地域

「農」の絆再び 38年前の甲子園、帯広農高を演奏で応援 兵庫県立篠山東雲高校 新見朋一教諭
16日の2020年甲子園高校野球交流試合に出場する北海道帯広市の帯広農業高校(帯農)に特別な思いを抱く農業教諭がいる。兵庫県丹波篠山市にある篠山東雲高校の新見朋一農場長(55)だ。38年前、甲子園に出場した帯農の応援演奏に農高生として参加。今年の春の選抜大会でも再び演奏する予定だった。新型コロナウイルス感染拡大防止で球場へ入れない代わりに応援動画を作成。帯農への40年の思いを込めて、熱いエールを送る。(本田恵梨)
熱いエールを動画で 新型コロナで入場かなわず
新見教諭は、和牛2頭やヤギ3頭、ウサギ3匹、犬3頭を飼養する篠山東雲高校で主に畜産を担当する。阪神甲子園球場がある西宮市出身で、高校野球は身近な存在。高校からクラリネットを始め、現在も地域のアンサンブルグループに所属する音楽好きだ。2017年には、吹奏楽部の前身となる音楽同好会を立ち上げた。
高校時代、兵庫県加古川市の県立農業高校のブラスバンド部に所属していた新見教諭。3年生だった1982年に帯農の友情応援に駆け付け、クラリネットで帯農校歌やオリジナルの応援曲を演奏した。新見教諭は「アルプス席は特別な場所。独特な雰囲気に圧倒されて、あっという間に終わってしまった」と振り返る。
帯農をまた応援したい──。自宅には試合後に帯農から贈られた木彫りの熊を飾り、地方大会の結果には毎年目を凝らし続けた。38年ぶりに出場が決まった今年、帯農からの依頼で、他の農業高校と合同で応援演奏をする機会が巡ってきた。
待ち焦がれたチャンスだったが、新型コロナウイルスの感染拡大で帯農を含む32校の交流試合を開くことになり、応援には入れなくなった。新見教諭は「仕方のないことだががっくりきた。めったにない機会を生徒にも経験させてあげたかった」と話す。
吹奏楽部で作成した帯農への応援動画
「フレー、フレー、お、び、の、う!」。新見教諭が吹く帯農の校歌に合わせ、部員が声を張って応援する。球場演奏の代わりに、2分間の応援動画を部で作成し、動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿。帯農の活躍が農高生の励みになっていることなどを伝えた。応援動画は新型コロナによる休校中に、農業実習の動画を投稿して生徒の学習を補助していたことがヒントになった。新見教諭は「球場に行けなくても同じ農高として帯農を応援しないわけにはいかない。動画が少しでも力になれたらうれしい」と話す。新見教諭は、試合当日は自宅で中継を見ながら帯農にエールを送る予定だ。
<ことば> 2020年甲子園高校野球交流試合
新型コロナの感染拡大の懸念から中止となった第92回選抜高校野球大会に出場予定だった32校を、日本高野連が阪神甲子園球場に招待した試合。農業高校で唯一出場するのが21世紀枠で出場予定だった帯広農業高校。16日の第2試合、群馬の高崎健康福祉大学高崎高校と対戦する。
十勝牛のグラブも注目
十勝牛の皮革で作ったグラブで甲子園に挑む主将でエースの井村選手(2月撮影)
交流試合では帯広農業高校ナインが使う十勝牛の皮革で作ったグラブにも注目だ。地元産のグラブで大舞台に挑むのは主将でエースの井村塁選手(3年)、打の中心4番で一塁手の前田愛都選手(同)、リードオフマンで三塁手の西川健生選手(2年)。3選手とも農家の子弟だ。
このグラブは、音更町の野球用具専門店で販売する。十勝牛の皮革を兵庫県姫路市でなめし、奈良県桜井市のグラブ製造工場で仕上げた郷土愛あふれる一品だ。
帯農野球部OBの兄からグラブをプレゼントされた井村選手は「甲子園でのプレーを通じ、農家らに勇気や希望を与えたい」と張り切る。
地元農家も3人のグラブに熱視線を送る。帯広市の酪農家で帯農OBの中村寿夫さん(66)は、「十勝牛の皮を使ったグラブが甲子園で見られると思うとわくわくする。『バシッ』と響く捕球音にも注目したい」と試合を心待ちにする。
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2020年08月14日

