクタールで畑作を営む粟野秀明さん(55)は、十勝の広大な自然や生産現場の臨場感を写真で表現する。トラクターにカメラを積み、風景が美しいと感じたらすぐ作業を止めて撮影。地域の魅力を凝縮した一瞬を狙う。
写真は8年ほど前から本格的に始めた。一眼レフを買って半年後、地元の農業団体などが主催する「とかち農業・農村フォトコンテスト」に初めて応募。グランプリに選ばれ「写真熱が高まった」(粟野さん)。その後は独学で技術を磨いた。
主な撮影場所は自分の畑。今年度の同コンテストでグランプリに輝いた「大地のウェーブ」では、傾斜地のテンサイ畑を撮影。線状に並んだ苗が、地形に沿って波打って見える様子を捉えた。
作品はブログや写真展などで発表する。1月下旬には2度目の個展を札幌市で開催。作品53点を展示し、6日間で約1500人が来場したという。市内から訪れた男性は「農業をしながら素晴らしい作品を撮っていることに感動した。畑の造形美が伝わってくる」と絶賛した。
写真を通じ、粟野さん自身も農村の見方が変わったと実感する。「普通だと思っていた紅葉も、レンズを通すと美しく見えた。わが家の畑の魅力を再発見できた」。今後は風景に加え、「人物を主体にした写真などにも挑戦したい」と意気込む。
2019年02月14日

時短需要に商機あり 国内最大級 流通業向け展示会
スーパーのバイヤーなど流通業者を対象にした国内最大級の展示商談会「スーパーマーケット・トレードショー2019」が13日、千葉市の幕張メッセで開幕した。食品メーカーやJAなど2176団体が出展。生鮮品や加工品で「時短」需要の高まりを受けた提案が目立った。15日まで。
2019年02月14日

キャベツ低迷 2割安 日農平均 降雨で入荷増続く
キャベツ相場が低迷している。2月上旬の日農平均価格(各地区大手7卸のデータを集計)は過去5年平均(平年)を2割下回る1キロ81円。暖冬傾向に加え、適度な雨で生育が進み、潤沢な入荷が続く。業務筋の引き合いは弱く、スーパーの売り上げも前年を下回る。今後も安定した出荷が続く見込みで、卸売会社は「月後半も安値基調が続く」と見通す。
2019年02月14日
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日本農業のグローバル化 知恵結集し輸出促せ 木之内農園会長 木之内均
日本社会は今、あらゆる分野のグローバル化について騒がれている。しかし、農業分野ではどうだろうか。
農水省の輸出促進対策などもあり、多くの日本の農産物や加工品が海を渡り、世界各地で日本食ブームを巻き起こしている。輸出対策が始まる前に、私は日本貿易振興機構(ジェトロ)の調査員として、東南アジア各国を回ったことがあるが、その頃は、日本の農産物を海外で販売することなど、考えもしなかった。
だが、実際に海外諸国へ行ってみると、鳥取県の梨や青森県のリンゴが既に輸出を成功させており、高い評価を受けていた。
当時は牛海綿状脳症(BSE)のため輸出できなかったが、和牛の肉は各国から要望があり、オーストラリア産「WAGYU」が知名度を伸ばしていた。
高評価に可能性
私はこの現象に驚いたと同時に、日本農業の可能性の大きさに、夢を感じずにはいられなかった。ところが日本の農業界では、まだ海外に目を向ける人はほとんどいない状況だった。
農業は大地に足をつけ、日々こつこつと動植物の世話をすることから始まる。日本の農村は、まさしく江戸時代の鎖国状態のようだった。
あれから十数年、農水省の輸出促進策の効果もあり、今では日本の農産物が世界に通用することを、多くの人々が認識する時代となった。
だが、このことが日本の農業者や産地を本当に潤しているのだろうか。私にはそう見えない。
私が会長を務める木之内農園を含めて、いくつかの農業法人や若手農家の中には海外進出を模索している人がいることは確かである。しかし、それは点にとどまる。
日本農業のように島国で閉ざされた所で育った個人や小さな法人経営体では、現実として海外進出のリスクや投資に耐えられるだけの体力を持つ経営体は、ごく一部にすぎない。
資金もさることながら、言葉や人種、宗教や文化の違いを乗り越えて、海外で本格的に農業ビジネスを展開できる経営体は無いと言っても過言ではない。
技術は世界水準
