自家増殖制限と種の海外依存 公共的支援枠組みを 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
2020年12月01日
種苗の自家増殖を制限する種苗法改定の目的は種苗の海外流出の防止とされてきたが、その説明は破綻した。農家の自家増殖が海外流出につながった事例は確認されておらず、「海外流出の防止のために自家増殖制限が必要」とは言えない。
むしろ、「種子法廃止→農業競争力強化支援法8条4項→種苗法改定」で、米・麦・大豆の公共の種事業をやめさせ、その知見を海外も含む民間企業へ譲渡せよと要請し、次に自家増殖を制限したら、企業に渡った種を買わざるを得ない状況をつくる。つまり、自家増殖制限は種の海外依存を促進しかねない。
種苗法改定の最大の目的は知財権の強化による企業利益の増大である。環太平洋連携協定(TPP)では製薬会社から莫大(ばくだい)な献金をもらった米国共和党議員が新薬のデータ保護期間を延長して薬価を高く維持しようとした。基本構造は同じである。
また、農家の権利を制限して企業利益の増大につなげようとするのは、人の山を勝手に切ってバイオマス発電したもうけは企業のものにし、漁民から漁業権を取り上げて企業が洋上風力発電でもうける道具にするという農林漁業の一連の法律改定とも同根である。
そして、議論が許諾料の水準にすり替えられた。問題は、公共の種が企業に移れば自家増殖を許諾してもらえず、毎年買わざるを得なくなることだ。
また、登録品種は1割程度しかないから影響ないというデータの根拠も怪しいと判明した。かつ、在来種に新しい形質(ゲノム編集も)を加えて登録品種にしようとする誘因が高まるから、それが広がれば、在来種が駆逐されていき、多様性も安全性も失われ、種の価格も上がり、災害にも脆弱(ぜいじゃく)になる。
ただし、農水省を責めるのは酷である。自らの意思と別次元からの指令で決まったことに苦しい理由付けと説明をさせられているのが農水省の担当部局である。畜安法改定、漁業法改定、森林の新法も同じで、良識ある官僚は断腸の思いだろう。
安全保障の要の食料の、その源は種である。野菜の種は日本の種苗会社が主流とはいえ、種採りの9割は外国の圃場(ほじょう)だ。種までさかのぼると野菜の自給率は8割でなく8%しかない。新型コロナウイルス禍で海外からの種の供給にも不安が生じた。さらに、米・麦・大豆も含めて自家増殖が制限され、海外依存が進めば、種=食料確保への不安が高まる。
何千年も皆で守り育ててきた種は地域の共有資源であり、それを「今だけ、自分だけ、金だけ」の企業が勝手に改良して登録してもうけるのは「ただ乗り」による利益の独り占めだ。地域の多様な種を守り、活用し、循環させ、食文化の維持と食料の安全保障につなげるために、ジーンバンク、参加型認証システム、有機給食などの種の保存・利用活動を支え、育種家・種採り農家・栽培農家・消費者が共に繁栄できる公共的支援の枠組みが求められている。
むしろ、「種子法廃止→農業競争力強化支援法8条4項→種苗法改定」で、米・麦・大豆の公共の種事業をやめさせ、その知見を海外も含む民間企業へ譲渡せよと要請し、次に自家増殖を制限したら、企業に渡った種を買わざるを得ない状況をつくる。つまり、自家増殖制限は種の海外依存を促進しかねない。
種苗法改定の最大の目的は知財権の強化による企業利益の増大である。環太平洋連携協定(TPP)では製薬会社から莫大(ばくだい)な献金をもらった米国共和党議員が新薬のデータ保護期間を延長して薬価を高く維持しようとした。基本構造は同じである。
また、農家の権利を制限して企業利益の増大につなげようとするのは、人の山を勝手に切ってバイオマス発電したもうけは企業のものにし、漁民から漁業権を取り上げて企業が洋上風力発電でもうける道具にするという農林漁業の一連の法律改定とも同根である。
そして、議論が許諾料の水準にすり替えられた。問題は、公共の種が企業に移れば自家増殖を許諾してもらえず、毎年買わざるを得なくなることだ。
また、登録品種は1割程度しかないから影響ないというデータの根拠も怪しいと判明した。かつ、在来種に新しい形質(ゲノム編集も)を加えて登録品種にしようとする誘因が高まるから、それが広がれば、在来種が駆逐されていき、多様性も安全性も失われ、種の価格も上がり、災害にも脆弱(ぜいじゃく)になる。
ただし、農水省を責めるのは酷である。自らの意思と別次元からの指令で決まったことに苦しい理由付けと説明をさせられているのが農水省の担当部局である。畜安法改定、漁業法改定、森林の新法も同じで、良識ある官僚は断腸の思いだろう。
安全保障の要の食料の、その源は種である。野菜の種は日本の種苗会社が主流とはいえ、種採りの9割は外国の圃場(ほじょう)だ。種までさかのぼると野菜の自給率は8割でなく8%しかない。新型コロナウイルス禍で海外からの種の供給にも不安が生じた。さらに、米・麦・大豆も含めて自家増殖が制限され、海外依存が進めば、種=食料確保への不安が高まる。
