エッセンシャルワーカー 労働条件低さ直視を 立教大学教授 首藤若菜
2020年09月07日

首藤若菜氏
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、多くの人が在宅勤務に移行した中、例外的に職場で働き続けた人たちがいた。医療現場をはじめ、生活必需品を販売するスーパーの従業員、農業、介護、保育、清掃、警備、物流、交通機関などに携わる人々である。いずれも社会を維持させるために必要な労働に従事する人々であり、「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる。パンデミック(世界的大流行)は、私たちの社会が、これらの労働にいかに支えられているのかを鮮明に映し出した。
コロナ・ショック前、これらの労働者に共通していたことは何か。深刻な人手不足である。人手不足の要因には、相対的な労働条件の低さがあった。これらの職種は、専門的な知識や資格、熟練が必要で、身体的・精神的負荷が高い。農業もそうだ。熟練が必要で、誰もがすぐにできるようになるわけではない。
にもかかわらず、これらの労働には、スキルや負荷に見合った所得や労働条件が保障されてこなかった。これらの業種は、全産業平均に比べて賃金や所得水準が低く、いったん就職しても離職する者が多く、若者の参入が進まず、有資格者でさえ当該職種に就きたがらないなどが共通して指摘されてきた。
つまり、私たちは、社会を維持していくために必要な労働、暮らしや生活のために不可欠な労働に、十分な処遇を保障せずにきた。その結果、社会の基盤は揺らいでいた。少子化対策にも、「女性活躍」にも待機児童の減少が不可欠であるのに、保育園を造っても保育士が足りず開所できないという問題が起きた。高齢化が進行し、介護を理由に離職する人が増加していても、介護職の人員が足りず、介護施設を閉鎖せざるを得ないニュースが流れた。ネット通販が拡大し、便利な生活を享受できるようになったものの、ドライバー不足により、物流が滞る事態が起きた。食の安全が問題となり、食料の安全保障が議論され、食料自給率を引き上げないといけないと繰り返し言われ続けながらも、農業従事者は減少し高齢化してきた。
もちろん、そうした事態に何も手を打ってこなかったわけではない。外国人労働力による穴埋めだ。昨年には、新しい在留資格「特定技能」が創設され、人手不足が深刻な農業、介護など14業種が対象となったことは記憶に新しい。だが、外国人労働力によっていかに補充できるかだけが模索され、人手不足を生み出す要因は放置されてきた。コロナ・ショックで外国人実習生が来日できなくなり、現場は混乱している。
厳しい労働環境の中で、社会を支えている人たちに、私たちはどう向き合うのか。目をそらしてきた問題に気付き、考えるきっかけになれば、困難に立ち向かった意味が出てくる。
しゅとう・わかな 1973年東京都生まれ。労使関係論、女性労働論専攻。日本女子大学大学院人間生活学研究科単位取得退学。博士(学術)。近著『物流危機は終わらない』(岩波新書、18年)、『グローバル化のなかの労使関係』(ミネルヴァ書房、17年)など。
深刻な人手不足
コロナ・ショック前、これらの労働者に共通していたことは何か。深刻な人手不足である。人手不足の要因には、相対的な労働条件の低さがあった。これらの職種は、専門的な知識や資格、熟練が必要で、身体的・精神的負荷が高い。農業もそうだ。熟練が必要で、誰もがすぐにできるようになるわけではない。
にもかかわらず、これらの労働には、スキルや負荷に見合った所得や労働条件が保障されてこなかった。これらの業種は、全産業平均に比べて賃金や所得水準が低く、いったん就職しても離職する者が多く、若者の参入が進まず、有資格者でさえ当該職種に就きたがらないなどが共通して指摘されてきた。
処遇の改善なく
つまり、私たちは、社会を維持していくために必要な労働、暮らしや生活のために不可欠な労働に、十分な処遇を保障せずにきた。その結果、社会の基盤は揺らいでいた。少子化対策にも、「女性活躍」にも待機児童の減少が不可欠であるのに、保育園を造っても保育士が足りず開所できないという問題が起きた。高齢化が進行し、介護を理由に離職する人が増加していても、介護職の人員が足りず、介護施設を閉鎖せざるを得ないニュースが流れた。ネット通販が拡大し、便利な生活を享受できるようになったものの、ドライバー不足により、物流が滞る事態が起きた。食の安全が問題となり、食料の安全保障が議論され、食料自給率を引き上げないといけないと繰り返し言われ続けながらも、農業従事者は減少し高齢化してきた。
もちろん、そうした事態に何も手を打ってこなかったわけではない。外国人労働力による穴埋めだ。昨年には、新しい在留資格「特定技能」が創設され、人手不足が深刻な農業、介護など14業種が対象となったことは記憶に新しい。だが、外国人労働力によっていかに補充できるかだけが模索され、人手不足を生み出す要因は放置されてきた。コロナ・ショックで外国人実習生が来日できなくなり、現場は混乱している。
厳しい労働環境の中で、社会を支えている人たちに、私たちはどう向き合うのか。目をそらしてきた問題に気付き、考えるきっかけになれば、困難に立ち向かった意味が出てくる。
しゅとう・わかな 1973年東京都生まれ。労使関係論、女性労働論専攻。日本女子大学大学院人間生活学研究科単位取得退学。博士(学術)。近著『物流危機は終わらない』(岩波新書、18年)、『グローバル化のなかの労使関係』(ミネルヴァ書房、17年)など。
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本紙モニター調査 米需給対策=4割「課題あり」 輸出5兆円=「対策次第」3割
日本農業新聞が12月中下旬に行った農政モニター調査で、主食用米の需給均衡に向けた農水省の対策について「課題がある」との回答が39%に達した。米政策の改善には「転作メリットの拡充」が必要との声が最多だった。農林水産物・食品の輸出額を2030年に5兆円にする政府目標の達成の成否は「対策次第」とみる回答が33%で最も多かった。
農水省は昨年12月、輸出・加工用米や麦・大豆などへの転換に10アール当たり4万円を助成する「水田リノベーション事業」をはじめ、転作支援の拡充や米の需要喚起に向けた対策を発表。調査では「評価している」は12%にとどまり、「課題があり見直しが必要」が39%、「どちらともいえない」が47%だった。
