論説
経済事業支援 収支改善例の共有化を
JA全中、JA全農、農林中央金庫が、営農・経済事業の収支改善を促す「見える化プログラム」でJA支援を本格化させている。収支改善は、JAグループが力を入れる経営基盤強化の柱の一つ。各連の専門性を生かし、個別JAで着実な成果を上げるとともに、改善手法をグループで共有したい。
プログラムは、全中・中央会と全農・経済連、農林中金・信連が2018年度から始めた。農林中金は事業分析、全農は解決策の提供などで役割分担し、共同で個別JAを支援することが特徴だ。18、19年度で12JAがプログラムに参加。20年度は全国で18JAが参加を予定し、前年度から倍増した。
農林中金・信連は場所別・事業別の収支を調べ、課題のある部分を細かく特定。必要な収支改善額も明確にする。事業の改善策はJAから聞き取ったアイデアを基に組み立て、全農の知見を生かして1JA当たり20件弱を提案する。実行した場合の効果額も示す。これを実現するためJAは3カ年の行動計画を立て、各連が実行を助ける。
肝心なのは、成長・効率化の両面から収益の好転を目指すことだ。効率化一辺倒ではなく、事業の見直しで生じた人員などの経営資源を成長を目指す分野に振り向ける。特に組合員や農業法人への対応力を強化する。農業者の所得増大や農業生産の拡大を通じてJAの成長を目指すとの考えがベースにある。
あるJAでは、出向く活動の強化で販売取扱高を伸ばすことや近隣地域での重点作物の共同推進、農機・自動車事業の再編など13施策を決めた。出向く活動では、重点的な訪問先農家のリストや聞き取るべき項目を整理。訪問先農家も従来の園芸・特産だけでなく、米穀や畜産にも範囲を広げる。事業間連携のため、JA内で情報共有の場をつくることも決めた。
収支分析から改善策の提案、JAによる行動計画の策定までプログラムの導入にかかる期間は14週間。この間、各連職員がJAに常駐する。20年度は新型コロナウイルスの影響で開始が遅れたが、上期に取り組むJAでは7月から常駐が始まった。農林中金は担当職員を15人増やして37人とし、参加JAの増加に対応できる体制を整えた。
導入後は、JA主体で行動計画を実行に移す。各連は合同で計画の進み具合を確認・分析。状況に応じて新たな改善施策の投入も支援しながら、必要な収支改善額を確実に達成するまでJAをサポートする。各連は協働してJAの成長・効率化の実現を目指す。
農林中金はこれまで、JAに提案した約200の施策をデータベースにまとめた。内容や検討経過を記録し、他のJAの支援で参考にする。プログラムは、23年度までに146JAでの導入を目指す。収支改善の手法や知恵を事例報告などを通じて共有し、各JAで生かせるようにしたい。
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2020年07月28日
農作業安全ルール 命を守る経営 最優先に
農水省が、農と食を支える人たちに向けた作業安全のルールづくりを進めている。死傷事故の多発が背景にある。命を守る経営は全てに優先する。農家も経営者も“自分事”として事故の根絶に全力を挙げるべきだ。
安全・安心な食べ物を作る現場は、日々危険と隣り合わせにある。とりわけ農業は、この半世紀、毎年約300人が命を落とし続けている。
同省の調査によると、2018年の死亡事故者は274人。農家の減少に伴い、実数は調査開始以来最少となったが、就業人口10万人当たりの死亡率は、全産業の10倍に上る。死亡者は高齢者に集中し、65歳以上の割合が87%を占める。林業の死傷事故発生率も高く、建設業の5倍に達している。
いわば農林業は「構造危険業種」なのだ。同省が、農林水産業と食品産業を対象に、作業安全のための初の共通規範づくりに乗り出した背景には、強い危機感がある。遅きに失したとはいえ、経営の存続に関わる非常事態を乗り切るために喫緊の取り組みだ。最近は外国人材や非正規雇用の増加もあり、雇い主の安全管理責任も一段と厳しく問われている。
共通規範とは、全ての従事者、管理者が守るべき理念と基本対策をまとめたものだ。個別経営と事業者団体向けを策定する。有識者会議を経て同省が先にまとめた案では、個別経営向けは①作業安全と人命は全てに優先する②作業安全の確保は経営が継続発展する要である③ルールや手順の順守など必要な対策を講じる④労災保険の加入など事故発生時に備える──の4本柱。団体向けはこれを基に、積極的に安全対策を講じるよう定めた。今後、国民から意見を募り、秋に成案を得て広く現場に周知する。
農業、林業、食品産業など業種ごとの個別規範は、具体策を深掘りして年内にまとめる。安全点検チェックシートとして現場での活用を促す。同省は、これらの安全対策の実施を来年度からの各種補助事業の要件とすることで、実効性を持たせる。
