予算編成プロセス 活性化へ有効活用を 元農水省官房長 荒川隆氏
2021年01月13日
年末にかけて、税制改正、補正予算、翌年度予算が閣議決定されると、年中無休の永田町・霞が関かいわいにも年越しの静寂が訪れる。かつて、大蔵原案の一次内示から、課長折衝、局長折衝、次官折衝という事務折衝の後に、与党政調会長も交えた大蔵大臣室での大臣折衝へと続く一連の予算編成プロセスは、年末の風物詩だった。御用納めの12月28日までに終わることはなく、閣議決定後の端数整理で生ずる残額の割り付けのための「落穂拾い」と呼ばれる作業を終えて役人たちが家路に就く頃には、紅白歌合戦が始まっていたものだ。
自らの関連予算を一円でも上積みしようと、業界関係者が全国から地元の名物を携えて上京し、手分けして役所や国会議員に陳情を繰り返す。与党各部会は、連日早朝から会議を開き、折衝状況を聴いて役人を叱咤(しった)激励する。最終段階では、大臣折衝に赴く農水大臣を与党部会全員で送り出し、折衝から戻った大臣からその赫赫(かっかく)たる成果を聴取し、同席する業界団体代表たちがお礼言上を行う。一連の政治ショーはこんな形で進む。
昭和が平成に変わった頃から、このプロセスは簡素化されていった。年末ギリギリだった閣議決定日がしだいに前倒しされ、いつしか天皇誕生日の前には終わるようになった。倫理規程のおかげで業界からの差し入れもなくなり、半ばお祭り騒ぎだった省内も、予算担当者を中心とした地味なものに変わっている。
働き方改革のご時世だから、プロセスの簡素化に越したことはないし、新型コロナウイルス禍の今回は例年以上に静かだったようだが、編成された予算総額は過去最大となった。農政関連では、すったもんだの末に第3次補正コロナ対策として盛り込まれた次期作支援対策に1300億円余りが計上された。米価下落が懸念された2020年産米対応や大幅な深掘りが必要となる21年産米対策も、補正予算に350億円、当初予算に対前年同額の3050億円が確保された。「コンクリートから人へ」の被害者でもあった農業農村整備事業も、当初予算額をさらに伸ばして全国の事業要望に十分応えられる水準となったようだ。新基本計画で打ち上げられた「食と農の国民運動の推進」も、4億円と金額は少ないものの運動のはずみ車としての芽出しはできた。
これらの予算編成作業は、日の当たる政治プロセスの陰で黒衣(くろご)として働く霞が関の役人たちが、厳しい予算制約の中で知恵を絞り粘り強く財政当局と折衝した生みの苦しみのたまものだ。農業関係者におかれては、予算事業を有効活用し経営改善や地域活性化に努力するとともに、都市住民・消費者・経済界など各界各層を巻き込み、この国の農業・農村への理解を深める運動に取り組んでいただきたい。
自らの関連予算を一円でも上積みしようと、業界関係者が全国から地元の名物を携えて上京し、手分けして役所や国会議員に陳情を繰り返す。与党各部会は、連日早朝から会議を開き、折衝状況を聴いて役人を叱咤(しった)激励する。最終段階では、大臣折衝に赴く農水大臣を与党部会全員で送り出し、折衝から戻った大臣からその赫赫(かっかく)たる成果を聴取し、同席する業界団体代表たちがお礼言上を行う。一連の政治ショーはこんな形で進む。
昭和が平成に変わった頃から、このプロセスは簡素化されていった。年末ギリギリだった閣議決定日がしだいに前倒しされ、いつしか天皇誕生日の前には終わるようになった。倫理規程のおかげで業界からの差し入れもなくなり、半ばお祭り騒ぎだった省内も、予算担当者を中心とした地味なものに変わっている。
働き方改革のご時世だから、プロセスの簡素化に越したことはないし、新型コロナウイルス禍の今回は例年以上に静かだったようだが、編成された予算総額は過去最大となった。農政関連では、すったもんだの末に第3次補正コロナ対策として盛り込まれた次期作支援対策に1300億円余りが計上された。米価下落が懸念された2020年産米対応や大幅な深掘りが必要となる21年産米対策も、補正予算に350億円、当初予算に対前年同額の3050億円が確保された。「コンクリートから人へ」の被害者でもあった農業農村整備事業も、当初予算額をさらに伸ばして全国の事業要望に十分応えられる水準となったようだ。新基本計画で打ち上げられた「食と農の国民運動の推進」も、4億円と金額は少ないものの運動のはずみ車としての芽出しはできた。
これらの予算編成作業は、日の当たる政治プロセスの陰で黒衣(くろご)として働く霞が関の役人たちが、厳しい予算制約の中で知恵を絞り粘り強く財政当局と折衝した生みの苦しみのたまものだ。農業関係者におかれては、予算事業を有効活用し経営改善や地域活性化に努力するとともに、都市住民・消費者・経済界など各界各層を巻き込み、この国の農業・農村への理解を深める運動に取り組んでいただきたい。
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北海道などは26日、札幌市に道産ワインに関する教育研究拠点を設置すると発表した。拠点設置に先駆けて始める寄付講座には、民間企業など6者が出資。ワイン生産技術の開発・研究や生産者への高度専門教育を通じて、産地化を進める考え。地場産ワインの研究拠点を開設するのは全国でも珍しい取り組みだ。