「米政策を改善するとしたら、どういった視点が必要になるか」との質問には、回答を二つまで選んでもらった。最も多かったのは「転作推進のメリット拡充」で36%、「生産費を補う所得政策の確立」が35%で続いた。「資材価格の引き下げ」と「米の消費喚起」も30%の人が選んだ。
売上高が最も多い品目に「水田農業」を選んだ人に限ると、米対策については「評価」が14%、「課題がある」が44%、「どちらともいえない」が42%だった。米政策の改善については、「所得政策」が42%、「転作メリット」が36%、「資材価格」が35%の順だった。
農水省は21年産の米生産を「正念場」(野上浩太郎農相)とし、需給均衡には過去最大規模となる前年産比6・7万ヘクタールの作付け転換が必要とみる。対策の実効性確保には、こうした農家の意見も踏まえ、理解を求める必要がありそうだ。
輸出5兆円目標の達成については「対策次第」が33%だった一方、「達成できない」が27%、「過大だ」が16%で、「達成できる」の6%を上回った。経営品目別に見ると、「達成できる」と考える割合が最も高かったのは肉用牛肥育で14%、低かったのは畑作物と養鶏でゼロだった。水田農業や花きは5%、施設園芸は3%にとどまった。
政府は昨年11月、輸出目標達成に向けた実行戦略を策定したが、輸出の拡大には同戦略に沿った十分な支援策とともに、農家の意欲喚起も求められそうだ。
調査は、農業者を中心とした本紙の農政モニター1133人を対象に昨年12月中下旬、郵送で実施。756人から回答を得た。
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2021年01月17日

[未来人材] 26歳。大農家・父の背中追い若手6人で新会社設立 トマトの概念変える 滋賀県甲賀市 今井大智さん
滋賀県甲賀市の今井大智さん(26)は、同じ農業生産法人で働く20代の若者だけで会社を立ち上げ、先端技術を駆使した高糖度トマト栽培に取り組んでいる。“本業”の傍ら、早朝や夜などの勤務時間外を使って、仲間とトマト栽培に明け暮れる日々を送る。若手だけで何か新しいことに挑戦したい――。農業の魅力に取りつかれた若者が新たな一歩を踏み出した。
「これはもう、トマトの形をしたあめ玉だ」。“異次元”の甘さが特徴の自慢のトマトについて、今井さんは笑顔で話す。
実家は県内でも指折りの大農家だ。100ヘクタールを超える広大な農地で米や野菜を生産する他、市内で農産物直売所やレストランも経営する。ただ「元々農業にそれほど関心があるわけではなかった」と振り返る。
転機となったのは大学2年生の時。授業で訪れたインドだった。餓死した人の遺体が街中に横たわる光景が今でも脳裏に焼き付く。「がらりと世界観が変わった」。食のありがたみを実感した。食を供給する農業の大切さにも気付かされた。
大学卒業後は1年間、専門学校で農業の基礎を学んだ。23歳で実家の農業生産法人に就職した。
就職後は、法人の代表でもある父の背中を追うようになった。父は29歳の時には地域の後継者仲間をまとめ上げ、麦や大豆に特化した法人を立ち上げ、新たな事業を手掛けていた。「何か新しいことに挑戦したい」という思いが、常に頭の片隅にあった。
そんなとき、農産物の甘味を最大限引き出す「アイメック農法」に特化した高機能ハウスを、地域の事業者が手放すという話が舞い込んだ。
昨年10月、自身を含め法人で働く20代の若手6人で新会社「ROPPO(ロッポ)」を設立。各メンバーが踏み出す「1歩」を足した「6歩」にかけて名付けた。ハウス1棟で1200本のトマトを栽培。これまで通り法人で働きながら、勤務時間外をフル活用して運営する。
高級果実のようにトマトを箱詰めして贈答用に──。「“異次元”の甘さを武器にトマトの概念を変えたい」。販路開拓や会社運営など慣れないことばかりだが、夢に向かって突き進む。
農のひととき
新会社のインスタグラムアカウントは、ほぼ毎日更新。「消費者は生産者の顔を見て農産物を買う」との考えから、消費者への情報発信を重視する。投稿する写真は週末に撮りだめする。手描きのイラストなども織り交ぜ“映え”を意識する。
現在は、「3秒で友達になれる」といったキャッチコピーと共にメンバーを紹介、ファンづくりに取り組んでいる。
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2021年01月17日

通常国会きょう召集 コロナ対策 最重点
第204通常国会が18日、召集される。新型コロナウイルス対策が最大の焦点で、政府・与党は対策を盛り込む2020年度第3次補正予算と21年度当初予算の成立を急ぐ。緊急事態宣言を受けた農業への影響を巡っても論戦が繰り広げられる見通しだ。政府は農水省の4法案の他、企業による農地所有特例の延長を盛り込む国家戦略特区法改正案、地域的な包括的経済連携(RCEP)の承認案などを提出する。
農林関係法案審議 予算成立後に本格化
会期は6月16日までの150日で、18日は菅義偉首相の施政方針演説などを行う。20~22日には衆参両院の本会議で各党が代表質問する。
政府・与党は補正予算の月内成立、当初予算の年度内成立を目指す。補正予算は農林水産関係で1兆519億円を計上。園芸農家向けの「高収益作物次期作支援交付金」や感染防止への投資を支援する「経営継続補助金」など、コロナ対策を盛り込んだ。当初予算の農林水産関係は前年並みの2兆3050億円とした。
農林関係の法案審議は予算成立後に本格化する見通しだ。農水省は畜舎の建築基準の特例措置を盛り込む新法案や、輸出促進に向けた事業者の投資を支援する「農業法人投資円滑化特別措置法」の改正案など4法案を提出、早期成立を目指す。
国家戦略特区法改正案は、特区の兵庫県養父市で認めている一般企業の農地所有特例を2年延長するのが柱だ。同特区諮問会議の民間議員らが求めていた特例の全国展開は見送った。審議では、農地取得の必要性の他、諮問会議の在り方も議論になる可能性がある。
RCEPは昨年、日本、中国、韓国と東南アジア諸国連合(ASEAN、10カ国)など15カ国で署名。農産物の重要5品目は関税削減・撤廃の対象から除外したが、中韓とは初めての経済連携協定(EPA)となるため、影響の検証が課題になる。