何千年も皆で守り育ててきた種は地域の共有資源であり、それを「今だけ、自分だけ、金だけ」の企業が勝手に改良して登録してもうけるのは「ただ乗り」による利益の独り占めだ。地域の多様な種を守り、活用し、循環させ、食文化の維持と食料の安全保障につなげるために、ジーンバンク、参加型認証システム、有機給食などの種の保存・利用活動を支え、育種家・種採り農家・栽培農家・消費者が共に繁栄できる公共的支援の枠組みが求められている。
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2021年01月18日
1991年1月17日、米国主導の多国籍軍がイラクを空爆し、湾岸戦争が始まった
1991年1月17日、米国主導の多国籍軍がイラクを空爆し、湾岸戦争が始まった▼イラクによるクウェート侵略が原因。フセイン大統領は、米国は介入しないと判断していたとされる。イラクは敗北し、米国の「テロとの戦い」でフセイン政権は崩壊した。指導者の判断ミスは国を危うくする▼38年1月16日は日本にとってそうした日である。日中戦争の最中、近衛文麿首相は「国民政府を対手(あいて)とせず」と声明。「和平なんてしないというもので(略)泥沼化」(半藤一利著『昭和史1926―1945』)。日本はその後、三国同盟の締結、南部仏印進駐と対米戦争への道を進む。時の首相も近衛で、石油の全面禁輸など米国の報復に驚いたという▼政治学者の猪木正道さんは『日本の運命を変えた七つの決断』で、太平洋戦争の開戦では「東条よりは近衛の責任の方がはるかに重い」と断罪。「与えられた状況のもとにおいては、最も有利な、最も危険のない道を選ぶのが政治家としての使命」と指摘する。日本のコロナ初感染者の発表から1年。爆発的感染拡大に近い地域が増え、入院に優先順位を付けなければならない事態も生じている。政治家の使命に照らし菅首相の責任はいかほどか▼前出の半藤さんが亡くなった。著作から史実の見方を学んだ。
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2021年01月16日

農業施設被害5000棟超 大雪で東北・北陸など
記録的な大雪で東北3県と新潟、北陸3県では13日までに、合わせて5000棟を超えるパイプハウスなど農業施設の損傷、損壊の被害が報告された。除雪が追い付かず全体を把握し切れていないため、被害はさらに拡大する恐れがある。
各県が12日時点で把握した被害状況によると、岩手県では県南部を中心にパイプハウス2346棟に被害が出た。秋田県ではパイプハウスなどの農業施設1019棟が被害を受け、農作物を含めた被害額は3億円を超えた。山形県はサクランボや西洋梨など約65ヘクタールで枝折れなどの樹体被害や、パイプハウス474棟の被害が報告された。
新潟県は13日、大雪・暴風雪による農業の被害状況を発表。昨年12月14日から今年1月12日までの被害を取りまとめ、22市町村でパイプハウス785棟が損傷・損壊した他、6市でライスセンターや育苗ハウスなどの共同利用施設35棟が被害を受けた。ハウスの被害は強風によるビニールの破損などが多い。
北陸3県でも13日正午現在の各県のまとめによると、富山県ではパイプハウスや畜舎、農作業場は、全壊244棟を含む336棟が被害を受けた。石川県は累計で農業用ハウス307棟などの被害を確認した。福井県では農業用ハウスの損壊が130棟に上った。
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2021年01月14日
通常国会と農政 基盤強化へ審議尽くせ
通常国会が始まった。農業経営への支援を含む新型コロナウイルス対策や米の需給対策を盛り込んだ2020年度補正予算案と21年度当初予算案、国家戦略特区での一般企業の農地所有特例を延長する法案など、国会は重要な農政課題に向き合う。生産基盤の維持・強化の観点から、徹底した審議を求める。
施政方針演説で首相は、前政権から継承した農業の成長産業化を地方重視と結び付け、東京一極集中の是正と地方の活性化の柱に据えた。具体的には、農林水産物・食品の輸出額目標5兆円を達成するための産地の支援と、主食用米から高収益作物への転換促進を掲げた。
両者とも、現行の食料・農業・農村基本計画が目指す食料自給率の向上と生産基盤強化の一環といえる。加工・業務用需要の輸入品からの奪還や飼料用米をはじめ戦略作物の推進、中小・家族農家の支援なども重要だ。緊急事態宣言の再発令で農畜産物の需要が減り、生産基盤が弱体化する懸念もある。
こうした課題を踏まえて国会は、補正・当初予算案が生産基盤の維持・強化に効果的か議論すべきである。米の生産調整の実効性を巡っても検証が必要だ。前年産比6・7万ヘクタールの過去最大規模の作付け転換を21年産で達成しないと、米価が大幅に下落する恐れがある。また18年産で始まった現行の米政策の下で作付けは3年続けて過剰となった。課題を洗い出し、あるべき姿について議論が必要だ。