私は若い頃にブラジルで1年以上過ごし、その後も多くの国で農業に関わる仕事をしてきた。つい先日も米国のフロリダで開かれた米国イチゴ学会に参加した。
世界の農業者や研究者、農業関連企業の方と話をすると、全員が世界の市場を見据えた上で、自分の事業の進め方を考えている。日本のように、国内市場を中心に考えている農業とは全く異なっている。
日本農業は、島国で狭い耕地や四季の変化を持続的に利用し、高温多雨なモンスーン気候の中で繊細な営農技術を培ってきた。さらに、世界で最も高品質で安定的な生産ができる技術も編み出してきた。
生産現場が育んできたこの技術と、至れり尽くせりの機械や資材メーカーの技術、そして流通やマーケティング。全ての業界が協力して日本の農業と農畜産物のプラットホームを整え、世界に向けて貢献することこそが、日本農業の本当のグローバル化であり、求められる道筋ではないかと感じてならない。
きのうち・ひとし 1961年神奈川県生まれ。九州東海大学農学部卒業後、熊本県阿蘇で新規参入。(有)木之内農園、(株)花の海の経営の傍ら、東海大学教授、熊本県教育委員を務め若手育成に力を入れる。著書に『大地への夢』。
2019年02月18日

知性のバロメーター 質問力がえぐる本質 思想家・武道家 内田樹
東京新聞の望月衣塑子(もちづき・いそこ)記者と対談する機会を得た。望月さんが今度出す本の中に対談(と言うかインタビュー)を収録していただくことになったのである。
テレビ画面で見ると、大変迫力のあるジャーナリストだけれど、実際の望月さんは小柄で(身長は僕の肩くらいまで)、質問をすると、後はずっと聞くことに集中する「聞き上手」の記者だったのに驚いた。
「聞き上手」たれ
でも、考えてみれば当然のことだ。新聞記者に求められる最優先の資質は「聞き上手」だということだからである。ジャーナリストは自分の意見を述べるのが仕事ではない。自分が見聞きしたことを、主観的バイアスをできるだけ排除して読者に伝える。それが第一の仕事である。
「聞き上手」は二つ特徴がある。一つは「思いがけない質問」を向けることである。何度も聞かれていることをまた聞かれると、こちらは答える意欲が低減する。インタビュアーは「答えやすい」質問をして気を使っているつもりかも知れないけれど、聞かれる方としては「知ってるなら聞くなよ」といういささかとがった気分になる(ことがある)。それよりは「それまで考えたことのないこと」について問われた方が私はわくわくする。
だから、「聞き上手」の第二の特徴は「忍耐強い」ということになる。こちらは「それまで考えたことのないこと」について自分自身の中を探り、浮かび上がってきた思念の輪郭を探り、言葉を選びながら出力するという複雑な作業に従事しているわけであるから、答えをせかされたり、あるいは「……ということですか」というふうに定型的な答えに回収されると、「だったら聞くなよ」という気分になる(よく怒る人間である)。
逸脱も楽しんで
でも、「忍耐強い」インタビュアーは出て来た答えがどれほど「期待の地平」から逸脱したものであっても、それをしぶとく追いかけてきてくれる。この点については経験的に言って、女性に一日の長があるように思う。
男性の記者はしばしば取材に来る前に既に自分が書く原稿のあらましを頭の中で仕上げて来る。だから、その予定表から外れる話をこちらが始めるとそれを遮って、「雑談はそれくらいにして」というような信じがたい言葉を口にしたりする。女性記者や編集者の多くはむしろ逸脱を面白がる。
望月さんのような「聞き上手」のインタビュアーに質問されても、わが国の官房長官は毎度木で鼻をくくったような答えしかしないでいたが、ここに及んでついに「あいつには質問させるな」という要望書まで送り付けてきたらしい。
思いがけない質問と忍耐強い聞き手が嫌いというのは、要するに自分の知性が発動することが嫌いだということである。変わった人である。
うちだ・たつる 1950年東京生まれ。思想家・武道家。神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。専門はフランス現代思想など。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞。近著に『日本戦後史論』(共著)、『街場の戦争論』。
2019年02月11日

