菅政権への注文(下) 農産物貿易交渉 「農業の共存」旗掲げよ

 安倍前政権で農産物の市場開放は格段に進んだ。貿易交渉のたびに関税が今後も削減・撤廃され、完全自由化に向かう恐れがある。「多様な農業の共存」を日本が提唱してから20年。菅政権は外交の基本に据え、「持続可能な農業」を国家の権利として認め合う国際世論の形成に、戦略的に取り組むべきだ。

 日豪経済連携協定(EPA)を皮切りに前政権は、環太平洋連携協定(TPP)、日欧EPA、日米貿易協定と、農業の自由化水準でも貿易額でも未曽有の大型貿易協定を次々に締結。先日は、日欧並みの市場開放で日英交渉が大筋合意した。

 貿易交渉は、これで終わるわけではない。日中韓と東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国などによる東アジア地域包括的経済連携(RCEP)は年内の署名を目指す。また日米は追加交渉を想定し、各協定には再協議の規定がある。

 菅義偉首相が、安倍晋三前首相の「自由貿易の旗手として立つ」との方針を継承するなら、農産物の市場開放が一層進むとの危機感を持たざるを得ない。

 だが、いま必要なのは自由貿易の推進だろうか。新自由主義的な経済のグローバル化で、世界でも、各国の国内でも格差が拡大した。温暖化など地球環境問題も深刻化。飢餓人口も増加傾向だ。社会・経済や地球環境の持続性の確保こそ国際世論は求めており、それが国連の持続可能な開発目標(SDGs)に結実したのではないか。

 こうした危機への対応を農業分野で先取りしたのが、2000年のWTO(世界貿易機関)農業交渉日本提案だろう。「多様な農業の共存」を基本哲学に、持続的な生産活動を通じて農業の多面的機能の発揮と、食料の安定供給を確保できる貿易ルールを提唱した。国際的な食料需給の不安定さは、市場機能だけでは解決できないとの認識が背景にある。新型コロナウイルスの世界的大流行は食料の供給に影響し、図らずも日本提案の正しさを証明している。

 日本は、自由、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済といった価値に立脚した外交を掲げてきた。そこに「多様な農業の共存」を加えるべきだ。

 大型貿易協定の影響について政府は、国内対策で生産も農家所得も維持されるとの立場だ。楽観的過ぎる。しかも求められるのは、食料自給率の向上への生産と所得の増大だ。牛肉などの輸入はすでに増加傾向にある。関税削減・撤廃や輸入枠の拡大は続く。影響の不断の分析と、十分な対策の機動的な実施が不可欠だ。状況によっては、輸出国との生産条件の差を補う新たな直接支払いの検討も必要だ。

 交渉中の情報開示に前政権は後ろ向きだった。強い交渉力の源は政府方針への国民の支持であり、叱咤(しった)を含めた国民の声である。「秘密交渉」は疑念を招く。情報発信と国民との意見交換に、菅政権には積極的に取り組んでもらいたい。
 

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