ただ規範には法的拘束力がないだけに、それぞれの業種の特殊性や現場実態に沿った内容にし、使い勝手のいいものに仕上げてほしい。特に高齢者に分かりやすくする工夫が必要だ。併せ安全講習の徹底。優良事例の表彰制度なども有効だろう。そのための十分な予算措置や支援態勢の強化を国には求めたい。
実効性を担保するには、農と食の仕事に関わる全ての関係者が危機感を共有し、当事者意識を持つことだ。規範を土台に、それぞれの経営、作業実態に合わせて独自の安全管理ルールを作ることを勧めたい。安全管理を徹底することが結果として生産性の向上にもつながる。
農業者1人の死は、経営の死、地域農業の死につながりかねない。家族の幸せ、経営の持続性のために、安全を全てに優先してほしい。
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2020年07月27日
「なつぞら」と協同 歴史から価値を伝える
NHK連続テレビ小説「なつぞら」は、北海道酪農の歴史と向かい合った作品でもある。今日の酪農王国が農家の団結から築かれたことを描いた。協同の大切さを教えてくれる。
わが国の酪農乳業の歴史は比較的新しい。奈良、平安時代に貴族が愛好した乳製品は、武家政権の成立とともに廃れ、産業としての酪農乳業がわが国に登場するのは、江戸末期の西洋文明との接触以降である。
都府県酪農が西洋人相手の牛乳搾取業から始まったのに対し、北海道はロシアの南下政策を警戒した明治政府による蝦夷地開拓の一環で導入された。実力者・大久保利通は畜産酪農振興の熱心な応援者であった。
北海道酪農の隆興に重要な役割を果たした宇都宮仙太郎は、同郷の偉人・福沢諭吉の影響を受け北海道に移住、札幌で酪農経営に着手する。酪農という言葉を最初に使ったのは宇都宮とされ、この人物に連なる黒澤酉蔵、佐藤善七らが酪農普及をけん引した。米国出身の技術指導者エドウィン・ダンを含めて、日本農業新聞社会面「北の酪農ヒストリー」で紹介した。
興味深いのは、彼らは協同組合方式により、酪農の近代化を進めたことである。この時代は日本全土に広がった産業組合の発展期であり、宇都宮らはこの時流に乗ってバターの製造販売組合をつくる。さらに素晴らしいのは、無償で酪農民を教育する学校を黒澤らが造ったことだ。協同組合の要諦は教育にあるが、北海道酪農の軌跡はまさにその実践でもあったのだ。
酪農発展を支えた重要な政策に不足払い制度がある。これにはモデルがあった。太田寛一士幌町農協組合長がつくり上げた「一元集荷多元販売」だ。大手乳業による集乳競争が熾烈(しれつ)を極める中、酪農家の所得向上のため、農協が酪農家から生乳を全量引き取り、乳業に販売する。そのいきさつは「なつぞら」北海道編のハイライトの一つとして描かれた。
太田は、さらに十勝8農協の力を結集して、農協資本の北海道協同乳業(現よつ葉乳業)を立ち上げた。今日でいう6次産業化である。関係者によると、それまでベールに包まれていた乳製品製造の原料コストの把握や、乳業との対等な乳価交渉の実現など、乳業会社の設立で農業側が得たメリットは大きかったという。これも原点には協同と団結がある。
地域農業や農協の事業を歴史の視点から捉え直すことを勧めたい。「なつぞら」が教えてくれたように、当たり前のように地域で存在し続けることの、かけがえのない価値が見えてくるだろう。
歴史を切り口とした農業理解の手法は、農業を知らない若い人たちの共感を呼びやすいのではないか。農業体験と併せて試みてほしい。農業側も、郷土の産業史を伝える資料の収集保存や、歴史案内板の設置などやれることがある。
2019年09月07日
論説アクセスランキング
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学給に有機農産物 農業の未来開く端緒に
農水省は、有機農産物を学校給食に導入するための支援を始めた。販路の確保が狙い。自治体とJAは率先して取り組み、有機農業を核に地域農業の展望を開く端緒にしてほしい。
有機農業を推進する国の予算は今年度が1億5000万円で、前年度を5割上回る規模となった。有機農業による産地づくりと、販売先を確保する市町村と生産者らの取り組みに助成。新たな販路として、学校給食を位置付けた。
国内の有機農業の取り組み面積はわずか2万3000ヘクタール。耕地面積の0・5%にすぎない。栽培の基本技術が生産者に伝わっていない、労力がかかる割に収量や品質が不安定、期待する販売価格水準となっていない――ことなどが、原因に挙げられる。作っても販路がなく、生産を諦める農家も少なくない。