北海道大学は4月から3年間、寄付講座として「北海道ワインのヌーヴェルヴァーグ(新しい波)研究室」を開く。……
2021年02月27日
営農指導全国大会 伝える技能を高めよう
JA全中主催の営農指導実践全国大会が、オンラインで初めて開かれた。活動と成果の発表は事前収録の動画を配信。発表内容だけではなく、動画の出来具合が視聴者の理解に影響することが改めて確認された。営農指導でオンラインや動画の活用が広がることも想定され、伝える技能の向上が求められる。
5回目の今回、最優秀賞に輝いた山形県JAおきたま営農経済部、柴田啓人士さんの発表は特に素晴らしかった。活動と成果、構成が優れていたことに加え、カメラを前にした話しぶりや目線、スライドの内容、映像の明るさなど細部にまで心配りされていた。「地域のために」は全ての発表に共通する目的だ。加えて柴田さんの発表動画は「どうしたらよく伝わるか」をより意識したように感じた。
洗練された動画はなぜできたのか、発表内容から垣間見える。日本一のブドウ「デラウェア」産地として統一規格の作成や集出荷の効率化、オリジナル商品の開発を展開。西洋梨やリンゴ、桃を合わせた4品目で販売価格を6~26%高めた。こうした成果を上げ、自信を持って収録に臨んだこともあろう。
そのための苦労も多かった。集出荷施設の再編を巡って、2年間に100回行ったという説明会。地域のシンボルでもある選果場がなくなることに組合員から「クビをかけられるのか」と詰め寄られるなど、難しい合意形成を求められた。しかし丁寧な説明を続けたことで「産地を維持するための選択」との理解が広がり、成果につながった。
審査講評ではいくつかの発表について音声の乱れが指摘された。大きなホールでの発表に適した腹から出す声も、狭い部屋での収録では聞き取りにくい場合がある。発表者が体を動かしてマイクとの距離が少し変わるだけでも同様で、発表内容が視聴者の頭に入りにくくなる。
新型コロナウイルス下では、視察も含めて研修会や会議のオンライン開催、動画の利用などが進むだろう。コロナが収束しても、離れたところからも参加できることや、動画での情報提供の分かりやすさ、利便性などから継続すると考えられる。
対面でもオンラインでも重要なのは情報の内容と理解を得ることへの熱意だ。その上で受け取る側が分かるように心を配ることが大切で、オンラインや動画では機器の使い方や撮影の仕方、話し方など新たな技能が必要になる。技術革新で映像や音声など情報量が増えるに従い、より高い技能も求められよう。
全国大会で発表した8人には、副賞として金の営農指導員バッジが贈られた。通常は白、上位資格として導入された地域営農マネージャーは銀。各地の予選を勝ち抜いたこの8人は、それほど優れた活動で高い成果を上げたということである。発表動画はJAグループ公式ホームページで公開する予定だ。発表内容と動画の質の両方から経験を学びたい。
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2021年02月26日
民間建物 木造化促す 促進法改正へ自民が骨子 党派超え 今国会成立めざす
自民党は、議員立法による「公共建築物木材利用促進法」改正案の骨子をまとめた。現行法では公共建築物に限って木材の利用を促しているが、この対象を民間の建物にも拡大することが柱。利用期を迎えている国内の人工林の需要確保につなげる。野党にも賛同を呼び掛け、超党派の議員立法として今国会で成立させたい考えだ。
同法は2010年に成立、施行され、国が整備する建築物などへの木材利用を促している。日本の森林は、戦後に植えた人工林を中心に主伐、利用の時期を迎えていることから、民間の建物の木造化も促し、国産材の利用につなげるべきだと判断した。
改正案では、国・地方自治体と事業者が、建物への木材利用の推進に関する協定を締結する。協定の内容は公表し、事業者が着実に実施することを求める。国や地方公共団体は、協定に基づいて木材を利用する事業者に対し、財政支援などで後押しする。
世界貿易機関(WTO)協定の内外無差別の原則を踏まえ、国産材の利用を法律で義務付けることはできない。国産材の利用を推進する場合は、自治体と事業者が合意して協定を結ぶことで対応する。
木材利用について国民の関心や理解を深めるため、木材利用促進の日や促進月間を創設することや、農水省に省庁横断の「木材利用促進本部」を設けることも盛り込んだ。同本部では建築物への木材利用に関する国の基本方針を定め、施策の司令塔ともなる。農相、総務相、国土交通相など関係閣僚で構成し、農相が本部長を務める。
50年に「脱炭素社会」の実現を目指す政府方針を受け、法律の目的に、その実現への貢献を加えた。法律名も「脱炭素社会の実現に資するための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」に改称する。同党は今後、野党にも呼び掛け、超党派での法案策定を進める方針。通常国会での成立を目指す。
