終戦の日 記憶つなぎ歴史に学ぶ

 今日は74回目の「終戦の日」。戦争体験者の話を聞けるのは、いつまでだろう。終戦時に10歳だと今年で84歳。近い将来、肉声を聞くことはできなくなる。次の世代が戦争の真実を語り継ぐことでしか、歴史はつないでいけない。歴史に学ばない者は同じ過ちを繰り返す。

 日本農業新聞は、くらし面で「記憶のかけら」を連載している。戦争体験者が年々減り、当時の記憶を伝える品々も失われていく中、「物」に込められた人々の思いをたどり、戦争の記憶を伝えようと試みた。だが、事例探しは困難を極めた。生存する体験者が想像以上に少なく、たどり着けても高齢のため「話をするのが難しい」と家族から断られた例もあった。

 そのような状況で、記憶をつなぎ伝える役割を果たすのが、手紙や写真、身に着けていたものなど体験者にまつわる「物」だ。想像するしかないこともあるが、それでも当人の「記憶のかけら」は得られる。

 今年8月、核兵器に関する注目すべき二つの動きがあった。一つは、ボリビアの核兵器禁止条約批准。8月6日、国連での手続きを終えた。この日にした理由を、同国の国連大使は「1945年の今日、広島に原爆が落とされた。あの日に亡くなった全ての人を忘れず、敬意を表したい」と語った。条約発効には50の国・地域の批准が必要で、同国は25番目となった。

 日本はどうか。世界で唯一の被爆国なのに、同条約に批准しておらず、核廃絶の流れに逆行している。9日に長崎市で行われた平和祈念式典で、安倍晋三首相は「核兵器保有国と非保有国の橋渡しに努める」と述べたが、被爆者が切望する条約には一言も触れなかった。

 もう一つは、米国とロシアの中距離核戦力(INF)全廃条約の破棄、失効だ。一触即発だった米ソ時代の軍拡抗争が再燃するのでは、と懸念する。

 「戦争はいつの間にか忍び寄り、気付くと渦中にいる」と語る体験者は多い。そして、その状況を受け入れてしまう要因の一つには人々の意識がある。

 連載に登場した長尾多津子さん(88)は「何をするにもお国のため、兵隊さんのためと教え込まれた」とし、それを苦とも思わなかった自分を「洗脳されたようだった」と振り返る。石見幸子さん(84)は「戦争の火種となったのは、偏見や差別ではないかと今は思う」と話す。

 違う意見をたたき、排除する風潮は差別を生み、声を上げないことは容認につながる。「疑問に思わない」意識はどう出来上がり、穏やかな日常が戦争でどう奪われていったか。過程をたどり、その様を脳裏に刻むことが必要だ。

 戦争で亡くなった人たちは、忘れ去られることで二度死ぬ。毎年忘れずに戦争の歴史を伝え続けることが戦争の火種を消し、亡くなった人の記憶を生かす。身近にある「戦争の記憶」を探すことから始めたい。 
 

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