マギー司郎さん(マジシャン) “田畑でできた体”は丈夫

マギー司郎さん

 戦後すぐの生まれですからね、子ども時代は本当に物がなかったんです。僕の育ったのは茨城県の兼業農家ばかりのところ。貧しい農村の典型といっていいんじゃないかなあ。

 おやじも田畑を耕しながら、製板業をやったりして、なんとか生活をしていました。でも家族が多くて。9人きょうだいですからね。少しずつ畑を切り売りしてお金に換えていました。

 おふくろも工夫して料理をしていましたよ。ダイコンはたくさんできたので、漬物にしたり、みそ汁に入れたり、葉っぱを煮たり、切り干し大根にしたり。切り干し大根を煮たのに油揚げが入っていたら、最高だったなあ。

 肉を食べた経験はないですね。魚も干物ばかりで、生の魚を食べた経験は3、4回くらいですか。金持ちの家で祝いごとに招かれた時に。カツオの刺し身でした。マグロなんて見たことないよ。

 僕の体は、田畑で取れたものばかりでできたんですよ。米と野菜はもちろん、タニシとイナゴを食べましたから。

 あの頃は農繁期には学校が休みになりました。僕もすぐ上の兄貴と一緒に耕すように言われました。手にまめができたけど、ちゃんとやらないと怒られるからね。そういう体験をしたから、他の人よりは大地のありがたさを知っていると思います。
 

目分量が「いい」


 おふくろの作る料理は、全部目分量。だから同じ料理でも、日によって味が違うの。これがいいの。おかげで飽きずに食べられたんですよ。賞味期限なんてものはなくて、おふくろは「口に入れて酸っぱかったら出しなさい」と。

 今は料理を作る時には食材それぞれ何グラムと量るし、売っているものには賞味期限がしっかり書かれています。でも人間って、そういう「数字」に頼り過ぎては、生きていく上での勘が駄目になるよね。

 17歳で上京しました。下積み時代はずっと旅回り。各地のストリップ劇場でやってました。

 15年くらいは劇場の楽屋で寝泊まりしてました。芸人だから、みんなに迷惑をかけないところに寝ないといけない。昔は踊り子さんも気性が荒いから、なにかあるとすぐに蹴っ飛ばす。踏んづけられたり蹴っ飛ばされたりしないように、化粧台の下で寝てました。

 朝ご飯は劇場の人が作ってくれるんだけど、ぜいたくなものではない。ご飯とたくあん2切れとみそ汁。それでも全然平気でした。

 あの頃は、テレビに出ている芸人さんは自分とは全く別の世界の人に思っていました。それがね、何十年かたって、僕なんかでもテレビに出られるようになって。不思議な感じですよ。
 

100歳でも舞台に


 ある時、料理番組のゲストに呼ばれたんです。打ち合わせで「マギーさん、普段どういうものを食べてます? 好きなものは何ですか?」と聞かれたので、「切り干し大根です」と答えたら、「それじゃあ料理番組になりません」と言われちゃった。たしかにそうでしょうけど、僕の普段の食事って、子どもの頃と変わらない粗食ですから、そう答えるしかない。

 でも丈夫ですよ。僕、今まで仕事を休んだこと、一度もありません。田畑によって作られた体で、ここまで健康でこられました。この調子で、ずっといけそうな気がするの。理想はね、100歳になっても黄色いえんび服を着て舞台に立っていること。できそうな気がするよ、ほんとに。(聞き手・写真=菊地武顕)

 まぎーしろう 1946年、茨城県生まれ。20歳の時からプロのマジシャンとして活動を開始。長い下積みの後、軽妙なトークをまじえたスタイルで売れっ子に。97年に奇術協会天洋賞、2008年に第24回浅草芸能大賞を受賞。多くの弟子を育成。ケン正木と共に実演・解説するDVD「超簡単 面白マジック」発売中。 
 

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