[未来人材] 33歳。きのこ愛し研究から生産へ にぎわい復活へ奔走 廣瀬俊介さん 鳥取県日野町

きのこを愛し、シイタケ栽培に力を入れる廣瀬さん(鳥取県日野町で)

 廣瀬俊介さん(33)はきのこを愛し過ぎて鳥取県日野町にⅠターンし、原木シイタケ栽培に力を注ぐ。子どもの頃から趣味で栽培を手掛け、大学では研究テーマにするほど。今も昔も生活の中心にきのこがある。独自ブランドを立ち上げ、地域特産の底上げに奮闘。シイタケ農家が減る中、同町椎茸(しいたけ)生産組合の組合長も務め、新たな風を巻き起こす。

 廣瀬さんは兵庫県明石市出身。幼い頃からきのこ図鑑を繰り返し読み、食べるだけでは飽き足らず、山中での探索や、庭での栽培にも没頭した。「気付いたらきのこが好きだった」と笑う。

 高校生のとき、鳥取市の日本きのこセンターに自発的に見学に行き、きのこの世界にのめり込み、同センターが近い鳥取大学農学部への進学を決意した。大学に通いながら同センターでアルバイト。大学院にも進学し菌類の研究に励んだ。休日は名峰・大山に登ってはきのこを探した。

 「鳥取県はきのこ王国。きのこ好きにはたまらない」と魅了され、大学院卒業後の2012年、25歳で日野町に移住した。ただ、同町での暮らしや本格的な栽培は初めて。ベテラン農家の久代宏一さん(77)の下で研修し、チェーンソーの使い方などを一から教わった。

 栽培は久代さんから購入した山のほだ場でほだ木2000本からスタート。今は、毎年2000~3000本の原木に新たに植菌、計1万2000本から収穫する。自ら木を伐採し原木を作るのは、もうお手のものだ。

 就農2年目の13年に独自ブランド「しいたつ」を立ち上げ、スーパーやインターネットなどで販売。ブランドには自身の夢である“シイタケの達人”の意味を込めた。昨春から、同センターが開発した低温乾燥による干しシイタケの製造方法も導入した。うま味成分が高く、戻し時間が早い点を生かし、付加価値を高めた販売を目指す。

 3年前から生産組合長を務める廣瀬さん。地域おこし協力隊で若者の移住もあり担い手育成に力を入れる。同組合は7戸だが、最盛期には50戸ほどいた。「日野町のシイタケ生産を復活させたい」と、かつてのにぎわいを取り戻そうと奔走する。(鈴木薫子)
 

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