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2021年02月28日

社会課題解決プロジェクトで受賞 放棄地再生に将来性 ススキ栽培事業提案 愛知・JAひまわり
【愛知・ひまわり】JAひまわりは、新規事業の創出と組織風土の改革や職員の人材育成に力を注ぐ。その一環として今年度、輸送用機械器具を扱う武蔵精密工業(豊橋市)が主催するプロジェクト「東三河Innovator’sGate(イノベーターズゲート) 2020」に初めて参加した。JAは、ススキを栽培することによる耕作放棄地の解消に向けた新規の事業案を発表。審査員特別賞を受賞した。……
2021年02月26日

[あんぐる] 湯にもまれ“一人前”に 「大和当帰」加工(奈良県明日香村)
漢方薬に使われる薬用作物「大和当帰(トウキ)」の生産が盛んな奈良県では、トウキを薬に加工するための伝統的な「湯もみ」作業が、真冬の風物詩となっている。約2年間育てたトウキを3カ月ほど乾燥させて湯に浸し、一つ一つ丁寧にもむこの作業は、漢方薬の品質を決める“要”の工程だ。
台の上で転がしながら手でもんで形を整える。加工場には湯気が充満した(奈良県下市町で)
トウキはセリ科の多年草。根は血の循環を活性化し、冷え性や更年期障害などに効果があるとされ、主に婦人薬の原料として利用される。収穫したトウキを薬に加工するために欠かせないのが、「湯もみ」と呼ばれる加工作業だ。
2月下旬の朝、キトラ古墳で有名な明日香村阿部山の集落営農組織「えいのうキトラ」のメンバー10人が生薬卸「前忠」(下市町)の一角にある加工場に集まった。大釜で沸かした約60度の湯をおけに張り、乾燥させたトウキを2分ほど浸すと、加工場内にはセロリのような香りが立ち込めた。特製の湯もみ機にも湯を張り、ローラーで1分優しくもみ洗う。台の上で手のひらを使って転がしながら馬のしっぽのような形に整え、さらに水で何度も洗って付着した泥を丁寧に落とした。県の果樹薬草研究センター指導研究員の米田健一さん(44)は、「湯もみはトウキの味や色、薬効などに影響を与える。品質を高めるための重要な工程だ」と力を込める。
大和当帰は17世紀中ごろからこの地域で薬草として盛んに栽培され、品質の高さで知られる。同地域では県、前忠、えいのうキトラが一体となって栽培と改良を続けてきた。
今季は8アールで栽培し、天候不順の影響で例年より少ない1000本ほどを収穫した。湯もみが終わると明日香村のハウス内の干し場にはさ掛けした。4月末ごろまで乾かした後、等級別に分け、前忠が加工して出荷する。薬の他にも美容液、ハンドクリーム、葉は入浴剤などにも使われ、外国人観光客からも人気を集めている。えいのうキトラ会長の山本雅義さん(73)は「メンバー一丸となっての大和当帰栽培は、地域活性化につながっている。集落を代表する作物として規模を拡大したい」と笑顔を見せる。(釜江紗英)
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2021年03月01日
コラム 今よみ~政治・経済・農業の新着記事
米国の大寒波で必需品不足 燃料・食 頼れるのは? 特別編集委員 山田優
米国南部が100年ぶりという寒波に襲われている。米メディアによると、被害の中心地テキサス州では、400万人以上が停電の中、猛烈な寒さや吹雪にさらされた。水道管は破裂。物流や交通は乱れ、小売り店頭から食料や水などの日用品が消えて混乱が続く。
農業被害も出ている。以前、取材で訪ねた同州ダラス近郊の「WAGYU」繁殖農家に連絡すると、牛が雪の中に閉じ込められ、出産直後の子牛が凍死の瀬戸際に追い込まれていた。火で雪を溶かし、飲み水を確保しつつ牧場の片隅までくまなく回り、大切な子牛の保護に追われていると話した。
同州に数カ月間住んでいたことがある。夏の激しい暑さの代わりに、冬の寒さはそれほどでもない。家畜は全て放牧され、舎飼いがなかったことが被害を拡大した。地球温暖化が記録破りの寒波をもたらしたと米メディアは解説する。
住民の命や財産が脅かされ、同州のアボット知事は先週の水曜日、発電燃料となる天然ガスの州外移送を停止し、地元発電所に優先して回すことを命じた。同州は天然ガスや石油が豊富。普段は地下資源ビジネスで潤っているものの、いざとなれば身内が最優先だ。
あおりを受けたのが国境線を挟んだメキシコだ。ただでさえ寒波で天然ガス輸入が混乱していたところに、テキサス州の輸出規制が追い打ちを掛けた。停電で主要産業の自動車工場の操業が止まるなど、メキシコ経済への打撃も広がった。
木曜日に記者会見したメキシコのロペスオブラドール大統領の口調は思ったより穏やかだった。
「寒さに震えるテキサス州の人たちの事情はよく分かる。私たちは報復なんかしない」と静かに語り掛けた。国民には「夜の明かりを減らしてほしい」などと冷静に節電を求めた。
