コロナで揺れる五輪 日本の構造再点検を 思想家・武道家 内田樹

内田樹氏

 先日、日米欧6カ国を対象に行われた世論調査で、東京五輪開催に反対する回答が日英独3カ国で過半数を占めた。日本では「反対」が56%、6カ国中最多だった。米国だけが賛否とも33%で意見が割れたが、それ以外の5カ国では開催反対が賛成を上回った。開催の可否はワクチン接種の進展次第であるが、日本でのワクチン接種の遅れぶりを見る限り、国際世論が「五輪中止」を選択するのはもう時間の問題である。
 

相次ぐトラブル


 東京五輪はそれにしてもトラブルがあまりに多かった。猪瀬直樹都知事(肩書は当時)のイスラム差別発言、安倍晋三首相の「アンダーコントロール」発言、ザハ・ハディド氏設計の競技場計画のキャンセル、国際オリンピック委員会(IOC)委員買収疑惑、シンガポールのダミー会社への送金、フランス司法当局の取り調べを受けての日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長退任、そして森喜朗会長の性差別発言による辞任……。一つのスポーツイベントでこれほど大量の失敗や不祥事が発生した事例を私は過去に知らない。たまたま不運が続いたのだろうか。

 私は違うと思う。これは構造的なものだ。日本のあらゆるシステムが「制度疲労」を起こして、そこかしこで崩れ始めているのだ。
 

わずか30年で…


 少し前まで、日本はこんな無能な国ではなかった。イベント一つでこれほどのへまをやらかすような国ではなかった。1989年、日本経済がその絶頂にあった時、1人当たり国内総生産(GDP)は世界2位、株式時価総額で世界のトップ50社のうち32社が日本企業だった。その年、三菱地所がマンハッタンの摩天楼を買い、ソニーがコロンビア映画を買った。90年の映画「ゴースト」で主人公の銀行員の喫緊の課題はビジネスに必須の日本語の習得であった。今、日本の1人当たりGDPは世界25位、世界トップ50社に名前が残っているのは1社だけである。日本語を必死で勉強している金融マンをニューヨークで見つけることは困難だろう。

 わずか30年間で日本がここまで没落したことに世界はずいぶん驚いていると思う。内戦があったわけでもないし、テロが頻発したわけでもないし、恐慌に襲われたわけでもない。確かに「バブル崩壊」と2度の震災は日本社会に深い傷を残したが、それでも2010年に中国にその地位を譲るまで日本は42年間にわたって米国に次ぐ「世界第2位の経済大国」だったのである。その間に「蓄積」したはずのさまざまな知恵と技術はいったいどこへ行ってしまったのか。

 日本の没落が止まらないのは「没落している」という事実を多くの国民が直視しようとしないからである。具合が悪いのに「絶好調」だと言い張っていれば、治る病気も治らない。今は五輪中止を奇貨として日本のシステムを土台から再点検する時である。

 うちだ・たつる 1950年東京生まれ。思想家・武道家。神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。専門はフランス現代思想など。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞。近著に『日本戦後史論』(共著)、『街場の戦争論』。
 

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