脱はんこに見る本質 霞が関に改革一里塚 ノンフィクション作家 大下英治

大下英治氏

 2020年9月16日、菅義偉内閣が発足した。組閣の前日、河野太郎の携帯電話が鳴った。菅首相からの着信だ。

 「規制改革をやってくれ。一丁目一番地だから、しっかり頼むぞ」

 菅首相のせっかちな性格は河野もよく心得ている。

 「とにかく、スピード感を持ってやれ」

 河野太郎は行政改革担当大臣、国家公務員制度担当大臣として入閣した。

 12月の記者会見で、河野は自身の働きぶりについて胸を張った。

 「100点満点で、100点です」

 「脱はんこ」に象徴されるデジタル化、行政改革にひた走った3カ月だった。
 

“1・5万件”にメス


 1万4992。これまで行政手続きではんこを必要とした事例の数だ。河野はここにもメスを入れた。まず決めたのは「認印は認めない」という原則だ。専門店だけでなく、文具店や100円ショップで三文判を買ってくれば、認印は誰にでも押せる。これでは認証の意味はない。「はんこがない」と、慌てて買いに走った経験は誰にでもあるだろう。

 河野は思う。

 〈何の意味もないことを延々続けてきたわけだ。ずいぶんと無駄を積み重ねてきたものだ。驚くしかないな〉

 膨大なはんこが必要な環境を維持したままでオンライン化を進めることはできない。

 「どうしても必要なものだけ、言ってこい」

 河野が役所に命じた結果、なんとわずか83種類だけを残すことになった。1万4900以上はやめることになったのだ。

 住民票の写しの請求や転入・転出届、婚姻届などから押印がなくなる。残るのは、登録した実印によるごく一部の手続きだけだ。

 河野はファクスの見直しも求めている。これも書類のやり取りをできるだけ減らしたい考えからだ。
 

人事掌握の強み


 官僚は権益を守り、前例踏襲主義を続ける中、複雑な手続きや押印を長年続けてきた。それが変わるかもしれないのは、各府省の幹部人事を握る菅首相の手法によるところが大きい。これまでも政府の政策に反対する官僚にはこう言い渡してきた。

 「異動してもらう」

 この点では河野も一致している。ネット放送に関する規制改革を巡っては文化庁の担当者にこう迫ったという話もある。

 「やる気がないなら、担当部署を変える」

 読売新聞が21年3月に実施した全国世論調査によると、「自民党の政治家の中で、次の首相には誰がふさわしいと思いますか」との質問で、1位は、河野太郎行政改革担当大臣だった…。

 おおした・えいじ 1944年広島県生まれ。広島大学文学部卒業。週刊文春の記者を経て、作家として独立。政財官界から芸能、犯罪など幅広いジャンルで創作活動を続けている。近著に「内閣官房長官」「自民党幹事長 二階俊博伝」など。
 

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