左派に属する同大統領は、以前から地下資源産業の行き過ぎた規制緩和が国民生活を脅かすとして、長く続いた外資優先の政策転換を主張してきた。非常時に相手国が自分本位の行動をするのは想定の範囲だったのだろう。国民の不満をあおるのではなく、理詰めでエネルギー部門の安全保障の大切さを説明しようとする姿勢には好感が持てた。
関係の結び付きが強い隣国であっても、生活必需品不足が深刻になれば、「持てる国」は全く遠慮なく自分たちの事情を優先する。天然ガスであれ、ワクチンであれ、マスクであれ、そして食料であれ、本当に不足した時に頼りになるのは誰か。地球規模で相次ぐ気象災害や感染症の拡大が止まらない中、私たちはよく考える必要がある。
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2021年02月23日
法律ができるまでの長い道 発揮する効果 検証必要 元農水省官房長 荒川隆氏
通常国会も1カ月が経過した。コロナ特措法改正を優先処理したため、実質的な審議期間が例年より短くなり今後の国会日程は窮屈だろう。農水省も提出予定法案を「不要不急」でない4本に絞り込んだ。
政策遂行の三大手法である法律は、予算、税制と同様行政が原案を作るが、国会での議決が必要だ。議員立法がまれな日本では、行政府である役所が業界の意向を聞き取り、所管物資の需給・価格動向を把握し、財政事情や政治情勢までも勘案して、法案の制定改廃の判断を行う。
法律の所管課長たる者は、前年秋ごろには「巡る情勢」を踏まえて法案提出の腹決めを行う。出すとなれば、「たこ部屋」と称される法改正専属の検討体制を整備し、所属員にとっては翌年の法案成立まで続く名誉だがつらく厳しい生活が始まる。年末年始返上で省内の法令審査官のチェックを経て、その後内閣法制局という「法の番人」の厳しい審査を受ける。何週間にもわたり、立法事実(なぜ法律改正が必要か)の有無や論理整合性、現実妥当性、前例の有無など、想定し得る論点を一つずつ精査し、内閣提出法案として閣議決定される。
その後は、法案を審議してもらうための手続きが待っている。閣議決定前に与党事前審査として農林部会、政審・総務会で了解をもらうと、いよいよ野党も含めた国会対応だ。会期は150日間だが審議は毎日行われるわけではない。衆・参農水委とも定例日は週3日だ。重複する曜日にはどちらがやるか、無理して午前と午後に分け合うかなどの調整が必要になる。野党が「寝る」ことで国会が止まることもしばしばだ。そんな中で自法案を一日も早く審議してもらうためのさながら根回し競争だ。
国会審議となれば、活躍するのが法制局審査で培われた膨大な審査録だ。およそ考えられるあらゆる質問に答えるべく想定問答集を準備し、局長室や大臣室で事前勉強会を行う。委員会の審議時間は、法案の大小や対決法案か否かなどで決まるので、野党にも賛成してもらえるよう説明を重ねる。わずか一こまないし数こまの委員会審議を経て本会議が終われば、晴れて法律が成立する。成立した法律の施行までには、さらに数カ月の経過期間が置かれるのが通例だ。
このように、法律ができるまでには役所と政治を巻き込む年単位のとても手間のかかるプロセスが必要なのだ。実際に法律が動きだせば、関係者の日々の経営や暮らしに直結する以上、必要な社会的コストだ。一時期、突出して多くの農政改革関連法案が連年国会提出された時期があったが、粗製濫造(らんぞう)のそしりを受けぬためにも、それらの法律が期待された効果を発揮しているかしっかり検証する必要があろう。
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2021年02月16日
種苗法 農産物検査法改定 食料 「囲い込み」懸念 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
種苗法の改定で終わりではなかった。国・県による米などの種子の提供事業をやめさせ(種子法廃止)、その公共種子(今後の開発成果も含む)の知見を海外も含む民間企業に譲渡せよと命じ(農業競争力強化支援法)、次に、農家の自家増殖を制限し、企業が払い下げ的に取得した種を毎年購入せざるを得ない流れができた(種苗法改定)。
これに、さらに農産物検査法改定が加わろうとしている。産地品種銘柄(都道府県が指定して検査体制を確保し、米の産地・品種・産年が表示できるようにする仕組み)を廃止し、自主検査を認め、未検査米に対する表示の規制を廃止するという。
米等級の廃止は、カメムシ斑点米対処のネオニコチノイド系農薬の削減につながる利点がある。一方、米検査の緩和は、さまざまな米の流通をしやすくする側面はあるが、品質保証に不安が生じるだけでなく、輸入米の増加(安田節子氏)や民間企業による米生産・流通の「囲い込み」の促進につながる懸念(印鑰智哉氏)も指摘されている。
農家の自家増殖制限と米検査の緩和が相まって、企業が主導して種の供給から米販売までの生産・流通過程をコントロールしやすい環境を提供する。種を握った種子・農薬企業が種と農薬をセットで買わせ、できた生産物も全量買い取り、販売ルートは確保するという形で、農家を囲い込んでいくことが懸念される。