ワイン産地再興めざせ 「日本遺産」弾み 醸造所を再開 茨城県牛久市
山梨県甲州市が応援
明治時代に日本にワイン文化を根付かせた茨城県牛久市と山梨県甲州市は「日本ワイン140年史」として文化庁の日本遺産に共同申請、認定された。これを弾みに牛久市は、地元少年院の若者を担い手として、国の指定重要文化財となっているワイナリー、牛久シャトーの再開を目指す。甲州市も醸造家や生産者を派遣するなどして協力し、互いに交流を深めながらワイン産地を活性化する狙いだ。(木村泰之)
明治時代に両市の若者が渡仏し、習得したワイン醸造技術を地元に持ち帰り発展させた縁で、共同申請し、6月に認可された。
甲州市は江戸時代から農家とワイナリーの分業でワインを造り、約30のワイナリーを誕生させた。日照量が多い気候風土だけでなく、山梨県固有の「甲州種」の使用や、明治以降に県による出荷に不向きなブドウを使ったワイン勧業政策の後押しなどもあり、2019年時点で生産量日本一の「日本ワイン」産地にした。……
2020年08月11日

自信作食べてみて 生徒が育てたシャインマスカット ふるさと返礼品に 徳島県立吉野川高校
徳島県立吉野川高校は授業で栽培しているブドウ「シャインマスカット」をふるさと納税返礼品に出品している。高糖度で皮ごと食べられる品種で消費者から人気を集める。高校の校舎がある吉野川市、実習農場がある阿波市の「共通返礼品」に加わった。高校生が出品するのは珍しく注目を集めそうだ。
同校農業科学科の2、3年生10人で管理する。同校では、「竜宝」「巨峰」「クイーンニーナ」も含め4種を栽培する。「シャインマスカット」の栽培面積は阿波市の実習農場700平方メートル。1房当たり550~600グラムに育つよう長梢仕立てで管理する。糖度は17度ほどになる。新型コロナウイルスの影響で5月26日に学校が再開するまでは教員らが3人で管理した。
学校がある吉野川中流域は県内有数のブドウ産地。農家の下での実習もあり、「地域のPRにつなげたい」と3月に卒業した3年生が教員に訴えた。その後、教員が自治体に打診し、「両市が力を合わせることで相乗効果に期待ができそう」(吉野川市の担当者)「地元のにぎわい創出につながってほしい」(阿波市の担当者)と受け止めた両市が快諾した。
8月中旬の発送に向け生徒らは管理をしている。3年生の藤田龍飛さん(18)と妹尾有恭さん(17)は「失敗できない責任感がある」と口をそろえる。香りや感触、甘さは「どんな人でも好きになる」と自負する。地元でも人気で、昨年度校内の農産物販売所とスーパーで開いた販売実習では、100房(1房2000円)が開始10分で売り切れた。
トラストバンクが運営する「ふるさとチョイス」を通じて、6500円以上を寄付すれば返礼品として1房届く。8月中旬まで受け付ける。
妹尾さんは「最近は雨も多いから管理するのに気を抜けない。努力の成果を全国の人に食べてもらいたい」と意気込む。
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2020年08月08日

焼酎用サツマイモ 取引量減で産地困惑 青果・加工に急きょ転換 でんぷん仕向けも単価安
近年の芋焼酎の需要低迷を受け、焼酎メーカーが原料用サツマイモの契約取引量を抑えたことで、産地が対応に苦慮している。特に今年は新型コロナウイルスの感染拡大などを理由に、作付け直前に取引量を減らすと通達された例もあった。青果・加工用に品種を替えたJAでは、かさむ苗代や農地管理に頭を悩ませる。鹿児島県ではでんぷん用へ芋を回すが、取引単価が落ちるため、農家にとっては減収となる懸念が高まる。(三宅映未)
宮崎県は、サツマイモ生産量に占める焼酎原料用の割合が7割と全国で最も高い。JAや農家が酒造メーカーと契約を結び、安定した取引を続けてきた。ただ、芋焼酎の消費の停滞を理由に契約量は年々減少している。
JAこばやし甘藷(かんしょ)部会は、約90人が原料用サツマイモ「コガネセンガン」などを生産する。契約する焼酎メーカーからは昨年末までに契約量を減らすという連絡があった。それを踏まえ苗を準備していたが、今年4月、新型コロナによる消費減を理由にさらに1割減らすと通知された。JAは植え付け予定だった畑の1割で、青果・加工向け品種「高系14号」に切り替えることを急きょ決定。職員が部会員全戸を回り、理解を求めた。
JA担当者は「県内では高系14号に切り替える産地が増え、苗の確保に苦労した」と明かす。さらに近年、南九州で発生している「サツマイモ基腐病」が苗の確保を難しくした。同病は茎や地中の芋が腐敗する病気。抑えるにはウイルスフリー苗を導入する必要がある。苗代は通常の2、3倍となり、生産者に負担がのしかかる。
甘藷部会の部会長・松田繁利さん(67)はサツマイモが経営の柱だった。「高齢者でも管理の手間がかからず、栽培しやすい品目だったが、(契約量減で)続けるのも難しくなる」と打ち明ける。
宮崎県同様、焼酎用の芋栽培が盛んな鹿児島県にも問題は波及している。JAそお鹿児島は大手メーカーから契約量減を知らされた。5月以降にも複数の焼酎メーカーから同様の申し出があった。既に植え付け済みだったため、JAは余剰分をでんぷん向けに仕向ける方針を固め、農家に説明した。
県農産園芸課によると、焼酎原料用の主力品種「コガネセンガン」はでんぷん用原料にもできるが、農家の手取り額は補助金を加えても半分ほどに下がってしまう。焼酎用だと価格は1キロ平均50~60円だが、でんぷん用は10円弱。でんぷん用として出荷前に工場と契約を結ぶと、1キロ当たり27円の交付金が出るが、それでも減収は避けられない。焼酎用品種の取引額は、でんぷん専用種と比べ1俵(37・5キロ)当たり16円安いのも逆風だ。
減る需要 「苦渋の決断」
焼酎の需要は2013年以降、減り続けている。国税庁によると18年度の単式蒸留焼酎の製造量は約44万キロリットルで、過去10年間で最低だった。
焼酎製造で最大手の霧島酒造(宮崎県都城市)は20年分の取引量を減らす方針を、19年末にJAや仲買会社に伝えた。
その後のコロナ禍で消費の先行きが不透明となり、同社は今年4月、追加で5%減らすことを決めた。同社は「4月は、他の作物への転換やでんぷん用への切り替えを検討できるぎりぎりの時期だった。農家のことを考えた上での苦渋の決断だった」と明かす。今後は取引先へ直接訪問し、事情の説明に回るという。
薩摩酒造(鹿児島県枕崎市)も前年より1割ほど取引量を減らすと決め、取引する農家などに説明している。
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2020年08月04日