一方で有機農産物を扱う流通業者は増えている。新規の専門スーパーや有機宅配業者が参入。流通加工業者の4割が需要は拡大すると答えた調査もある。ただし、扱う条件の第一は「1年を通し一定量が安定的に供給されること」。この条件を乗り越えなければ国産有機農産物の需要は高まらない。
まず、まとまった量を確保できる産地だと地元で認められ、信頼を得た上で、外部で販路を開拓するのが堅実だ。学校給食を糸口とすれば社会的な評価も高まり、消費拡大につながるのは間違いない。そのモデルが千葉県いすみ市である。
市内の小中学校の給食に使う米の全量42トンは、農薬、化学肥料を使わない地元産の有機米「コシヒカリ」だ。8年前まで有機米の栽培は皆無だった。それが現在は100トン近くを生産。JAいすみは県外の有機専門店に販路を広げ、一層の生産拡大を目指している。買い取り価格は有機JASが60キロ2万3000円、有機に転換中は同2万円。収量の減少分をカバーし、再生産可能な価格とした。生産者は安心して栽培が続けられ、産地が形成された。
給食で子どもに食べてもらう意義は大きい。小学生は田んぼの生き物を調べ、学校田で有機稲作を体験する。教育効果は大きく、生産者には米作りへの自信や張り合いが生まれている。
地域農業は高齢化、担い手不足、耕作放棄地の拡大といった課題に直面している。新規就農希望者には有機農業を志す若者が多い。いすみ市ではこうした移住者が増え、有機野菜を栽培して学校給食への供給を担い始めた。稲作主体の大規模経営と、野菜中心の小規模家族経営が共に有機栽培に取り組んでいる。多様な農業経営が共存する地域農業の姿の一つだろう。
農水省の支援事業を活用するには、市町村とJA、農業者が協議会を立ち上げる必要がある。有機農業は特殊な農業でない。環境と経済を両立させる今日的価値のある農業だ。農業への国民理解も深まる。少量でもいい、一歩を踏み出そう。
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2020年09月22日
2
野菜の相場低迷 経営安定対策の拡充を
野菜相場が低迷している。天候不順で近年は乱高下しやすくなっており、今年は新型コロナウイルスの影響が重なった。安定供給には農家の経営安定が重要だ。豊作時の暴落と不作時の暴騰を防止・緩和する施策と経営安定対策を拡充すべきだ。
主要野菜14品目の12月上旬の1キロ価格は99円(各地区大手7卸のデータを集計した日農平均価格)だった。過去5年間では、旬別で2番目の安値だ。
野菜相場は10月まで堅調に推移していたが、11月に展開が変わった。全国的な好天で各品目とも生育が進み、潤沢な出回りとなった。一方、外食を中心としたコロナ禍での業務需要の減少や、スーパーでの試食宣伝の制限などで厳しい販売を強いられている。顕著なのが重量野菜で、ダイコンやハクサイは平年の4、5割安となっている。
野菜の価格低迷時の対策で代表的なのが、収入保険と野菜価格安定制度だ。収入保険は全ての農産物が対象で、青色申告をしていることが要件。1年間の収入額が基準の9割を下回ると、下回った額の9割を上限に補填(ほてん)する。
野菜価格安定制度は、キャベツなど指定野菜14品目を対象に平均販売額が補償基準価格を下回った場合、差額の9割を上限に補填する。同省は、収入保険に初めて加入する場合、同制度との同時利用を21年1月から特例で1年間できるようにした。
収入保険は、コロナ禍による農業経営の損害に対応でき、関心が高い。また野菜価格安定制度は、産地育成や計画的な生産を促すなどの効果が見込める。
JAグループは、21年度の青果対策で国に①野菜価格安定制度の維持と安定的運営のための十分な予算の確保②緊急需給調整事業を含め需給安定化に取り組む産地への支援の拡充③野菜価格安定制度と収入保険の同時加入の特例措置の拡充・恒久化──をはじめ、経営安定のためのセーフティーネット(安全網)の拡充などを求めている。
野菜を巡る環境は不安定要素が多い。近年は台風が相次ぐなど天候不順の影響を受けやすい。また、大型の貿易協定の発効が相次ぎ、加工品を含め関税が削減・撤廃される。11月には地域的な包括的経済連携(RCEP)に署名した。冷凍などを含め野菜の対日輸出が多い中国、韓国との初の協定だ。対韓国では基本的に野菜は除外し、対中国でも重要な品目の多くを除外した。しかし段階的に関税を削減・撤廃する品目もある。影響を注視する必要がある。
コロナ禍により家庭で食事をする機会が増え、国産野菜を安定供給することの重要性が改めて確認された。また食料・農業・農村基本計画に政府は、米の生産調整で野菜など高収益作物への転換を図る方針を明記。野菜の生産量を30年度までに、18年度比で15%増やす目標も掲げた。安定生産には生産基盤の強化とともに、安心して生産を続けられる体制の整備が必要だ。
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2020年12月15日