都道府県とJAが産地品種銘柄を中心に主導する米流通は崩されていく可能性がある。そういう中で、積極的に、企業と農家との中間にJAが入ることによって、JAも集荷率を維持し、農家の不利益にならないような取引契約になるよう踏ん張れる側面もあるかもしれないが、種も肥料も農薬も指定された契約になると、「優越的地位の乱用」を許し、従属的関係に陥る危険もある。
本来、農協は共販によって取引交渉力の強い買い手と対峙(たいじ)して農家(ひいては消費者)の利益を守るためにあるが、各JAが企業主導の生産・流通に組み込まれてしまうと、そうした農協の役割が地域レベルでも、全国レベルでも、そがれてしまうリスクがある。
これは、農家・農協だけでなく、地域の食料生産・流通・消費が企業の「支配下」に置かれることを意味する。農家は買いたたかれ、消費者は高く買わされ、地域の伝統的な種が衰退し、種の多様性も伝統的食文化も壊され、災害にも弱くなる。予期せぬ遺伝子損傷などで世界的に懸念が高まっているが、わが国では表示もなしで野放しにされたゲノム編集も進行する可能性が高く、食の安全もさらに脅かされる。
JAとしての対応が問われるとともに、生産から消費まで、国民全体の食料安全保障の在り方が問われている。
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2021年02月09日
「アグラボ」 ベンチャー支援 農家の笑顔を増やす 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
東京・大手町に2019年に開設された「アグベンチャーラボ(一般社団法人AgVenture Lab)」を訪ねました。これからの農業界に欠かせないベンチャー企業を応援しようと、JAグループが共同で立ち上げた機関で、ここでは「アクセラレータープログラム」を実施しています。投資や経済の世界では知られる用語で、「アクセル」の言葉通り、スタートアップ企業の成長速度を加速させるため、採択された企業に投資したり、協業したりして互いの発展を目指す仕組みです。
アグベンチャーラボのプログラムによりこのほど採択されたのは、農産物の取引業務をスマホで簡略化し、労働時間を削減し作業効率を上げる農業流通特化型サービスを提供するkikitori(東京)です。代表の上村聖季さん(33)は、大手商社から農業現場を経て青果流通に参入しました。電話やファクスによるやりとりで効率が悪く、働く人も疲弊している現場を新しい技術で改革しようとしています。
同じようにIT技術で農場の事務作業のスマート化に挑むのは、Agrihub(アグリハブ)の代表、伊藤彰一さん(33)。IT業界のエンジニアを経て、調布市の実家である野菜農家を継ぐ中で、手間のかかる農薬検索や管理から作業日誌まで付けられるスマホアプリを開発しました。既に1万人以上が会員登録して生産者には好評ですが、無料のため収益にはつながっていません。
実はこのシステムで作業効率が上がるのは、農家だけではありません。出荷先として農薬使用履歴の情報を農家に求めるJA側も、手で入力していた手間が省けるのです。デジタル化すれば、生産者もJAも労働時間が減り、ミスも防げ、作業効率が上がり、農業界のみんながウィンウィンになるというわけです。
伊藤さんはJAに有料でシステム導入を働き掛けていますが、ご存知のように、JAの営農部門は赤字の場合も多く、現場が望んでも、追加予算となると決裁には至りにくいそうです。
しかし一方で、導入に前向きなJAもあります。なぜなら、まず労働環境を良くすれば、人は増え、スマホを使いこなせる世代の就農にもつながるからです。新技術の導入は、結果的に自分たちの地域農業を、自農協も含めて好転させるという経営判断です。今、現場を担う人々が快適で居心地が良いと感じれば、おのずと人は集まります。農業現場の魅力アップは、今いる人々を笑顔にすることからではないでしょうか。
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2021年02月02日
生産国の穀類輸出制限 食料貿易 波乱の兆し 特別編集委員 山田優
新型コロナウイルス禍で「お正月はおとそ気分」とはなかなかならなかったが、食料貿易の現場も今年は緊張感の漂う年末年始だった。
きっかけはロシア。12月半ばに政府が突然「国内のパン価格を安定させるため輸出量を制限し、小麦、ライ麦、大麦、トウモロコシに輸出税を課す」と発表した。官報によると、2月15日から6月いっぱい、小麦の輸出に1トン当たり25ユーロ(1ユーロ約125円)徴収することになった。
さらに先週金曜日になると、同50ユーロと倍額への引き上げが決まった。「25ユーロでは効果が小さいとロシア政府が判断したようだ」と穀物業界関係者は解説する。ここ数年、ロシアは毎年3000万トン以上を輸出する、ぶっちぎりで世界一の小麦輸出国だ。当然、世界に激震が走った。