議員立法では、狩猟者の技能講習の免除措置の延長などを盛り込む鳥獣被害防止特措法改正案や、過疎地域を財政支援する過疎地域自立促進特措法が3月末に期限を迎えることを受けた新法案が提出される予定だ。
7月には東京都議会議員の任期満了、7月23日には東京五輪の開幕を迎えるため、会期の延長は難しい見通し。政府・与党は提出法案の会期内成立を目指す。
衆院議員の任期満了が10月に迫る中、衆院解散の時期も焦点になる。4月25日には、吉川貴盛元農相の議員辞職と羽田雄一郎元国土交通相の死去に伴う衆参の補欠選挙が行われる。こうした政治日程も絡むとみられるが、コロナの収束は不透明で、菅首相の解散戦略は依然見通せない。
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2021年01月18日

メロン・大葉 相場低迷 再発令 時短営業響く
緊急事態宣言の再発令に伴う飲食店の時短営業や休業を受け、一部青果物の相場低迷が加速している。メロン「アールス」の日農平均価格(各地区大手7卸のデータを集計)は平年の3割安を付け、前回発令された4月上旬と同水準に落ち込む。刺し身のつま物に欠かせない大葉も、業務需要が減って平年の3割安に低迷。小売りでの販売にも勢いがなく、相場を下支えできていない。
小売りも勢い欠く
メロン「アールス」は12月、「GoToキャンペーン」の活況により、上位等級を中心に引き合いが強まり、歳暮需要も加わり高値で推移。だが、年が明けて環境は一変した。中旬(19日まで)の日農平均価格は1キロ799円と平年の32%安で、同4割安を付けた日もある。東京都中央卸売市場大田市場では、初市以降、静岡産の高値が1キロ4320円と止め市の半値に急落し、一時は同3240円まで下げた。
卸売会社は「正月に百貨店や果実専門店に客足が向かず弱含みとなる中、再発令が重なった。ホテルやレストランが営業縮小し、売り先がない。低価格帯を中心にスーパーに売り込むが、上位等級と下位等級の価格差が縮まっていく」と厳しい展開を見通す。
加温にコストがかさむ厳寒期の軟調相場に、産地からは嘆息が漏れる。主産地の静岡県温室農業協同組合によると、交配から収穫までは、 50日程度。収穫時期をずらすことができず、供給の調整は難しい。「コストをかけ、丹精したものに値段が付かないのはつらい。スーパーなどへの販売を通し、家庭での消費拡大に期待したい」と話す。
小物商材も厳しい販売を強いられている。大葉は、1月中旬の日農平均価格が1キロ1690円。元々需要が減る時期ではあるものの、平年の28%安と低迷が顕著だ。
産地は前回の宣言時、巣ごもり需要で好調だったスーパーに販路を切り替えた。ただ、「今回はスーパーからの注文は勢いを欠き、相場を下支えし切れない」(卸売会社)情勢だ。
主産地を抱えるJAあいち経済連は「業務筋が大半を占める契約取引分の販路を新たに確保しないといけない」と説明。春の需要期の販売も見据え、コロナの早期収束を望んでいる。
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2021年01月20日
通常国会と農政 基盤強化へ審議尽くせ
通常国会が始まった。農業経営への支援を含む新型コロナウイルス対策や米の需給対策を盛り込んだ2020年度補正予算案と21年度当初予算案、国家戦略特区での一般企業の農地所有特例を延長する法案など、国会は重要な農政課題に向き合う。生産基盤の維持・強化の観点から、徹底した審議を求める。
施政方針演説で首相は、前政権から継承した農業の成長産業化を地方重視と結び付け、東京一極集中の是正と地方の活性化の柱に据えた。具体的には、農林水産物・食品の輸出額目標5兆円を達成するための産地の支援と、主食用米から高収益作物への転換促進を掲げた。
両者とも、現行の食料・農業・農村基本計画が目指す食料自給率の向上と生産基盤強化の一環といえる。加工・業務用需要の輸入品からの奪還や飼料用米をはじめ戦略作物の推進、中小・家族農家の支援なども重要だ。緊急事態宣言の再発令で農畜産物の需要が減り、生産基盤が弱体化する懸念もある。
こうした課題を踏まえて国会は、補正・当初予算案が生産基盤の維持・強化に効果的か議論すべきである。米の生産調整の実効性を巡っても検証が必要だ。前年産比6・7万ヘクタールの過去最大規模の作付け転換を21年産で達成しないと、米価が大幅に下落する恐れがある。また18年産で始まった現行の米政策の下で作付けは3年続けて過剰となった。課題を洗い出し、あるべき姿について議論が必要だ。
施政方針演説では、地方活性化の手段として規制改革を重視する姿勢も強調した。首相は、行政の縦割り、既得権益、あしき前例主義を政策運営上の壁とみなし、その打破も表明した。これら両面から、農業が標的となることに警戒が必要だ。
国家戦略特区がその例だ。兵庫県養父市で認めている一般企業の農地所有特例の全国展開を巡る議論は、関係閣僚が慎重姿勢だったが、同特区諮問会議の民間議員が強硬に主張、異例の「首相預かり」となった。今回は特例の2年延長で決着し、同特区法改正案を国会に提出する。しかし特例の利用は低調で、延長が必要かどうか国会は熟議すべきだ。官邸主導の政策決定の在り方も議論の俎上(そじょう)に載せる必要がある。
規制改革推進会議には、農地所有適格法人の議決権要件の緩和を求める意見もある。一般企業の農地取得につながり、撤退後の耕作放棄や産廃置き場にされることなどが懸念される。こうした論点も議論すべきだ。
施政方針演説では、環太平洋連携協定(TPP)の今年の議長国として加盟国の拡大に向けた議論を主導する考えを示した。貿易協定の拡大が、なし崩し的に農畜産物の一層の自由化につながらないよう政府の姿勢をたださなければならない。
衆院議員の任期は10月までで、総選挙が必ず行われる。国会論戦の中で各党には農政の選択肢を示すことも求められる。
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2021年01月19日
論点の新着記事

コロナ禍の表裏 恐れず好機見いだせ 日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介
久しぶりに台風が上陸しなかった昨年。洪水や土砂崩れの被害は、8月以降は避けることができた。しかし、3シーズンぶりに雪が多いこの冬、今度は雪害が心配だ。