施政方針演説では、地方活性化の手段として規制改革を重視する姿勢も強調した。首相は、行政の縦割り、既得権益、あしき前例主義を政策運営上の壁とみなし、その打破も表明した。これら両面から、農業が標的となることに警戒が必要だ。
国家戦略特区がその例だ。兵庫県養父市で認めている一般企業の農地所有特例の全国展開を巡る議論は、関係閣僚が慎重姿勢だったが、同特区諮問会議の民間議員が強硬に主張、異例の「首相預かり」となった。今回は特例の2年延長で決着し、同特区法改正案を国会に提出する。しかし特例の利用は低調で、延長が必要かどうか国会は熟議すべきだ。官邸主導の政策決定の在り方も議論の俎上(そじょう)に載せる必要がある。
規制改革推進会議には、農地所有適格法人の議決権要件の緩和を求める意見もある。一般企業の農地取得につながり、撤退後の耕作放棄や産廃置き場にされることなどが懸念される。こうした論点も議論すべきだ。
施政方針演説では、環太平洋連携協定(TPP)の今年の議長国として加盟国の拡大に向けた議論を主導する考えを示した。貿易協定の拡大が、なし崩し的に農畜産物の一層の自由化につながらないよう政府の姿勢をたださなければならない。
衆院議員の任期は10月までで、総選挙が必ず行われる。国会論戦の中で各党には農政の選択肢を示すことも求められる。
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2021年01月19日

「BUZZ MAFF」開設1年 若者に“刺さる”動画発信 自由な発想 総再生数610万回
動画投稿サイト「ユーチューブ」の農水省公式チャンネル「BUZZ MAFF(ばずまふ)」が、初投稿から1年を迎えた。農林水産業の魅力を伝えるためなら“何でもあり”の動画を、ほぼ1日1本のペースで投稿。1年間の総再生回数は610万回を超えた。農業への関心が薄かった若者を含め、広く情報を発信している。
サツマイモの魅力を語り尽くす、堅い制度をラップで歌って説明、農業について学ぶアニメを一人で作成──。農林水産業の魅力を伝えるため、まずは興味を持ってもらおうとの考えから、2020年1月7日に開始。職員が企画や撮影、編集まで自ら行い、従来では考えられなかったような自由な発想の動画を1年間で364本投稿した。
日本初の「官僚系ユーチューバー」と話題を集めるだけでなく、新型コロナウイルス禍で売り上げが減った花きの購入を呼び掛ける動画は86万回以上も再生され、需要の拡大にもつながった。同省は、記者会見動画などを投稿するチャンネルも08年から運営するが、1年当たりの平均再生回数は約130万回で、「ばずまふ」が大きく上回る。
「お気に入り」に当たるチャンネル登録者数も5万8000人を超えた。今後はチャンネル登録者数10万人を目標として活動に力を入れる他、全国の自治体などと連携したPRにも取り組む予定だ。同省は「(ばずまふで)普段なら届かない層にも政策を届けられた」(広報評価課)とする。
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2021年01月14日
コラム 今よみ~政治・経済・農業の新着記事
生産国の穀類輸出制限 食料貿易 波乱の兆し 特別編集委員 山田優
新型コロナウイルス禍で「お正月はおとそ気分」とはなかなかならなかったが、食料貿易の現場も今年は緊張感の漂う年末年始だった。
きっかけはロシア。12月半ばに政府が突然「国内のパン価格を安定させるため輸出量を制限し、小麦、ライ麦、大麦、トウモロコシに輸出税を課す」と発表した。官報によると、2月15日から6月いっぱい、小麦の輸出に1トン当たり25ユーロ(1ユーロ約125円)徴収することになった。
さらに先週金曜日になると、同50ユーロと倍額への引き上げが決まった。「25ユーロでは効果が小さいとロシア政府が判断したようだ」と穀物業界関係者は解説する。ここ数年、ロシアは毎年3000万トン以上を輸出する、ぶっちぎりで世界一の小麦輸出国だ。当然、世界に激震が走った。
今回の輸出規制は、昨年11月ごろから通貨のルーブル安が進み、国内のインフレ圧力が高まったことが理由とされる。食べ物の恨みは政治不安につながる。プーチン大統領が「食料の輸出を減らし国内に回せ」と首相に指示した。
トウモロコシや大豆でも波乱が起きた。アルゼンチン政府は年末ぎりぎりにトウモロコシの輸出制限を決めた。やはり国内消費者を優先させたいというのが理由とされる。こちらも3000万トンを超す大輸出国だけに騒ぎとなった。その後、農家の反発を受け、1日当たり3万トンまでの輸出を認めるなど同政府の迷走が続いている。
ワシントンにある国際食料政策研究所によると、昨年、19カ国が食料の輸出制限措置を発動した。その大半が世界貿易機関(WTO)への通報をせず、突然導入された。主に新型コロナウイルス感染の混乱防止が目的で、夏には解除されたところが多い。だが、今年になってロシアやアルゼンチンなど伏兵が現れた。
年明け、シカゴ先物相場はさらに急騰した。先週の米農務省発表で、米国内でトウモロコシや大豆の在庫が、市場予想を下回ったことが主な原因とされる。中国の旺盛な輸入意欲も一因だ。火に油を注いだのが、輸出大国による輸出規制であることは間違いない。