今回の輸出規制は、昨年11月ごろから通貨のルーブル安が進み、国内のインフレ圧力が高まったことが理由とされる。食べ物の恨みは政治不安につながる。プーチン大統領が「食料の輸出を減らし国内に回せ」と首相に指示した。
トウモロコシや大豆でも波乱が起きた。アルゼンチン政府は年末ぎりぎりにトウモロコシの輸出制限を決めた。やはり国内消費者を優先させたいというのが理由とされる。こちらも3000万トンを超す大輸出国だけに騒ぎとなった。その後、農家の反発を受け、1日当たり3万トンまでの輸出を認めるなど同政府の迷走が続いている。
ワシントンにある国際食料政策研究所によると、昨年、19カ国が食料の輸出制限措置を発動した。その大半が世界貿易機関(WTO)への通報をせず、突然導入された。主に新型コロナウイルス感染の混乱防止が目的で、夏には解除されたところが多い。だが、今年になってロシアやアルゼンチンなど伏兵が現れた。
年明け、シカゴ先物相場はさらに急騰した。先週の米農務省発表で、米国内でトウモロコシや大豆の在庫が、市場予想を下回ったことが主な原因とされる。中国の旺盛な輸入意欲も一因だ。火に油を注いだのが、輸出大国による輸出規制であることは間違いない。
「ロシアなどの輸出規制によるわが国への影響は現時点で確認されていない」と農水省食料安全保障室の久納寛子室長は話す。確かに日本はこれらの国からあまり穀類を輸入していない。しかし、輸出規制が広がれば国際相場が値上がりし、日本へも影響は及ぶ。年明けから食料貿易に波乱の兆しだ。
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2021年01月19日
予算編成プロセス 活性化へ有効活用を 元農水省官房長 荒川隆氏
年末にかけて、税制改正、補正予算、翌年度予算が閣議決定されると、年中無休の永田町・霞が関かいわいにも年越しの静寂が訪れる。かつて、大蔵原案の一次内示から、課長折衝、局長折衝、次官折衝という事務折衝の後に、与党政調会長も交えた大蔵大臣室での大臣折衝へと続く一連の予算編成プロセスは、年末の風物詩だった。御用納めの12月28日までに終わることはなく、閣議決定後の端数整理で生ずる残額の割り付けのための「落穂拾い」と呼ばれる作業を終えて役人たちが家路に就く頃には、紅白歌合戦が始まっていたものだ。
自らの関連予算を一円でも上積みしようと、業界関係者が全国から地元の名物を携えて上京し、手分けして役所や国会議員に陳情を繰り返す。与党各部会は、連日早朝から会議を開き、折衝状況を聴いて役人を叱咤(しった)激励する。最終段階では、大臣折衝に赴く農水大臣を与党部会全員で送り出し、折衝から戻った大臣からその赫赫(かっかく)たる成果を聴取し、同席する業界団体代表たちがお礼言上を行う。一連の政治ショーはこんな形で進む。
昭和が平成に変わった頃から、このプロセスは簡素化されていった。年末ギリギリだった閣議決定日がしだいに前倒しされ、いつしか天皇誕生日の前には終わるようになった。倫理規程のおかげで業界からの差し入れもなくなり、半ばお祭り騒ぎだった省内も、予算担当者を中心とした地味なものに変わっている。
働き方改革のご時世だから、プロセスの簡素化に越したことはないし、新型コロナウイルス禍の今回は例年以上に静かだったようだが、編成された予算総額は過去最大となった。農政関連では、すったもんだの末に第3次補正コロナ対策として盛り込まれた次期作支援対策に1300億円余りが計上された。米価下落が懸念された2020年産米対応や大幅な深掘りが必要となる21年産米対策も、補正予算に350億円、当初予算に対前年同額の3050億円が確保された。「コンクリートから人へ」の被害者でもあった農業農村整備事業も、当初予算額をさらに伸ばして全国の事業要望に十分応えられる水準となったようだ。新基本計画で打ち上げられた「食と農の国民運動の推進」も、4億円と金額は少ないものの運動のはずみ車としての芽出しはできた。
これらの予算編成作業は、日の当たる政治プロセスの陰で黒衣(くろご)として働く霞が関の役人たちが、厳しい予算制約の中で知恵を絞り粘り強く財政当局と折衝した生みの苦しみのたまものだ。農業関係者におかれては、予算事業を有効活用し経営改善や地域活性化に努力するとともに、都市住民・消費者・経済界など各界各層を巻き込み、この国の農業・農村への理解を深める運動に取り組んでいただきたい。
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2021年01月13日
外国頼み危うい観光 経済構造転換が必要 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
GoToトラベル事業を巡る議論には、経済社会の構造そのものをどう転換するか、という視点が欠如している。GoToトラベルは都市部の3密構造をそのままにして、感染を全国に広げて帰ってくるだけだ。
GoToトラベルはあくまで観光であり、観光に依存した地域振興はそのままである。つまり、根本的には、都市人口集中という3密構造そのものを改め、地域を豊かにし、地域経済が観光や外需に過度に依存しないで地域の中で回る循環構造を強化する必要がある。