日本農業、明確に成長産業 若者は気付いている 日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介
昨年末に、鳥取県米子市本社のケーブルテレビの新春特番の収録に出向いた。地元に根差した局らしく、県内各地の現場で起きていることを、現場で活動している人たち自らが出演して語り合う内容だ。
今回の出演者の一人は、野菜を栽培する若者だった。従業員を増やして生産規模を拡大中の優秀な農家なのだが、彼はそういうことは自慢せず、生き物を育てる産業である農業の楽しさを、口下手だが真摯(しんし)に語っていた。
それに対して絶句したのが、年始に民放の全国放送番組に出た際に聞いた、著名経済学者の発言だった。地方に移住する都会生まれの若者が増えているという話題のところで、「田舎に行っても農業くらいしか仕事がない」という趣旨のことを話されたのである。
楽しさも収入も
平成も終わろうというのに、まるで昭和の時代の感覚ではないか。今の地方は東京以上の人手不足で、仕事は山ほどある。その中でも農業は、真面目に取り組めば同年代のサラリーマンより高収入だし、片手間にやっても生活費が下がる、しかもやって楽しい仕事だ。
そもそも昨今の日本農業は、明確に成長産業なのである。以下、楽しさだのやりがいだのを抜きにした、お金だけの比較になってしまって恐縮だが、リーマンバブルの頂点だった2007年と、17年の、10年間の変化を見よう。声高に言われる安倍政権の経済政策「アベノミクスの成果」と裏腹に、名目国内総生産(GDP)は3%、賃金の総額(雇用者報酬)は5%の伸びにとどまったが、生産農業所得はなんと25%も増えた。
もう少し分かりやすく、売り上げで比較する。製造業の出荷額はこの間に10%も下落したが、農業算出額は12%伸びた。これは同時期の株価(東証1・2部時価総額)の伸び率と同じだ。もちろん絶対額では、製造業が300兆円規模なのに対し、農業は12兆円と、比較にはならない。
だが成長力があるのは農業だ。品目別に見れば、米は3%減ったが、野菜・豆・芋類や生乳は16%増となった。鶏卵は31%、肉類(生乳と鶏卵を除いた畜産物)に至っては38%の伸びである。
「将来性」を選択
以上はれっきとした事実だ。それにもかかわらず、農業関係者の多くも「農業は衰退の一途だ」と誤解しているのではないか。近年、大学の学部で農学部志望の若者が増えていることに対しても、「何かの勘違い」と思っているかもしれない。
だが実際には、農業の成長を肌で感じ取った一部の若者が、より将来性のある分野を選択しているだけなのだ。確かに、市場縮小の続く米を慣行農法で作っていても将来性は乏しいだろう。しかし、食べ手の健康に良い農産物をブランド化して売っている農家の将来は、今後もどんどんと開けていく。
平成の終わりの新年に、農業に関係する皆さまにも、ぜひ以上のような事実をご認識いただきたい。
<プロフィル> もたに・こうすけ
1964年山口県出身。米国コロンビア大学ビジネススクール留学。2012年より現職。平成合併前の全市町村や海外90カ国を自費訪問し、地域振興や人口成熟問題を研究。近著に『しなやかな日本列島のつくりかた』など。
2019年02月04日

国土の多様性と食料安全 地域政策問う選挙に 法政大学教授 山口二郎
フランスの黄色いベスト運動は予想外に継続している。日本のニュースではパリにおける大規模なデモが報じられたが、地方、農村部における人々の不満、怒りが運動を持続させる大きな原因となっている。この運動は、もともとマクロン政権が発表した燃料税引き上げに抗議するために始まった。農村部に住む人々は自動車に依存せざるを得ないので、燃料価格の上昇は大きな打撃となる。ただでさえ農村部では郵便局、病院などの公共サービスが縮小されていて人々は不便をかこっていたために、マクロン政権の効率優先、富裕層優遇の政策に対する抗議運動がたちまち全国化した。
仏農村から抗議
一連の報道を読んで、私はフランスに対する昔のイメージを修正せざるを得なくなった。20年ほど前にしばらく英国に留学していた際、欧州大陸の国々も旅行した。フランスやドイツの農村風景と小さな町の建物の美しさに魅了された。ガイドブックに載っていない町でも、美しい教会があり、おいしいワインやビールがあった。それゆえ日本のような地方の衰弱は感じなかった。欧州では農家に対する補助政策もあり、地方でも教育や医療などの公共サービスが確保されているので、地域社会が持続していると感心したことをよく覚えている。