3
米不作と転作拡大 営農継続できる政策を
2020年産水稲の作柄(9月15日現在)が、西日本では平年並みを下回る県が多い。トビイロウンカの発生や台風が影響した。過剰の見通しから21年産で国は、大幅減産が必要になる適正生産量を示した。水田は農業だけではなく、暮らしを支える基盤だ。営農継続に希望が持てる米政策を求めたい。
西日本の20年産米は、過去10年で最悪といわれるトビイロウンカの大発生や、九州を中心に9月に接近した二つの台風などの被害を受けた。特に山口県は作況指数83の不良となった。九州北部も作況が落ち込んだ。
茎から養分を吸い、稲を枯らすトビイロウンカは13、14、19年にも大発生し、13年の被害見込み金額を農水省は105億円と試算する。20年は11府県が警報を出し、過去10年で最多。注意報を含め24府県が防除の徹底を呼び掛けたが、田の一部が枯死する「坪枯れ」だけではなく、全面が枯れた田が多発した。
トビイロウンカはベトナム北部で周年で発生し、春に中国に移動して増殖、南西風に乗って日本に飛来する。今年は、中国での発生が多い上に、長梅雨で飛来数も多かったことが、日本での大発生の原因とされる。
米作りはウンカとの闘いでもある。享保17(1732)年の大飢饉(ききん)は有名で、江戸時代から国を挙げて対策をとる。防除の歴史は長いが、気候によって飛来数が変わるため、トビイロウンカは発生量の予測が難しい。近年は中国やベトナムで防除薬剤が普及し、薬剤耐性を考えた防除が求められる。
国は、21年産の主食用米の適正生産量を679万トンに設定した。20年産の生産量よりも56万トン、面積換算で10万ヘクタール程度の減産が必要になる。病害虫や気象災害と闘い、それでも不作となったことで農業者は心をすり減らしている。大幅な転作拡大だけが迫られると、営農意欲の減退を招きかねない。
農業者の高齢化や労働力不足に加え、病害虫や気象災害の頻発などで米作りの環境は厳しい。中国地方では、作り手の不足で米の作付けが減る地域も出ている。耕作が放棄されれば地方の基幹産業である農業が衰退し、地域経済も冷え込む。
水田は地域社会にとっても重要だ。豪雨被害が増え、治水対策の一つに「田んぼダム」が注目される。一時的に大雨を水田に蓄え、下流への急激な水の流れを遮断する。貯水機能を高める取り組みだ。水田の多面的機能の低下は暮らしを脅かす。
国が推進してきた飼料用米や飼料用稲の生産が、トビイロウンカ発生の一因との指摘もある。コストを抑えるため、見回りや防除が不十分になるという。
米価の安定には転作拡大は避けられない。しかし地域の経済・社会を維持するためにも、水田を荒廃させてはならない。米政策を巡る政府・与党の論議が本格化する。主食用米と転作を通じて、安心して水田農業ができる支援策が必要だ。
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2020年10月25日
4
種苗法改正案 保護と権利 バランスを
今国会で審議中の種苗法改正案は、優良品種の海外流出を防ぎ、開発者の権利を保護することが目的である。一方で、登録品種の自家増殖に許諾制を導入することには、疑問や異論もある。知的財産の保護と農家の「種の権利」のバランスをどう取り、農業振興につなげるか、徹底審議を求める。
同改正案は先の通常国会に提出されたが、新型コロナウイルス対応などで審議時間が取れず、今国会に持ち越していた。衆院で本格審議が始まったが、改めて論点も見えてきた。
改正の背景には、日本が長年にわたって開発してきたブランド品種の海外流出問題がある。現行法では、正規に販売された種苗の海外への持ち出しは禁じられていない。改正案は、品種の開発者が、輸出先や栽培地域を指定できるようにし、違反した場合に育成者権の侵害を認定し刑事罰を問いやすくする。
こうした市中流通ルートに加え、農家の自家増殖にも許諾制の規制をかける。現在は登録品種であっても農家は原則自家増殖ができる。種や苗を次期作に使うことは国際的にも認められた「種の権利」である。現行法でも自家増殖した種苗の海外への持ち出しは違法だが、なぜ登録品種全般に許諾制の網をかけるのか。農水省は、品種開発者が増殖の実態を把握することで、流出時に適切な対応ができると説明。違法流出の立証が容易になり、刑事罰や損害賠償請求をしやすくなるとも指摘する。あくまでも流出防止のための規制で「種の権利」に対する侵害ではないとの立場だ。
だが、許諾制による管理強化がどれほど流出防止に実効性があるのか、国会審議を通じてさらなる説明が必要だ。欧米では、登録品種であっても主要作物の一部に自家増殖を認めるなど例外規定がある。日本でも柔軟な対応を求めたい。