地域に働く場をつくり、生産したものを消費に結び付けて循環経済をつくるには、農林水産業が核になるはずである。農林水産業が元気で地域の環境や文化が守られなくては、観光も成り立たない。ましてや、輸出5兆円が実現できるわけがない。足元を見ずに、観光だ、インバウンド(訪日外国人)だ、輸出だ、と騒ぐのは本末転倒だ。
政府が何に力を入れていくべきかは明らかだ。地域の実態は厳しさを増している。集落営農組織ができていても、平均70歳を超え、基幹的作業従事者の年収が200万円程度で後継者がおらず、年齢をプラス10すれば、10年後の崩壊リスクが高い集落が全国的に激増している。また、農家の1時間当たり所得は平均で961円。後継者を確保しろとは酷である。
飼料の海外依存度を考慮すると、牛肉(豚肉)の自給率は現状でも11%(6%)、このままだと、2035年には2%(1%)、種の海外依存度を考慮すると、野菜の自給率は現状でも8%、35年には3%と、信じ難い低水準に陥る可能性さえある。国産率96%の鶏も飼料とひなの海外依存度を考慮したら自給率はほぼ0%だ。これでは地域コミュニティーを維持できるわけがないし、不測の事態に地域の住民や国民への量的・質的な食料安全保障の確保は到底できない。
GoTo事業のもう一つの問題は、経済を回して迂回(うかい)的に支援する仕組みにある。経済は回さずに必要な人に直接所得補償をすべきだ。感染抑止になるし、必要な人に支援が届くまでの中間で予算が雲散霧消する構造を打破できる。
予算の「雲散霧消」は今に始まったことではない。例えば、08年の餌危機には、国は緊急予算を3000億~4000億円手当てした。それを、そのまま緊急的な乳価補填(ほてん)などに使えば、機動的に畜産・酪農所得を支えられたが、乳価補填には100億円程度しか使われなかった。
大部分はどこへ行ったのか。なぜ、もっと直接的に農家の所得補償ができないのかと、食料・農業・農村審議会の畜産部会や農畜産業振興機構の第三者委員会において疑問を呈したのは消費者側委員だった。生産者と消費者は運命共同体だ。
今こそ、国の予算もシンプルで現場にダイレクトに届くように構造転換すべきときだ。
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2021年01月05日
心に与える価値見直し 農へのハードル低く 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
年末は自宅で紅白を見る人も多いでしょう。2020年最後のメッセージは何か、出場歌手の選曲に注目が集まりますが、国民的アーティストの松任谷由実さんは「守ってあげたい」を歌うそうです。ユーミンはライブ活動の場を失った音楽家たちの応援プロジェクト大使も務めています。そのインタビューでの言葉が印象的でした。
「アーティストがステージに立つのは、誰かに何かをしてもらうよりも、自分が誰かを喜ばせる方が、エネルギーがみなぎるから。こういう世の中だからこそ笑顔と親切を人にあげることができたなら、それは自分自身の力になる」
人に何かを供給してもらうのが消費者(ファン)ならば、生み出し与える人は、生産者(アーティスト)に他なりません。音楽や芸術が人の暮らしに豊かさをもたらすように、農も食料生産だけでなく、人の心に与える価値が見直されています。
筆者の住む東京・世田谷の農園では、コロナ禍で近隣の人の散歩が増え、収穫体験や庭先販売への需要も増し、都市農業への重要性が再認識されました。
また、静岡県浜松市引佐町にある「久留女木の棚田」では市民向けに棚田塾を開いていますが、自粛期間中、遠出をできない人たちが「何か手伝うことはないか」とこぞってやって来て、まさかの労働力過剰になったそうです。人は食べ物のみに生きるにあらず。息抜きや安らぎの場が必要なのです。
都市農業も中山間地も小規模で非効率ですが、多様な人が関わる居場所、癒やしやイベント空間としての需要はますます高まっています。農の現場に必要なのはそうした細やかなニーズを受け止めるセンスとマッチングではないでしょうか。
JA全農では12月から、旅行大手のJTBと提携して「副業」としての農作業の人材確保に取り組み始めました。職を失った観光業界の従業員に働く場を提供すれば、本人にも地域経済にも喜ばれます。既に70人の従業員が、かんきつの収穫作業に従事しているそうです。
受け入れのハードルを下げ、多様な農への関わり方を提案し、働く側の視点でマッチングすれば、農は都市の受け皿になり得ます。関わる人が増えれば、そこから本格的に農業を志す人も出てくるかもしれません。農ライフへ若者を(中高年でも)いざなう半農半Xや農福連携といった細やかなアプローチに来年は期待します。
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2020年12月29日
好調な米国の農家経済 補助金が支える意義 特別編集委員 山田優