「ロシアなどの輸出規制によるわが国への影響は現時点で確認されていない」と農水省食料安全保障室の久納寛子室長は話す。確かに日本はこれらの国からあまり穀類を輸入していない。しかし、輸出規制が広がれば国際相場が値上がりし、日本へも影響は及ぶ。年明けから食料貿易に波乱の兆しだ。
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2021年01月19日
予算編成プロセス 活性化へ有効活用を 元農水省官房長 荒川隆氏
年末にかけて、税制改正、補正予算、翌年度予算が閣議決定されると、年中無休の永田町・霞が関かいわいにも年越しの静寂が訪れる。かつて、大蔵原案の一次内示から、課長折衝、局長折衝、次官折衝という事務折衝の後に、与党政調会長も交えた大蔵大臣室での大臣折衝へと続く一連の予算編成プロセスは、年末の風物詩だった。御用納めの12月28日までに終わることはなく、閣議決定後の端数整理で生ずる残額の割り付けのための「落穂拾い」と呼ばれる作業を終えて役人たちが家路に就く頃には、紅白歌合戦が始まっていたものだ。
自らの関連予算を一円でも上積みしようと、業界関係者が全国から地元の名物を携えて上京し、手分けして役所や国会議員に陳情を繰り返す。与党各部会は、連日早朝から会議を開き、折衝状況を聴いて役人を叱咤(しった)激励する。最終段階では、大臣折衝に赴く農水大臣を与党部会全員で送り出し、折衝から戻った大臣からその赫赫(かっかく)たる成果を聴取し、同席する業界団体代表たちがお礼言上を行う。一連の政治ショーはこんな形で進む。
昭和が平成に変わった頃から、このプロセスは簡素化されていった。年末ギリギリだった閣議決定日がしだいに前倒しされ、いつしか天皇誕生日の前には終わるようになった。倫理規程のおかげで業界からの差し入れもなくなり、半ばお祭り騒ぎだった省内も、予算担当者を中心とした地味なものに変わっている。
働き方改革のご時世だから、プロセスの簡素化に越したことはないし、新型コロナウイルス禍の今回は例年以上に静かだったようだが、編成された予算総額は過去最大となった。農政関連では、すったもんだの末に第3次補正コロナ対策として盛り込まれた次期作支援対策に1300億円余りが計上された。米価下落が懸念された2020年産米対応や大幅な深掘りが必要となる21年産米対策も、補正予算に350億円、当初予算に対前年同額の3050億円が確保された。「コンクリートから人へ」の被害者でもあった農業農村整備事業も、当初予算額をさらに伸ばして全国の事業要望に十分応えられる水準となったようだ。新基本計画で打ち上げられた「食と農の国民運動の推進」も、4億円と金額は少ないものの運動のはずみ車としての芽出しはできた。
これらの予算編成作業は、日の当たる政治プロセスの陰で黒衣(くろご)として働く霞が関の役人たちが、厳しい予算制約の中で知恵を絞り粘り強く財政当局と折衝した生みの苦しみのたまものだ。農業関係者におかれては、予算事業を有効活用し経営改善や地域活性化に努力するとともに、都市住民・消費者・経済界など各界各層を巻き込み、この国の農業・農村への理解を深める運動に取り組んでいただきたい。
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2021年01月13日
外国頼み危うい観光 経済構造転換が必要 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
GoToトラベル事業を巡る議論には、経済社会の構造そのものをどう転換するか、という視点が欠如している。GoToトラベルは都市部の3密構造をそのままにして、感染を全国に広げて帰ってくるだけだ。
GoToトラベルはあくまで観光であり、観光に依存した地域振興はそのままである。つまり、根本的には、都市人口集中という3密構造そのものを改め、地域を豊かにし、地域経済が観光や外需に過度に依存しないで地域の中で回る循環構造を強化する必要がある。
地域に働く場をつくり、生産したものを消費に結び付けて循環経済をつくるには、農林水産業が核になるはずである。農林水産業が元気で地域の環境や文化が守られなくては、観光も成り立たない。ましてや、輸出5兆円が実現できるわけがない。足元を見ずに、観光だ、インバウンド(訪日外国人)だ、輸出だ、と騒ぐのは本末転倒だ。
政府が何に力を入れていくべきかは明らかだ。地域の実態は厳しさを増している。集落営農組織ができていても、平均70歳を超え、基幹的作業従事者の年収が200万円程度で後継者がおらず、年齢をプラス10すれば、10年後の崩壊リスクが高い集落が全国的に激増している。また、農家の1時間当たり所得は平均で961円。後継者を確保しろとは酷である。