とはいえ、この降水量の多さこそ日本の緑と実りが世界の中でも特に豊かな理由でもある。例えば、豪州では、日本の20倍の面積に日本の5分の1の人口しか住んでいないが、慢性的に水が不足している。地下水を過剰にくみ上げて行われる同国の農業も、いつまで安価大量生産を続けられるか疑問だ。
過剰反応は禁物
このように、利点と弱点は表裏一体だ。引き続くコロナ禍に関しても、同じことが言える。前提として、このウイルスは根絶できないことを理解したい。
この冬、インフルエンザの感染者はほぼゼロだが、インフルエンザウイルスがこれで根絶されたりはしない。仮に新型コロナの感染が収束しても同じことだ。これまで見事に感染を抑えてきた国・地域、例えば台湾、インドシナ諸国、ニュージーランドなどでは、免疫ができていない分、油断すればいつでも感染爆発が起きかねない。それに対し、感染抑止に失敗した米欧の多くの国で、危機感の高さから副作用を辞さずワクチン接種が進めば、事態が先に好転する可能性もある。
前回(2020年6月)寄稿した「論点」で筆者は、いったん感染が収まっていたことを背景に「コロナ禍はパンデミックではなくインフォデミック(恐怖心の感染)だ」と書いた。その後2度にわたって感染の再拡大が起きているが、「東京の今日の感染者は〇〇人」とあおるテレビを見て、皆さんはどうお感じだろうか。多くの地方、特に農山漁村においては、生活の実態に特に変化はないままなのではないか。
日本における死者数は、前回寄稿時の4倍以上に増えたが、人口当たりの水準では米国の37分の1、欧州連合(EU)諸国の30分の1だ。絶対数でいえば、年間の交通事故死者数と同レベルで、19年のインフルエンザによる死者数(関連死含む)の半分弱、がんによる死亡者の100分の1強である。しかもその3分の2が首都圏と愛知県と京阪神の8都府県の在住者で、農山漁村のほとんどで死者は出ていない。
交通事故は極めて重大な問題で、一件でも減らす努力が必要だが、かといって通勤通学を禁止し経済を止めるべきではない。新型コロナの脅威にも、交通事故と同じレベルで用心し対処すべきだ。具体的にはマスクを外しての他人同士の会話・会食は当面避けるべきだが、怖がって家に閉じこもることもない。
人手不足解消へ
コロナの農業への影響で本当に深刻なのは、外国人技能実習制度の機能不全化だろう。であれば今年は、飲食店などで職を失った都会の若者を試用するチャンスではないだろうか。少子化は中韓台でも急速に進んでおり、農業の人手不足は今後とも深刻化する一方だ。
日本人の人件費を払える事業体に変化しなければ、どのみち生き残れない時代が来る。農協あるいは農業法人の協議体が、集団で取り組んではいかがだろう。
もたに・こうすけ 1964年山口県出身。米国コロンビア大学ビジネススクール留学。2012年から現職。平成大合併前の全市町村や海外90カ国を自費訪問し、地域振興や人口成熟問題を研究。近著に『進化する里山資本主義』など。
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2021年01月18日

コロナ禍の食と農三つの革命で道開け ナチュラルアート代表 鈴木誠
今、コロナ禍にある日本は、産業政策と食料安全保障の両面から、官民挙げた1次産業強化が待ったなしの局面を迎えている。現代は情報通信技術(ICT)や人工知能(AI)中心の第4次産業革命といわれるが、これからは食料問題中心の第5次産業革命へ移行すべきだ。
今年もわれわれは、コロナと気象変動に強い制約を受ける。現実を受け止め、マイナス面を超える新たな付加価値創造が必要だ。
DX、脱炭素…
創造的破壊は、まずは過去の破壊から始まる。昨年のコロナは、まさに社会を破壊したのだから、今年は創造の年になる。国内1次産業再構築の大命題は、「生産性向上」だ。さもなければ、競争優位性を確保できず、所得は増えず、産業はさらに衰退し、国力は低下する。生産性向上には「DX(デジタル)革命」「脱炭素革命」「物流・サプライチェーン革命」と、三つの革命が成長エンジンだ。
1次産業は、他産業に比して遅れているDX革命が、逆に期待の星だ。業界や地方が抱える人手不足問題を解消し、経験・勘・思いこみに依存した経営スタイルから脱却し、科学的経営に移行する。
脱炭素革命はエネルギー革命だ。1次産業は化石燃料の依存度が高く、高コストかつ二酸化炭素(CO2)の問題を抱えている。太陽光など、再生可能エネルギーの普及・拡大はもちろんのこと、ウオーターカーテン方式や高度化した断熱シート、エネルギーの無駄遣い対策の熱交換システムなど、脱化石燃料が進みつつある。災害等緊急事態への事業継続計画(BCP)対策も忘れてはいけない。
物流・サプライチェーン革命もCO2問題をはじめ、ドライバー不足、低積載効率、車両・運賃等高コスト問題など、早急に対応が必要だ。物流センターはハブ&スポーク方式とし、全国主要地域に大型拠点物流センターを再整備し、それに連なる中小集荷センターを各地に配置することだ。
そのためには、卸売市場の自己構造改革、あるいは物流事業者や総合商社などの新規参入を含め、選択肢は複数ある。現状縦割りのサプライチェーンは、売り手と買い手が協調する一体改革が求められる。
栽培技術向上も
その他、栽培や養殖などの生産技術向上も、生産性向上には欠かせない。植物の栽培技術向上の起爆剤として、「バイオスティミュラント」が注目されている。
バイオスティミュラントは、海外では欧州連合(EU)を中心に急拡大しているものの、国内ではまだ緒に就いたばかりだ。これまでのように化学農薬や化学肥料で、過保護に植物を育てるのではなく、植物そのものの免疫力を高め健康にする栽培だ。日本は、化学農薬大国からそろそろ卒業する必要がある。植物が健康になれば、収量が増え、食味は良くなり、機能性(栄養価)は向上し、結果として生産者所得は向上する。
これまで幾多の試練を乗り越えた日本の真価が、いま改めて問われている。
すずき・まこと 1966年青森市生まれ。慶応義塾大学卒、東洋信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)を経て、慶大大学院でMBA取得。2003年に(株)ナチュラルアート設立。著書に『脱サラ農業で年商110億円!元銀行マンの挑戦』など。
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2021年01月11日