米国の農家は今年、ウハウハの状態で年末に帯を結べるようだ。中国などとの貿易摩擦で農産物輸出に陰りが出たり、新型コロナウイルス感染の広がりで肉畜の出荷が滞ったりしたが、夏以降、穀物相場が予想以上に回復して挽回した。今月初めの米農務省の発表によると、食料危機で相場が高騰した2013年以来の現金収入が見込める。
順調な農家経済の背景には、膨大な補助金の存在もある。11月の大統領選挙を意識したトランプ政権は、貿易摩擦や新型コロナの尻拭いのため、今年、空前の約5兆円を農家に直接ばらまいた。同省の試算では政府補助金が農家の利益の39%を占めるというから、半端ではない。多くの農家が選挙でトランプ氏を熱狂的に支持した理由が分かる気がする。
手厚い共通農業政策が続いている欧州では、米国以上に補助金が農家経営の下支えになっている。例えば加盟国の一つフランスの場合、農業収入に占める直接支払いの割合は3割で、32万戸の対象農家の平均受取額は280万円になる(2018年)。サラリーマンで言えば、基本給に相当するような額だ。
「日本の農業は補助金で成り立っている」という批判を見掛ける。だが、桁外れの大規模農業が可能なオーストラリアやアルゼンチンなど一部の新興国を除き、先進国の多くで農業保護は当たり前だ。補助金で農家を支えないと、多くの家族経営が行き詰まる。農地が荒れ食料供給が滞り、地域のにぎわいも消える。農業が持っている多面的な機能が失われれば、国全体に大きな悪影響を及ぼす。
一方で、世界各地で近年農業保護の在り方に鋭い目が注がれるようになってきた。米国と欧州は来年、長期農業政策の見直しが本格化する。どちらも大規模な企業型農業に対する支援を削って家族農業の取り分を増やし、環境への貢献に応じた補助金に大胆に衣替えするべきだなどの議論が出ている。
国家財政の逼迫(ひっぱく)や経済格差の広がりが背景にある。かつて社会の弱者だった先進国の農家の多くは都会の低所得者に比べて豊かな生活を営むようになった。
「なぜ農業が大切なのか」。限りある税金から農業を支えることの理由が、これまで以上に世界中で問われている。
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2020年12月15日
組織改正と行政力 食料産業発展に期待 元農水省官房長 荒川隆氏
師走の声を聞き、来年度予算編成も大詰めだ。予算の陰に隠れ目立たないが、役所にとって負けず劣らず重要なのが、組織定員要求だ。組織の形を定め、その格付けごとの定員(級別定数)を決める組織定員要求は、役人にとって自らの処遇や組織の格にも関わる大事だ。
橋本内閣が道筋をつけた2001年の省庁再編により、1府22省庁の中央官庁が再編され、現在につながる1府12省庁(当時)体制が導入された。役所の数を減らすだけでなく、各省庁の内部部局も一律に1局削減するとともに、全省庁を通じて局の数に上限が設定された。国土交通省や総務省など統合省にあっては、内局の数も多く問題はなかったろうが、単独省として存続した農水省では、どの局が削減されるか大議論になった。定員の割に局の数が少ない農水省で、5局(当時)を4局(当時)に再編することは難題で、結局、「畜産局」が廃止され耕種部門(農産園芸局)と統合し「生産局」が設置された。
今、その「畜産局」が復活するかどうかのヤマ場を迎えている。「生産金額では米を凌駕(りょうが)している」「今後の輸出拡大の目玉だ」など理屈はいろいろあろうが、それはそれで、「昔の名前で出ています」の感がなくもない。5兆円の新たな目標に向かい、今後本格化するだろう輸出攻勢を担う「輸出・国際局」の新設と「合わせ一本」ということだろう。
この組織改正の陰で見逃せないのが、飲食料品産業や外食産業などを所掌する部局の位置付けの変更だ。現在はその名の通り「食料産業局」が設置されているが、新組織案では、大臣官房に「新事業・食品産業部」なるものが設置されるらしい。わが国の食料・農林水産業の売り上げは100兆円で、そのうち農業が8兆円、林業・水産業は4兆円、残りは全て広義の食料産業部門だ。その食料産業部門を国の行政組織としてどう扱うかは、農水省の組織改正の歴史上、悩ましい問題だった。とかく1次産業偏重、農業偏重といわれてきたこの役所で、1972年に「企業流通部」が局に格上げされ、現在の「食料産業局」の前身である「食品流通局」が設置された。食料産業関係者の悲願が実現したのだ。
あれから50年、今般の組織改正が、よもや食料産業の格下げではないと信じたいが、はたからはそんな懸念も聞こえてくる。多忙な官房長が新たなこの部を直接指揮監督するのは難しかろうから、何らかの総括整理職が設置されるのだろう。それにより、「輸出・国際局」や作物原局(農産局、畜産局、林野庁、水産庁)との連携が今以上に図られ、食料産業のますますの発展につながる組織改正となることを期待したい。
凡人の懸念が杞憂(きゆう)で終わりますように。
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2020年12月08日