飼料の海外依存度を考慮すると、牛肉(豚肉)の自給率は現状でも11%(6%)、このままだと、2035年には2%(1%)、種の海外依存度を考慮すると、野菜の自給率は現状でも8%、35年には3%と、信じ難い低水準に陥る可能性さえある。国産率96%の鶏も飼料とひなの海外依存度を考慮したら自給率はほぼ0%だ。これでは地域コミュニティーを維持できるわけがないし、不測の事態に地域の住民や国民への量的・質的な食料安全保障の確保は到底できない。
GoTo事業のもう一つの問題は、経済を回して迂回(うかい)的に支援する仕組みにある。経済は回さずに必要な人に直接所得補償をすべきだ。感染抑止になるし、必要な人に支援が届くまでの中間で予算が雲散霧消する構造を打破できる。
予算の「雲散霧消」は今に始まったことではない。例えば、08年の餌危機には、国は緊急予算を3000億~4000億円手当てした。それを、そのまま緊急的な乳価補填(ほてん)などに使えば、機動的に畜産・酪農所得を支えられたが、乳価補填には100億円程度しか使われなかった。
大部分はどこへ行ったのか。なぜ、もっと直接的に農家の所得補償ができないのかと、食料・農業・農村審議会の畜産部会や農畜産業振興機構の第三者委員会において疑問を呈したのは消費者側委員だった。生産者と消費者は運命共同体だ。
今こそ、国の予算もシンプルで現場にダイレクトに届くように構造転換すべきときだ。
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2021年01月05日
心に与える価値見直し 農へのハードル低く 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
年末は自宅で紅白を見る人も多いでしょう。2020年最後のメッセージは何か、出場歌手の選曲に注目が集まりますが、国民的アーティストの松任谷由実さんは「守ってあげたい」を歌うそうです。ユーミンはライブ活動の場を失った音楽家たちの応援プロジェクト大使も務めています。そのインタビューでの言葉が印象的でした。
「アーティストがステージに立つのは、誰かに何かをしてもらうよりも、自分が誰かを喜ばせる方が、エネルギーがみなぎるから。こういう世の中だからこそ笑顔と親切を人にあげることができたなら、それは自分自身の力になる」
人に何かを供給してもらうのが消費者(ファン)ならば、生み出し与える人は、生産者(アーティスト)に他なりません。音楽や芸術が人の暮らしに豊かさをもたらすように、農も食料生産だけでなく、人の心に与える価値が見直されています。
筆者の住む東京・世田谷の農園では、コロナ禍で近隣の人の散歩が増え、収穫体験や庭先販売への需要も増し、都市農業への重要性が再認識されました。
また、静岡県浜松市引佐町にある「久留女木の棚田」では市民向けに棚田塾を開いていますが、自粛期間中、遠出をできない人たちが「何か手伝うことはないか」とこぞってやって来て、まさかの労働力過剰になったそうです。人は食べ物のみに生きるにあらず。息抜きや安らぎの場が必要なのです。
都市農業も中山間地も小規模で非効率ですが、多様な人が関わる居場所、癒やしやイベント空間としての需要はますます高まっています。農の現場に必要なのはそうした細やかなニーズを受け止めるセンスとマッチングではないでしょうか。
JA全農では12月から、旅行大手のJTBと提携して「副業」としての農作業の人材確保に取り組み始めました。職を失った観光業界の従業員に働く場を提供すれば、本人にも地域経済にも喜ばれます。既に70人の従業員が、かんきつの収穫作業に従事しているそうです。
受け入れのハードルを下げ、多様な農への関わり方を提案し、働く側の視点でマッチングすれば、農は都市の受け皿になり得ます。関わる人が増えれば、そこから本格的に農業を志す人も出てくるかもしれません。農ライフへ若者を(中高年でも)いざなう半農半Xや農福連携といった細やかなアプローチに来年は期待します。
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2020年12月29日
好調な米国の農家経済 補助金が支える意義 特別編集委員 山田優
米国の農家は今年、ウハウハの状態で年末に帯を結べるようだ。中国などとの貿易摩擦で農産物輸出に陰りが出たり、新型コロナウイルス感染の広がりで肉畜の出荷が滞ったりしたが、夏以降、穀物相場が予想以上に回復して挽回した。今月初めの米農務省の発表によると、食料危機で相場が高騰した2013年以来の現金収入が見込める。
順調な農家経済の背景には、膨大な補助金の存在もある。11月の大統領選挙を意識したトランプ政権は、貿易摩擦や新型コロナの尻拭いのため、今年、空前の約5兆円を農家に直接ばらまいた。同省の試算では政府補助金が農家の利益の39%を占めるというから、半端ではない。多くの農家が選挙でトランプ氏を熱狂的に支持した理由が分かる気がする。
手厚い共通農業政策が続いている欧州では、米国以上に補助金が農家経営の下支えになっている。例えば加盟国の一つフランスの場合、農業収入に占める直接支払いの割合は3割で、32万戸の対象農家の平均受取額は280万円になる(2018年)。サラリーマンで言えば、基本給に相当するような額だ。
