中村うさぎさん(作家・エッセイスト) 思い続けた料理 味に驚愕

中村うさぎさん

 子ども時代は、ちょうど高度経済成長期でした。家に次々と電化製品が来るのを目の当たりにした世代です。冷蔵庫、洗濯機、テレビ……。家電が増え、生活が変わっていきました。冷蔵庫のおかげで肉や魚、卵などの持ちが良くなり、食は確実に変わったと思います。私は卵がすごく好きなので、冷蔵庫の恩恵を受けたはずです。
 

2種類のカツ丼


 自分の家の料理は、全国どこの家でも食べている料理と同じだと思っていました。でも後になって、違っていたことに気付いて。

 例えばカレーライス。家では焼きカレーというのを作っていたんです。初日は普通にカレーを食べて、翌日はカレーの上にチーズを載せてオーブンで焼いて食べる。生まれ育った門司(福岡県北九州市)では、これが当たり前でした。

 でもそれは門司だけだったんですね。小学校2年生の時に関東に引っ越して東京や横浜に住んだんですけど、クラスの誰もわが家定番の焼きカレーのことを知らなかったんです。がくぜんとしました。

 カツ丼もね、向こうではソースカツ丼なんです。関東に来てから、家族と一緒にそば屋に行ってカツ丼を頼んだら、卵で閉じている。これにはビックリしました。

 父はソースカツ丼の方が良く、私は絶対卵とじの方が好き。それ以降、家でカツ丼を作る時、母は2通り作ることになり、大変だったと思います。

 私はかなり食が細い子でした。赤ん坊の頃はほとんどミルクも飲まず、母は悩んだそうです。たまった母乳が腐り、切開してうみを出したりしたほどで。幼稚園くらいになっても食べない。少しでも食べさせるため、私の好きなものを「残してもいいから」といろいろ作って出してくれました。卵料理もたくさん作ってくれました。

 思春期になると、友達と外でご飯を食べるようになりますよね。外で食べるオムライスってフワフワトロトロじゃないですか。母親が作ってくれたものとは全然違うことを知りました。卵焼きも、外で食べただし巻きはとてもフワッとしていて驚きました。母の作った卵料理は、火の入れ方が強かったことを知ったわけです。でもそれはそれでおいしかったし、母にはとても感謝しています。
 

20年越しの謎…


 子どもの頃は、ヨーロッパやアメリカの暮らしや食べ物に憧れるじゃないですか。でも大人になり実際に行って食べ、失望することも多かったですよね。特にイギリスは何を食べてもまずくて。

 私は『メアリー・ポピンズ』が大好きで、岩波書店の本を読んでいました。その中に「クランペット」というのが出てくるんです。冬に屋台で売りにくるもので、訳注には「薄く焼いたホットケーキのようなもの」と説明がありました。クランペットって何だろう? 食べてみたいと、小学校3年の頃から思い続けたものです。

 30代になってロンドンに行った時、屋台を探したけどありませんでした。でもカフェに入ったら、メニューに載っていたんです。二十数年間、思い続けた食べ物に出合える! 勇んで注文しました。

 出て来たのは、クレープでした。フランス語を英語読みしてクランペットになったんでしょうね。

 謎が解けた。良かった、良かったと食べたら……。ネチョッとしていて、どうやったらこんなものを焼けるんだ、シェフを呼んで来い、と言いたくなる驚愕(きょうがく)のまずさ! あの憧れは一体なんだったんだろうとむなしくなったわけです。(聞き手・写真=菊地武顕)

 なかむら・うさぎ 1958年、福岡県生まれ。同志社大学を卒業後、雑誌ライターとして活躍。91年にライトノベル作家としてデビュー。「ゴクドーくん漫遊記」「宇宙海賊ギル&ルーナ」各シリーズなどで人気を博す。一方、自らの生活ぶり(浪費、風俗関連など)を赤裸々に明かすエッセーの執筆を始め、注目を集める。

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