しかし、この20年間、グローバルな競争の波は欧州も襲い、大きな政府を保ってきたフランスも公共サービスのリストラを余儀なくされたようである。黄色いベスト運動は、所得格差に対する抗議であるとともに、首都と地方の地域間格差に対する抗議の運動である。
私も、国土の多様性と食料の安全で安定的な供給のために、欧州の地域政策を見習えと主張してきた一人だが、もはや手本はどこにもないということか。フランスの苦悩を見て、改めて日本の地域の在り方についても考え直さなければならない。
公共財どう確保
安倍晋三政権が進めている第1次産業の「成長産業化」という路線の中で、主要農作物種子法(種子法)が廃止、漁業法は改正され、農林水産業の中に企業の論理が侵入しようとしている。これらの政策が目先の利益だけを追求する危険性があることに、一部のメディアはようやく気付いたようである。
自然を相手にする第1次産業は、利潤追求には本来的になじまない。いま、多様な自然環境の保全と安全な食料の安定供給を政策の大目標に据え、農村部に住む人々のためにどのような公共サービスを提供するか、基本的な枠組みを明確にしなければならない。日本人は街頭に出る直接行動にはなじみがない。だが、今年は統一地方選挙、参議院選挙がある。日本の国土や地域社会の在り方について各政党に真剣な政策の提起を求め、それを吟味し、投票によって評価を下すという機会を活用したい。
<プロフィル> やまぐち・じろう
1958年岡山県生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学教授などを経て2014年に現職。現実政治への発言を続け、憲法に従った政治を取り戻そうと「立憲デモクラシーの会」を設立。近著に『「改憲」の論点』(集英社新書)。
2019年01月28日

農協合併の在り方 望ましい規模 精査を 福井県立大学教授 北川太一
近年、県レベルにおいて、農協の広域合併構想を策定する動きが進んでいる。そこでは県1JAも含めて、既存の広域合併農協を再合併しようとする点に特徴があり、農業者の所得増大などを目的とする「自己改革」実現に向けた組織整備の一環として、農協合併が位置付けられている。
ところで、戦後農協の歴史は、農協合併の歴史であるとも言われるが、それは各時代が抱えていた農協運動の課題と関連付けて捉えることができ、おおよそ四つの時期に区分できよう。
運動課題と関連
第1期は、1950年代から60年代にかけての経営不振対策としての農協合併であり、「整促法」の下で行政による合併の推進が強力に行われた時期である。
第2期は、主に70年代、広域営農団地の確立を目的とした農協合併であり、農協が中心となって農業の生産振興と販売機能の発揮を目指した時期である。
第3期は、80年代半ばから90年代にかけて、金融自由化を間近に控えた対応を行うために農協合併が進められた時期である。
第4期は、90年代半ば以降、系統3段階制の見直し・再編を視野に入れた農協合併が行われた時期であり、それまで連合会組織に依存してきた機能を広域合併農協自らが担い得る体制の確立が目指された。
そもそも農協の合併は、大規模経済の有利性を発揮し、事業を効率よく実施するための「適正規模」をどう考えるかという問題であった。例えば、第2期は、単に経営不振から脱却するために小規模農協を解消することを目的とした合併ではなく、農産物の集出荷体制を整備し、市場で有利販売を行うにふさわしい農協として、1市から数市町村の組織規模が想定された。
また第3期においては、金融自由化に対応できる事業を展開するために、正組合員戸数や貯金残高の指標で望ましい規模が示され、当時の市と郡の数も考慮した「全国1000農協構想」が提起された。
「組織力」も考慮
言うまでもなく総合農協は複数の事業を営むため、一つの事業に基づいて農協の規模を決定することはできない。また、大規模経済の有利性だけではなく、協同組合固有の強みである「組織力」を考慮することも必要であろう。
第5期の農協合併時代を迎えた今、重要なことは、組織として集約すべき部分(ハード、専門性)と地域性を尊重すべき部分(ソフト、総合性)とを組み合わせることである。