「日本の農業は補助金で成り立っている」という批判を見掛ける。だが、桁外れの大規模農業が可能なオーストラリアやアルゼンチンなど一部の新興国を除き、先進国の多くで農業保護は当たり前だ。補助金で農家を支えないと、多くの家族経営が行き詰まる。農地が荒れ食料供給が滞り、地域のにぎわいも消える。農業が持っている多面的な機能が失われれば、国全体に大きな悪影響を及ぼす。
一方で、世界各地で近年農業保護の在り方に鋭い目が注がれるようになってきた。米国と欧州は来年、長期農業政策の見直しが本格化する。どちらも大規模な企業型農業に対する支援を削って家族農業の取り分を増やし、環境への貢献に応じた補助金に大胆に衣替えするべきだなどの議論が出ている。
国家財政の逼迫(ひっぱく)や経済格差の広がりが背景にある。かつて社会の弱者だった先進国の農家の多くは都会の低所得者に比べて豊かな生活を営むようになった。
「なぜ農業が大切なのか」。限りある税金から農業を支えることの理由が、これまで以上に世界中で問われている。
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2020年12月15日
組織改正と行政力 食料産業発展に期待 元農水省官房長 荒川隆氏
師走の声を聞き、来年度予算編成も大詰めだ。予算の陰に隠れ目立たないが、役所にとって負けず劣らず重要なのが、組織定員要求だ。組織の形を定め、その格付けごとの定員(級別定数)を決める組織定員要求は、役人にとって自らの処遇や組織の格にも関わる大事だ。
橋本内閣が道筋をつけた2001年の省庁再編により、1府22省庁の中央官庁が再編され、現在につながる1府12省庁(当時)体制が導入された。役所の数を減らすだけでなく、各省庁の内部部局も一律に1局削減するとともに、全省庁を通じて局の数に上限が設定された。国土交通省や総務省など統合省にあっては、内局の数も多く問題はなかったろうが、単独省として存続した農水省では、どの局が削減されるか大議論になった。定員の割に局の数が少ない農水省で、5局(当時)を4局(当時)に再編することは難題で、結局、「畜産局」が廃止され耕種部門(農産園芸局)と統合し「生産局」が設置された。
今、その「畜産局」が復活するかどうかのヤマ場を迎えている。「生産金額では米を凌駕(りょうが)している」「今後の輸出拡大の目玉だ」など理屈はいろいろあろうが、それはそれで、「昔の名前で出ています」の感がなくもない。5兆円の新たな目標に向かい、今後本格化するだろう輸出攻勢を担う「輸出・国際局」の新設と「合わせ一本」ということだろう。
この組織改正の陰で見逃せないのが、飲食料品産業や外食産業などを所掌する部局の位置付けの変更だ。現在はその名の通り「食料産業局」が設置されているが、新組織案では、大臣官房に「新事業・食品産業部」なるものが設置されるらしい。わが国の食料・農林水産業の売り上げは100兆円で、そのうち農業が8兆円、林業・水産業は4兆円、残りは全て広義の食料産業部門だ。その食料産業部門を国の行政組織としてどう扱うかは、農水省の組織改正の歴史上、悩ましい問題だった。とかく1次産業偏重、農業偏重といわれてきたこの役所で、1972年に「企業流通部」が局に格上げされ、現在の「食料産業局」の前身である「食品流通局」が設置された。食料産業関係者の悲願が実現したのだ。
あれから50年、今般の組織改正が、よもや食料産業の格下げではないと信じたいが、はたからはそんな懸念も聞こえてくる。多忙な官房長が新たなこの部を直接指揮監督するのは難しかろうから、何らかの総括整理職が設置されるのだろう。それにより、「輸出・国際局」や作物原局(農産局、畜産局、林野庁、水産庁)との連携が今以上に図られ、食料産業のますますの発展につながる組織改正となることを期待したい。
凡人の懸念が杞憂(きゆう)で終わりますように。
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2020年12月08日
自家増殖制限と種の海外依存 公共的支援枠組みを 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
種苗の自家増殖を制限する種苗法改定の目的は種苗の海外流出の防止とされてきたが、その説明は破綻した。農家の自家増殖が海外流出につながった事例は確認されておらず、「海外流出の防止のために自家増殖制限が必要」とは言えない。
むしろ、「種子法廃止→農業競争力強化支援法8条4項→種苗法改定」で、米・麦・大豆の公共の種事業をやめさせ、その知見を海外も含む民間企業へ譲渡せよと要請し、次に自家増殖を制限したら、企業に渡った種を買わざるを得ない状況をつくる。つまり、自家増殖制限は種の海外依存を促進しかねない。
種苗法改定の最大の目的は知財権の強化による企業利益の増大である。環太平洋連携協定(TPP)では製薬会社から莫大(ばくだい)な献金をもらった米国共和党議員が新薬のデータ保護期間を延長して薬価を高く維持しようとした。基本構造は同じである。