西日本豪雨2年 荒れゆく農地「再開いつ」 集落営農経営に影
2018年7月の西日本豪雨から2年がたった。被災地では、多くの農地・農業用施設が今も復旧を果たせていない。相次ぐ災害で工事業者の確保が難しいところに、新型コロナウイルスが追い打ちを掛けた。荒れてゆく田畑を前に、被災農家は焦りを募らせている。
広島県呉市。東部の中山間地、市原地区は約13ヘクタールあった田が土砂災害で3ヘクタールになった。7月、かつては青い稲が風にそよいだ棚田は、雑草に覆われたままだ。
地区の24戸のうち、営農を続けるのはわずか8戸。11戸は移住した。
県の復興モデル地区として被災1カ月後の18年8月には復旧へのロードマップができた。しかし19年度に完了予定だった災害復旧事業は、業者の不足やコロナ禍もあり、被害の査定すら終わっていない。市原自治会長の中村正美さん(70)は「市原の農業が途絶えてしまう」と焦る。
豪雨被害が大きかった岡山、広島、愛媛の3県で、災害復旧工事が完了した農地・農業用施設は、6月末時点で岡山県が74%(1207カ所)、広島県は31%(1351カ所)、愛媛県は34%(502カ所)にとどまる。
工事の遅れは集落営農法人の経営にも影を落とす。広島県東広島市の農事組合法人うやまは、米や野菜を栽培する全農地40ヘクタールが被災した。うち10ヘクタールはいまだ手付かずだ。
経営面積の減少と獣害の増加で、19年度は10年に法人を設立後、初めて赤字に転落した。7月中旬、ようやく復旧工事の入札があり、事態の進展に期待が掛かる。
業者不足 復旧進まず
中山間地では工事業者が不足して入札が不調に終わり、工事の発注ができないケースがある。
愛媛県西予市の久保谷集落で米を作る橋本勝さん(66)は「街中はきれいになってきたけど、中山間地はまだまだ」と、ため息をつく。
農道を歩き、山際に近づくと災害の爪痕が生々しい。急な増水で地盤ごと崩れた水路は、応急措置をして何とか水田3ヘクタールに水を入れている。今年の長梅雨で水路を支える地盤がさらに崩れた。
同じ工事で5カ所をまとめて国の災害復旧事業に申請したが、4カ所で工事業者が決まらない。橋本さんは「地域で農業を続けるためにも早く工事をしてほしい」と話す。災害復旧事業は原則、被災後3年度以内の工事完了が求められ、21年3月の期限が近づく。
復旧工事を担う土木・建設業者も不安を募らせる。西予市で工事を請け負う西建設の二宮実千雄社長は「災害復旧事業の期限までに全ての工事を終わらせるのは難しい」と頭を抱える。
災害復旧で通常に比べ2、3倍の工事を抱えて人手不足な上、中山間で手の掛かる農業関連の工事は後回しになりがちという。二宮社長は、自らも米と栗を栽培する兼業農家だ。「農家の気持ちはよく分かる。早く工事したいが、件数が多過ぎて抱えきれない」(鈴木健太郎、丸草慶人)
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2020年08月02日