そのためには、いま一度事業や活動の内容ごとに望ましい大きさについて精査し、それにふさわしい規模の設定と人材も含めた経営資源の配置を行うことが必要だ。広域合併によって組織規模が大きくなった農協においても、支店などで組合員の前面に立つ職員は、極めて重要な存在である。
<プロフィル>きたがわ・たいち
1959年、兵庫県生まれ。鳥取大学助手、京都府立大学講師などを経て現職。地域農林経済学会会長、日本協同組合学会副会長も務める。主な著書に『新時代の地域協同組合』『協同組合の源流と未来』などがある。
2019年01月21日

家族農業とスマート化 公益性高め基盤強く 資源・食糧問題研究所代表 柴田明夫
平成最後の年が明けた。思い起こせば、平成時代が始まった1989年は、東西冷戦の終焉(しゅうえん)とも重なり、希望に満ちた世界が約束されているかにみえた。しかし、現実は「平成(平らかに成る)」とはいかず、いま日本には、そこはかとない不安が広がっている。
それは超高速で高齢化する経済・社会に対する不安であり、われわれの生命の源泉である農業・食料への不安でもある。
2017年の食料自給率(カロリーベース)が前年に続き過去2番目に低い38%(93年=37%)にとどまった。米の消費減が止まらないことや畜産物の輸入増が要因とはいえ、農地面積の減少や農家数の減少など、農業生産基盤の弱体化が進んでいることが根底にある。
昨年末には米国を除く11カ国の環太平洋連携協定(TPP)が発効し、今年2月1日には欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)も発効する。
1月には、米国との間では2国間の貿易協定交渉がスタートする。よもや自動車への関税を回避するため、農産物の輸入関税の引き下げをのむことはあるまいが、一抹の不安が残る。日本がTPPと日欧EPAで合意した以上の関税引き下げが実現すれば、既に38%まで低下している食料自給率をさらに引き下げることになる。
“競争力”に偏重
どの国でも、経済の発展に伴い農業部門の割合が相対的に縮小し、農業就業者の数も減少する。農業部門の主要な生産物である食料の需要が国内総生産(GDP)の増加ほどには伸びないためである。一方、自然景観の保全、水源の涵養(かんよう)・保水、生物多様性の維持、地球温暖化の緩和の面からの農業部門の重要性は増す。
問題は、国土を保全し、地域社会の安定基盤であるはずの家族農業を中心とする農業・農村社会が、農業競争力の強化や農村所得倍増の美名の下に解体されようとしていることだ。家族農業は、地域において社会的ネットワークを形成しており、そこでの相互扶助が連帯意識を醸成につながっているのである。
変革で所得向上
こうした中、政府は昨年6月、未来投資戦略2018と財政運営と改革の基本方針(骨太方針2018)を閣議決定。農業分野でも人工知能(AI)やロボットなど、情報通信技術(ICT)を活用した変革をうたっている。農業のスマート化で労働生産性が向上すれば、農業者の所得も向上するとの見方のようだ。
しかし、労働生産性は、新技術の導入で増えた固定資本の利用度を高めてこそ収益性につながり、農業所得と結び付き得る。そのためには、どのような土地利用の方式を形成していくかということが、農業者の念頭になければならない。
農業経営には、家族農業を主体とする社会的生産単位と法人による私的収益単位という二つの性格がある。新技術の導入も、鳥獣害の対策や農業水利システムといった地域社会レベルでの導入と、個別営農レベルでの導入を分けて考える必要がある。このうち、収益性に係る技術は民間企業や個別経営の投資に任せるべきで、国は地域農業振興の観点から公益性の高い新技術の普及に注力すべきであろう。スマート農業化が、小規模・家族農業の切り捨てになってはならない。
われわれは農業・農村の多様な機能を生かすことが、平成時代において失われつつある社会安定装置の強化につながることを再認識すべきであろう。
<プロフィル> しばた・あきお
1951年栃木県生まれ。東京大学農学部卒業後、丸紅に入社。丸紅経済研究所の所長、代表などを歴任。2011年10月、(株)資源・食糧問題研究所を開設し、代表に就任。著書に『食糧争奪』『食糧危機が日本を襲う!』など。
2019年01月14日

