「なつぞら」北の酪農ヒストリー 第2回「集乳合戦」 協同の理想に壁

NHK連続テレビ小説「なつぞら」の場面写真(C)NHK

 今週は農協の酪農指導を巡って、柴田泰樹(草刈正雄)と農協職員の婿養子・剛男(藤木直人)が対立する筋立てでした。大規模農家も小規模農家も一致団結しようと説く剛男の理想に主人公のなつは共感しますが、今後どう展開するのか注目です。

 波乱は、開拓農家の山田家に農協が貸した牛から始まります。この貸付牛制度は、太平洋戦争で激減した乳牛頭数を増やす目的で、北海道が1949(昭和24)年に実施しました(北海道家畜貸付規則)。貸し付けた雌牛が産んだ最初の雌子牛を道に返すことで農家はただで母牛が手に入るという一石二鳥の対策です。ところが、雄雌の生まれる確率は半々ですから、初産で雌が生まれれば良いですが、いつまでたっても雄(肉用として安く売られる)ばかりという農家もあって、悲喜劇が全道各地で見られました。

 ドラマの昭和30年代(55~64年)は高度経済成長に向かう過程で、国内では生乳不足が顕在化しました。大正末期から北海道酪農をけん引してきた旧雪印乳業の地盤に、本州の大手乳業会社が進出し、集乳合戦が勃発します。「封筒がね」なる付け届けのように、大手乳業は現金にあかせて生乳を買い取り、親子、兄弟で出荷先が異なるという事態が起こったりしたものです。

 62(昭和37)年以降、一転して生乳需給が緩和し、乳業会社は大幅な乳価引き下げを行います。これに猛反発した酪農家は、東京で乳価復元の全国大会を開いて気勢をあげますが、会場に向かうバスは乳業会社が手配するといったおかしなことが起こりました。酪農家の力はまだまだ弱く、大会社に隷属的な関係を強いられる時代だったのです。

 ドラマでは、こうした状況を打開するため、剛男たちが農協に酪農家たちの生乳を全て集めて販売する生乳共販構想の実現へ奔走します。共同販売は大資本に対抗する協同組合の基本的な経済行為です。

 これをのちに制度化したのは、農林官僚の檜垣徳太郎(農林事務次官から参院議員、郵政大臣)でした。檜垣は農協と農協連合会から成る「指定団体」が生乳を一手に集荷し複数の乳業メーカーに有利販売すること(一元集荷多元販売)や、酪農家の再生産可能な保証価格などを柱とする法律を65(昭和40)年につくりました(不足払い法、施行は66年)。

 これが今日の酪農王国・北海道の礎となり、また酪農・乳業双方の発展につながったのです。(農業ジャーナリスト・神奈川透)
 
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