流出防止の核心は、同省も認めているように輸出国での品種登録だ。海外での品種登録はコストや申請手続きなどハードルが高い。同省は登録経費の支援などを行っているが、海外での育成者権の行使に向け包括的な支援の充実こそ急務だろう。
農家が不安を抱く自家増殖の許諾料について同省は、営農の支障になる高額な設定にはならないと説明する。民間種苗会社も農研機構や都道府県の許諾料水準を参考にすると指摘。品種の太宗はこれまで通り自家増殖ができる一般品種であり、経営判断で選択できるとして不安を打ち消す。
だが企業による種苗の寡占化が進めば、将来負担増にならないと言い切れるのか。許諾料の上昇に対する歯止め規定も検討すべきだ。許諾手続きの事務負担が増えないよう簡素化や団体代行も進めたい。
改正案は「食料主権」に関わる内容を含むだけに、幅広い利害関係者の意見もくみ取りながら、将来に禍根を残さない慎重かつ徹底した審議を求める。
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2020年11月16日
5
中山間農業の支援 畦畔管理に焦点当てよ
高齢化と人手不足で、中山間地域では畦畔(けいはん)管理の困難さが増している。ロボット農機など技術革新は進む。しかし、小規模で未整備の水田をはじめ同地域の農業の課題は、科学の力だけでは解決できない。洪水防止を含む農業の多面的機能を正しく評価し、受委託の体制づくりなど畦畔管理に焦点を当てた施策が必要だ。
農水省によると、耕地面積に占める畦畔率は2019年が全国平均で4%。大規模化が進む茨城県は1・4%、北海道は1・6%と低い一方、中山間地域が多い中国地方は5県平均が8・9%で、岡山、広島、山口の3県は9%を超える。
畦畔率が高いほど作物を育てる面積は減る。10ヘクタール規模の経営なら農地に占める畦畔は北海道では16アールだが、広島県は94アールだ。規模は同じでも耕作面積に大きな差が出る。畦畔率が高いほど1区画当たりの圃場(ほじょう)も小さい。管理する圃場が多ければ、農機の出し入れなど作業の連続性が妨げられる。
除草など管理にも多くの労力が必要だ。中山間地域の畦畔は急傾斜が多く、農作業事故のリスクも高い。非効率で労力、時間、コストがかかる畦畔。企業なら一番に切り捨てられる不採算部門だが、自分の経営だけでなく地域社会にも影響し、管理は手抜きができない。雑草繁茂は病害虫の発生源になるばかりか、鹿やイノシシの隠れ場所として鳥獣害を助長する。畦畔がもろくなり、保水力の低下や土砂災害などの危険性も生じる。
中山間地域等直接支払いをはじめ日本型直接支払いの加算措置の拡充や、棚田地域振興法の制定など、中山間地農業の支援政策は進んできた。しかし畦畔管理にかける労力が不足している。特に地権者に管理を頼っていた集落営農組織では深刻だ。
日本版衛星利用測位システム(GPS)の整備などにより、農機が自動で高精度な作業を行うスマート農業が国の主導で実用化され、日本の農業は大変革期を迎えた。農業者が高齢化、減少する中、正しい選択の一つと言える。ただ、農業の課題の全てを解決するのは難しい。
また、利益追求型の企業的農業を志す農業者もいれば、伝統や文化、先祖から受け継いできた土地を守り、家族と過ごすことを大切したいと考える農業者もいる。求められるのは、どこでも農業が続けられる環境だ。
農地は、食料生産の他、国土の保全、水源の涵養(かんよう)、環境保全、良好な景観の形成、文化の伝承など多面的機能を持つ。局地的な豪雨や台風の大型化など自然災害が常態化している中、貯水をはじめ水田の機能は、水害の緩和など防災の観点からも注目されている。
中山間地域の畦畔管理は、もうかる農業の追求だけでは難しく、地域住民の努力だけでは限界がある。災害が多い今こそ、事業として請け負う人材や組織・会社の育成・支援など、踏み込んだ施策を求めたい。
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2020年09月23日
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SDGsと農業 多様な連携で理解増進
国連の持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、企業や組織、団体などの間で連携が進む。農業分野では早くから、農業者やJAがSDGsに即した営農や事業を展開。地域ぐるみを含めて連携を拡大し、取り組みを広げよう。
SDGsでは「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「気候変動に具体的な対策を」など、国連が2030年までに達成すべき17の目標を掲げ、16年から推進。目標の17が「パートナーシップで目標を達成しよう」。国や自治体、企業・事業者、団体、個人などさまざまな段階での連携の必要性を強調している。
