新基本法制定20年 理念含め国民議論を 福島大学教授 生源寺眞一

生源寺眞一氏

 久しぶりに故・木村尚三郎先生の『西欧の顔・日本の心』を手に取ってみた。この文庫本を古本屋で購入したのは1997年。覚えていることには訳がある。同じ年の4月、新しい基本法の制定に向けて食料・農業・農村基本問題調査会が設置され、会長に就任されたのが木村先生だった。専門委員として末席に加わった私は、先生が西洋史の重鎮であることは承知していたが、どんな仕事をされているかは知らなかった。

 そこで、たまたま並んでいた文庫本を買い求めたわけである。77年に執筆されており、先生が40代の時の作品なのだが、視野の広さと鋭い洞察力に感銘を受けたことをよく覚えている。調査会での先生は温和な表情と語り口だったが、若かりし頃に書かれたこともあってか、世界に向き合う日本社会の在り方について、かなり手厳しい注文を率直に述べておられた。
 

将来像描くには


 新基本法の制定から20年が経過した。私自身、分野によって濃淡はあるものの、農政にもかなり関与してきた。そんなこともあって、20年を迎えた現時点の農政の評価について、質問を受けることもある。その都度、正直な気持ちを申し上げているつもりだが、結果的には個別の問題に対する印象を披歴したにすぎなかったのではとの反省もある。

 そんな自分の非力を承知の上で、近未来の農業と社会をデザインするためには、二つの観点が大切だと感じている。

 一つは基本法の理念を改めて確認することである。国民全体の視点に立った政策を強調した調査会の答申を受けて、基本法には「農業の持続的な発展」だけでなく、「食料の安定供給」「多面的機能の発揮」「農村の振興」が理念として掲げられた。

 国民との結び付きを重視する点で、「農業従事者の地位の向上」が目的だった古い基本法との違いは明らかである。新たな理念を巡って、広く国民の意見を受け止めることが調査会の役割だとの認識もあった。
 

政策評価と検証


 もう一つは、現実の政策の推移を冷静かつ広角的に評価することだ。2度の政権交代もあって、農政は揺れ続けてきたと言ってよい。この点を含めて、日本の歴史の大きな流れの下での評価が不可欠であろう。

 理念の具体化が十分でないとすれば、社会のどこに原因があったのか。無論、農林水産行政や立法府も社会の重要なパーツだ。逆に、そもそも基本法の理念が近未来の日本社会に妥当か否かについても、議論してみる価値はあるはずだ。個別の施策の緻密な評価とともに、長い時間軸と広い視野からの検証作業が求められている。

 国民的な議論の必要性を訴えた基本問題調査会の象徴的存在であり、歴史的な洞察力の重要性を教えてくれたのも木村尚三郎先生であった。『西欧の顔・日本の心』を再読しながら、原点に立ち返ることの意義を再認識させられた。

 しょうげんじ・しんいち 1951年、愛知県生まれ。東京大学農学部教授などを経て17年から現職。日本農業経済学会会長、食料・農業・農村政策審議会会長などを歴任。近年の著書に『農業と人間』『農業がわかると社会のしくみが見えてくる』など。

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