新基本法制定20年 原点踏まえた農政を 明治大学農学部教授 小田切徳美
2019年は、農業基本法(旧基本法)の廃止、食料・農業・農村基本法(新基本法)の制定から20年となる。そして新基本法が「おおむね5年ごと」と定める基本計画見直しの議論がスタートする年でもある。
新基本法は、旧基本法とは異なり、この基本計画という法律の目的達成に向けた仕組みを持つ。変化する状況に応じた政策の方向性は基本計画が規定し、新基本法はその根幹や原点を示している。
これは、政策の大幅な変転にもかかわらず、実質的な改正を一度もしなかった旧基本法に関わる「反省に基づき」(『食料・農業・農村基本法解説』の逐条解説)、作られている。
相協力に照らせ
それでは、新基本法にある根幹とは何か。周知の四つの基本理念の他にも、政策の仕組みにも注目したい。例えば第37条である。ここでは「国及び地方公共団体は、食料、農業及び農村に関する施策を講ずるにつき、相協力するとともに、行政組織の整備並びに行政運営の効率化及び透明性の向上に努めるものとする」とある。
農政以外のほとんどの基本法でも、国の責務や地方自治体の役割が規定されており、「基本法」としての所以(ゆえん)はここにある。しかし、新基本法では、それに加えて両者の「相協力」の必要性がわざわざ書かれている。それは、国と地方の対等な協力関係の必要性を唱えたものだろう。
ともすれば中央集権傾向を強めがちな最近の農政改革は、本来この条文に照らしてチェックされる必要がある。
この点とかかわり、新基本法の条文には「地域の特性に応じて」というフレーズが6回も登場することも指摘しておこう。これは制定当時には例のない構成であり(後に森林・林業および水産の各基本法がこれを踏襲)、常に政策の地域的弾力性を意識する必要も新基本法の根幹となっている。
例えば、農地中間管理機構(農地集積バンク)の制度設計の時に、都道府県単位で「地域の特性」に応じた農地政策運営が果たして十分にできるかが、この条文を意識して議論されたのだろうか。気になるところである。
地域性と透明性
第37条で、もう一つ注目したいのは「透明性」である。「逐条解説」では「施策の立案に当たっての透明性を確保する」と書かれている。これは、ある日突然、政府の規制改革推進会議で発案され、関係者を議論に巻き込むことなく短時間の審議で決まった主要農作物種子法廃止のような政策対応を戒めていると理解できる。
政策形成の過程で透明性がないことは、「政策のトレーサビリティー(追跡可能性)」(福島大学の生源寺眞一教授)の欠落を招く。政策がどこから、どのような経緯と議論で生まれたかをさかのぼることができず、後の検証さえも妨げてしまう。未来に対して、問題を残す。
このように、新基本法は政策の地域性と透明性を特に意識している。それは、20世紀農政に対する政策当局の強烈な反省を踏まえた仕組みだったのではないだろうか。
そうしたことを含めて、節目となるこの年に新基本法と現代農政の関係を深く考え、基本計画の見直しに備えたい。
<プロフィル> おだぎり・とくみ
1959年神奈川県生まれ。農学博士。東京大学農学部助教授などを経て2006年より現職。専門は農政学、農村政策論。日本学術会議会員、日本地域政策学会会長。『農山村からの地方創生』(共著)など著書多数。
2019年01月07日

国連「小農宣言」 可能性と力 直視せよ 民俗研究家 結城登美雄
2018年の世相を表す「今年の漢字」に「災」が選ばれた。大阪北部地震、西日本豪雨、台風21号、北海道地震など、すさまじい自然災害が列島を襲い、命はもとより住まい、作物、農地が失われ傷ついた。そんな1年を振り返り何とか災い転じて福となる道はないか、と焦る私の胸に示唆を与えるようなニュースが飛び込んできた。
国連総会で「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」が賛成多数で正式に採択され、19年から28年までを「家族農業の10年」と定めたことである。
しかし、日本の多くのメディアはこのことをほとんど取り上げないため、国民の多くは小農や家族農業の大切さについては知らないままである。そうした中で、農業生産現場を知る日本農業新聞だけはその内容や意義、可能性について丁寧に伝えてくれている。このテーマはもっと国民運動として展開するべきだと思う。