また、農家の権利を制限して企業利益の増大につなげようとするのは、人の山を勝手に切ってバイオマス発電したもうけは企業のものにし、漁民から漁業権を取り上げて企業が洋上風力発電でもうける道具にするという農林漁業の一連の法律改定とも同根である。
そして、議論が許諾料の水準にすり替えられた。問題は、公共の種が企業に移れば自家増殖を許諾してもらえず、毎年買わざるを得なくなることだ。
また、登録品種は1割程度しかないから影響ないというデータの根拠も怪しいと判明した。かつ、在来種に新しい形質(ゲノム編集も)を加えて登録品種にしようとする誘因が高まるから、それが広がれば、在来種が駆逐されていき、多様性も安全性も失われ、種の価格も上がり、災害にも脆弱(ぜいじゃく)になる。
ただし、農水省を責めるのは酷である。自らの意思と別次元からの指令で決まったことに苦しい理由付けと説明をさせられているのが農水省の担当部局である。畜安法改定、漁業法改定、森林の新法も同じで、良識ある官僚は断腸の思いだろう。
安全保障の要の食料の、その源は種である。野菜の種は日本の種苗会社が主流とはいえ、種採りの9割は外国の圃場(ほじょう)だ。種までさかのぼると野菜の自給率は8割でなく8%しかない。新型コロナウイルス禍で海外からの種の供給にも不安が生じた。さらに、米・麦・大豆も含めて自家増殖が制限され、海外依存が進めば、種=食料確保への不安が高まる。
何千年も皆で守り育ててきた種は地域の共有資源であり、それを「今だけ、自分だけ、金だけ」の企業が勝手に改良して登録してもうけるのは「ただ乗り」による利益の独り占めだ。地域の多様な種を守り、活用し、循環させ、食文化の維持と食料の安全保障につなげるために、ジーンバンク、参加型認証システム、有機給食などの種の保存・利用活動を支え、育種家・種採り農家・栽培農家・消費者が共に繁栄できる公共的支援の枠組みが求められている。
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2020年12月01日
「食育菜園」で農に親しむ 自然敬い生産に感謝 農業ジャーナリスト 小谷あゆみ氏
「食育菜園」という言葉をご存じでしょうか。小中学校の子どもたちが野菜作りを通して心と体を育み、食や命、環境への理解を深める授業で、1994年、米国で地産地消(Farm to Table)運動を提唱したアリス・ウォーター氏により全米に広まりました。
カリフォルニア州バークレー市にある荒廃した中学校で、食育菜園(エディブルスクールヤード)活動を始めたところ、教師や生徒から地域の大人たちまでが一致団結し、校内外の治安が改善したというのです。
この食育菜園を日本で進めているのが、一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパン(以下ESYJ)代表の堀口博子さん。2014年から東京都多摩市立愛和小学校の全学年で菜園授業を実践しています。
先日、3年生のエダマメ収穫授業にお邪魔しました。子どもたちは校庭の一角にある菜園で、エダマメの根元を丁寧に掘り返し、根の張り具合や根粒菌、さやに生える産毛まで観察し、思い思いの発見をグループごとに発表していました。
食育菜園の特徴は、5教科と連携していることで、授業は各教科の担任とESYJで訓練を受けた講師(ガーデンティーチャー)の合同で行われていますが、子どもたちはこの新しい授業を初めから受け入れたわけではありません。「なぜ草むしりをしなければいけないのか。土は汚いもの」と言って嫌がる子までいたそうです。しかし、水をやり、花を観察し、膨らんでいくエダマメの世話をするうちに、目の輝きが変わっていきました。
また、地域の生産者を訪ねる授業もあります。袋詰めした野菜に値段を付けるところでは、丹精した野菜でお金もうけができることに歓声が上がったそうです。
新型コロナウイルスの影響で食や農への関心が高まったことは、国内農業を理解してもらうまたとないチャンスです。
生産者が直接関わる「食育」としては、「酪農教育ファーム」や、農泊における農体験など手法はいくつかありますが、子どもたちが日々命の成長と生産する喜びを知る場として、野菜栽培は最も身近です。
食育菜園がもたらす変化は校内にとどまりません。知識豊富な生産者へのリスペクトが生まれ、また農家の側も誇りとプライドを再確認できるでしょう。
新たな食育推進基本計画の作成が来年予定されていますが、食育で大切なのはルールの押し付けではなく、子どもが本来持っている「センスオブワンダー(自然や生命への驚きや感動)」を育むことではないでしょうか。
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2020年11月24日
田舎のトランプ熱 大統領選示した不満 特別編集委員 山田優
「ようやく道化師がサーカスから追放されたよ」。主要メディアがバイデン氏が第46代大統領に当選を固めたと報じた8日、古い友人であるジェームズ・シンプソン米フロリダ大学名誉教授からメールが届いた。