[新型コロナ] 静岡大会忘れないで 来年度の運営校に“特製マスク”でエール 県立田方農高
今年度、静岡県で開催予定だった日本学校農業クラブ全国大会でプロジェクト発表の運営校を担当していた県立田方農業高校の生徒が、来年度の運営校へ手作りマスクを贈った。今大会は新型コロナウイルスの影響で中止が決定したが、大会運営を実施したかった思いと次回大会の成功を願い製作した。
マスクは同校のプロジェクト発表会生徒実行委員会の生徒ら10人で手作りした。委員長を務める3年生の鈴木奏さんは「幻の大会になってしまったが、静岡大会のことを忘れてほしくない。このマスクを見て思い出してほしい」と思いを込める。
マスクの生地は日本学校農業クラブ連盟(FFJ)が販売している手拭いを使用。ハトと富士山、稲穂で描かれたFFJマークがマスクの中心になるように、同校の教諭と共に、生徒が型紙を作製。デザインは2種類あり、マスクの大きさも男性用と女性用を用意した。
鈴木さんらは6月下旬から放課後に集まり、マスクを約30枚作った。マスクと共に、「私達の想(おも)いを繋(つな)げるためFFJマークのマスクを作りました」など手書きのメッセージも添え、1枚ずつ包装した。
副委員長の3年生の橋本陽さんは「マスクを使って、新型コロナウイルスに負けずに頑張ってほしい」とエールを送る。
マスクは来年度、全国大会が開催される兵庫県で、プロジェクト発表会の運営担当校となっている県立氷上高校に送られる。
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2020年07月25日

[活写] 来年こそ ビクトリーブーケ 思い新たに
1年後の東京五輪・パラリンピックでは、国産のビクトリーブーケで選手をたたえたい──。ブーケに用いられる観葉植物のハランの産地、東京・伊豆大島で、生産者らが気持ちを新たに意欲を高めている。
選手に贈られる副賞のブーケは、福島産トルコギキョウや岩手産リンドウなどでデザインする。東京産ハランは、東日本大震災の被災地の花を束ねる役割を担う。約60戸が栽培に取り組む島内では2万本の出荷を予定していた。
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて大会は延期されることになったが、開会に向け産地のアピールを期待し再び活気が出てきているという。伊豆大島園芸組合の橋爪重徳会長は「都内でハランといえば伊豆大島という自負がある。来年こそは大会を彩りたい」と意気込む。
再設定された来年7月23日の開会式に向け、照準はぴったりだ。(釜江紗英)
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2020年07月23日

[新型コロナ 備えて前へ] 希望のアーチ 医療にエール
新型コロナウイルスと戦う世界中の医療関係者らにエールを──。新潟県燕市の水田に、希望の象徴である「虹」の田んぼアートが現れた。作ったのは、地元農家やJA越後中央、土地改良区などでつくる「燕市景観作物推進協議会」。作品は縦53メートル・横75メートルで、5色の水稲を使って描いた。同会会長で米農家の太田敏彦さん(65)は「米どころならではの方法で、ウイルスと戦う世界中の人たちを応援したい」と力を込める。
今年で作品を作り始めて14回目。5月中旬に測量機を使って下絵を描き、メンバーが田植え機で苗を植えた。JAは精米作業を担当する。
作品は水田の間際に設置した高さ3・6メートルの高台からも鑑賞できる。見頃は7月中。(富永健太郎)
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2020年07月20日