物よりも仕事 働く喜び語れてこそ 百姓・思想家 宇根豊
西日本では近年、トビイロウンカの大発生が相次いでいる。昨年は東北まで被害が及んだ。この事態の真因を考えてみよう。
語られない本質
「こんなに増えていたとは気付かなかった」「農薬かけてたから安心していた」と答える百姓が多い。言うまでもなく、害虫の発生は水田一枚ごとに異なる。枯れた田んぼの隣で何ともない田んぼも多い。指導機関の「発生情報」は、一枚一枚の状況までは教えてくれない。
「農家なら、自ら観察して判断する技術を身に付けているはずでしょう」と消費者から言われ、「もちろん」と答えられる百姓が10%もいるだろうか。1978年から「虫見板」を活用した減農薬稲作を広めてきた私は、とても憂鬱(ゆううつ)だ。「やはりドローン(小型無人飛行機)で観察して防除を判断する技術開発が必要ですね」と言われてしまうと情けない。被害面積や被害額がクローズアップされる半面、技術の担い手である百姓のまなざしに踏み込む議論は全く聞こえてこない。百姓の仕事の内実は、相当な危機にひんしているのではないだろうか。
この問題は百姓にとどまらず、他産業の労働にも通じる。仕事の喜び、充実感、生きがいよりもその結果である生産物の品質や価格、報酬額、労働時間ばかりが雄弁に語られるようになった。
この風潮が怖いのは、「同じ作物なら誰が生産してもいい」ことになるからだ。地元産や国産である必要もなければ、仕事をするのはロボットでも構わない。スマート農業を正当化しているのは、こうした思想が根本にある。
人間の仕事とはそういうものだったのだろうか。仮に経済価値の低い生産物であっても、情愛と丹精を込めたものは、いとおしく受け取られてきたはずだ。情愛と丹精を語ることが生産技術や流通から追放され、消費者に届いていないのが現実だ。
新たな労働観を
確かに、昔から百姓仕事は「大変だ」「苦労ばかり」という語りが多かった。しかし、その苦労は語られない喜びや充実、誇りが土台にあった。草取りで死んでいく草を前にして喜ぶのは気が引ける。まして、生産物を生み出した本体は人間ではなく天地自然なのだからなおさらだ。こうした慎みにも似た姿勢が百姓の仕事の語り方だった。
ところが、労働を「苦役」とみる西洋の価値観が輸入されたことで労働時間は短く、仕事は楽に、報酬は多いことが目標とされ、百姓の仕事は生産物でしか表現できなくなってしまった。
自家採種した種子も、購入種子も同品種ならできるものは同じだろうか。種を採り、保管し、播(ま)く仕事はその作物の“いのち”だけでなく、百姓の思いを引き継ぐことでもある。「買った方が安いから」という言い訳では、仕事の喜びは経済に負けるはずだ。
生産物ではなく、むしろ仕事の喜びを表現し合う習慣を広げようではないか。
うね・ゆたか 1950年長崎県生まれ。農業改良普及員時代の78年から減農薬運動を提唱。「農と自然の研究所」代表。主な著書『日本人にとって自然とはなにか』『百姓学宣言』。2020年12月、『うねゆたかの田んぼの絵本』全5巻(農文協)の刊行を始めた。
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2021年01月04日

温暖化対策 農業技術革新の好機 農中総研客員研究員 田家康
人為的な温室効果ガスの排出を国全体として実質ゼロとするカーボンニュートラルについて、日本政府も先月にようやく重い腰を上げた。革新的なイノベーションを実施することにより、2050年に脱炭素社会を目指すというものだ。
温室効果ガスの排出を続けると、どのような弊害が起きるのだろうか。環境問題や災害発生への懸念だけでなく、農業分野でも影響度を見通した研究発表がなされている。一つ一つ集めてみると、どうも暗い将来像ばかりが目につく。
高まる食料需要
国連食糧農業機関(FAO)のアウトルックから世界全体の穀物生産・消費および備蓄量を見ると、この10年間は生産量と消費量はほぼ見合っており、在庫率は毎年の生産量の3割程度で推移している。足元こそ安定している状況であるが、世界の総人口は2019年の77億人から50年には95億人に増加が見込まれている。さらに発展途上国でも肉食が増加し飼料用穀物への需要も高まることから、生産性を毎年2%程度上げていかないと供給が足りなくなる。ちなみに1998年から2008年の生産性の伸び率は平均で1%程度でしかない。
安全性の議論はあるものの、遺伝子組み換え(GM)技術による収量増加を思い浮かべる向きもあるかもしれない。しかし、研究の最前線の見方では穀物での品種改良は大豆でこそ見込みがあるものの、トウモロコシ、米、小麦は既に限界に来ているようだ。
一方、欧州では過去の気温変動の例から、温暖化の進行で小麦やトウモロコシでかび毒の混入リスクが飛躍的に高まると指摘されている。今世紀後半には、気候変動に伴って米国、豪州、ブラジルなど世界有数の食料生産地域で土壌水分量が激減するとの予想もある。
高軒高、精密…
温暖化問題となるとお先真っ暗な未来ばかりが示されるが、技術革新が求められているのであり、それは農業分野でも言えることだ。注目したいのはオランダやイスラエルの動きだ。
施設園芸においてオランダで開発された高軒高ハウスは、既に先進的な農家で導入されている。ハウス栽培というと地面に苗を植えたイチゴ狩りをイメージしがちだが、こちらは軒高を地面から1メートル以上上げ、生育環境の制御と施設の大規模化を実現した。
イスラエルで開発されている精密農業にも目を向けたい。作物の根の周りを専用トレーで囲み、ここから水と肥料を根に直接送り込む技術だ。水と肥料の消費を半減できるだけでなく、再利用可能なトレーは除草剤の代替にもなるという。本格的に実現すれば、地球温暖化による水不足対策として期待できる。地球温暖化が人類にとって本当に危機であるならば、1万年に及ぶ農業の歴史の中で、かんがい設備や品種改良を実現してきたのと同等の革命が必要だろう。斬新な視点でビジネスチャンスを狙っていきたいものだ。
たんげ・やすし 1959年生まれ。農林中央金庫森林担当部長などを経て、現職。2001年に気象予報士資格を取得し、日本気象予報士会東京支部長。著書は『気候文明史』『気候で読む日本史』など
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2020年12月28日