国連が小農や家族農業の大切さを訴えているのはなぜか。その背景の一つに世界人口の増加による食料不足の問題がある。今、世界人口は73億人だが、国連食糧農業機関(FAO)によれば、50年には97億人と24億人も増えると予想されている。
当然ながらそれに見合う食料をどう確保するかは極めて重大なテーマである。既に現在、途上国の食料不安は深刻で飢餓人口が8億人を超えたといわれている。人間が生きていくための食料を生産する世界の農家の7割は家族農業で、食料生産額の8割を賄っている。日本の農業経営体138万のうち家族経営体は134万で98%を占める。周知のごとく日本の食料自給率(カロリーベース)は38%で主要先進国で最下位。いつまで海外からの輸入食料に頼っていられるのか。日本のこれからを考えるのなら、大規模農業一辺倒の政策だけでなく、小農や家族農業の可能性と力に真剣に向き合わねばならないのではないか。
直売活動広がり
私にとって小農・家族農業への期待は、1990年に農水省によって“戦力外通告”された自給的農家(耕地面積30アール以下、年間販売額50万円以下)の女性や高齢者たちが畑に近いところに農産物直売所を造り、たとえ耕地は小さくても多彩な野菜は作れると生産意欲を向上させていった姿をこの30年近く見てきたことがベースになっている。
小農は不要だと農政から見放されても、食べものを大切に思う心と力の結集から大きな可能性を生み出した小農たちの農産物直売活動。既にその数全国2万4000カ所に広がり、売り上げが1兆円を超えるまでになっている。
その意義は経済活動にとどまらない。生産者と消費者、都市と農村の相互理解と連携による新たな可能性を秘めている。小さな力も集まれば大きな力になる。そのための学びの場とテキストが求められている。
<プロフィル> ゆうき・とみお
1945年山形県生まれ。山形大学卒業後、広告デザイン業界に入る。東北の農山村を訪ね歩いて、住民が主体になった地域づくり手法「地元学」を提唱。2004年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
2018年12月31日

日米貿易協定 使い分け 通用しない 経済評論家 内橋克人
俗に「内づらと外づらを使い分ける」と言う。新年1月中旬にも始まる日米貿易協定交渉を指して、政府は「日米物品貿易協定」(TAG)なる日本製・造語を発し続ける。内と外で呼び名を使い分け、事の本質を隠して世論の反発を避ける。言い繕いは安倍政権の得意技だ。
他方、米国側は当初から「われわれは日米自由貿易協定(FTA)を求めている」との主張を通し、米通商代表部(USTR)はこのほど新たに「米日貿易協定」(USJTA)なる規定を採択した。既にUSTRが開いた各種団体の公聴会は農畜産関連をはじめ44団体に及ぶという。
日本政府が「物品貿易協定」の呼称にこだわる理由は、はっきりしている。
TAG(Trade Agreement on goods)ならば、日米間の関税の駆け引きは「モノ」(物品)に限って行われる。これがFTA、すなわちUSJTAともなれば、交渉の中身は投資から金融、通信、サービス、経済社会のルール……まで、全てを含む「包括的自由貿易協定」となる。両者の違いは大きい。それを日米の2国間で結ぶというものだ。
だが、今なお日本政府は国民に向けて「物品だけの関税交渉にすぎない」との印象付けを変えようとしない。
いずれはFTA
メディアも頻用する。しかし、日本政府は米国に対して「いずれ包括的なFTA交渉に入るのもやむを得ない」と譲歩している(官邸筋)。今、両国民の深い認識格差をそのまま残したまま日本政府は世界の覇権国相手に「受け身」で交渉の場に踏み出そうとしているのだ。
折も折、米最大手自動車メーカーのゼネラル・モーターズ(GM)が11月末、大規模なリストラ計画を発表した。英国の経済紙フィナンシャル・タイムズ紙によれば、GMは国内4工場とカナダの1工場を閉鎖し、従業員1万4000人を解雇する。フォード・モーターがこれに続く。オートバイのハーレー・ダビッドソンは欧州向け生産拠点を海外に移すと既に発表している。トランプ米大統領は激怒した。
首絞まる米流儀
