「放牧中止」案と削除の驚き ネット世論 力を発揮 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏

 豚熱の防疫強化策として国が改定する「飼養衛生管理基準」案(2020年5月公表)に「放牧中止」が盛り込まれたことで、反対世論が噴出し、6月に提示された最終案から削除される顚末(てんまつ)があった。国民からの意見(パブリックコメント)募集はアリバイづくりで、それで改定案が変更されることは通常はまずないが、その意味では異例の展開となった。ネット世論のうねりの力が発揮された。

 改定基準案には、「大臣指定地域に指定された場合の放牧場、パドック等における舎外飼養の中止」「放牧の停止又は制限があった場合に家畜を飼養できる畜舎の確保」などが盛り込まれたため、放牧農家からはもちろん、全国的に疑問の声が上がった。

 放牧はアニマル・ウェルフェア(快適性に配慮した家畜の飼養管理)の最重要要素の一つで、土地面積の確保が困難なこともあって、日本は世界的にも、その推進が遅れている。日本政府が現在取得を推奨しているグローバルGAP(農業生産工程管理)などの重要項目にもなっている。

 何より、家畜が快適な環境で健康的に育つことが病気を防ぐ基本中の基本である。工場型のメガ・ギガ畜産が増え、「3密」の舎飼いがむしろ拡大していることこそが、感染症の原因であり、その意味からも、放牧禁止は逆行しているように思われた。

 スイスでは、ナチュラル、有機(オーガニック)、動物福祉、生物多様性、景観などへの取り組みをより徹底すれば、価格は割高でも消費者は納得して買ってくれるという。環境にも、人にも、動物にも、その他の生き物にも、景観にも優しく生産された農産物は、できたものも、ホンモノで安全でおいしいという感覚である。

 そうした消費者の「買い支え」に加えて、筆者らが08年に訪問した農家では、豚の食事場所と寝床を区分し、外にも自由に出て行けるように飼うと230万円、草刈りをし、木を切り、雑木林化を防ぐことで、草地の生物種を20種類から70種類に増加させることができるので、それに対して170万円、というような形で財政からの直接支払いが行われていた。放牧は補助金で推進するのが諸外国の政策である。

 改定案に対しては、5月13日~6月11日のパブコメ募集が行われ、それを受けて、最終案から「舎外飼養の中止」が削除され、「畜舎の確保」は「避難用の設備の確保」に変更され、「夜間にパイプなどで囲い、豚をまとめて管理できればよく、新たに畜舎を建てる必要はない」こととされた。

 筆者が過去に経験した限りでは、膨大なパブコメが席上配布されて、紹介されて終わり、というパターンがほとんどで、それに基づいた当初案の変更といったことが審議会で議論された記憶はない。その意味では、行政の柔軟性が高まったとも言えるかもしれないが、それほどにネットなどを通じた世論形成力が強まっていることが実感される。今後の政策議論の展開の仕方に示唆的である。

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