労協法の成立 協同の可能性共有を 明治大学名誉教授 中川雄一郎
12月4日、参院本会議において「労働者協同組合法」(労協法)が全会一致で成立した。私にとっても待ちに待った法案の成立である。
早速私は「法案概要」を取り出して「第1・目的」と「第2・労働者協同組合」に目を通し、この労協法の根本に「協同労働」という概念が示唆されていることを見て取った。
具体的には、①組合員による出資、②組合員の意見が反映された事業の遂行、③組合員自らが事業に従事することを基本原理とし、多様な就労の機会を創り出す、④地域における多様な希望・要求(需要)に応じた事業を行う、⑤持続可能で活力ある地域社会の実現に資する──である。なお、労協法は届け出れば設立できる「準則主義」であることも付け加えておこう。
役割一層重要に
この法案概要を見て、私は1999年11月に開かれた「労働者協同組合研究 国際フォーラム」での日本労働者協同組合連合会の元理事長、故・菅野正純氏の報告を思い起こした。
「協同の新しい可能性に向かって」と題した報告で、菅野氏は次のように提起した。①協同労働は雇用労働に代わる選択肢である②この選択肢を保障する社会制度を創り出すことの必要性③21世紀を目前にして、労協は組合員の利益のみならず、地域コミュニティーと社会全体の利益を追求する「21世紀型協同組合」としての「新しいワーカーズコープの法制度」を提案し、ボランティアや利用者と共に組合員が協同する協同組合、ハンディキャップを持つ人も組合員となり、労働する主人公になっていく協同組合を目指す④若者たちが人々の共感の中で自分らしい仕事を見いだして自分らしい人生を切り開いていくことへの援助が、これからの時代には重要な課題として労協に求められるだろう。
そして、菅野氏はこの援助のための基金にこう言及した。労協はその「公共的な使命」に対応する「新しい労協財政のあり方」を追求していく。それは、「組合員の営々たる労働のなかで作り出された剰余金、就労創出の積立金、福祉基金、それに教育基金」を組合員だけでなく、地域の他の人々も利用できる「新たな仕事起こしを実践する連帯支援資金」となるだろう。
「労働者本位」へ
菅野氏のこの「労協アイデンティティー」をヘーゲル哲学の「自立した個人は社会で生きる自覚を意識する」人々相互の「承認の必要性」を借りて言えば、人々にとって「労協に対する期待」「労協の果たすべき役割」「労協のなし得ること」とは何であるのかはおのずと明白になっていく、と私はひそかに思っている。その意味でも協同労働は「生活と人間性に不可分な労働」としての「労働者の裁量と自律性」を発揮するのにふさわしい「場」である、と私は確信している。
なかがわ・ゆういちろう 1946年静岡県生まれ。明治大学名誉教授。元日本協同組合学会会長。ロバアト・オウエン協会会長。著書『協同組合のコモン・センス』『協同組合は「未来の創造者」になれるか』(編著)などがある。
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2020年12月21日

菅政権の視点 競争と支援の均衡を 一橋大学大学院教授 中北浩爾
菅義偉政権が成立してから2カ月余りが過ぎた。コロナ対策と経済対策のジレンマにもがきながらも、上々の滑り出しといえる。何よりも内閣支持率が好調だ。NHKの調査によると発足直後の62%が、いったん55%に下がったものの、11月には56%に戻している。
高支持率の理由
菅内閣を支持する理由としては、「人柄が信頼できるから」という回答が多い。自民党では世襲の首相が続いていただけに、秋田の農家出身、横浜市議からのたたき上げというイメージが、プラスに働いている。
また、「政策に期待が持てるから」という理由も少なくない。携帯電話料金の引き下げや、押印の廃止、デジタル庁の設置、不妊治療への保険適用、2050年のカーボンニュートラルなど次々と打ち出している。
政策については、新自由主義という評価が散見される。竹中平蔵元経済財政相をブレーンとしていることが根拠のようだが、必ずしも当たっていない。携帯料金の引き下げを、競争の促進よりも国家の介入によって進めていることは、その証左である。
主義というには一貫性を欠く菅首相の政策の基調の一つは、時流に逆らわない姿勢であろう。デジタル化や温室効果ガスの削減は、世界各国の状況を見る限り、いや応なく進めざるを得ない課題である。ならば、先手を打って推進しようという意図が見受けられる。
もう一つは、庶民にとって分かりやすい政策である。携帯値下げや押印廃止は、その例である。来る総選挙に向けた世論対策という意味合いもあるはずだ。
安全網張れるか
しかし、自助を前面に押し出していることから分かるように、菅首相にとっての庶民とは、頑張って競争する人々のことである。自分自身の経験に基づく人生哲学なのであろう。総務相時代に導入した「ふるさと納税」も、地方を一律に底上げするのではなく、各自治体に創意工夫を求めるものである。
切り捨てられかねないのは、公的支援があって初めて頑張れる人々、さらにいえば、競争の舞台に立つことが難しい人々である。自助を強調する一方で、共助や公助というセーフティーネットをしっかり張れるかが問われている。例えば、中小企業政策である。最低賃金を引き上げることで、生産性が極端に低いゾンビ企業を淘汰(とうた)するのは、方向性としては間違っていない。だが、それを急激に進めれば、雇用不安などが起きかねない。
農政についても同じだ。農産物の輸出拡大は、もちろん大切だ。しかし、それが可能な品目は限られるし、そもそも農業・農村には、食料の安定供給や自然環境の保全など多面的な機能が存在する。共助の組織である農協とも対話しつつ、目配りのよい政策を実施してもらいたい。
なかきた・こうじ 1968年、三重県生まれ。東京大学法学部を卒業後、立教大学法学部教授などを経て、一橋大学大学院社会学研究科教授。政治学が専門。
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2020年12月07日

農業自由化 再考の時 食料安保確立が急務 日本金融財政研究所所長 菊地英博
米大統領選挙で民主党のジョー・バイデン氏の当選が確定しており、同盟国である日本では新政権の政策が注目されている。
対日戦略の変遷
