マルシアさん(歌手・女優) 食卓に並んだ二つの文化

マルシアさん

 父方の祖父母は静岡県から、母方の祖父母は高知県から、移民としてブラジルに渡りました。私はブラジルで日系3世として、祖父母や両親から日本の文化、食や音楽に触れる形で育てられました。

 父方の祖父は日本で農業を学び、その技術を用いて作物を作るという夢を抱いてブラジルに渡り、サンパウロ州の町に住みました。特に実家が茶畑をやっていたので、日本茶を作りたかったんです。
 

柿を広めた祖父


 でも日本とは土地も水も気候も全く違います。お茶はもちろん、米、ジャガイモ……何を作ってもうまくいきませんでした。全てが失敗の7年間。ついに食べ物がなくなるくらいになってしまって、私の父が生まれて3カ月の時に、別の町に移りました。私が生まれ育ったモジ・ダス・クルーゼスという町です。

 祖父はそこで、新たな勝負をしました。今度はフルーツ。ポンカンや柿、ビワなどに挑戦したんです。

 するとそれが大当たりしたんです。大成功した祖父は日本のフルーツを広めていったので、ブラジルでも根付きました。日本と同じくポンカン、柿という言葉で呼ばれています。

 母方の祖父母も農家。ニンジンやレタスなど野菜を作っていました。祖母は必ずこんにゃくを持って私の家を訪ねたので、私は常に食べていました。祖母が作ったものです。芋から作ったのかどうかまでは分かりませんけど。

 そのように日本の食と文化を大切にした祖父母のおかげで、食卓には必ずみそ汁がありました。私は苦手でしたが、祖父は納豆が好きでよく食べていました。

 正月には家族全員が集まり、かまぼこや栗きんとんなどが入ったお節を何日も続けて食べました。他には刺し身、のり巻きが並び、餅も。私は餅には砂糖としょうゆを付けて食べていました。

 ブラジルにはブラジルの食文化があります。野菜とフルーツが豊富な国です。レストランは基本的にビュッフェ方式で、サラダ用だけでも何十種類もの野菜が並びます。マンゴー、アボカドは、日本で作られるものの何倍も大きいんです。アボカドは真ん中から切って種を取り、そこに砂糖とレモンを垂らしてつぶしていただくんです。それにビタミーナと呼ばれるジュースにも使います。アボカド、牛乳、砂糖とコンデンスミルクをミキサーにかけて飲むんです。ほとんど毎朝いただきました。
 

ご飯も食べ分け


 うちの食卓には、日本とブラジルの両方の食文化を取り入れた料理が並びました。

 ご飯は、日本のような粘りのあるお米を炊いたものと、向こうの長粒米をガーリックで炒めたものを、時と場合で食べ分けました。

 みそ汁と一緒に、フェイジョンというブラジルの豆のスープも出ました。汁物は必ず両方がテーブルに出るんです。ブラジル式の肉料理やサラダと一緒に、筑前煮や魚の南蛮漬けが並んだりしていました。二つの文化が、私の体をつくってくれたんです。

 日本に来たことで日本の良さを深く知ることができたり、逆にブラジルの良さを改めて感じたりすることができました。今年でデビュー30周年を迎え、アルバムを出しました。その中の1曲は日本語の他に、私が歌詞を翻訳したポルトガル語バージョンも入れています。故郷への思いを届けたいと考えたからです。二つの国の人々と文化に感謝しています。(聞き手、写真=菊地武顕)

 マルシア 1969年、ブラジル・サンパウロ州生まれ。86年に開かれた歌謡選手権で作曲家の猪俣公章氏の目に留まり来日し、89年に「ふりむけばヨコハマ」でデビュー。今年9月、自らポルトガル語で作詞した楽曲も収録したアルバム「真夜中のささやき」を発売。10月26日に浜松で、11月17日にビルボードライブ東京でライブを開催。
 

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