九州北部豪雨3年 農地の工事完了3割 何も変わっとらん 行政失態 復旧の足かせ 福岡県朝倉市
九州北部豪雨から5日で3年。被災した福岡県朝倉市では、現在も3割しか農業関連の復旧工事が終わっていない。防災工事が優先で、農地が後回しになっている。特に山あいの樹園地は農道の復旧すら手付かずで、生き残った木の管理すらできないのが実情だ。工事を待ち続ける農家に話を聞いた。(金子祥也)
募るは不信ばかり
3年たって復旧状況はどうか。農家に質問をぶつけようとしたら、「何も、変わっとらん」。重ねるように農家が発した声にかき消された。
北部豪雨で地形が変わってしまった朝倉市杷木志波地区。柿栽培を営む小江達夫さん(60)の自宅の居間は、雑貨や市から届いた被災関係書類が散乱している。豪雨で床下浸水した時に慌てて荷物を引き入れて以来、片付ける余裕もないという。
3・5ヘクタールあった柿園地は、2ヘクタールが豪雨で被災。園地に続く農道は激流でできた谷あいに寸断されて近づくことさえ難しい。樹園地に続く別の林道は、流れ着いた大木や岩がごろごろしている。被災したのが3年前とは思えない、生々しい痕跡だ。「何も、変わっとらん」。道に横たわる大木を見ながら、もう一度、小江さんが口にした言葉が重く響く。自宅も農地も、時間が止まってしまっていた。
朝倉市の農地復旧は遅れている。国の災害復旧事業を受けている農地・農業用施設768件中、工事の発注が済んでいるのは485件で61%。工事が終わったのは259件で34%にとどまる。県農村森林整備課によると、河川や砂防など防災に関する工事が優先で、農地の工事は後回しになっているという。同課は「それでも非常に遅いとは思っていない。農家には理解してほしい」と淡々と説明する。
だが、「理解」に必要な信頼関係は揺らいでいる。同市は書類の提出漏れで780件もの農地が国の災害復旧事業の対象外になる深刻なミスを引き起こした。不備に気が付いてからも、農家への説明を先送りにし、被災から1年がたつまで農家への釈明もしなかった。
申請から漏れた農地の過半が復旧を断念。現在、259件が市の独自補助による復旧を希望しているが、工事費用は概算で6億1070万円と巨額だ。市の財政で賄える規模ではないので、国や県の補助事業で利用できるものがないか模索している。資金の都合が手探りなので、国の事業よりも工事は遅れる。現在の発注率はわずか12%。残りの工事はいつになるかも見通せない。
復旧のペースを早める制度を悪用し現金を受け取って工事費用を水増しした汚職も6月に発覚。市職員に逮捕者も出た。
「これで信用しろと言われても困る」。ある農家は怒りを隠せない様子で吐き捨てた。
早く、早く 元通りに
同市で被災した農地は柿や梨など、樹園地の割合が多い。農地が直っても植えた木が実を付けるまでに何年もかかる。被災現場近くで生き残っている木も、樹勢が弱まったり、病気が入って枯れたり、手入れできない期間が積み重なって確実に傷んできている。時間がたつほど、営農再開への道は険しくなっていく。
それでも復旧を諦めていない農家は、今も残った樹園地で懸命に営農を続けている。小江さんも5人の農家から1ヘクタールの園地を引き継いで、栽培面積を増やしながら復旧の時を待っている。やはり人の園地だと勝手が違い戸惑うこともある。早く自分の園地が元に戻ってほしい。
「百姓が普通に農業をできる。それだけを、早く、早く……」。地域の農家の声を代弁し、小江さんは願う。
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2020年07月04日

