「コロナ断捨離」とでも言うのか

 「コロナ断捨離」とでも言うのか。巣ごもりで、家の片付けを始めた人が多いと聞く▼わが茅屋(ぼうおく)も物があふれている。未開封の健康器具、読まず積まれた本の山、太って着れなくなった洋服の数々、賞味期限の切れたカップ麺など。平生、賢い買い物「エシカル消費」を呼び掛けながら、この様である▼反省を込めて『清貧の思想』(中野孝次著)を読み返した。30年近く前のベストセラーだか、豊かさの幻想が崩れ去ったコロナ禍の今こそ一読を勧めたい。例えば良寛の生き方。金もうけや栄達に煩わされず、3升の米、1束の薪(たきぎ)があって、草庵(そうあん)で足を伸ばせれば、それでいい、と教える。粗衣粗食なれど、心は何と満ち足りていることか▼それは、足るを知り、もったいない精神を置き忘れてきたわれらへの警鐘に違いない。清貧とは何か。「たんに貧しいことではない。自然といのちを共にして、万物とともに生きること」だと中野さん。そうした生き方を象徴する言葉が「ものころし(物殺し)」。かつて農村では、実る前に廃棄せざるを得ない無念の思いをこう言ったと。命を全うできなかったことを罪深く思う心根である▼コロナ禍でたくさんの農作物が「ものころし」に遭った。万物の命に感謝する「清貧の思想」を呼び覚ます時である。

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