企業の農業参入 その先に 「個業」主役の時代へ 日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介

藻谷浩介氏

 企業の農業分野参入が続いている。そもそも後継者のいない高齢農家は多く、今後も農地は続々遊休地化していく。その受け皿として、規模の利益を生かせる民間企業を活用しないわけにはいかない。だが、その先はどうなるのだろうか。家業としての農家は消滅に向かい、企業万能の時代が来るのだろうか。

 過日縁あって、久しく会っていなかった後輩(仮にK君とする)に再会したのだが、彼の人生経験は、農業の今後を見通すのに大いに参考になると思われた。以下、分野が違うなどと言わずに、お付き合い願いたい。
 

安心で信頼獲得


 K君は、地方都市の薬局の跡取り息子だったが、薬剤師の資格を持ちながら家業を継がず、上場企業のサラリーマンとなった。しかるにその会社の経営者から、「君は勤め人などせずに、自分で経営をすべきだ」と諭され(若者を育てるタイプの人だったらしい)、故郷に戻って親の下で働き始めた。

 だが時代は、ドラッグストア全盛に向かう。K君も、継いだ薬局をドラッグチェーンに売却し、その雇われ経営者として2年ほど勤めたという。

 しかし、人の健康と幸せのためにあるはずの薬局が、お金もうけのために薬を売る薬局へと変質していることに違和感を覚え、職を辞し、同じく薬剤師の妻と、もう一度薬局を創業した。とはいっても、会社を売った側の仁義として、縁もゆかりもない都会に移り住んで、である。

 都会だから、ドラッグストアとの競争はより厳しい。しかしK君夫妻の店は、お得意さまに寄り添う、緊急であれば24時間問い合わせに応じ親身にアドバイスする「かかりつけ薬局」として、地域の評価を得た。

 薬は誰が売っても同じ薬だが、病に苦しむ人が欲しいのは本当は、薬以上に「安心」なのだ。信頼できる薬剤師が、病院より敷居が低く、聞きたいことを誠実に教えてくれることほど心強いことはない。口に入れるものなのだからこそ、なおさらである。

 10年間の努力で店を増やしたK君夫妻は、意欲ある若い薬剤師たちのネットワークをつくって、後進を教育している。子どもたちも医療関係の道に進んでいるが、彼らだけでなくもっと多くの若者を、個人として仕事のできるプロに育てているのだ。
 

利益第一でなく


 薬局を農家、ドラッグストアを農業参入企業に置き換えて読んでほしい。人の口に入るものを、利益第一で生産し続けることには、必ず無理が出る。その先にあるのは、K君やその後進たちのような者の時代、一族優先の家業でも利益第一の企業でもなく、堺屋太一氏がかつて提唱した「個業」を営む者の時代ではないか。自分よりも利益よりも顧客の幸せと安心を重視して、農業に取り組む若者が増えていくに違いない。

 農協の未来も、減り続ける家業と心中するのでも、企業の奴隷となるのでもなく、ゆっくり増える個業=プロ農家の、頼もしいパートナーになれるかに懸かっているだろう。

 2030年ごろには、誰の目にもそう見える時代になっていると、予言しておきたい。

 もたに・こうすけ 1964年山口県出身。米国コロンビア大学ビジネススクール留学。2012年から現職。平成合併前の全市町村や海外90カ国を自費訪問し、地域振興や人口成熟問題を研究。近著に『しなやかな日本列島のつくりかた』など。

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