[新型コロナ] コロナ禍、高まる“移住熱” 数より心の交流
新型コロナウイルス禍で、過密な都会から農山村移住への関心が高まっている。大手メディアも“コロナ移住”として注目し、「東京一極集中是正のチャンス」との声も上がる。ただ、移住者の受け入れに熱心の地域や移住の相談窓口は「移住者数を増やすだけでは地域は幸せにならない」などと冷静に受け止め、一過性ではない関係づくりを目指す。
一極集中是正の好機か
田んぼから見上げると讃岐山脈が広がる香川県三豊市財田町。果樹を栽培する橋本純子さん(54)が「この風景、人が大好き。だから引っ越しする人を増やすことより、共感してくれる移住者を受け入れたい」と思いを話す。橋本さんは5年前に大阪から移住。現在は地域の自治組織「NPO法人まちづくり推進隊財田」の理事で、就農者や移住者の受け入れ支援に携わる。
山に囲まれ、3800人が暮らす中山間地域の同町。地域自治を進める橋本さんらにとって、引っ越しと移住は異なる。住居を変えるだけでなく「農山村の暮らしに溶け込み、地域を理解する移住仲間を増やしたい」と考える。
過密な都会の脆弱(ぜいじゃく)性を浮き彫りにしたコロナ禍。内閣府が6月に発表した調査では、コロナ禍を契機に地方移住に関心が高くなった20代は3割に上った。
現場冷静「焦らず継続」
各地にもこれまでとは異なる問い合わせがある。「不動産関係者から別荘に関する問い合わせが多い」(関東の自治体)「地域おこし協力隊や就農支援事業の希望者が増えている」(近畿の自治体)。一部の自治体担当者からは「移住者を増やす一大チャンス」との声も漏れる。
しかし同法人は状況を冷静に見る。横浜市から移住した同法人事務局の大石秀子さん(44)は「人生観が変わり、地方暮らしの価値に気付いた人はいるはず。でも数を増やすのではなく、一人一人と丁寧に向き合う移住支援をしたい」と話す。
コロナ禍で、移住希望者向けツアーや地域住民の話し合いはできていない。法人は、これまでのような交流は難しいが、移住相談はテレビ電話で応じ、インターネット交流サイト(SNS)などで田畑や農作業など日常を発信し、地域の魅力を伝える。同法人事務局長で農家の大西義見さん(63)は「移住者の視点は今後も必要。子どもや若者の声が地域をにぎやかにする」と、地域づくりは「焦らず継続すること」が肝心とみる。
総務省の地域力創造アドバイザーを務める泉谷勝敏さん(46)は、全国138の自治体や民間団体が参画した「オンライン移住フェア」を5月末に企画した。フェア以降、泉谷さんは大手メディアなどから“コロナ移住”の取材をほぼ毎日受けている。
高まる“移住熱”について、泉谷さんは「移住したいけれど難しかった都会の人々が、在宅勤務を機に現実的に移住を検討するようになった」と分析。その上で「一過性で移住者数を増やしても農山村は疲弊するだけ」とくぎを刺す。
東京・有楽町で移住者の相談に応じる、ふるさと回帰支援センターにも取材が相次ぎ、就農希望者らの問い合わせは増えている。
同センターの嵩和雄副事務局長は「コロナ禍で地域と都会の行き来が難しいからこそ、住宅提供だけではなく、地域の理解を深める関係づくりが重要となる」と指摘する。
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2020年06月28日
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1
記録的な大雪 ハウス279棟が損壊 北海道・JAふらの管内
記録的な大雪となっている北海道のJAふらの管内で、4日までに118戸・279棟のビニールハウスが損壊する被害が出ている。JAは「作付けを諦める人が出る可能性もある」と危惧。修繕に向けて、資材の確保などの対応を進める。
前線を伴う低気圧が発達し、北海道を通過した。札幌管区気象台によると、富良野市の2日の最深積雪は119センチで、1979年の統計開始以降、最も大きかった。農家はハウスがつぶれないよう懸命に除雪し、ハウス内に支柱を立てるなど対策を講じたが、降雪量が多過ぎたという。
JA職員が目視で確認した管内3市町(富良野市、中富良野町、上富良野町)の被害件数は3日午後4時時点で、全壊が279棟。農家への調査も進めており、被害はさらに広がる可能性がある。被災したのは、ハウスの苗床を確保する時期を迎えていたメロン農家が最も多かった。アスパラガスや水稲の農家も被害を受けた。
JAの武田達樹常務は「作付けの維持に向けて、実態を把握し修繕に向けた資材の確保を進めたい」と強調する。
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2021年03月05日

2
日本型アニマルウェルフェア開発へ 集まれ“応援団” 鶏肉販売始める 信州大農学部
信州大学農学部(長野県南箕輪村)は3日、アニマルウェルフェア(快適性に配慮した家畜の飼育管理)の飼育施設で育てた鶏肉の販売を始めた。研究の一環で飼育した肉用鶏を販売することで、消費者へのアニマルウェルフェアの認知度向上につなげる考えだ。
同大によると、アニマルウェルフェアの畜産物を大学の農学部が販売するのは全国初。販売するのはモモ肉、ムネ肉、手羽元の3部位で、いずれも冷凍している。
同学部では2020年7月に、アニマルウェルフェアに対応した研究用鶏舎を完成させた。鶏は1平方メートル当たりの飼育数を日本の一般的な飼育数の15、16羽より少ない11羽で飼育し、飼育密度を下げた。この他にも、鶏舎内で終日照明を点灯させずに、1日2時間連続で照明を消すなどしてストレスを軽減させ、快適な環境をつくった。
今回販売する鶏肉は、昨年12月下旬にひなから育て、2月上旬に山梨県笛吹市の加工業者に出荷した310羽分。
研究に取り組む竹田謙一准教授は「販売を通じて、消費者がアニマルウェルフェアの考え方を知り、応援団になってもらいたい」と説明する。
キャンパス内の直売所で発売。モモ肉1袋(2キロ)2000円、ムネ肉1袋(同)1500円、手羽元1袋(同)1300円。
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2021年03月04日

3
食・農就活サミット 72団体が出展
農業に特化した求人情報サイト「第一次産業ネット」を運営するライフラボは28日、2022年春に卒業予定で就職活動中の学生らを対象にした「食・農就活サミット」を東京都千代田区で開いた。農業法人や食品関連会社など72団体が出展。就活生ら約500人が参加した。
水稲や野菜、畜産を手掛ける法人の他、JAや農薬会社などの企業・団体が出展。……
2021年03月01日