うそつきで傲慢(ごうまん)。人種差別主義者で自意識過剰のトランプ大統領は、月曜日の段階でまだ敗北を認めていないが、ホワイトハウスの主人には、バイデン氏が就任する見通しだ。
何といっても米大統領は世界最強の権力者。核兵器の発射ボタンも押せるだけに、道化師が去ってくれることにほっとする。バイデン氏に投票した多くの有権者も同じ気持ちだろう。
一方で、「なぜだろう」という疑問も抑えることができない。
トランプ大統領は、敗者として過去最高の7000万票をかき集め、農村部ではバイデン氏を圧倒した。地方ニュースを扱う米デイリー・ヨンダー紙の地域別の投票分析では、田舎に行けば行くほど有権者はトランプ支持が当たり前になる。トランプ氏の集票率は主要大都市中心部では35%しかない(バイデン氏集票率は63%)ものの、一番田舎に分類される所では79%に跳ね上がる(同20%)。驚かされるのは4年前に比べ、田舎と分類される地域ではいずれもトランプ氏の集票率が少しずつアップしていることだ。
農家を含めた地方在住者は、徹底した米国第一、保護主義を唱えたトランプ氏に期待を掛けた。巨額の農業補助金や減税などは間違いなく要因の一つだが、田舎のトランプ熱はそれだけではないような気がする。
農家を回ると、企業の海外進出や廃業によって、安定した雇用の場所が失われ、町から活気が失われたという声をよく聞いた。巨大企業や都会の富裕層はますます豊かになり、田舎の疲弊が止まらない。雇用を奪う中国への反感は強い。グローバリゼーションを錦の御旗にする既存政治に対する不満が、トランプ氏を魅力的に映す背景になった。
米国と日本の田舎が直面する課題には、共通するところがある。グローバリゼーションや規制緩和を振りかざす政治は問題の解決策ではなくて原因だ。米国の田舎は、米国第一を掲げた道化師を支持し続けることで自らの意思を示した。日本版トランプの登場は願い下げだが、日本の田舎も声を上げる時ではないだろうか。
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2020年11月10日
「文化の日」に寄せて… 公益貢献 競馬の勧め 元農水省官房長 荒川隆氏
今日は文化の日だ。新型コロナウイルス禍ではあるが、GoToキャンペーンなども活用して工夫を凝らしたさまざまな観光・文化活動が行われている。そんな熱心で生真面目な国民に、欧米流の文化的で豊かなリゾートを提供しようという考えなのか、特定複合観光施設(IR)なるものの整備が進められようとしている。長年民業によるばくちはご法度だったこの国で、合法民間カジノ施設の整備・運営を可能とする法整備が2年前に行われ、立地自治体や事業者選定のプロセスが進められているようだ。
現在日本には、通称「公営ギャンブル」と呼ばれる合法賭博類似事業が4種類存在している。競馬、競輪、競艇、オートレースだ。戦前からの軍馬育成と祭事競馬の伝統を持つ由緒正しいわれらが競馬(農水省の所管)以外は、戦後、競馬の馬産振興・畜産振興を参考に、機械産業振興や船舶振興を目的とすることで立法化されたものだ。
賭博類似行為だから下手を打たない限り胴元はもうかる仕組みで、その上がりを勝手気ままに乱用しないよう、胴元を公的団体に限定するなどの法規制が行われている。もちろん、賭博に付きものの「八百長」排除の観点から、競馬で言えば実際の競走に従事する騎手、調教師、厩務(きゅうむ)員、馬主などの関係者は免許や登録など厳格な統制下にある。
そんな公正確保措置を講じた上で、多くのファンに勝馬投票券(馬券)を購入してもらうためには、興行として楽しめる工夫も必要だ。今年は無観客興行を余儀なくされたが、全国各地の地域色豊かな競馬場で季節の移ろいを感じられる物語性のあるレース体系が構築されている。もちろん馬券のうまみもファンにとっての醍醐味(だいごみ)であり、1着馬を当てる単勝など低配当の3種類の時代が長く続いたが、今や9種類に拡充され、一獲千金も夢ではない。
こんな関係者の努力の結果、生み出された財源は、国や地方自治体に納付され公共施設の整備などに充当されるとともに、畜産・酪農の振興にも活用されている。全ては、数百万人の競馬ファンが投じる馬券購入資金がその源泉であり、これからもファンに大いに楽しんでもらいつつ公益にも貢献する競馬が公正に施行されることが大切だ。まさに、競馬は一つの文化だ。
今年は、無敗の3歳馬が、牝牡(ひんぼ)ともに三冠を制するという快挙が成し遂げられた記念すべき年となった。また、今日は大井競馬場で地方競馬の祭典JBC(ジャパンブリーダーズカップ)競走が行われる。われらが競馬ファンにおかれては、他の娯楽に浮気することなく、秋競馬から年末の有馬記念・東京大賞典へと続く絶好の競馬シーズンに、大いに競馬文化を楽しみ、安心して馬券を購入し、公益貢献していただきたい。
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2020年11月03日