政府はジャパンSDGsアワードを設け、先進的で優れた活動をする企業や団体を表彰している。昨年、内閣総理大臣賞を受賞した福岡県の魚町商店街振興組合は、商店街として「SDGs宣言」を行い、ホームレスや障害者の自立支援に取り組む。また飲食店などと協力、「残しま宣言」のステッカーを掲示し客に食べられるだけ注文するように求めたり、規格外野菜を販売したりして、食品ロスの削減や地産地消を推進する。
SDGsパートナーシップ賞を受賞した日本リユースシステムは、古着を回収し開発途上国に安価で提供する仕組みを構築した。回収用容器の利用者への発送は福祉作業所に委託する。途上国では選別・販売のための雇用を創出。事業として行うことで継続的支援につなげる。
同アワードの受賞者に限らず連携は進み、農業者と企業の間でも見られる。横浜市で肉牛と乳牛を飼養する小野ファームは、外食チェーンの東和フードサービスから、生パスタの製造で生じる端材の提供を受け、飼料として利用する。同社はコストをかけて端材を処分していたが、この食品リサイクルでSDGsの達成を目指しており、同ファームが一翼を担う。
企業などがSDGsを事業に取り込む背景には「エシカル(倫理的)消費」への意識の高まりがある。社会や環境などに配慮した商品などを購入する消費行動を指し、SDGsと重なる。消費者庁の19年度の調査では、同消費につながる商品などについて「購入経験があり今後も購入したい」「購入したことはないが今後は購入したい」が計81%で、前回16年度調査より19ポイント増えた。そうした商品の提供は企業イメージの向上につながるとの回答も80%で、企業価値を高めることも期待される。
農業分野は以前から、直売所による地産地消などを推進している。企業や団体との連携も進展。JAは、地場産を販売するインショップをスーパーや生協店舗に設置してきた。障害者らが農作業に携わる農福連携や、食品残さを原料にした飼料「エコフィード」の利用も進む。
SDGsの観点で営農や事業を捉え直し、目標達成を目指し拡大、深化させることが重要だ。農業の価値を高め、国民理解の醸成につなげよう。
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2020年12月13日
7
来年分の収入保険 農業経営守る選択肢に
農業収入の減少に備える収入保険が、加入申請の時期を迎えた。同保険は、新型コロナウイルス感染の影響による農業経営への損害にも対応できることから、関心が高まっている。経営と生活を守るセーフティーネット(安全網)の一つとして検討する価値がある。
農家経営の公的安全網の代表例としては農業共済制度が知られる。風水害や病虫害などによる収量減・品質低下に備えた農作物共済や果樹共済、台風などによるハウス損壊などに備えた園芸施設共済、家畜の死傷病に備えた家畜共済などだ。
だが、コロナ禍による被害の救済は難しい。外食の休業や学校休校、イベント自粛で農産物が販路を失ったり、売り上げが減少したりする被害は想定していない。こうした事態にも対応できるのが収入保険だ。
同保険は農業経営の安定へ農水省が2019年に創設した。全ての農産物が対象で、青色申告をする農家が加入できる。保険料や積立金を払い、1年間の収入額が基準の9割を下回った時に、下回った額の9割を上限に補填(ほてん)。災害時に加え、コロナ禍や盗難、けがや病気などによる収入減を幅広くカバーする。1年目は2万2812経営体が加入し、保険金は3049件、72億円が支払われた。
4月時点の加入者は3万4723件で、青色申告農家46万人の1割に満たないが、コロナ禍を契機に関心が高まり、状況は変わりつつある。収入保険への加入促進・支援の動きが活発化し始めている。
静岡市と地元2JA、静岡県中部農業共済組合は7月、来年度までに300経営体の加入目標を掲げ協定を結んだ。農家負担の軽減へ保険料に市とJAが最高6万円補助する。群馬県館林市は保険料に5万円補助する。今年度は継続加入を含め50人の加入を目指す。「コロナにも対応する保険だ。農家負担を抑えることで加入を増やし経営を守ってもらいたいと考えた」と市の担当者は強調する。
埼玉県や山形県では県や農業共済組合、JAが収入保険の推進組織を設立。農業共済組合やJAが協定を結ぶ例もある。
また同省は、JAなどの要望を受け、21年1月から収入保険に初加入する場合、野菜価格安定制度との同時利用を特例で1年間できるようにするなど、加入促進の機運が高まっている。
収入保険の保険期間は個人の場合1~12月(法人は各事業年度)で、来年1年間に備えたい人の申請は新規加入の場合、12月に締め切られる(継続加入は11月まで)。希望者は、過去の収入データを用意するなど準備を始める必要がある。
