[農と食のこれから 人手不足の産地 1]<実習生来ぬ春 群馬県嬬恋村 上> 「公共の使命」果たす

投光器が照らす中、今季の収穫が始まった松本さんのキャベツ畑(群馬県嬬恋村で=釜江紗英写す)

 7月7日午前3時半すぎ、標高1200メートルの群馬県嬬恋村田代地区は、梅雨前線の影響で昨夜から降り続いていた雨が上がり、流れる雲の切れ間から天の川がのぞいた。代替わりで今季から陣頭指揮を執る4代目農家の松本裕也さん(34)が投光器のスイッチを入れた。暗闇に沈んでいたキャベツが照らされた光で色を取り戻し、10月まで続く収穫が始まった。

 


 松本さんの他、父秀信さん(75)、母ゆき子さん(72)、新型コロナウイルス禍で入国できなかった外国人技能実習生2人に代わって雇用した望月由香利さん(54)と竹原由祐さん(30)の計5人が畑に入った。望月さんはコロナ禍で休業状態となった村内のリゾートホテル従業員。派遣社員の竹原さんも長野・軽井沢の保養施設が臨時閉鎖され、嬬恋にやってきた。

 刈る、並べる、箱に詰める。5人の息がぴたりと合い、途中から降りだした雨の中でも作業は黙々と進んだ。2時間後、夜明けとともに深緑に輝きだした広大な畑を見渡しながら、松本さんは「今年もこの日を迎えられた」ことに感謝した。
 

作付け危機


 4カ月前の春先、世界同時危機の荒波は嬬恋村にも押し寄せた。各国は自国保護のため国や地域間の移動を制限し、政府も外国人の入国規制に乗り出した。外国人技能実習生へのビザ発給は止まり、農業分野だけで2400人が来日できなくなった。その1割分の受け入れを予定していたのが同村の農家だった。

 2018年から毎年、中国からの実習生2人を雇ってきた松本さんも、河北省に住む40歳前後の男性2人の来日を待っていた。昭和期に山林を開墾した8ヘクタールを営むには、両親と実習生を加えた計5人が必要だった。実習生の監理団体から「ビザが出ない」と連絡があった時、松本さんは「今季の作付けは5ヘクタールが精いっぱいか」と悩んだ。

 キャベツはタマネギやハクサイなどと並び、国が定める重要野菜4品目の一つだ。同村は安定供給の指定産地となっており、キャベツ農家は、収穫が終わると来季の生産計画を立てる。同村で栽培されるのは、7月から10月に出荷される夏秋キャベツで、そのシェアは全国の5割を超えている。

 巨大産地は食料の安定供給という「公共の使命」を負う。生産量が計画から大幅ダウンすれば、国内の需給バランスは崩れ、価格は高騰し、食卓への影響は計り知れない。松本さんの悩みは個人の領域を超えていた。
 

行政後押し


 同じ頃、3月23日。村役場1階の村長室にJA嬬恋村の関喜吉専務と嬬恋キャベツ振興事業協同組合の干川秀一理事長が駆け付け、緊急会議が持たれた。2人は熊川栄村長に、実習生のうち入国できたのは4割にすぎず、6割に当たる計221人が入国できない見通しだと伝えた。

 村のキャベツ農家361戸のほとんどは家族経営で、耕作面積が広いほど実習生に支えられている。収穫が始まる6月末までには入国規制も緩和されるのではとの楽観論もあったが、熊川村長の決断は早かった。村独自の支援策として5000万円の異例の予算化を決め、JAや協同組合などと人手不足を解消する有効な使途を詰めるよう農林振興課に指示した。

 農水省が調査を開始した1970年以降、夏秋キャベツの出荷量が常に全国最多の同村は今秋、「日本一連続50年」を迎える。その節目に、生産縮小の選択肢を突き付けられる事態が幕を開けた。

 3カ月後の6月末、嬬恋キャベツが群馬県産として全国の市場に届き始めた。昨年と同じ価格水準で販売され、食料の安定供給という公共の使命は果たされた。「農と食のこれから」第1部「人手不足の産地」は、コロナ禍の非常時に「食の日常」を守った人たちを追う。(栗田慎一)
 

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