しかし、トランプ氏の導入した鉄鋼、アルミ関税の引き上げが、米メーカーが必要とする原材料や重要部品の価格上昇を招き、アジア、欧州車に太刀打ちできなくなったからだという。輸入を減らそうと関税引き上げを発表しただけで米国内の鉄鋼価格は上昇を始めた。ブーメラン効果、悪く言えばトランプ氏は返り血を浴びつつあるということになるだろう。
すなわち米国が自ら進めてきたグローバル化は世界各国のサプライチェーンを巻き込み、トランプ流儀が通用し難い次元にまで行きついてしまっているのである。
皮肉なことに、中国からの米国向け輸出額の60%以上が欧米系多国籍企業の手によるとされる。トランプ氏の怒りの源泉である不均衡な貿易赤字の少なからぬ部分は、IT製品や通信機器など中国の低賃金と成長市場を求めて進出した米国などの巨大な多国籍企業が生み出したものなのだ。
メキシコ国境に壁は築けても、マネーの流れをせき止めることはできない。代わってトランプ流儀と安倍手法の前途に頑強な「壁」が見え隠れしている。
<プロフィル> うちはし・かつと
1932年神戸市生まれ。新聞記者を経て経済評論家。日本放送協会・放送文化賞など受賞。2012年国際協同組合年全国実行委員会代表。『匠の時代』『共生の大地』『共生経済が始まる』など著書多数。
2018年12月24日

地方創生とJAの役割 雇用生む工夫凝らせ 早稲田大学公共経営大学院教授 片山善博
地方創生の眼目は、地方から多くの若者が大都市に流出して地方の活力を低下させている現状に、どうやって歯止めをかけるかということだろう。
若者が都市に出ていくのは、地方の経済が停滞しているからだといわれる。確かに地域経済が停滞していれば、若者にとって魅力のある雇用の場はおのずと限られる。
稼ぎ上回る流出
では、地域経済はなぜ停滞しているのか。有力な原因の一つとされるのが、地域からの金の大量流出である。
地域は農産物をはじめとしてさまざまなものを生産し、それを地域外に売ることによって金を稼いでいる。ただ、その一方で地域の人々は生活や生産に必要なものを地域外から購入することを通じて金を流出させてもいる。
稼ぎと流出とを比較して稼ぎの方が多ければ地域経済は黒字になり、逆に流出の方が多ければ赤字になる。もちろんこの計算結果は地域ごとに異なるが、多くの地域では流出の方が多くて赤字(しかも大赤字)になっている。
この赤字は、地域経済の停滞にとどまらず地域の雇用にも深刻な打撃を与えることになる。外からものを買うと、その生産と雇用は地域外に発生することになり、それに応じて地域内の生産と雇用が減少する。地域経済の赤字は地域の雇用の減少と不足につながるわけだ。
以上の原理が分かると、地方創生の視点がおのずと定まってくる。一つは地域にお金が入ってくるよう努めることであり、もう一つは地域からできるだけお金が出ていかないようにすることである。
業務になぞらえ
この地方創生の視点をJAの業務になぞらえてみると、まずは農家の皆さんが丹精して作った農産物をできるだけ好条件で消費市場に届け、金を地域にもたらすことである。これがJAの“本業”であるはずだ。もし農産物を加工品にするなどの6次産業化によって価値を高められれば、地域にもたらされる金はより多くなる。
一方、例えばJAが仲立ちして学校給食の食材をできるだけ地元で供給するようにすれば、生産農家を通じて地域で金が循環する。
肥料や飼料についてJAが地域で調達してそれを農家に販売するようになれば、域外に流出する金は確実に減る。小水力発電などのローカルエネルギー開発に取り組むことによっても、金の域外流出を減らすことができる。
JAの“副業”を点検してみても、例えばJAが葬祭事業で扱う花を地元産にすることで、地域の花き農家が潤う。JAの葬祭事業で扱う墓石をもし地元で調達できれば、それだけ地元に金が落ちる。
JAの観光事業は組合員を域外に連れ出すだけでなく、外から観光客を招き入れるビジネスモデルを取り入れることで、地域に金を呼び込むことができる。
もとよりそんなに簡単なことではないが、みんなが地方創生の視点を頭に入れておくことで、地域とともに歩むJAに向けた工夫や改善につながるのではないか。
<プロフィル> かたやま・よしひろ
1951年岡山市生まれ。東京大学法学部卒、自治省に入省し、固定資産税課長などを経て鳥取県知事、総務大臣を歴任。慶応義塾大学教授を経て2017年4月から現職。『民主主義を立て直す 日本を診る2』(岩波書店)など。
2018年12月17日