4
[活写] 丹精5色 敷き詰めて
福井市美山地区で、地元産の野菜を使ったカラフルな「かき餅」の乾燥作業が進んでいる。
かき餅は北陸地方で農家などが冬に作る保存食。薄く切った餅を寒風で乾燥させて作る。これを、地元産の野菜でアレンジしたのが、同地区の主婦7人でつくる加工グループ「美山そば工房木ごころ」だ。使う野菜は全て地元産で、5種の味を開発。赤色は地域の伝統野菜「河内赤かぶら」の粉末を練り込んだ。緑色はヨモギで黄色はカボチャ、ゴマ、トウガラシもある。
通常、ひもでつるして干すかき餅を、同グループは、乾燥時の割れや曲がりを防ぐため、乾燥台に並べて干す。
代表の田中康子さん(74)は「昨年はイベントの中止が相次ぎ販売に苦戦した。今年はコロナが落ち着いて多くの人に食べてほしい」と話している。
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2021年02月21日

5
都市農業の今 映像化 一橋大・農林中金寄付講義 現地へ行けない学生向けに
東京の都市農業の魅力を映像化しインターネット上で公開するプロジェクトに、農業関連ウェブメディアの運営会社「ぽてともっと」(東京都国立市)が取り組んでいる。新型コロナウイルス禍でフィールドワークができない大学生に、都市農業の現状を伝えるのが目的だ。新規就農者やベテラン農家、JA関係者のインタビューを中心とした動画を公開し、一般の人にも農業への理解を深めてもらう。
農家ら取材 魅力深掘り ネットでも広く発信
動画作成は、同社代表の森田慧さん(25)の母校でもある一橋大学の経済学研究科で行われている、農林中央金庫の寄付講義「自然資源経済論」のプロジェクトから相談されたことがきっかけ。5分半~8分の動画を計8本作成した。
コロナ禍の影響で、学生は農業現場のフィールドワークができない状況が続いていた。プロジェクトの担当者から「学生に現場を知ってもらう手段はないか」と相談され、映像で伝えることを提案した。
取材には昨年秋から取り掛かり、生産緑地で新規就農した東京都日野市の川名桂さんや、八王子市で酪農を営む磯沼ミルクファームの磯沼正徳さんら農家を当たった。東京の地場産野菜の集荷・販売を手掛ける国立市の「エマリコくにたち」や、販売・購買・指導など事業が多岐にわたるJA東京むさしも取材した。
農家の車に1日同乗させてもらって話を聞いたり、JAや流通関連会社に1週間かけて取材・撮影したりした。現場の様子を深く知ることができたという。
同大では昨年末、動画を基に学内でシンポジウムを開催。森田さんも交えて都市農業について理解を深めた。
動画は同社制作の都市農業をテーマにしたサイト「モリタ男爵の農業まるごとリポート」でも、1月下旬から公開している。
以前から日本の農業に関心があり「今後は全国の農業現場を映像に残すことに取り組みたい」という森田さん。「農家の話を聞き、撮影することで、立体感のある記録として残せる」と、映像の持つ効果を生かして次の世代に農業を引き継いでいきたい考えだ。
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2021年02月23日

6
表面パリッ 内側もちっ カチョカバロ人気 兵庫・淡路島牛乳
ステーキで食べるチ乳業メーカーの淡路島牛乳(兵庫県南あわじ市)が製造・販売するイタリア発祥のチーズ「カチョカバロ」が人気を集めている。厚くスライスして両面を焼き上げて食べるのが特徴。「ステーキにして食べるチーズ」として売り込んでおり、新しい食べ方が消費者の支持を広げている。……
2021年03月03日