冷戦終了後の米国の対日戦略を見ると、民主党のクリントン大統領は1993年の日本の宮沢喜一首相との合意で日本に対日年次要望書を毎年送り、金融自由化をはじめ具体的な規制緩和を実現させてきた。2001年からの共和党の子ブッシュ大統領の時には、クリントンと同じ新自由主義理念による改革要望であったが「小泉構造改革」として具体化し、特に小さい政府として浸透している。
農業分野を見ると、09年からの民主党のオバマ大統領は日本に環太平洋連携協定(TPP)への加盟を要請してきた。12年12月の衆院選挙で自民党の安倍晋三総裁はTPP加盟反対を掲げて政権に復帰したにもかかわらず、首相に就任すると選挙公約をほごにしてTPP加盟交渉を進め、さらに在日米国商工会議から政府宛ての要望書を基にして農協法の改正を進め、自民党の農政責任者ですら初耳だった内容が政府案に盛られていたといわれている。
農協法やり玉に
論点となった米国からの要望は、①JA全中を廃止し監査部門を分離すること②農協の金融部門と経済部門を分離し、金融部門は金融庁の監督下に置くこと──であり、この狙いは農協組織を自由化し、金融部門を独立させて農協マネーの対外流失を促進することであった。特に米国の意見は「農協マネーは準会員(農業専業者でない会員)のマネーが全体の50%以下でなければならないのに50%超の農協があるのは規定違反だ」という点であった。
しかし、農協の採算は農業部門の赤字を共済事業と金融部門の黒字で補っており、金融部門が分離されると経済事業は成り立たない。これは農業王国である米国やフランスでも同じである。そこで15年2月9日に政府・与党とJA全中は、①全中の農協法への建議事項を廃止し、傘下の農協に対する監査機能を別会社に移す②JAバンクやJA共済などの金融事業に占める准組合員の取り扱いを5年間保留することで合意し、改正農協法が成立した。
今年は農協法改正から5年経過するため、保留となっている金融問題が表面化するであろう。さらに民主党政権になるとカリフォルニア州産の米やウィスコンシン州などの酪農製品の輸入依頼が強まるであろう。しかし日本は米国の政権に左右されることなく、農業保護を主張すべきである。
新型コロナウイルスの教訓は国民生活に必要な生活必需品は国内で生産すべきだということだ。その最たるものが農業であり、主要国の中で食料自給率がカロリーベースで38%と最も低く、備蓄量も少ない日本は、安易な農業自由化を見直し、健全な保護主義を採るべきでないか。
きくち・ひでひろ 1936年生まれ、東京大学教養学部卒、東京銀行(現三菱UFJ銀行)を経て95年から文京女子大学(現文京学院大学)・同大学院教授。2007年から現職、金融庁参与など歴任。近著『新自由主義の自滅』(文春新書、15年)、『米中密約“日本封じ込め”の正体』(ダイヤモンド社、20年)
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2020年11月30日

令和の農業像 先端技術 用途広げよ 北海道大学農学部教授 野口伸
コロナ禍で農業の抱える問題としてよく取り上げられることに、外国人技能実習生の入国制限措置により労働力が確保できないことがある。農業における外国人労働者のうち、9割の約2万8000人が「技能実習生」であり、その数は年々増加し、日本農業にとって欠かせない労働力となっている。
コロナ禍教訓に
農水省は、その代替人材の雇用を確保する上での支援事業を緊急的に実施しているが、今回のパンデミック(世界的大流行)は、日本農業が技能実習生に大きく依存し、その依存率が増え続けることに対する警鐘と言える。その点で、省力化・省人化に威力を発揮するスマート農業には期待大であろう。
トラクターや田植え機が無人で作業を行い、ドローン(小型無人飛行機)が農薬散布・肥料散布を効率的に行う。畦畔(けいはん)の草刈りも自動化し、これら先端技術をうまく使いこなせば労働力削減効果と収益増が可能になる。
耕種では限定的
他方、現在のスマート農業に戸惑いや落胆の声も耳にする。「高価だ」「中山間地向けの機械・システムが少ない」「作業の種類が少ない」「使える作目が少ない」「さまざまな機械・サービスはあるが、どれが良いか分からない」などである。
スマート農業を専門としている私も、これら意見に同感するところは多々ある。現在のスマート農業の主要技術は、内閣府が実施した研究開発プログラムSIP「次世代農林水産業創造技術」(2014~18年度)がけん引・社会実装したと言っても過言でない。
SIPで開発した技術は「スマート水田農業」とトマトを対象にした「スマート施設園芸」である。要するに、水田農業はスマート農業技術がラインアップされているものの、畑作、野菜、果樹についてはまだこれからである。
すなわち、耕種農業のスマート化は限定的と言わざるを得ない。特に野菜・果樹の収穫・運搬作業はいまだ人手に頼っている。現在、キャベツ、タマネギの加工・業務用の収穫・集荷作業の自動化技術の開発が取り組まれているが、生鮮用はハウス内トマト、アスパラガス、ピーマンが実用化の緒に就いたところで、露地野菜はほとんどない。果樹はさらに遅れており、このコロナ禍を教訓に今後の進展に期待したい。
スマート農業は技術開発と普及が同時に急速な勢いで進んでいる。昭和30年代は機械化が食料増産に大いに貢献したが、令和時代はスマート化が日本農業に大きな変革をもたらすことになる。スマート農業が本格的に農村に入ってまだ5年に満たない。農家の方々の上述の厳しいコメントは必ず克服されるが、これからもユーザーの立場から地域の普及センター、JA、農機ディーラーなどに意見・要望することが地域に適合したスマート農業を創り上げる上で重要なことである。
のぐち・のぼる 1990年北海道大学大学院博士課程修了。農学博士。同年同大学農学部助手、97年助教授、2004年より現職。19年3月まで内閣府SIP「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクター。スマート農業研究に従事。
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2020年11月23日

コロナ禍の経済政策 格差生む調達改めよ 立教大学経済学部特任教授 金子勝
新型コロナウイルスの感染第3波が来た。ウイルスの変異が激しく、周期的に押し寄せてくる。非常に厄介なウイルスだ。
