小橋建太さん(元プロレスラー) 教訓はとにかく食べる 腎臓がんでも諦めず復帰

小橋建太さん

 を大きくしろ! とにかく食べろ! それが、僕の入った全日本プロレス・ジャイアント馬場さんの教えでした。大きくて強い体をつくるには、食事が8、トレーニングが2。たくさん食べないと一流になれないと教わりました。

 新人時代、馬場さんの付き人をしていました。金沢で合宿を行ったときのことです。みんなですしを食べに行きました。先輩方から順番に頼んでいきます。最後に僕の番になったときに、馬場さんが「お前はすしを食べなくていい。あれで飯を食え」と、おひつを指さしました。

 すし屋の大将も馬場さんが言うんだからしょうがないと、おひつと賄い料理の魚の煮付けを出してくれました。同期の選手がすしを食っていたのに……。彼は相撲出身のエリートで、僕よりも早くデビューしていたんです。悔しくておひつのご飯を全部いただき、馬場さんに「ごちそうさまでした」と。馬場さんは「お前、本当に食べたのか。ばかだなあ」と笑っていました。

 る遠征のとき、馬場さんと食事に行きました。その日もたくさん食べさせられて、戻しそうになるくらいでした。馬場さんは「よし葉巻だ」と言いました。ホテルに戻ってコーヒーを飲みながら葉巻を吸う。今日はこれで終わりという意味です。

 ホテルまでの帰り道にラーメン屋がありました。馬場さんが2000円を出して「これでラーメンを食ってこい。お釣りはいらないから」と言うんです。「もう入りません」と答えたら、馬場さんは「こんなんで食べられないと言ってたら、一流のレスラーにはなれないぞ」と。

 悔しくて一番高いラーメンを頼み、あとはジュースを飲んで2000円使い切りました。レシートを馬場さんに渡したら、やっぱり「本当に食べたのか、ばかだなあ」と笑われました。

 この話をすると、みんな「お金だけもらって、食べたふりをすればいいのに」と言います。でも、僕にはできなかった。これを食べて、一流のプロレスラーへの道を踏み出さないといけない。こんなことでうそをついていたら一流になれない、と。

 まずはやってみるという精神。できないだろうと思われることでも、やってみる。それが大事なんです。おかげで馬場さんと強い信頼関係を築けたんだと思います。

 同じように、ファンの期待を裏切らないように頑張ったおかげで、ファンの方と信頼関係も築けたのではないでしょうか。

 は腎臓がんになり、腎臓を1個取りました。残った腎臓には大きな負担がかかってしまいます。腎臓にはタンパク質が良くないんです。炭水化物や脂がいいんです。

 腎臓食という食事を取ることになりました。宅配業者があって、食事を配達してくれるんです。海老フライを持ち上げてみたら、衣が落ちてしまったんです。それを見てびっくりしました。中には鉛筆の芯みたいなエビがあるだけ。エビフライの8割か9割が衣だったんです。

 タンパク質が取れないので、退院してトレーニングをしても、体を思うようにつくり直すことができません。腎臓がんを発症したアスリートが復帰できない理由は、ここにあったんですね。それで皆、諦めるんです。

 でも僕はプロレス復帰を諦めたくなかった。というのも、ファンの方が待っていてくれた。僕が戻って来る場所を用意してくれていたからです。皆さんの思いが僕の背中を強く押してくれました。おかげで今の自分がいるのだと感謝しています。(聞き手・写真 菊地武顕)

 こばし・けんた
 
 1967年、京都府生まれ。87年に全日本プロレス入団。新団体ノアに移籍後はGHCヘビー級王者として君臨した。2006年6月、腎臓がんが発覚。546日の闘病生活を経て、07年10月に復帰した。今はがんで苦しむ子どもらの支援活動、レスラーのトレーニングを応用したエクササイズの普及などに取り組んでいる。 

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