リスクの時代である。コロナ禍も長期化が懸念される。作物や販路の見直し、衛生管理の徹底、さらに経営の安全網も準備すれば安心だ。自分が感染し収入が減ることもあり得る。「まさか」ではなく「もしも」の時を考え、備えることが肝要だ。
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2020年09月26日
8
次期作支援の変更 前向き投資の芽摘むな
園芸農家らの次期作を支援する国の事業の運用変更は、交付金の減額などで生産現場に大きな影響を与えそうだ。経営が圧迫されないよう農水省は対処すべきである。前向きな取り組みを促すのが事業の目的であり、意欲をそがない手だても必要だ。同省は農家らの声を聞き、誠実に応えなければならない。
問題の事業は高収益作物次期作支援交付金。新型コロナウイルスの流行で売り上げが減るなどの影響を受けた野菜、花き、果樹、茶について、次期作に前向きに取り組む農家を支援するのが狙いだ。2~4月に出荷実績があるか、廃棄などで出荷できなかった──ことを対象農家の要件に設定。生産コストの削減や品質向上などに必要な掛かり増し経費の2分の1相当を、定額で交付するとしていた。
ところが同省は今月、前年からの売り上げの減少などを要件に追加。また減収額を交付額の事実上の上限とした。コロナ禍の影響を受けていなくても交付金を支払ったり、減収分を超えて支払ったりすれば、批判を受けかねないというのが理由だ。
しかし、農家によっては次期作の取り組みを始めており、交付金を前提に、機械・施設や生産資材の購入など投資を行っている。交付金が減額や不交付となれば、想定外の負担を抱えることになる。同省の制度設計の甘さが原因であり、経営と営農に支障を来してはならない。
また同省の当初の説明からは、減収農家だけの支援策とは受け取りにくい。業務用をはじめ従来の需要が全国的に減少する中でも、販路の転換や新たな需要の確保などを通じ、国産農産物の消費の維持・拡大を図る積極策と評価できる。農家には運用を元に戻すべきだとの要望は根強い。コロナ禍という危機の克服には、「攻めの経営」が必要との意識が高まったといえる。この機運を生かす施策を講じるのは、同省の役割である。
今回の問題では、責任の所在の明確化を含め同省が農家に直接説明することが重要だ。国の制度設計に基づきJAなどが推進してきた。そのことで苦しい立場に置かれてしまうと、地域農業振興の妨げにもなりかねない。農家らの声を直接聞くことは、善後策の必要性の認識と具体策の検討にも役立つ。同省は説明会を始めているが、スピード感を持って進めてほしい。
事業の実施では対象農家全てに支援が届くよう、必要な予算を確保することも同省に求めたい。減額・打ち切りへの不安があると、取り組みをためらうことにもなる。財源不足にはしないと表明することが大切だ。
菅義偉内閣は発足したばかりだ。農政手腕が問われるのはこれからであり、この問題で農政不信を招いてはならない。来年度と今年度第3次補正の予算案を巡る政府・与党の調整が年末に向けて本格化する。これらも視野に善後策をどうするか。生産現場の実情や農家の意向をよく知る国会議員の出番である。
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2020年10月23日
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命のインフラ 地域食料システム築け
新型コロナウイルス禍は、安定的な食料生産・流通システムの重要性を改めて国民に突き付けた。災害や感染症などに備え、農業生産や物流が途絶えることがないよう地域の食料システムの構築を急ぐべきだ。
食料システムとは、生産、加工、流通、消費が、相互に関連し合う経済活動を指す。産地と消費地の距離が遠ざかる今、川下から川上をつなぐシステムが機能することが、重要な社会基盤となっている。食料システムは命のインフラと言っていい。
近年、東日本大震災をはじめ甚大な災害が相次ぐたびに、食料、電気、水道などのライフラインが寸断され、生活や産業を直撃してきた。中でも食料のサプライチェーン(供給網)が途絶えることは、命に直結する。
そこにコロナ禍である。感染リスクの高まりと人の移動制限は、人手不足にあえぐ農業生産基盤の脆弱(ぜいじゃく)さを浮き彫りにし、流通も苦境に陥れた。生産・流通現場の人々は、こうした危機にあっても、懸命にわが国の食と農を支えている。だが、「食料パニック」を防ぐには、現場の努力だけでは限界がある。