ところが、徹底的にPCR検査を行い、隔離し、追跡し、治療するという基本的な対策をずっとなおざりにしてきた。人口100万人当たりの検査数は、219の国と地域の中で日本は150位前後。他方で、100万人当たりの死亡率は15人と、中国、韓国、台湾などの東アジア諸国の中でも突出して高い。
危うい日銀頼み
徹底検査をしなければ、無症状者を見逃し、そこから感染が拡大する。自粛をすると感染者数が減り、経済活動を再開すると感染者数が拡大する。政府はジレンマに陥っている。そして、ひたすら財政支出を増やして給付金をばらまくだけになる。実際、2020年度予算は約102・6兆円の大規模予算だったが、2次にわたる補正予算を加えると、約160兆円に達する。さらに、また30兆円規模の第3次補正予算を編成するという。
だが政府は、どのように巨額の財政支出の財源を調達しているのか。それは日銀による赤字財政のファイナンスによる。しかし、日銀は8年近くも国債買い入れによる金融緩和策を続けてきたため、年間購入予定とした80兆円の国債を買えなくなっている。実際、17年は約30兆円、18年は約29兆円、19年には約14兆円弱まで購入残高が落ちている。
一方で、補正予算の際に、政府は銀行、地方銀行、信用金庫に実質無利子・無担保の貸し付けをさせる企業金融支援を決めた。日銀は、それを支えるために、企業や個人の民間債務を担保にして、日銀はこれら金融機関に対してゼロ金利の貸付金を大量に供給し始めた。その金額は約60兆円にも及び、20年11月段階で約107兆円の貸付残高に達している。その結果、日銀は売るに売れない国債、株、社債、CP(コマーシャルペーパー)を大量に抱え、戦時財政・戦時金融と同じく“出口のないねずみ講”のような状況に陥っているのである。
株価好調の裏で
しかも、日銀がリスク管理の弱い貸付金という過剰流動性を大量に供給したことで、コロナ禍にもかかわらず、バブルが引き起こされている。株価も2万5000円台に急上昇し、今年5月に8割以上も落ち込んだ首都圏マンションの販売が、6月から急速に回復し、7月には前年水準を上回った。それは、猛烈な格差拡大をもたらす。コロナ禍で多くの倒産、休廃業、そして雇い止めが引き起こされる一方で、富裕層は資産バブルの恩恵を受けるからだ。その上、やがてバブルが崩壊した時に、弱小金融機関だけでなく、民間債務担保を日銀に付け替えているので、日銀信用を大きく傷つけていくだろう。
経済政策は根本的に間違っている。徹底検査による抜本的コロナ対策とともにエネルギー転換を突破口とする地域分散型の産業戦略が不可欠になっている。
かねこ・まさる 1952年東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。2000年から慶応義塾大学教授、18年4月から現職。著書に『金子勝の食から立て直す旅』など。近著に『平成経済 衰退の本質』(岩波新書)。
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2020年11月16日

地域圏食料システム構築 鍵握る組織間の連携 立命館大学食マネジメント学部教授 新山陽子
新型コロナウイルス感染症、大地震、河川の大氾濫、巨大台風の上陸と、日常のシステムが遮断されるようなクライシス(危機)の頻度が高まっている。食料の供給は命に直結するため、命のインフラとして、緊急事態の渦中にも維持が求められる。
構造の調整必須
一方、社会構造の趨勢(すうせい)として、フード(食料)システムの川上ではリタイアによる農業者の激減が予想され、川中の流通の人手不足は既に顕在化している。都市生活者の高齢化も急速に進む。食料システムそのものの構造の調整が必須となろう。そのために、何がこれからの食料システムに求められるのか。
まず、これらは農業サイドだけで考えられることではなく、食品製造、流通、給食業の事業者、自治体、生活者など、食料システムの全ての関係者が知恵を出し合い解決策を探るべき課題であることを認識し、共に取り組む体制をつくることであろう。
模索すべき食料システムの姿は、現在の全国規模、そして国際規模のシステムと連結しながらも、地域の実情を反映し、地域の人々の生活の質を向上させ、地域経済・社会を発展させるような、テリトリアル(地域圏)レベルで強化されたシステムであろうと思う。
災害の状況も、長期の社会構造の変化も、市民の生活も、生産や供給の状況も、伝統も考え方もアイデンティティーも地域によって異なる。そうした地域の状況に合った食料政策の立案、農業政策との結合、地域圏食料システムの形成が望まれる。そこでは、地域内の農地、地域の人々との結び付きの強い地域企業、全国と地域の流通の結節点としての中央卸売市場の役割は大きい。
大都市こそ重要
学校給食の向上、生活格差への手当て、教育、文化、環境問題への対応も含められる。そのために、地域圏内の食料システムの現況を診断し、改善すべき戦略的方向付け、対応行動計画を議論すること。その要になるのは自治体、そして事業者の組織であろう。多くの生活者が居住する大都市圏での議論が何より重要であろう。
地域レベルでは、関係者の間に補完性が働きやすく、人々はうまく問題を特定し、解決策を定めることができる。地理的な近接性を、議論の中で、社会的な、組織化された近接性に変換できるという考え方がされてよい。
東日本大震災後、コミュニティーとその構成員の自発的な応答能力が高いほど、地域の生活の復元力もその質も高いことが示されてきた。
日本フードシステム学会では、東日本大震災後の食料システムの復旧について議論し、地域企業の臨機応変な対応力とシステムの復元力を取り上げてきた。
片やフランスでは、2014年の農業未来法において、地域圏食料プロジェクト(PAT)の開発が法制化され、多くの都市圏においてテリトリアルフードシステム(SAT=地域圏食料システム)の実施が目指されている。本論はこの動きからもヒントを得ている。
にいやま・ようこ 1952年生まれ。74年京都大学農学部卒、80年同大大学院博士課程修了、2017年同名誉教授、立命館大学食マネジメント学部教授。専門は農業経済学。著書は『牛肉のフードシステム―欧米と日本の比較分析』など多数。
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2020年11月02日