7
ガソリン携行缶 扱い注意喚起 国民生活センター
国民生活センターは、農機具用などのガソリンを入れる携行缶の取り扱いを誤ると、ガソリンが漏えいや噴出し、引火・爆発事故が発生する危険があり死傷者も出ているとして注意を呼び掛けている。ガソリンは引火性が高く、小さな火種でも引火する危険性がある。
同センターによると、……
2021年02月21日
8
二地域居住推進へ全国協 600自治体 事例共有 国交省
国土交通省は、地方と都市に二つ以上の生活拠点を持つ「二地域居住」を全国規模で推進するため、自治体や関係団体などが参加する協議会を3月に設立する。601の自治体と29の関係団体・業者が既に参加を決めている。農村を含め地方の人口減少に歯止めがかからない中、有効な施策の検討やノウハウの共有を進め、新たな人口を呼び込む契機を各地で作りたい考えだ。
「全国二地域居住等促進協議会」として発足する。36都道府県と565市区町村に加えて、移住推進や空き家バンクの運営組織など29団体が参加を決めている。会長に長野県の阿部守一知事、副会長に和歌山県田辺市の真砂充敏市長と栃木県那須町の平山幸宏町長が就く予定だ。
「二地域居住」を通じ、地方移住や関係人口増加を促す。居住者には農村の伝統行事や、地域の清掃活動などにも参加を促し、地域コミュニティーの活性化につなげたい方針だ。
協議会ではまず、先行して二地域居住が増えている自治体のノウハウ共有を進める。具体的には3月中にホームページを立ち上げ、関連施策や先進事例を紹介する。二地域居住を望む人が住宅を確保できるよう、空き家バンクの有効な活用方法などを発信する。
意見交換の場としても活用する。地域外からの居住者と地元住民がどう関係を深めていくかなど、二地域居住を推進・拡大していく上での課題と対応方法などを参加自治体、組織が話し合うことも想定する。
新型コロナウイルスの影響でテレワークを導入する企業が増え、都市部に拠点を置きながら地方暮らしを検討する人が多くなっている点に着目。同省は、「二地域居住の潜在的な需要は高い」(地方振興課)とみている。
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2021年02月23日
9
“和牛少年” 春のセンバツ出場 もう一度「紫」この手に 長崎県立大崎高 野球部主将 秋山さん
「おうちの牛にも(褒賞の)紫色のリボンが欲しい」と、共進会に牛を引いて出場したかつての「和牛少年」が、今度は紫紺の優勝旗を目指し春の選抜高校野球大会に挑む。少年の名は秋山章一郎さん(17)。長崎県立大崎高校野球部の主将として第93回大会に出場する。「野球ができるのも家族と牛のおかげ」と語る秋山さんは、19日の開幕に向け「応援してくれる皆さんに喜んでもらえるように、一勝でも多く勝ちたい」と、澄んだ瞳で前を見据える。
6歳で共進会入賞 牛、家族が支え
秋山さんは幼い頃から牛に興味があり、「大きくなったら牛飼いになる」が口癖だった。6歳だった2009年秋、同県雲仙市主催の和牛共進会若雌第2部に父親の清さん(45)に導かれて登場し、出品牛が1等を受賞。会場の喝采の中で、急きょ章一郎さんに「特別賞」が与えられたというエピソードを持つ。
育てた牛を和牛共進会で父親と引く当時6歳の秋山さん(長崎県雲仙市で)
野球では、名将といわれた清水央彦(あきひこ)監督に憧れを抱くようになり、清水監督が大崎高校野球部の監督に就任すると、その思いが加速。同校に入学を果たした。
同校は甲子園初出場。長崎県西海市の西の外れにある人口5000人ほどの小さな島の高校だ。生徒数は113人で、現在の野球部員は3年生が抜けて29人。全員が寮生活をしている。
秋山さんは主将として部員を束ねる。心掛けているのは、誰よりも先に行動して先頭に立つことで「自分がやらないと部員もついてこない」と話す。チームの特徴は「チームワークが良いところ」だ。
監督が考案したという丸太を使ったトレーニングはきついが、体幹を鍛えるため部員を鼓舞し、熱心に取り組んでいる。監督に対しては「いつも自分たちのことを第一に考えてくれる。監督、部長らがいなければ今の自分はない」と話す。
今は「野球に“全集中”」の秋山さんだが、牛の事も忘れない。実家で飼う牛の名前は全て覚えており、子牛が生まれれば家族から電話で知らせが入り「素直にうれしい」という。
甲子園球場には家族全員が応援に来る。「自分には、大好きな家族と、牛と、野球がある。毎日が充実している」と秋山さん。両親は「監督に野球を教えてもらえることは、息子にとって一生の宝物になると思う。一生懸命頑張ってほしい」とエールを送る。
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2021年03月03日

10
[活写] カスミソウ 収束願って、幸せ誓って
婚礼で使われるはずだった高品質の花を活用しよう──。東京駅のイベントスペース「スクエアゼロ」に2月26、27の両日、熊本産などの宿根カスミソウ3000本を使った展示が登場した。バージンロードを意識した配置で、花を天井に向かってアーチ状にし、式場の雰囲気を演出した。
花きの仲卸や市場卸、小売りなどで構成する「ブライダルフラワー支援協議会」が企画。新型コロナウイルス禍で婚礼件数が激減し、打撃を受けている花の産地や業界を盛り上げる狙い。
展示した生花は白と緑だけを使い、中央のモニターにカラフルな花々や咲き誇るカスミソウの画像を投影した。モニターの前に椅子を2脚置き、通る人が記念写真を撮って楽しめるようにした。
デザインと装飾を担当したフラワーアーティストの中川聖久さんは「未来の婚礼を思い浮かべたり、過ぎ去りし婚礼を懐かしんだりしてほしい」と話す。
協議会は2020年度補正予算の「公共施設等における花きの活用拡大支援事業」を利用し、展示を行っている。
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2021年03月01日