今回の事態を踏まえ、ナチュラルアートの鈴木誠代表は、日本農業新聞への寄稿で「1次産業から流通・物流・加工などまでサプライチェーンを一体化し、縦割りを超えた構造改革が不可欠だ」と指摘する。
大事な視点は、災害などのリスクを前提に、いかにレジリエンス(回復力)を強めるかだ。そこで参考になるのが、新山陽子立命館大学食マネジメント学部教授が提唱する「地域圏食料システム」構想である。新山氏は、本紙で「地域の状況にあった食料政策の立案、農業政策との結合」を提起。農業サイドだけでなく、食品製造、流通、給食事業者、自治体、生活者など食料システムに関わる全ての関係者が知恵を出し、解決策を探るよう促す。
災害時を想定し、生産から消費に至る流れがどこかで目詰まりしても地域内でバックアップできる仕組みづくりや、多様な応援態勢を、平時から準備しておくことが市民生活の維持には欠かせない。こうした「地域圏食料システム」の構築が、災害からの早期復旧にもつながる。
農水省は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)などの観点から「みどりの食料システム戦略」の検討に着手。野上浩太郎農相は「今後、SDGsや環境への対応が重要となる中、農林水産業や加工流通を含めた、持続可能な食料供給システムの構築が急務」と述べ、来年5月ごろまでの策定を指示した。サプライチェーンの各段階で、技術開発や生産体系の見直しを進める考えだ。食料供給の危機管理としても有効な政策である。
気候変動や感染症などのリスクに備えた食料システムは、今や各国共通の課題である。日本からその先進モデルを発信していくべきだ。
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2020年11月12日
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[コロナ以後を考える] 食料自給率の向上 草の根の行動広げよう
わずか、38%。1965年に73%だった食料自給率は55年間で半減してしまった。自給率の向上がなぜ必要か。どうすれば高まるか。農家は当事者意識を一層高め、国産回帰の大切さを改めて認識し、行動しよう。
新型コロナウイルスの感染拡大で外食や土産物需要が落ち込み、小豆や酒米、乳製品などさまざまな農産物の在庫が膨らんだ。保管が可能な穀類などは過剰在庫を早急に解消しなければ、需給緩和と価格低迷は長期化する。しかし特効薬はない。
食料・農業・農村基本計画は、2030年までに自給率を45%に高める目標を掲げる。一方で生産しても需要の減少で過剰在庫を抱え、一部作物では保管する倉庫すら逼迫(ひっぱく)。生産現場からは、自給率目標は「絵空事のように映る」(北海道十勝地方の農家)との声が上がる。自給率目標45%を政府は2000年に初めて設定したが、高まるどころか低下してしまった。自給率向上の糸口を今年こそ見いだしたい。
異常気象や災害の世界中での頻発や、人口増加、途上国の経済発展、そしてコロナ禍で見られたような輸出規制などを踏まえれば、いつでも安定的に日本が食料を輸入できるわけではないことは明白だ。国内農業の衰退は国土保全や農村維持など多面的機能の低下も招く。
自給率の低迷は、食料安全保障の観点からも国民全体の問題だ。一方、その向上には需要の掘り起こしと、それに見合った生産の増加が不可欠で、農家が一翼を担う。
自給率向上のヒントとなるのが北海道の取り組みだ。道内の米消費量に占める道産は、90年台は37%だったが、19年度は86%まで高まった。道目標の85%を8年連続で上回る。生産振興とともに、地道な消費拡大の活動を長年続けてきたことが成果に表れた。小麦も外国産から道産に切り替える運動を展開。道民の小麦需要に対する、道内で製粉した道産割合は5割前後となった。地元産だけを使ったパン店などが人気で、原料供給地帯でも地産地消の流れを育む。
コロナ禍でも地元消費の動きが目立つ。例えばJA浜中町女性部。脱脂粉乳の在庫問題を契機に牛乳消費拡大からバター、スキムミルクなど乳製品の需要喚起に活動の軸足を移し、乳製品レシピを町民に配布。地域内での需要拡大を目指す一歩だ。
他にも施設などに道産の花を飾ったり、インターネットなどでJA組合長が牛乳や野菜の簡単調理を紹介したりといった取り組みを道の各地が進めた。地産地消を広げようと農家が知恵を絞り、消費の輪を広げる活動だ。JAグループ北海道がけん引役を担い、農家や農業のファンを増やす運動も昨年始めた。
自給率向上は政府の責務であり、十分な支援が必要なことは言うまでもない。ただ、農家の草の根の行動が大きな力になる。自分や仲間でできることを実践することが一歩になる。
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2021年01月04日