コロナ禍の農業現場 食料安保の重み認識 農中総研客員研究員 田家康

田家康氏

 今から30年以上前になるが、米国西部の果樹農場を訪問した時のイメージが鮮明に残っている。何列ものグレープフルーツの樹木が延々と続き、鈴なりに実がなる。収穫時期は切りばさみで一つ一つ取っていく作業が行われていた。大きな枝にラジオカセットがぶら下げられラテンの音楽が鳴り響き、従事する人々は全てメキシコから渡ってきた人々だった。

 農場主にどうやって彼らを雇ったのかと尋ねると、「エージェントが紹介してきた」との返答が返ってきた。エージェントを介すことで、農場主は従事者の身分や資格を考慮する必要がなくなる。
 

移民頼りの米国


 米国農務省は米国の農業現場の実態について、継続的に公表している。最も新しい数値は2016年で、米国全土での農業雇用者120万人弱のうち、米国籍を持つ者が27・9%、外国籍で労働ビザを持つ者が22%、外国籍で労働ビザを持たない者が50・1%であり、この割合は21世紀になってからほぼ変わっていない。

 農業従事者を人種ごとに見ると、メキシコ出身のヒスパニックが57%で次が白人の32%だ。米国の農業現場を支えているのはメキシコや中米からの移民であり、その多くが労働ビザを持っていないという実態が見える。
 

生産継続を優先


 ドナルド・トランプは、16年の大統領選挙で米国とメキシコの国境に壁を造ると選挙公約し、大きな議論を呼んだ。彼の標的はメキシコからの非合法移民であった。ところが新型コロナウイルスが全米で猛威を振るう中で、状況は様変わりした。3月19日に米国国土安全保障省は、重要な社会インフラを担う産業ではこれまで通りの業務を維持するようにとの声明を出し、その産業として医療分野と共に食料のサプライチェーンを挙げた。同17日に感染拡大防止の観点でメキシコ人への就労ビザの発給を停止しており、農繁期を控えた現場に緊張が走っていたが、9日後の26日に再開した。感染リスクよりも食料安全保障を優先したわけだ。

 4月2日のニューヨーク・タイムズは、ヒスパニック系移民が米国のインフラを支える欠かすことができない人材へと格上げになったと、皮肉を込めて報道した。とはいえ、彼ら自身も新型コロナウイルスへの感染リスクにさらされている。防止策はバンダナで鼻や口を覆う程度でしかない。CNNは、移動診療車が町から離れた農場までやって来るか不安視する声を伝えている。

 毎日の食べ物が、どのようにして作られているのかを知ることは大事だ。国内の農産物であれば、市街地から少し足を延ばせば豊かな農村を眺めることができるし、近年は農業体験実習も盛況だ。しかし、日本人の食料消費のおよそ半分は海外からの輸入に依存している。輸入元の国でどのような農業が行われているか、常日頃は忘れてしまう。今回の新型コロナウイルスを巡って、米国農業がいかに危うい橋を渡っているのかを知るとがくぜんとするものがある。改めて食料自給の重要性を再認識した。

 たんげ・やすし 1959年生まれ。農林中央金庫森林担当部長などを経て、現職。2001年に気象予報士資格を取得し、日本気象予報士会東京支部長。著書は『気候文明史』『気候で読む日本史』など
 

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