[未来人材] 37歳。東京から移住、炭職人に 憧れの道で文化継承 井上鎮夫さん 宮城県七ケ宿町

ナラとクヌギの木を切り倒し、自家製の窯で炭を作る井上さん(宮城県七ケ宿町で)

 町の9割を森林が占める豪雪地帯の宮城県七ケ宿町。雪が町を覆う中、黒く染まった手で汗を拭う炭職人がいる。東京から移住した井上鎮夫さん(37)だ。炭焼きに心を奪われ、縁もゆかりもないこの地に移住。ブランド化した「七黒炭」で、かつての炭焼き産地を新参者が盛り返す。

 「一般の炭より堅く、断面が均等。燃焼時間が長く、爆跳しにくい」。井上さんがそう言って特徴を説明する炭は、県内キャンプ場や道の駅に出荷する。2019年11月には県の農林産物品評会特産物部門で県知事賞に輝いた。「高齢化で職人は4戸まで減った。この文化を途絶えさせたくない」と話す。

 東京で生まれ育った。高速道路の設計に携わり、残業が多く終電で帰る毎日。14年に結婚したが、妻との時間を取れず寝に帰る日々だった。「電車に揺られる度に心が削られた。何のために働いているのか。自問自答していた」と振り返る。

 気付けば30代半ば。改めて人生について考えた。「自分の手で道を切り開きたいと思った」と井上さんは言う。妻と話し、田舎で暮らそうと決めた。募集していた町のインターンシップに参加して、15年に移住を決めた。

 井上さんは「炭職人と出会って人生が変わった」と話す。町では背中を丸めてつえを突いているのに、山に入れば腰をぴんと伸ばし、チェーンソーをかついでササッと木を切る職人。そんな姿を見て「“かっこいい”。体が震えた」。

 自分の時間を犠牲にして、お金を稼ぐために働いてきた。息苦しかった。「職人は好きな山、炭について一日中考えていた。自分も好きなことに一生懸命になりたい」。憧れを実現しようと決意した。

 井上さんに教える新山弘さん(87)は「何でも吸収する素直な努力家。後継者がいなくて炭焼きは終わりだと思っていた。町の希望だ」と評価する。

 井上さんは「新山さんにはまだまだかなわないし、冬の厳しさには慣れない」と苦悩する一方で「妻と息子とゆっくりご飯を食べられるのが、この上なくうれしい」と幸せをかみしめる。(高内杏奈)
 

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