茨城・栃木「治水事業」 農地移転も選択肢 来季作付け白紙か

台風被害から復旧したものの、作付けされず雑草が生い茂る農地(栃木県那須烏山市で)

 昨年10月の台風19号で大水害を起こした栃木県と茨城県を流れる那珂川と久慈川流域で、国土交通省、両県、沿川16市町が「緊急治水対策プロジェクト」を進めている。1月に始まり、堤防整備や河川の掘削などを行い、5年後の完了を目指す。氾濫に悩まされてきた地域だけに期待がかかる一方、農地や住居の移転を伴う事業も選択肢として示され、地権者からは不安の声が上がる。コロナ禍で住民説明会が遅れており、事業の進展に影響が出る可能性もある。(木村泰之、中村元則)
 

「堤防で治水」は限界 行政説明に複雑


 台風19号では那珂川水系と久慈川水系の本支流計16カ所で堤防が決壊。越水・溢水(いっすい)も16カ所で発生した。こうした災害を防ぐため、同プロジェクトは両河川合わせ1015億円を投じる。2024年度まで、河川掘削などをして通水能力を高める他、堤防を整備し、川の水を逃がす「霞堤(かすみてい)」を栃木県那須烏山市、茨城県常陸大宮市、那珂市に、130ヘクタールの遊水地を常陸大宮市、城里町に設ける。増水時の下流の流量を減らすのが狙いだ。

 現在は河川掘削や堤防内の樹木伐採が水戸市で進む。国や県、市町による住民説明会は7月下旬に茨城県ひたちなか市、8月上旬に水戸市で行ったが、他の地域では新型コロナウイルス禍で多人数の説明会開催が難しく、遅れていた。

 住民の関心が高いとみられるのが、那珂川沿川の栃木県那須烏山市、茂木町、茨城県水戸市、大洗町の一部を対象に選択肢として検討される「防災集団移転事業」だ。川が蛇行し、川幅が狭くなる、複数の川が合流する──などリスクの高い場所で、被災の恐れのある住居を高台に集団で移す。暮らしや営農に関わるだけに、心配する声も少なくない。

 茂木町では住宅など42棟、公共施設など45棟の浸水被害が出た。肉用牛の繁殖・肥育をする瀬尾亮さん(65)は、台風で那珂川沿いの牧草地が浸水。牛23頭が流された。17頭が生還したが、6頭の行方は分からないまま。牧草地も10月に復旧したばかりだ。

 堤防整備などの防災事業には「大感謝」と賛成するが、移転事業は「うわさで聞くが、誰がどう進めているか分からず、農地や住居が心配だ」と不安を募らせる。

 移転事業は東日本大震災の津波で被災した東北などで実績はあるが、国交省常陸河川国道事務所の堀内輝亮副所長は「川の氾濫や堤防の決壊では珍しい」と説明する。

 那須烏山市下境地区では住宅49戸、事業所など6棟が那珂川の浸水被害を受けた。農地は9月までにほぼ復旧したが、水稲の代替作物とされたエン麦の作付けは一部にとどまり、雑草が生える所が多い。同地区では22日に国と市による説明会が開かれ、霞堤の新設と、集団移転についての説明があった。終了後に同事務所は、住民の了承を得たとして、霞堤の設計に必要な測量に入る考えを示した。集団移転は市が霞堤の整備状況に合わせ住民の意向を踏まえて、方針を示す構えだ。

 説明会に参加した農家は複雑な心境だ。地区内に水田40アールを持つ男性(73)は「霞堤を造ると聞いて、米作りを諦める人は多いのではないか」と話した。水田80アールを持つ別の男性(66)も「集団移転の話が出て、自分の農地がどうなるか分からない。来春からの米作りは白紙だ」と顔をしかめる。

 同事務所の堀内副所長は、強力な台風が頻発する状況では堤防だけの治水は限界があるという。「台風19号と同様の水害があった時、住民の命が守れない。住民の納得を最優先に安全な住環境を提案しつつ、工事を進めたい」と話す。

<メモ>

 近年の洪水で甚大な被害を受けた河川では、国、都道府県、市区町村が連携して、再度の災害を防ぐため「緊急治水対策プロジェクト」に取り組んでいる。

 流域全体でハード・ソフト一体となった対策をしており、2019年の台風19号では7水系で実施。

 5~10年かけ、決壊箇所の「災害復旧」や河道掘削などの「改良復旧」に、7水系合わせて5424億円(災害復旧1509億円、改良復旧3915億円)を充てる。

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