コロナ禍で忘年会受難の師走である

 コロナ禍で忘年会受難の師走である。忘年会は、3密の代表選手、しかも3波のただ中。とてもGoToとはいかない▼この年忘れの行事、職場の仲間や友人たちと一年の労をねぎらい、あるいは憂さ晴らしをする場だと思ってきた。思想家の安岡正篤氏によれば、「忘年の交わり」とは、「年の長幼を忘れての交友」をいう。先輩や後輩など年の差を超えた心と心の付き合いで、「忘年の友」こそ真の友であると。そんな深い意味も知らず、忘年会の無礼講に甘え放歌高吟していたわが身を恥じる▼安岡哲学の信奉者は今も政財界に多い。歴代の宰相も教えを乞うた。政治の本義を説き、為政者を戒める遺訓は、今なお光を放つ。例えば次の一節。「政治は廃れ易(やす)く、民は乱れがちで、油断すれば忽(たちま)ち世を挙げて見るに忍びぬ禍乱に陥る」。コロナ禍の時世を射抜いているような警句ではないか。油断が禍乱を招く、その瀬戸際にいる▼コロナ対策でよく使われる「ハンマー」(規制)と「ダンス」(緩和)のバランスは難しい。コロナ封じ込めに失敗すれば、経済の死も招く。ウイルスがまん延しやすい冬本番。観光や飲食業界を下支えしながら、何とか感染拡大を食い止めたい▼酔って忘れたいことは多かれど、千鳥足のダンスはしばしお預けである。
 

おすすめ記事

四季の新着記事

検索

e農サーチ e農サーチとは