頭を垂れた稲穂を見ながら、新型コロナ禍でも無事に実ってくれたことにほっとする

 頭を垂れた稲穂を見ながら、新型コロナ禍でも無事に実ってくれたことにほっとする▼やはり出来秋はいい。農家の顔もほころぶ。日本人は肉体的にも精神的にも米に養われてきた。かつて国学者の樋口清之が調べたら、世界的な細菌学者の野口英世の食事は、郷里を出てから医者の書生になるまで、米と麦だった。もちろん福島県産。『こめと日本人』(家の光協会)にある▼食生活の洋風化もあって、米の消費は年々減り続ける。1人当たりで見ると、ピーク時には年間120キロ近かったのが、53キロそこそこに減った。今年も豊作基調なのに、過剰が気になって素直に喜べない。こういう時こその消費拡大運動である。輸入食品を控えて、「ご飯もう一杯」。それが水田を救う▼米消費の減少と共に、気になるのが日本文化の衰退。彼岸に供える「おはぎ」と「ぼたもち」の違いすら、怪しくなってきた。物の本によれば、小豆ともち米で作るのは同じだが、秋と春で呼び名が異なる。おはぎはハギの花に見立て、ぼたもちはボタンの花に見立てた。ひと昔ならだれでも知っていたことが、うんちくになってしまう▼きょうは秋分の日。これから徐々に夜が長くなり、実りの秋が深まる。炊き立てのご飯が輝く。〈新米の其(その)一粒の光かな〉高浜虚子。
 

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